2017年3月23日木曜日

病理の話(61)

病理医の主戦場というと、やはり「がん診療」である。

では、がん診療においてぼくらがやっていることは何か。

患者さんから採ってきた細胞が、「がんか、がんでないか」を判断するという、イエスかノーかの二択に挑むこと。

たしかにこれがいちばんわかりやすい。

だから、医療者の多くは、たとえばフラジャイルを見た人から「病理医って何なの、知ってる?」と聞かれた時に、

「あー、病院の奥の方で、これはがんだとか、これはがんじゃないとか、そういうのを決めてくれる人たち。」

などと答えているようだ。



ただ実際には、ぼくらはもう少し、細胞を細かく見ている。

「がんか、がんじゃないか」に加えて、いろいろな評価をする。

その評価は臓器ごと、がんごとにあまりに多彩なので、各種の学会から、「がん取扱い規約」などという指針が示されている。

規約に従って、がんを事細かに評価していく。

たとえば、大腸がんなら、こうだ。


・占拠部位(がんがある場所)
・肉眼型(がんが作る、カタマリのかたち)
・大きさ
・断端(手術をしたときに、がんが、採り切れているかどうか)
・深達度(がんがどれだけ深く臓器にしみ込んでいるか)
・リンパ節転移の数
・遠隔転移の数(大腸以外の臓器にどれだけ転移しているか)
・組織型(がんの中でも、何がんに当たるか。細胞レベルでのがんのかたち)
・間質量(がんの周りにどれくらい線維が増えているか)
・浸潤増殖様式(がんがどれくらいばらけてしみ込んでいるか)
・脈管侵襲(血管やリンパ管の中にがん細胞が入り込んでいるかどうか)
・簇出(がんがカタマリからちぎれるような挙動を示しているかどうか)
・神経侵襲(神経の周りにがん細胞が這っていっているかどうか)
・ステージ(がんの総合的な進行度)
・遺残の有無(体の中にがんが残っているかいないか)


これらが、特に手術の後に出される病理報告書には、細かく記載される……。




さて、今の箇条書きを、丁寧に読み込んだ方というのは、どれくらいいらっしゃるだろう。

多くの方は、読み飛ばしたのではないか。

読み飛ばさずにしっかり読んでくださった方も、これによって頭の中に、何か具体的ながんのイメージというものを思い起こすことができただろうか。

ぼくは、この箇条書きをみるだけで、がんを思い浮かべるのは、相当難しいだろうなあと思っている。



実際、臨床医にとっては、これらの項目をすべて埋めてさえくれれば、病理の仕事としては十分なのである。箇条書きの結果をコンピュータに読み込ませて、今後、この患者さんの病気がどうなるだろうかとシミュレーションを考えたり、治療方針を決定したりすることができる。

ただ、実は、臨床医であっても、これらの箇条書きを眺めただけでは

「実際に、がんがどういう感じで広がっていたのか、体の中で何を起こしていたのか」

は想像がつかない。

この箇条書きは、統計を取ったり、ベッドサイドで治療方針を決めるために最適化された「記号」なのである。実体を記号に置き換えて記載した以上、逆に、記号を元の姿に戻すこともできそうなものだが、高度に効率化された病理診断の記号は、元のイメージがつかみにくいものになってしまっている。

いや、ま、慣れていればできるんだけれども。

よっぽど病理に興味がある臨床医でなければ、これらの箇条書きだけをみて、実際のがんの姿を想像することなんでできないのだ。



実はここに、「病理医が人でなければならない意味」が隠されているのではないか、と最近考えている。

具体的には、「記号で事実を処理したときに、ぼくらの心の中に生じる、なんだか煙に巻かれたような感覚」が、患者さん、さらには医療者にとって、無視できない程度のストレスになるのではないかなあ、それはきちんと説明していかないといけないんじゃないかなあ、ということなのだが……。


続きはまたいずれ。最近書いていることは、どれもこれも、ひとつのテーマに向かっています。おわかりかもしれませんけど。