2016年10月11日火曜日

病理の話(6)

病理医ががん細胞を見つけ出す作業は、渋谷のスクランブル交差点にうごめく人々の中から「ヤクザを探し出す」作業に似ている。

善良な人の群れの中に、頭にはリーゼントがギンギン、胸元からは入れ墨がちらちら、金の鎖のネックレスを二重にかけて、黒塗りの高級車からのっそり出てくるおじさんがいたら、「あっ、悪い奴だ!」とすぐわかる。それも、徒党を組んでいれば、なおさらわかりやすい。

正常の細胞は規則性・法則性があり、分布も細胞のカタチも予測しやすい。一方、がんの細胞は非常にいびつで不規則な形をしており、核の中身(クロマチン)もかなり濃いし、核小体が目立ったり、細胞質に余計な粘液があったりと、ごちゃごちゃうるさく修飾がかかっている。そのため、正常の細胞に混じってがん細胞があると、「普通の頭に混じってリーゼントが混じってやがる!リアルヤクザ発見!」といった感じで発見することができる(わりとガチな例え方です)。

しかし、悪い奴というのはしばしば狡猾である。見た目ではわかりにくい悪人、というのが問題となってくる。

世の中には「インテリヤクザ」というのがいて、極めて整った身なり、実に落ち着いた風貌で日常生活を営みながら、ネットで大犯罪に携わっていたりする。

がんの世界にも稀にそういうのがいる。「細胞はちっとも悪性に見えない、むしろ良性に見える」にも関わらず、転移をし、人体に重大な被害を与えるやつだ。

細胞界のインテリヤクザは、細胞1つを見ていてもなかなかヤクザであると気づけない。正常細胞によく似ている。徒党を組んでクラスタを作っても、ヤクザっぽいカタマリ(「○○組」?)に見えてこない。見極めるためには、専門的な技術と経験、そしてある程度の運が必要となる。

「いやいやそのメールに書いてある口座番号おかしいからwwwwインテリヤクザ乙wwwww」

「よし見つけた、お前、善良そうに見えるけどがんだな、だまされねぇよ、はい早期発見乙」

似たようなものなのだ。



さて、一般人(正常細胞)に偽装したインテリヤクザ(がん細胞)を見つけ出して逮捕したとき、おどろくのはインテリヤクザ?いや、実は、おまわりさん(臨床医)が驚くのである。

「えっ……これ……良性じゃないの!!!」

紳士だと思ったけど念のため興信所に身分照会したらヤクザでした、みたいなものだ。

こういうケースで、病理医は臨床医に何を伝えるべきなのか。

病理医はヤクザだと思った。臨床医はヤクザだと思っていない。この場合、「ほら病理はこれこれこうで、こんな証拠を掴みましたので、見た目は誠実そうですけどぜったいヤクザです」と説明するだけでは不十分だと考えている。

「なぜ、臨床医にとって良性に見えてしまうのか」を、細胞像を駆使して説明する。臨床医に電話をし、あるいは直接、顕微鏡の前で対話をする。

「このがんにはこういう性質があるから、良性に見えやすいんです」

「いやあ、しかし先生これ見てくださいよ、この病気のカタチ、がんに見えます?」

「なるほど……しかし先生、こちらの造影所見でみると輪郭は……」

「ううむなるほどそう言われれば……ところで過去にこれと似た画像で実際良性だったことも……」

「おっ、くそっ、なるほど、いやまてよ、こちらはどうです、顕微鏡みるとこういう線維化はこっちにはなくて」

「ほほう……」

インフォームド・コンセント(説明して納得してもらうこと)が完成するまで、延々と会話をする。

臨床医に納得してもらえば、その臨床医が今度似たような症例をみつけたとき、「こいつ、インテリヤクザでは……?」と疑って検体を採取するようになるかもしれない。そうすると、病理診断はさらに楽になるかもしれない。よいスパイラルが生まれるかもしれない。

ヤクザに見えるけどいい奴……いい奴に見えるけど実はヤクザ……。

見た目と中身が乖離。

「インテリヤクザが一般企業を装った悪い会社を創設し、ネットを駆使しながら世間にばれないように悪事をたくらむ」

「じゃりン子チエに出てくるようなコテコテのヤクザが、縁日の屋台などで普通に民間人と交流してなじんでいる」

浮かんでは消えていく。


ちなみに、この話はあちこちでしているのだが、ある地域で「先生、あんまりヤクザをバカにするの、この地域ではヤバイっすよ」とか言われたことがあるので、ちょっとだけ覚悟して書く。