2018年8月21日火曜日

病理の話(234) WHO分類という世界標準

「がん」には、世界に通用する分類、というのがある。

かの有名なWHOがとりしきっているので「WHO分類」という。まんまだ。

病理医、さらにはすべての医者は、がんをこのWHO分類に準拠して見分け、治療を選択する……。



のだが、実は、WHO分類は日本人にとって必ずしも万能ではない。

世界のほかの国々に比べると日本人は胃がんが多かった。今は少しずつ減り始めているけれどそれでもまだ多い。

これは日本人、さらには極東アジアにおいて、「東アジア型ピロリ菌」というものが分布しており、人々に多く感染していたからだ。

おなじピロリ菌でも、パキスタンのピロリ菌は胃がんに関与していないと思われる。

つまり「がん」の原因には地域差があるのだ。だから、世界のどこでも同じ分類を使っていると、いろいろ不都合が生じてくる。



WHO分類だけで診療を終えられない理由はほかにもある。

人種によって人々の権利を差別することは「やっちゃいけないこと」なのだが、人種ごとに疾病にかかる割合や治療に対する反応が異なることを区別することは「やらなければいけないこと」だ。

同じ病気であっても、人種が違うと、かかる頻度も違うし、ときにはその生物学的態度(どれくらいのスピードで悪くなるか)も変わってくる。

海外で認可された抗がん剤を日本人にすぐ使うことができないのも、海外で有効だったからといって日本人に有効であるとは言い切れないからだ。



ということで、日本には「日本人のために編集された分類」というのが存在する。がんにおいては「がん取扱い規約」というのがこれだ。

取扱い規約は日本語で書かれており、比較的よみやすい。だから日常診療ではこちらをひたすら読み込み、WHO分類は見もしない医療者、というのも山ほどいる。




肝要なのは「すべてを知った上で使い分ける」ということだ。

「WHO分類は日本人にあわせて作られていないから取扱い規約だけでいいよ」みたいなことを言い出す病理医は信用できない。

同様に、「取扱い規約なんて日本ローカルの仕様なんだから見る意味ない、WHO分類さえ守っていればいいんだ」と言い切ってしまう病理医もちょっと問題がある。

世にある多くの分類にはそれぞれに言い分があり、メリット・デメリットがあるので、それらを一通り知った上で使い分けることこそが重要となる。




……以上のことは、がんの分類に限らず、ほんとうにさまざまなことにあてはまる。

AとBとを比べて、「Aがあれば十分だよ、Bなんていらないよ」と言い切るためにはものすごい量の努力と知性が必要なのだが、果たして、私たちは普段、そこまで考えてAとBとを見比べているだろうか?

「見なくてもわかるよ」をふりかざしてはいないだろうか?