2017年11月10日金曜日

現実の話をする

夢の話をする。

「脳はいいかげんにできている」という本を読んでいたら、その中に、

「夢というのは嫌な夢のことが多い」

みたいなことが書いてあって、まあ医学的根拠はともかくとして、そういえばそうだなあと思った。

正確な記載は忘れてしまったけれど。

「夢が記憶の定着に役立っているのだとしたら、いやなこと、避けるべきことをきちんと記憶しておいたほうが、生き延びる上では有利なのかも」

みたいなことが書いてあったと思う。



いい夢をまったく見ないわけではないが、確かに、6:4くらいで、なんだか嫌な気分になったり、不安になったり、さみしくなったりする夢を見ているなあ、と思う。

これは、ぼくだけ、あるいは一部の人だけにあてはまる現象なのだろうか。それとも、多くの人にあてはまる、普遍的な傾向なのだろうか。

もし、「夢は基本的にちょっとだけ悪夢」が、多くの人にあてはまるのだとしたら……。

夢という言葉は、自然と、ネガティブな言霊を帯びたはずだ。

けれど、現実には、夢は将来とか未来とか希望といった、ポジティブなニュアンスをまとった言葉であるように思う。




ぼくは今39歳だがいくつかの夢があり、そのうちのひとつをこないだ夢にみた。

ところが絵に描いたような悪夢で、これが俺の夢なのかよ、と、目覚めたときに少し切ない気持ちになり、そうだな、夢の話に暮らしてはだめだ、夢を現実にしようとする力こそがぼくを推進させてくれるのかもしれないな、と思った。

それっきり忘れていた。

今朝、夢に息子が出てきて、目覚めたあとに偶然、現実の息子からlineが来た。……ああやはり、良い夢よりも良い現実のほうがはるかに良いよなあ……と、思ったのだ。