2018年11月22日木曜日

病理の話(266) 科についてのこと

医者をとっつかまえてきて、

「ご専門は?」

とたずねてみよう。どんな回答が返ってくるかな。

「外科です」

「内科です」

「小児科です」

もしこう返ってきたら、もう少し細かくたずねてみよう。

相手はまだ、こちらに心を開いてくれていないようだ。

あるいは、ニセ医者かもしれない。





たとえば、スポーツマンをとっつかまえてきて、

「ご専門は?」

とたずねてみたら、どういう返事がかえってくるだろうか。

「野球です」

「サッカーです」

「ラグビーです」

まあたとえばこういう返事だったとする。

そしたら、きっとあなたは、もっと尋ねることができる。「ポジションはどこですか?」

すると、

「ピッチャーやってます」

「ボランチです」

「タッチラインをきれいに引くのが得意です」

みたいに、さらに深い答えが得られる。



いまどきの医者はとにかく専門性が極まっていて、狭く、深く、自分の得意領域を囲い込んでいる。

外科……の中でも、さらに、肝臓を切るのが得意な外科、とか。

内科……の中でも、特に、甲状腺の病気に詳しい内科、とか。




病理医もそうだ。

病理医として働くとき、病理専門医という資格があるとべんりで、この資格をとるためには「全部の臓器の病理」に詳しくなる必要がある。

それだけに、病理医といえばすべての臓器の顕微鏡像に詳しい……と思われがちなのであるが……。

実は病理医にも細かく得意とする領域があることが、圧倒的に多い。




ぼくは消化管と肝臓、膵臓、胆道、乳腺、甲状腺、肺の病理に比較的詳しい。

血液・悪性リンパ腫、軟部腫瘍の病理についてはわりと興味をもって勉強している。

泌尿器科領域、特に腎臓や尿路、前立腺についてはそこそこ経験がある。

産婦人科の臓器についてもしょっちゅう見ている。

一方で、脳や神経の病理については日頃あまり見なくなった。理由は、自分の病院に、脳外科がないからだ。

また腎生検もみていない。自分の病院に、腎臓内科医がいないからである。



この中でひとつ、専門はどれ、と聞かれたら、悩んだ末に、「消化管の病理ですかね……」と答える。消化管といっても食道と胃と大腸と小腸があるので、より深く尋ねられれば、より細かく答える準備はある。



これだけ細かく分担をしないと今の医学は太刀打ちできない。

だからこそ、日常診療において大事なのは、「他分野に詳しい人々」と仲良く連携すること。

自分の得意分野だけで勝負するのも悪くはないのだが、あまりに狙い球を絞りすぎると、見逃し三振が増えてしまう。自分の苦手なコースについてはほかの人に打ってもらうというのが、長く楽しく病理医を続けていくコツのひとつではある。




……でも、それでも、あくまで自分の専門領域を、狭く、深く、厳しく追及していくタイプの病理医というのもいて、ぼくはそういう人のことを、「いいなあ」「うらやましいなあ」と思って、眺めてはいる。