2016年11月15日火曜日

病理の話(18)

病理診断は、主観的な作業であると言われる。

「腫瘍細胞の、核が、とても悪そうに見えるので、がんです!」

ぶっちゃけ、これがまかりとおる世界なのだ。

知らない人にとってみれば、まさにブラックボックスである。入口から検体を入れると、出口から「がん」とか「がんじゃない」と書かれた手紙が一通サラッと落ちてくる。中で何が起こっているのか、覗き込んでみると、気むずかしそうな200歳くらいのじいさんたちが揃いも揃って「クロマチンが多いのじゃ」「核縁が不整なのじゃ」「ゴルジ野が不明瞭なのじゃ」「すなわち、がんじゃの」「フォホホ」と円卓会議をやっている。

こんな、言ったモノ勝ちの病理診断なんぞに、「医療・診断の要点」をまかせて、よいのだろうか?


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以下の「クイズ」をご覧頂きたい。

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これを見て、四角い文字だなと思った人はまばたきを。

ごつごつしている文字だなと思った人は手拍子を。

右側が刺さりそうだなと思った人はスキップをしましょう。

さあ、正解はどれ?

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ーーいやいや。こんなの、見ようによっても人それぞれだし、設問次第でどうにでも見えるでしょ。

でも、病理診断って、そういうことだ。

「見ようによってはね、核はでかいよね」

これくらいで、「がんである。」と診断される。

ブラックボックスの中身なんて、覗かない方が幸せなのかもしれない……。




以上は、ぼくが大学院生のときに、そのまま思っていたことだ。

今になって、当時のぼくに、教えてあげたいことがある。

「ブラックボックスは、開けて良い。

そして、箱の中にいる病理医は、内側から、みずから、ブラックボックスを開けてあげたほうがいい場面がある。

思考過程や、判断した根拠を、筋道立てて述べ、臨床家にとって病理をブラックボックスに感じさせなくする、努力。

我々は、そういう努力を、訓練をしてもよいのではないか。」




Q. 細胞の核がでかい、という判断根拠は何か?

A. 横に、リンパ球(がんとは関係ない細胞)がある。このリンパ球の核と比べてみてください。ほら、この細胞の核は、リンパ球よりも、直径にして、2倍くらい大きいですよね。直径が2倍ということは、面積は4倍です。体積は8倍だ。つまり、単純に考えて、リンパ球よりも8倍も「遺伝子の器」が多きいってことですよ。これは、明らかに異常です。「増殖異常」が生じていると考えて、よい。


  いつ、臨床医に尋ねられても答えられるように。

  自分の判断の根拠を、「武装」しておく。


Q. 核異型がある。その根拠は?

A. 核のサイズに大小不同がある。直径にして、最大で3倍ほどの不同性がある。体積にして27倍もの差があるわけで、増殖の異常が見てとれる。さらに、核の形が不整だ。普通の核は、球形をしている。ところが、この細胞の核は、これも、あれも、それぞれ異なる形をしている。こんぺいとうのような形。ホームベースのような形。角張っているというのは、おかしい。安定していれば、球状になるはずだ。つまり、安定性がない。これも増殖の異常を示す所見となる。核のフチにも着目しよう。核膜と呼ばれる構造が、厚かったり、薄かったりする。核を覆っている膜は本来薄さが変わるわけはないのだが、核にはしばしば「クロマチン」、すなわち染色体が付着する。この付着にムラがあると、核膜の厚さにもムラが生じてしまう。これも、細胞増殖のペースが速く、異常であることを示す。そもそも、この核と、あの核では、色合いが違う。濃さが異なっている。一つの視野を、おおざっぱに十字に切って、右上・右下・左上・左下と、4分轄してみるとわかりやすい。どの領域同士を比べても、中にある細胞の色が、ひとつとして同じ色に留まっていない。とても多彩である。加えて、核内に、核小体と呼ばれる構造物がちらちら見える。結構な頻度で見える。正常の細胞ではこんなに見えてこない。細胞分裂に関与する核小体が、これだけの割合ではっきり見えてくるということは、すなわち、細胞分裂の頻度が普通よりもかなり多いことを示す。

以上より、核異型があると考える。

Q. もうヤメテーーーーーーーーーー

A. やめない。次は極性と軸性、細胞質の所見、さらには細胞が作る構造の異常について語る。さらに分化の異常があるということ、浸潤所見を順番に説明し、……



 ……世界中の、どこであっても、誰が聞いても、どんなタイミングで何度聞き直しても、ああ、確かにこの細胞はがんなのだなあと、納得してもらえるように、コトバで描写をする。

実は、病理診断というのは、うまくハマっている分野では非常に「診断者間の、診断誤差」が少ないと言われる。こんなに主観的な診断なのに。

その理由のひとつは、診断者が「どこの病理医にみせても、納得してもらえるレポートを書くために、主観を主観で終わらせないように、論理を使っている」からだ。



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さてと、ここまで読んでいただくのは大変だったろう。ぶっちゃけ、読み飛ばした人もたくさんいるだろうと思う。

主観的な病理診断を、「客観的に」するためには、論理がいる。しかし、その論理は難解だ。

だったら、論理を、わかりやすく伝える作業をしなければいけない。

それは読む人、聞く人をおいてきぼりにするような、受け手の気持ちを考えずにひたすらまくしたてるような、「しゃべる方のコミュ障」であってはいけないのではないか、と思う。

この場合、文章でつらつらと述べるよりも、もう少しだけ伝わりやすい方法がある。

それが、「プレパラートの写真を撮る」ということ……「組織写真」である。


病理医が自分の診断根拠を、きちんと、筋道立てて説明できることはとても大切だ。しかし、専門的な、難しい話を、「ほら!わかれよ!ほら!」と臨床医に突き立てることは、「コミュニケーション」ではない。

 「いつでも説明できる、論理は完璧だ。
  そして、そのことを、わかりやすく、絵などを用いて、説明する。」

病理医は、写真を撮る。それも、2種類。「肉眼写真」と、「組織写真」。これらを、そろそろ、説明しなければいけないね。