2018年5月14日月曜日

病理の話(199)

「研究なんかしなくてもさあ、毎日まじめに顕微鏡診断して、給料もらえば立派な医者じゃん」

「カンファレンス? こっちから話すことなんかないよ、病理の報告書にぜんぶ書いてある。臨床のことは臨床医が依頼書に書いて教えてくれればいい話だよ」

「顕微鏡像に誠実であれば十分『病理医としての職責』は果たせてる。ほかの余計な仕事をする気は無い」

こんなかんじの病理診断医が、世の中にはけっこういる。

……こんなかんじ、といっても、専門用語が多くてわかりにくいかな。

もう少しわかりやすい例で書き直そうか。

上の病理医を、「ローソンでバイトしてる大学生」に入れ替えて、「見立て」てみよう。

だいたいこんな雰囲気のことを言っている。

「棚の並び方によって商品の売れ筋が変わる、みたいなのは本部が考えればいいことじゃん、俺はバイトなんだからレジを間違えなく打つことだけ考えてればいいだろ」

「客に愛想をよくしろ? 客だって投げやりに小銭投げつけてきたりするじゃん、別に必要以上に険悪にしてなければさ、人と人とが触れあうとかどうでもいい」

「まじめにバイトしてるんだから、バイト以上のことを求められる筋合いはないよ」

まあそうだね。けっこう正論だと思う。共感もできる。



一部の病理診断医にとっては、「研究」とか「論文を書くこと」とか「臨床医とコミュニケーションをとること」というのが、

・本職ではないこと
・給料は発生しないし、やりたいやつは勝手にやればいいこと

という位置づけになっている。

食って寝て遊ぶためのお金を稼ぐことが目的ならば、研究とかコミュニケーションなんてのは、まったく手を出す必要がない。

全く研究をしなくても、コミュニケーションを必要最低限しかとらなくても、病理診断医としてお金を稼ぐことは十分できるのである。

それが、いい、悪いという話をしたいわけではない。ぼくはこの価値観は十分にアリだと思っている。



その上で。

ぼくはコミュニケーションを取りたがるほうの病理診断医だ。

や、たしかに、ツイッターでしゃべる方のコミュ障とかいわれることもあるくらいだから、コミュニケーションがうまいわけではないだろう。けれど、なるべく欠かさないようにはしよう、と思っている。うっとうしかったらすみません。



研究もわりと好きだ。

や、まあ、その、ぼくは大学にいる人たちと比べたらゴミみたいなインパクトファクターしかもっていない。ぼくごときが「研究」を語ると、おこがましいことを言うなと怒る病理学者もいるだろう。でも、臨床レベルでちまちまと研究を続けていることは確かだ。ごめんね研究者として小粒でごめんね。




なんでぼくは、金にならず、本業から外れたことをわざわざしているのか、という話になる。



ぼくは(ご存じかもしれないが)計算高い性格だ。

慈善事業はしない。

「ぱっと見は自分の得にならないことをする」場合も、真にボランティアでやっていることなど、まずない。

「それ」が、めぐりめぐって自分の立つはずだ、というところまで考えてから、やっている。




そんなぼくが、研究とかコミュニケーションをやっているのはなぜなんだろう。

研究も、コミュニケーションも、給料になんらかの上乗せをしてくれるわけではない。

わかりやすい「利益」を得られた覚えがない。

じゃあぼくは、何を計算して、こんなことをしているのだろうか?





この答えはたぶん1つではない……と書いた方が、謙虚でいいのかもしれない。

けれどぼくの中では答えは1つだ。けっこうはっきりしている。

それは、

「商売道具である脳を、常に磨いておくため」

だ。




プロ野球選手は年俸制だと聞く。1年間、プロとして試合で活躍することを前提に給料をもらう。

彼らは、オフには何をしていてもいいだろうか?

商売道具である肉体を、遊ばせていていいだろうか?

答えはイエスでもあり、ノーでもある。

休息を取ったり、遊んだりすることは、きわめてだいじだ。

けれど、オフタイムにも、体がなまらないように多少走ったり、野球とは関係ないゴルフで体を動かしたりする。

あるいは、休息するにしても、「計算して」休息する。

決してパフォーマンスが落ちるほどの「だらけ」はしない。

オフのトレーニングが、給料に直接関係するわけではない。けれども、休息も含めたオフの過ごし方は、次シーズンに最高のパフォーマンスを示すために必要な準備期間として設定される。

それがプロのやり方だろう。




ぼくにとっての基礎研究や、臨床医療者たちとの必要以上のコミュニケーション(学会、研究会、画像対比の会……)は、病理診断医としての給料には直接関係しない。

けれども、これらは、ぼくの商売道具である脳を鍛え続けてくれるハードトレーニングになる。

脳というのは筋肉といっしょで、あまりフルタイムで使い続けていると疲弊してしまい、うまくコンディションを整えられなくなる。だから、オフを与えることも必要だ。ただしそのオフは、ある程度計算して与える。

プロ野球選手がシーズンオフにずっと遊んでばかりではないように。

そして、遊ぶのとおなじくらいの時間をかけて、研究をする。

遊ぶ以上に長い時間をかけて、コミュニケーションをとる。




これはぼくの主観だが、脳は筋肉より、「もつ」気がする。

あくまで自分のために、脳に負荷をかけ続ける上で、研究とコミュニケーションはもってこいだ。

読者の中に病理医がいるならば、試してみてほしいなあと思う。