2017年5月31日水曜日

病理の話(84) 赤いルージュのハイライトされたモノクロ写真的な病理診断

病理では細胞の形を診断したり、細胞が作りなす構築を読み取ったりして、その病気がどういうものであるかを診断する。

細胞ひとつひとつを人間に例えるならば、「細胞核を見る」とは「その人の顔や髪型を見る」ようなかんじだ。

髪の毛がすごいリーゼントだとか、金髪坊主でそり込みが入ってるとか、なんかよくわからないものがいっぱいぶら下がっているとき、たいていそいつの素行もよろしくない。核異型を読むとはそういうイメージだ。

そして、人間ひとりを見るのではなく、似たようなヤカラが徒党を組んでどのような悪さをしているのか(細胞がどのような構築を作っているのか)を見るのも大切である。周囲の窓を割ってるとか、いてはいけないところにいるとか。構造異型とか浸潤の有無を読むとはそういうイメージだ。



さて、このような「かたち」を読むやりかたとは別に、免疫染色という手法も用いられる。これは、病理医が用いる追加検査として、もっとも有名な手法である。

細胞が持っているAとかBというタンパクだけを、茶色とか赤に染める。

イキった芸術カメラマンが大好きな撮影方法に、「ルージュの赤だけすごく目立つ、ほかはモノクロの写真」というのがあるでしょう。あのイメージに近い。

「くちびるだけ光らせる」と、「女性であることがはっきりイメージできる」みたいなかんじである。

このとき、リップの部分だけを光らせるために用いる抗体を、「anti-くちびる抗体」などと呼ぶ。アンチとかアンタイと発音する。「α-くちびる抗体」とも書く。



さて。リップを塗っていたら必ず女性だろうか?

つまり、調子こいたモノトーンかっこつけ写真で、くちびるが鮮やかに赤くハイライトされていたら、それは必ず女性だろうか?

ぼくはそうとは限らないと思う。男性かもしれない。



タンパク1個をハイライトするというのはつまりそういうことだ。ナイフを持っていればチンピラですか? いや、それは、コンビニで、フルフェイスヘルメットをかぶって、ふところに、ナイフを隠し持っているというならかなりの確率で不審者だろうけれども、バーミヤンの厨房で、シェフ帽をかぶって、右手にナイフ、左手にパイナップルを持っていたらそれはかなりの確率でコックさんではないか。



免疫染色(本当は免疫組織化学というんだけどここはどうでもいいので割愛)の難しいところは、これである。

光った、光らない、という二者択一でものごとを見たくなるんだけど、実際には、「周りがどういう状況であるか」をきちんと判断してからじゃないと、あるいは判断してからでも、スッと診断を決められるわけではない。

専門的に言うと、「検査前確率をきちんと設定して、その免疫染色の尤度比がどれくらいであるかを考えて、検査後確率を慎重に想定しないと、病理診断はできない」となる。



この世の中にあるほとんどのものは、単一のパラメータで判断することはできない。

「結局、自分が好きかきらいか、だよね。」みたいなまとめで終わるブログがいまいち心に入ってこないのも、同様の懸念がどこかに浮かんでしまうからではないか、と思っている。