2018年2月8日木曜日

病理の話(168)

ぼくはときどき、気づかぬうちに知ったかぶりをしている。そろそろ40になろうかという今ようやく実感して、改善しなければなあ、と思っている。

たとえばそれは、臨床医と話をしているときに起こる。

とある内視鏡医がこう言った。

「こないだある国で内視鏡してたら、バイオのパチモンがあってですね! 側面のロゴみたら『パイオ』って書いてあるんですよ、笑っちゃったなあ」

ぼくは破顔した。

「パイオですか! ハハハ! うける」

ぼくはこの「バイオ」を、疑うこともなくソニーのノートPC、VAIOのことだと思っていた。

1年ほど経ったある日、ぼくはとある研究会にいた。その会では有名な内視鏡医が、公開で内視鏡の技術を実演する、いわゆるライブデモという企画がなされていた。

ぼくは普段あまり見ない内視鏡医の手元をよく見てみようと思い立ち、演者の近くに座ってじっと彼の技術をみていた。

ポー、ポー、と音がする。何のビープ音かというと、内視鏡の先端から出たデバイスが病変を焼いたり切ったりするときに、高周波装置が発する効果音だった。

ポーポーうるさいそれを、ふと見た。

そこには、「VIO 300D」と書かれた箱形の機械があった。ああ、あれが高周波装置……。

あっ……。

「バイオ」とはVAIOではなくVIOだったのだ。はじめて気づいた。

某国に存在したパチモンというのは、「SOMYのPAIO」などではなくて、「PIO」なのだ。偽ブランドパソコンの話ではなく、偽ブランドの高周波装置だったのだ。





あのとき内視鏡医はこう言った。

「踏んでも熱があんまりかからないときがあるんですよ(笑)」

ぼくはそのことばを、知ったかぶりして流していたが、今にして思い出せば、とてもヘンである。

ノートパソコンを踏みつけて熱がどうとか言う話をする人がいるだろうか? いやまあそういう性癖の人もどこかにはいるかもしれないが、いくらなんでもそこで「おかしい、何の話だ?」となってしかるべきであった。

彼は、内視鏡に用いる、熱焼灼用の高周波装置の話をしていた。つまり、パチモンを使って内視鏡を操作しているとどこか日本のマシンと比べて性能が劣るんだ、それでもあの国では立派に胃カメラ・大腸カメラ業務をやってるんだ、という意味で笑っていたのだ。




バイオの話はまあ笑い話で済むかも知れない。

けれども、ぼくは続けて思った。ぼくは日頃から、内視鏡医たちが、あるいはもっと他の科の臨床医たちが、日常的に使いこなしている専門用語を、「いまさら聞けない」などの理由で知ったかぶりをしてやりすごしてはいないだろうか?



ロジスティック回帰分析。

FN(発熱性好中球減少症)。

ルー・ワイ・吻合。

アンチトロンビンIII値。

TAVI(経カテーテル大動脈弁留置術)。



ぼくが日頃から、便利に使っているつもり、のことばたちである。けれど、ぼくはこれらを、たとえば看護学生に、たとえば患者に、たとえば家族に、意味・機能・存在意義など正確に教えることができるだろうか?

できない。

ぼくは詳しく知らないものを、知ったフリをしている。

ライブデモの会場で、ぼくは少し赤面していたと思う。





病理医の仕事は、臨床医に向かって知ったかぶりをすることではない。そんなことに今さら気づき、ああ、40で不惑なんてうそっぱちだ、と、あらためて戸惑いながら、教科書をめくるしかない。