2018年8月7日火曜日

病理の話(229)

病理医が細胞をみるとき、その見方にもいくつかのパターンがある。

たとえばなしをしよう。

顕微鏡で細胞をみる、というのは、望遠鏡で人々をみる、というのに似ている。だから、望遠鏡の話にすりかえてしまう。



スカイツリーの上に展望台がある。

その展望台に、「望遠鏡」があるとしよう(実際にあったと思うが覚えていない)。

実はこの望遠鏡がとても高性能で、浅草の雷門をぐぐっと拡大することができる。歩いている人、商売をしている人、近くのお店、道路、警察署、ほかさまざまなものを簡単にみることができる。

望遠鏡で人々を眺めて、そこにチンピラがいるか、ヤクザがいるかを見極めることができるだろうか?

たぶん、かなり難しいと思う。

けれども、そのチンピラとかヤクザが、思い切りリーゼントで、上半身が裸で、背中一面にイレズミをしていたらどうだろう。しかも右手に竹刀をもっているのだ。

「あっ……この人……悪者だ!」

その人の姿かたちに特徴があれば、1名の悪者を見出すことができる。




がん細胞を見つけ出すということもこれと一緒だ。

無数の細胞の中に潜む、「あきらかに姿かたちのおかしい細胞」が見つかれば、それをがんであると診断できる……かもしれない。

けれど、浅草の人ごみに、悪そうな人1名を探し当てるというのはかなり難しいだろう。

店の中に入っているかもしれない。道の暗がりに潜んでいるかもしれない。

そもそも、「悪そうなかっこうをしているけど、まだ悪いことをしていない人」かもしれないのだ。




じゃあ、真の悪者を見つけ出す一番いい方法は?




それは、望遠鏡で、「実際に犯罪行為が行われている瞬間」を探せばいいのだ。

お店の窓を割ったり。

そこらじゅうの人々に切りつけたり。

雷門に火をつけたり。




そう、人々の姿かたちだけではなく、その人々が「何かを壊したり、何かに攻め込んだりしているところ」をとらえるのがポイントである。




悪者が徒党を組んでいたらなおわかりやすいだろう。

そろいの黒スーツを着込んで、あやしいサングラスをかけた集団が、次から次へとそこらじゅうの観光客に襲い掛かっていたら、望遠鏡であろうとすぐに「おかしい」と気づくことができるだろう。




細胞ひとつの「姿かたち」だけを見ようとするのではなく、細胞同士の関係や、細胞が徒党を組む姿、かたまりとなった細胞が周りを破壊していく姿を見極めればよい。

これを、「細胞異型だけではなく、構造異型をみる」とか、「細胞が浸潤する像を探す」と呼ぶ。






さて、スカイツリーの上から破壊行為を眺めていたあなたは、忸怩たる思いにとらわれることだろう。

「今まさに破壊行為が行われている! 通報しても……被害は甚大だ……!」

できれば、あの悪者たちが、悪さをする前に通報をしたかった。




顕微鏡でがんを探すのもこれと似たところがある。

すでに悪さをしているがん細胞の集団を探すのもとても大切なのだが、これから悪さをするかもしれない、「がん細胞の芽」を見極められたら、それはお手柄なのだ。




まあそう簡単にはいかないのだが……。