2018年11月7日水曜日

鴨のイベント

札幌市中央区の書肆吉成(池内店のほう)は雰囲気のよい古書店だった。本店のほうには行ったことがあるのだが、このあたらしいほうの店ははじめてだ。

池内は、妙に値段の高いセレクトショップや突然のクッキングスクールなどがひしめく細長いビル、というイメージのファッションビルだ。いまはIKEUCHIと書くのだろう。三越、丸井、池内と漢字でおぼえていた時代がなつかしい。しばらくこないうちに中の店は少し入れ替わっていた。商品も安くなったように思えるが、そうでもないのかもしれない。

「浅生鴨トークイベント」に出席したぼくはごきげんだった。そもそも彼の書いた「どこでもない場所」はぼくの生涯のベストオブエッセイなので、トークが仮につまらなくても最高だったと言ったであろうが、トーク自体も適度な速度と温度と湿度で実によかった。出席者の大半はいかにも本が好きそうな女性たちで、ああ、札幌にもこういう人があちこちにいるんだよな、と少しうれしくなったりした。書肆吉成の代表はぼくとほとんど同い年で、軽くあいさつを交わしたのだが堂に入った本読みという風情で実に頼もしかった。

そういえばこの2日間で、多くの人間に会った。誰もがぼくの主たる仕事内容を全く知らないという珍しいパターン。だからか、ぼくはどこか出会いに他人事感覚を引きずったまま、はじめまして、光栄です、勉強します、うれしいですなどの対初対面汎用台詞を連発した。こういうときのぼくの「申し訳ない気持ち」はちょっとかんたんには名状しがたい。

芸術家とか音楽家とかいわゆる創作をするタイプの人間に畏怖というか本能的な怯えをもっている。ウェブにうるさいクリエイター(笑)とは違う本物の創作者たちがごっそりいたのでぼくは自分の気配を消したくてしょうがなかった。

サングラスをした浅生鴨は見た目もしゃべりかたもあごの使い方もどこかタモリに似ていた。ぼくは20年以上昔に読んだ本に書いてあったフレーズ、「男子たるもの死ぬまでに一度はタモリ倶楽部の準レギュラーになりたいものだ」を思い出していた。もしぼくがこの先ラジオ番組をもつことがあるならば、いつか彼をゲストに呼んで、ぼくは番組の間中ずっと萎縮していたいものだ、と考えながら、もうすぐもらえるであろう書籍へのサインに心をわくわくとさせていた。