2017年4月20日木曜日

病理の話(71)

病理医をやっていると、普段仕事で扱う対象は「腫瘍」が多い。

腫瘍。できもの。体の中に本来存在しない、勝手に大きくなるカタマリ的な病気である。放置すると将来命に関わるものを、「悪性腫瘍」と呼んで特に重要視する。悪性腫瘍とはつまり、「がん」のことだ。放置しても命には直接関わらないカタマリのことは「良性腫瘍」と呼ぶ。子宮筋腫などが有名である。

で、まあ、病理で調べるものというとこの腫瘍がかなりの割合を占めるのだが、腫瘍以外の病気もそこそこ目にする。

するんだけど……これが……一般には、なじみのない病気ばかりなのである。



医療者以外の方々が思い浮かべる「腫瘍以外の病気」というと、なんだろう。

……かぜ。食あたり。心筋梗塞。肺炎。ケガ。腰痛。肉離れ。めまい。脳梗塞。胃潰瘍。乱視。虫歯……。

千差万別。そりゃそうだ、がん以外にも病気はいっぱいあるからね。

これらの中で病理診断が役に立つものは、ごく限られている。というか、今あげた中には、病理診断が必要なものはほぼ、ない。

かぜ、食あたり、肺炎、虫歯については、感染症というくくりに入る。感染症は、かかった部位と、かかった病原体の種類、そして体がそれにどのように反応しているのかというのが、治療をする上で重要なのだが、これらを見極めるために「病理医がプレパラートをみる」ことは、ほぼない。

顕微鏡自体は使う。グラム染色という方法を使って、菌を直接みる場合がある。ただ、病理診断とはちょっと異なり、細菌検査の手法のひとつである。

心筋梗塞とか脳梗塞のような、血管が詰まる系統の病気では、血管の詰まった場所を見極めて、血管を再開通させるとか、あるいは血管が詰まったことによる症状を抑えることが目的となる。この場合も、病理診断は特に必要とされない。

ケガ、腰痛、肉離れ。病理は用いない。

めまいとか乱視にも病理の出番はない。虫歯は……虫歯だけなら……まあ、病理は必要ない。



では、ぼくは普段、「腫瘍以外の病気」としてどんなものを目にしているだろうか。

・炎症性腸疾患。潰瘍性大腸炎とかクローン病といった、厚生省が難病認定しているやや珍しい病気。

・肝炎。ウイルス性のものが有名だが、近年はNASHと呼ばれる、脂肪肝に関係のある病気をみることが多くなった。

・虫垂炎(いわゆる、もうちょう)とか、胆石胆嚢炎など、腫瘍ではないけど、手術でとるやつ。

・子宮内膜症という病気。

・月経不順の方の、子宮内膜。

・好酸球性副鼻腔炎うたがいの、鼻粘膜。

・皮膚の病気。

・動脈硬化に対する手術で採ってきた血管。

頻度が高いところでは、こんなところだろうか。

当院には脳外科がないので、今の職場に勤めてからは脳神経系の病気はほとんど見ていないし、整形外科領域の検体も比較的少ない。泌尿器科が腎炎を扱っていないので、腎生検は長いこと目にしていない。一方、IBDセンターという炎症性腸疾患を専門に見る部門があるので、多くの病理医よりも炎症性腸疾患はよく見ているし、肝臓や胆膵領域も頻度が高い。

まあ、そういう「勤め先ごとの違い」はあるにしても、だ。



さっきの「かぜ、食あたり、心筋梗塞」などと比べると、病理医が目にする病気というのは全体的に聞き慣れない。これを読んでいる人の中には、「私はそれ知ってるよ」という方も多いだろうが、その知っている病気、自分の家族や友人に説明して、「知ってる知ってる」と言われそうですか?


ここからは、ちょっとうがった言い方なので、ブログゆえの軽口なんだなあと思って聞き流していただいてもよいのだが。


「病理診断をしなくても診療方針が決まる病気」というのは、「細胞まで見に行かなくても征服できる病気」と言うことができる。細胞一つ一つの細かな挙動よりも、もっと大きなダイナミズムが問題を起こしている病気である。病気の貴賤がどうこうではなくて、性質の違いだ。

かぜ、食あたり、心筋梗塞と聞けば、(学術的にどうかは置いといて)ほとんどの人は「ああ、なんとなくああいう病気だよね」と想像がつくのである。それは、病気の引き起こす現象が「マクロ」だからだ、と言うことができる。

これに対して、「病理診断をしないと診療方針が決まらない病気」は、「ミクロ」なのである。体の中に何が起こっているか、ぱっと見ではわかりづらく、じっくり血液検査をしたり医師が問診や診察をしたりしても、本質がなかなか見えてこない。だから、顕微鏡で細胞をみる「病理診断」が大きな意味を持つ。



で、何がいいたいかというと、病理診断を必要とする病気、必要としない病気、世の中にはいろいろあるんだけど、こと病理の話をしようとすると、どうしてもこの「ミクロな変化に意味がある病気」の話をせざるを得なくて、これが、なんというか、

「世間一般が認知しているイメージがあんまりない病気ばっかり」

なのである。説明しづらいのだ。



自然と、腫瘍、がんの話をすることになる。

実際に病理医をやってると、必ずしも腫瘍のことばかり考えているわけではないんですよ、とかなんとか、言いたい日があったのだ。いつかというと、今日である。