2018年11月8日木曜日

病理の話(261) 病理がちょっと苦手な病気

マンガ・フラジャイルの中にはさまざまな「診断困難疾患」が出てくる。詳しくは、「プレパラートをちょっとみただけではまず診断名が思い付かない病気」とでもいおうか。

診断名が思い付かないというのは、なにも、人間の記憶力や発想スピードに限界があるから、というだけの理由ではない(まあそういうこともあるにはあるのだが)。

たとえば……。




そうだな、ここで、マンガに出てくる症例を用いてしまうと、まだ読んでない人にとってのネタバレになってしまうだろうから、少しひねろう。

最近届いた雑誌をてきとうにめくって、目に付いた疾患の中から、「これは難しいなあ」というものをピックアップしてみることにする。




「胃と腸 2018年11月号(第53巻12号)」は「知っておきたい十二指腸病変」だ。これを頭から見直すことにする。すでに読み終わってはいるので、あのへんかなあとある程度目星をつけて読み進む。

……やはりこれだろう。血管炎だ。

血管炎というのは特殊な病気である。全身のあちこちの、大小さまざまな血管に炎症細胞が攻撃をしかける。自分たちが運ばれる道路を自分たちで壊してしまうのだ。渋谷のハロウィンみたいなものである。

大きめの血管に炎症が起こることもあれば、毛細血管に炎症が起こることもあり、実は「血管炎」といってもいくつかの種類がある。IgA血管炎と、顕微鏡的多発血管炎と、高安動脈炎と、川崎病では、それぞれ症状も違うし治療も異なる(ほかにもいっぱいあるぞ)。


血管炎の診断は皮膚や腎臓、肺などの専門家が行うことが多い。そして、しばしば……まれに、かな……胃腸にも異常が出ることがある。

そして、これが非常に難しい。なにが難しいって診断がしづらいのだ。

胃腸に異常が引き起こされる血管炎は、なんともとらえどころがない。

ピロリ菌による胃潰瘍・十二指腸潰瘍となんらかわりないように見えてしまうこともある。顕微鏡での診断はほとんど不可能だ。

これを例えるならば……。



渋谷の若者が騒いで警察にひっぱられるにはいくつかのパターンがある。

ハロウィン。正月。クリスマス。ワールドカップで日本が勝ったとき。

どれであっても若者は興奮して騒いで窓ガラスを破壊したり車をひっくり返したり川に飛び込んだりするだろう。

若者だけを拡大してみればそこにいるのはちょっと頭脳が足りなくてテンションが高い、でも凶悪な犯罪者などではない単なるいち日本人にすぎない。

若者だけをみて、仮装しているからハロウィンだろうとか、ほっぺに日の丸がついてるから日本代表の試合に関係があるのだとか、ある程度の推測はできるかもしれないが……。

まあわからないときは本当にわからない。

そういうときは、むしろ、若者を拡大するのではなくて、ニュースをみる。ほかの地域で起こっていることを知る。日本全体を把握する必要がある。




血管炎の診断もこれに似ている。

血管や炎症だけを顕微鏡で拡大してもなかなかわからない。

全身に何が起こっているかを臨床医と一緒にすべて把握して、はじめて顕微鏡で何が見えているかの意味がわかることがある。

こういう症例を相手にするとき、病理医は大きくふたつに分かれる。




A)そんなのは臨床医の仕事だ。顕微鏡で決められないものを病理医にわたすな派

B)病理にやってきたら臨床も病理も関係ない。俺も臨床情報に口出しして一緒に診断するぞ派




この2つは基本的に性格でわかれる。どちらがいいとは言い切れない。どちらもうっとうしくて暑苦しいことにかわりはないからだ。

ただ、真剣でさえあればよいとは思う。