2018年9月14日金曜日

病理の話(243) 結論が変われば前提も変わる

病理医の仕事は主に2つあって、

 1.病気に名前をつける
 2.病気がどれくらい進行しているかを見極める

である。これらは病理に限らず、たいていの医療者がやっていることで、2つあわせて「診断」という。病理医がほかの医療者たちと大きく異なるのは、この診断を顕微鏡を駆使して行っている、という一点に尽きる。

さて、顕微鏡をみれば病気の名前なんてすぐわかるだろう、だってモノを直接見ているんだから、などと思われがちなのだが、これが実に難しい。

難しいだけではなく、そもそも、時代によって名前がころころ変わってしまう病気がけっこう多い。がんも例外ではない。

昔、「内頸部型」と呼ばれていたとあるがんが、「通常型」という名前に変わった、なんてことがつい昨年もあった。

単に名前が変わっただけでしょ、とあなどってはいけない。

例えば、ダイエーホークスがソフトバンクホークスに変わってもホークスはホークスだ。しかし、オリックス・ブルーウェーブがオリックス・バファローズに変わったというのは、単に名前が変わっただけではないだろう。ここには「合併」が起こっている。

そう、病理の世界で……病気の名前が変わるとき、そこにはいつも、「合併」とか「分裂」のような、概念の変更が起こっている。

昔はある病気Aだと診断されていたものが、今はBという名前になっており、しかもかつてのEとかFという病気もこのBの中に含まれ……みたいなことがしょっちゅう起こっているのだ。

なぜこんな七面倒くさいことをするのか?




それは、病気の名前とか分類というものが、単に学者がよかれと思ってつけたものというわけではなく、

 ・対処法と密接に関連している

からだ。

ある形をしているがん細胞には、放射線治療が効きやすいとか。

がん細胞の表面にあるタンパク質が突き刺さっている場合、この薬がすごくよく効くとか。

ある遺伝子変異をもったがんだと、ある薬は全く効かなくなるとか……。

治療が進歩して複雑化すると、それに応じて、かつて同じ病気だった一群の中に、「ある治療に対する効き方の違い」が出現する。

医療者としては、「薬の効き方の違いによって病名を分けたほうが、対処がしやすいのでは?」と発想する。

だから病気の名前はどんどん移り変わっていく。




病理医の仕事は主に2つあって、

 1.病気に名前をつける
 2.病気がどれくらい進行しているかを見極める

である。ただ、これらは、「そこにある真実をみればいい」という類いの仕事ではない。現時点で人類が持っている「武器」を見極め、その武器との相性を加味した上で、その時代に応じた評価をしなければいけない仕事だ。

だから病理医は……いや、ちがうな、病理医に限らない、医療者というのは、この世が続いていく限り、ずーっと勉強し続けて、科学の進歩にあわせて変わっていかなければいけないのである。