2018年1月29日月曜日

病理の話(164)

背の高い人もいれば低い人もいる。身長は主に骨格によって決まる。

体重もバラエティにとんでいる。ざっと世間を見渡して、成人男性だけを比べてみても、55キロと110キロくらいならすぐ見つかる。軽く2倍くらいの差があるわけだ。

だったら、脳のサイズだってもっと多様であってもよかろう……と思うのだが、成人男性の脳のサイズはそこまで大きな違いがない。男性であればだいたい1500グラム弱と決まっている。人によって頭蓋骨の大きい小さいがあるにも関わらず、脳の容積はせいぜい100グラム程度の差しかない。

「総体としてのヒトのサイズ」は多様であるが、「内臓もそれぞれも好き勝手なサイズで楽しんでいる」というわけではない。よく考えるとこれはふしぎではないか。



ふしぎだけどあたりまえのことでもある。

たとえば肝臓という臓器が、たまたまある人においてはふつうの3倍くらい大きかったとしたら、限られたお腹のスペースを占拠してしまい、腸とか膵臓とかがせまくてしょうがないだろう。

脳がたまたま3000グラムくらいまで育ってしまったとしたら、限られた頭蓋スペースでおしくらまんじゅうされてつぶれてしまって、けっこうまずいことになるだろう。

臓器のサイズは「ほかの臓器との関係」とか、「腹膜や胸膜、ホネなどの仕切り板との関係」によって、限界が決まってくる。



だったら、臓器というのはそのサイズ調整をどうやって行っているのだろうか? 誰かが目で見て指示を出しているわけではない。ここまで育ったらストップ、みたいな信号をどうやって与えているのか。

実はぼくはこれに対する確固たる答えをもっていない。いろいろ調べてみても、途中まではわかっているようなのだけれど、最後のところがいまいちわかっていないように思う。







自然現象を思い出す。

トリがいっぱい空を飛ぶとき、なぜかきれいな編隊を組んでざぁっと飛ぶことがあるだろう。

サカナが群れて、大きなカタマリとなって、自分より大きなサカナから身を守るシーンが記憶にある人はいないか。

外国のどこかで、ホタルが木に群れて、まるで同期しているかのごとく一斉に明滅する場面を知っているだろうか。

アリが隊列を組み、ハチが巣を作る。

あれは別に神様がああ並べと命令しているわけではない。

動物の生態とか行動科学を研究している人はいろいろ詳しいだろう。

個別の虫や鳥や魚たちは、全体のことを考えてよかれと思って動いているわけではない。

自分の周りを見ながら、自分はこうしようと、なんだか流されるように本能のままに動くだけで、総体がなにかの形になっていくのだ。何かがシンクロしていくのだ。



きっと細胞でもそういうことが起こっている。

ぜんぶは知らないのだけれど。

パラクライン。間質誘導。栄養の上限と細胞増殖活性。増殖帯の分布。血管新生。

これらが好き勝手に動いた末に、なぜか脳のサイズが決まり、肝臓は腹の右上に落ち着く。

病理医が細胞1個をみていてはわからないことがある。マクロの目線とミクロの目線を交互に用いなければわからない構造がある。がんは秩序を打ち壊す。秩序を知り、混沌を知るために、ぼくらは何を見ていけばよいのだろうか?