2017年8月4日金曜日

病理の話(107) 見えたものに意味をつけるとなんかよくわかる

顕微鏡をみるとき、教科書を見て細胞像だけを覚えても、「意味」がわからないと、微妙な(しかし重要な)違いに気づくことができない。



たとえば、肝炎を顕微鏡で診断しようと思ったら、肝臓の正常の機能や構造、肝炎がなぜ起こるのか、それによってどういう変化が起こるのかまでを勉強してからでないと、ただ顕微鏡を見ても、何も見えてこない。



肝臓は非常にたくさんの機能を果たす臓器だが、主に

・腸管で吸収した栄養を、使える形に加工して貯蔵する(倉庫)
・全身で使うタンパク質の一部を作る(工場と流通)
・胆汁というサラサラ液を作って胆管を通して十二指腸に流し込む(産地直送)

などの役割がある。

一次産業も二次産業も、なんなら六次産業くらいまで担当する、ひとつの街のような臓器だ。

ここで重要なのは、「工場」があることと、流通のための血管や胆管といった「道路」があること。

これらが整然と揃っていれば、人体にとってとても役立つ。

逆に、工場が破壊されているか、道路が破壊されているか、それらの両方が破壊されているかすると、人体には悪影響が出る。

どのような悪影響が出るだろうか?

工場が壊れていれば、工場(あるいは倉庫)の中にあった製品が、血中に漏れ出てしまう。

これを血液検査でみるのが、よく人間ドックなどで聞く「肝機能検査」である。

道路が破壊されていると、工場から出荷した商品が「渋滞」を引き起こし、あふれた道で事故が起こるなどして、今度は出荷した製品が、血中に漏れ出てしまう。

これもまた、「肝機能検査」でみることができる。

おもしろいのは、倉庫の中にある商品と、すでに出荷してトラックに載っている商品、あるいは倉庫に入る前の(加工前の)素材、これらがすべて血液検査では違うデータとして現れてくるということである。

だから、肝臓の専門医は、血液データを何種類も見比べて、


「うーん、今回の患者さんは、まだ加工する前のオサカナが血中にいっぱい漏れちゃってるなあ。ということは、倉庫に入る前の段階で何か不都合が起こっているんだなあ」

とか、

「今日の患者さんは、とりあえず加工して倉庫に貯蔵しているサカナ加工素材が血中にいっぱい漏れてるなあ、工場そのものが破壊されているのかなあ」

とか、

「今度の患者さんは、きちんとパッケージしてラベルを貼った、出荷済みのオサカナ製品が漏れまくってるなあ、たぶん道路、輸送段階で破壊されているなあ」

というのを見極める。



それぞれ治療が少しずつ違う。工場を直すには工場用の薬を使わなければ。



さて、以上のことをわからないで肝臓をプレパラートで見ても、

「なんかリンパ球が出てて正常の構造が破壊されているなあ」

くらいしかわからない。

しかし、肝臓内科の知識をある程度勉強してから見ると、



「うーむ今回の肝生検では、炎症が肝細胞(工場)よりも胆管(道路)周囲に強いなあ。肝細胞も破壊されているけれど、どちらかというと胆管に近い部分の肝細胞ばかりがダメージを受けていて、胆管から離れたところの肝細胞には変化が少ないなあ」

ということが、見えてくる。



こういう視点は、臨床医が迷っているときには極めて有効だ。

工場が壊れているようにも思う……道路が壊れている気もする……どっちがメインなんだろう? 血液データだけだといまいち判別が付かないなあ。

そんなときに、肝臓の組織を針の先で少しいただいてきて、顕微鏡を見る。

すると、「ああ、臨床医が迷うのもわかるなあ、肝細胞も胆管も少しずつ破壊されているけれど、その度合いが強くない。けれど、顕微鏡で見て、強いて言うならば、今回のダメージは胆管がメインだな。だから、胆管に障害を起こすような病気を考えた方がいいんじゃないかなあ」

とコメントすることができる。



「なぜそうなるのか」「どうしてそう見えるのか」を勉強しないで顕微鏡を見るというのは、子供が望遠鏡を見てなんかお月様きれいだねえと言っているのと一緒だ。

それ自体にも輝きはある、楽しさもある。

けれど、「なぜ」を知ってから見た方が、ずっと深くおもしろいものが見えてくる。




……患者さんが辛い思いをしている結果、出てきたプレパラートを、「おもしろい」と言いながら見るというのは、ちょっとまずいよなあ……、という懸念はずっとあるのだが、すみません、正直、おもしろいと感じてしまうことはあります。申し訳ございません。真剣にやります。