2017年7月19日水曜日

病理の話(101) 程度まではかってこその病理診断です

がんを、「死ぬ病気だ」というひとことでまとめてしまうのは、ずいぶん乱暴だ。

がんと言っても、いろいろである。食道がんと乳がんと甲状腺がんは、まるで違う。効く薬も違うし、がんがより進行したときに現れる症状だって違う。

同じ食道がんであっても、「食道の粘膜のごく浅いところだけに留まっているがん」と、「食道の壁に深々としみこんだがん」では、その進展範囲が違う。範囲が違うとは、影響を与える箇所の多さが違うということだ。

考えてみれば当たり前なのである。

「アリ」と言っても普通の黒いアリとシロアリでは住む場所や人に迷惑をかける度合いが違う。「シロアリ20000匹」は家の柱をぶちこわしそうだが、「シロアリ12匹」ならなんとかなりそうだ。同じことである。

ぼくらは、病気をみるときに、「それが何なのか」という大まかな分類だけではなく、「もっと細かい分類」とか「どれくらい存在しているのか」などを、きちんと評価していくことになる。




病気は一言であらわせない、とても細かく評価しないといけない、という事実に気が付くと、

「胃の筋肉にまでしみこんだ胃がん」

と言っても、まだまだ十分な評価ではないんだなあ、ということに気づく。

筋肉にしみこむと言っても、その量はどれくらいなのか。

1 mmに満たない範囲で、細胞数個が、わずかにパラパラとしみこんでいるのか。

5 cm × 5 cmの幅で、無数のがん細胞が、どっぷりとしみこんでいるのか。

同じ「筋肉にしみこんだがん」と言っても、想像できるイメージはまるで異なる。




これは、「画像診断」を考えるときに大問題となる。

画像の教科書には、「胃がんが筋肉にしみこんだときに、CTや胃カメラがどのように見えるか」が書いてある。しかし、筋肉にしみこむと言っても度合いは様々だ。自然と、画像の出方、現れ方だってバリエーションが出てくる。

このことが、放射線科医、診療放射線技師、臨床検査技師などを悩ませる。



「悪性リンパ腫と一言で言っても、びまん性大細胞型リンパ腫とMALTリンパ腫では、病変の形が異なる」とか。

「GISTという病気には内部に空隙ができる場合があるが、球状だったり三日月状だったりスリット状だったりする」とか。

「膵臓NETという病気は基本的にくりっと整った球状をしているが、境界部がごつごつしている場合もなくはない」とか。



「アリ」の一言で、日本のアリと海外のアリとシロアリとモハメドアリをまとめて語ることができないのと一緒だ。

あらゆる病気にバリエーションがある。形の差が。含まれる成分の差が。放っておくとどうなるか。どのように治療したらよいか。




病理診断では、「病気が何か」だけではなく、「もっと具体的に、どのような病気であるか」までを診断する。これらはしばしば、国産のアリとヒアリを見分けるような作業であり、極めて難しいこともしばしばだ。

病理医がこの分類をきちんと行い、「どのように見分けているか」をきちんと臨床と共有することは重要である。「ぼくがヒアリと言ったらヒアリなんですよ」では困る。「足がどうで、腹がどうで、色がどうで、顔がこうだから、ヒアリなんですよ」と説明することで、画像診断に関わる人々が、それぞれの世界で抱えている「疑問」を解決できるようになる。

「そうか、だったら足と腹の違いを画像で読み分けてみようかな」と、画像屋さんたちが思ってくれると、ぼくらの仕事のやりがいも増すのである。