2018年8月17日金曜日

病理の話(233) モグラの職業病

一日中パソコンをばかすか叩いていたある日、職業病が発生した。頚椎症である。もうだいぶ前のことだけれど。

デスクトップPCに正対して診断を入力しているときはそれほどつらくない。

顕微鏡をみるときに少しだけ前屈みになっているとだんだんあちこちがしびれてくる。

何より、私物のノートPCに向き直って、PCに覆い被さるような姿勢でツイッt……論文を書いているとてきめんに効く。左手がじんじんしはじめるのである。

3通りの姿勢でひたすら脳と目と指とを酷使している。そりゃ頸椎に負担もかかるだろう。




これを機会にと、さまざまな病理専門医に「職業病に関する聞き取り」を行った。

病理医は患者に会わずに、ひたすら顕微鏡を見続ける仕事であるので(ぼくは実は顕微鏡を見ている時間はさほど長くないんだけれど)、やはり目のトラブルは多い。

そのため、歴代、「目を守るための極意」みたいなものを伝え聞く。

一番よく言われるのは、

 「顕微鏡の光量を落とせ」

である。今瞬間的に、「校了を落とせ」と変換されて発狂するかと思った。



顕微鏡をはじめて見た学生、あるいは子どもというのは、ほぼ例外なく、明かりをかなり強くして視野を観察する。

なんだろうな、望遠鏡だと向こうがぼうっと暗く映ることがストレスでもあり楽しみでもあるわけだが、顕微鏡だとやはり、ミクロの世界をまばゆく観察したいという本能みたいなものに心を動かされるのかな。

「集合顕微鏡」という、複数人で同時に顕微鏡をみることができる顕微鏡(光路が途中で枝分かれして、複数の箇所に接眼レンズがついているのである)をのぞくとき、研修医にプレパラートを操作させると、まず間違いなく視野が「明るい」。

だからすかさず指摘する。「あんたの光量まぶしすぎるよ モグラはまぶしいの苦手だ」。

踊る大捜査線のパロディなのだが、わかってくれる人はいない。




そして、目を保護したら、次は姿勢だ。

椅子にクッションを入れたり、逆に顕微鏡の高さを変えたりすることで、姿勢がくずれないようにする。地味だがこれはとても効く。

脳をふっとうさせながら診断をしていると、自分の脊椎にかかった負荷に全く思いが及ばなくなるので、何時間も顕微鏡をみたあとにふっと息を抜いたらあちこちがバキバキに凝っている、なんてこともある(繰り返すがぼくは近頃はこんなに顕微鏡を見ないんだけれど)。

だから姿勢はほんとに、繊細に調整しておいた方がいい。おじさんとの約束だ。モグラは前傾姿勢も苦手だ。




最後にノートPC。

病理医にとって私物のノートPCほど重要なものはない。

ツイッ……論文検索をせずに仕事が終わることなどない。Vade mecumという強力サイトを知らない病理医は人生をソンしている。

ところがノートPCというのはそもそも姿勢によくないのだ。だってモニタとキーボードが近接してるだろう? どうしたって熱中してると覗き込まざるを得ない。「指先から電脳世界に炎を注入」とかやってるともうだめだ。

だからぼくは外付けキーボードを導入してモニタとキーボードを無理矢理ひきはなすことにした。それなら最初からデスクトップにすればよいのでは、という指摘もあろうが無視していく。ノートを使わなければいけないタイミングというのがあるのだ。まあもう一台買えばいいんだけど。実際ぼくノート2台もってるし。



そしてついでに重要なのがイヤホンである。ぼくは仕事中ずっとイヤホンを耳につっこんでいるのだけれど、これが有線だとほんとに移動が制限されてムダに疲れる。Bluetoothのワイヤレスイヤホンがおすすめだ。そうすれば仕事中いくら体をひねろうとも、なんなら書類とかプレパラートをとりにいこうとも音楽を聴き続けられるぞ!




……ふまじめだと思われそうなので釈明をしたいがモグラは釈明が苦手だ。