2016年12月27日火曜日

病理の話(32) / がんの話(4)

「3.がんは、しみ込んで破壊する。」の話。

ここまでに語ってきた、「増殖異常」+「不死化」+「分化異常」という3本の矢が揃うと、それは腫瘍 tumor と呼ばれる。

あるいは新生物 neoplasm という呼び名もある。

どこか、ヱヴァンゲリヲンっぽさがある。あってはならぬものだし、あるに決まっているものでもある。



「腫瘍」というと、酷く毒々しい印象があるが、腫瘍にも2種類ある。

良性腫瘍と、悪性腫瘍だ。

良いか悪いかという冠が付く。



良いか悪いかは何をもって決まるかというと、単純だ。放置しておくと基本死ぬのが、悪いということである。

悪性腫瘍=がんは、放置しておくと、基本、死ぬ。

良性腫瘍は、放置しておいても、生き死ににはあまり関与しない。

これが定義なのである。



良性腫瘍の代表は、子宮筋腫である。子宮筋腫は、中年女性の3人に1人、いや、2人に1人が持っているくらいありふれた腫瘍だ。放っておいても、筋腫によって人が死ぬことは、ほぼない。

ただし、症状が出る場合があるので、死なないから放っておいていいというわけではない。症状に応じて治療してもよい。

「良い腫瘍」というのは、必ずしも放っておいてよい腫瘍というわけではない。



逆に、「悪い腫瘍」は、放っておけばいずれ人を殺す。ただ、人が殺されるまでのスピードには差がある。

たとえばとあるがんが、「発見されてから100年後に死にます」というタイプだとする。

これはまあ、放っておいてもよいだろう。病気を治療する必要性は、病気だけを見ていては決められない。その患者さんごとの事情とか背景を斟酌する必要がある。


ま、そういう「治療の必要性」についての話は今回の主目的ではない。いずれ語ることもあるだろう。


***


さて。

腫瘍には良悪があるというのはわかった。

では、その良悪を決定づける、腫瘍細胞の性質の差とは何か。

それは、とても単純で、「しみ込んでいくかどうか」にある。

専門用語で、浸潤(しんじゅん)という。


体の中でいかに細胞が異常に増えようと(異常増殖)、いかにプログラム死から逃れていようと(不死化)、いかにきちんと働かなかろうと(異常分化)、しみ込む力がないならば、そのカタマリは

「まわりを押しながら、ごめんなさいごめんなさいと一カ所で広がっていくだけ」

なのである。

満員電車の中で一人のおじさんがとつぜんふくれていくところを想像するといい。

えらい迷惑だけれども。ただふくれていくだけならば。

駅員さんとか鉄道警察が、そのふくれていった風船ヤロウを、どこかに連れて行ってしまえば、車内には平和が戻る。

これが、良性腫瘍の姿である。その場でふくらんでいくだけで、周りにしみ込んで壊すということがない。だから、手術すると、基本は「スポンッ」と採れてくる。後には何も残らない。

後には何も残らないということは、再発の可能性がほぼないということにもつながる。「採り切れてしまう」からだ。



一方、悪性腫瘍……すなわち、「がん」は、周りにしみ込む。スキマを縫って、破壊する。刺さり込む。

こいつが非常にやっかいなのである。

満員電車の中で、「寄生獣」に出てくるようなバケモノが、手足をギャーンギャーンと伸ばして、周りの人の体を刺したり、電車のカベや床に爪を立てる。駅員さんや鉄道警察がヤツを排除しようとすると、周囲の善良な人々をも一緒に車外に出さなければいけない。なんなら、電車ごと破壊しないといけなくなるだろう。

倒さなければ被害が広がる。倒しても被害は広がる。



だんだんと、がんの全貌が見えてくる。

「増殖異常」+「不死化」+「分化異常」+「浸潤」。

四天王が揃った。


続きます。次回、いよいよ、「カニの話」となります。