2017年7月31日月曜日

病理の話(105) 倍々ゲームの早期発見

「1つのものが10個に増える時間と、10個のものが100個に増える時間は、同じであると考える」。

……なんて話を、たとえば和菓子職人の前ですると「そんなわけねぇだろう」と怒られるだろう。

だって、前者は「9個増えた」、後者は「90個増えた」である。増えた量が10倍違う。労力だって10倍、時間だって10倍かかるに決まっているではないか。

けれど、今の話を、細胞生物学職人(?)の前ですると、「ああそうだよね」となる。

細胞は倍々ゲームで増える。足し算では無くかけ算で増える。

だから、1が10になるとはすなわち「10倍になった」、10が100になるのも「10倍になった」。どちらも同じだ。

細胞1個が10個に増える時間と、細胞10個が100個に増える時間は変わらない(至適栄養が保たれているなどの条件があるが)。



このことは、病気を考える上で、とても大切なのである。

細胞1個を見極めるというのは顕微鏡を使わないととても無理だ。

10個も厳しい。

100個でもきつい。肉眼では細胞100個くらいだとまるでカスでありゴミである。

けれど、細胞が1000個もあると、おぼろげに肉眼で小さく見え始める。

細胞が10000個もあれば普通の人なら小さく視認できるだろう。

100000個となると、立派な「かたちあるカタマリ」として、人の目で認識できそうである。

細胞が「正常の細胞」だと、こんなに再現なく倍々ゲームでは増えない。

正常の細胞というのは、増える量がきちんとコントロールされているのだ。

もし、細胞の増えるスピードがきちんとコントロールされていないと? 右手の人差し指だけ妙に長くなってしまい耳くそがめちゃくちゃいっぱいとれる、とか、まぶたが目を覆うくらい大きくなってしまい日中よく寝られる、みたいな、ちょっと不都合なことがいっぱい起こってしまうだろう。

しかし、「がん細胞」は違う。

がんというのは、空気を読まないのだ。栄養がある限り、倍々ゲームで増えようとする。



倍々ゲームだから、たった1個のがん細胞が10倍になるのにかかる時間と、1000個のがん細胞が10000個になるのにかかる時間が、理論上、同じになる。

すると、昨日までカタマリが何も見えなかったところに、今日とつぜんカタマリが出現するということが、実際にありえる……。



実際には体の中にはがん細胞に対する抵抗勢力(免疫)があり、ことはそう単純には進まないにしろ。

去年検査で何も見つからなかったのに、今年突然カタマリが出てくる、ということは、往々にして経験される。



以上の話は、「がん細胞を早期に発見する」ことを考える上で、キーとなる考え方である。

「増殖異常」という言葉の重みを知ると、人間の体のすさまじさと、その統率をかいくぐるがんの巧妙な生存戦略の一端が、腑に落ちる。




腑に落ちるという言葉を、病理の話で用いるのは、ハマった感がすごくて、なんか、アリだと思う。