2019年1月21日月曜日

病理の話(285) ヤクザといってもいろいろある

今日は「がん」の話。

たとえば肺がんと大腸がんと乳がんと胃がんでは、振る舞い方がまるで異なる。

アメリカのマフィアとイタリアのマフィアと中国のマフィアと日本のヤクザがすべて「やり口が異なる」のに似ている。

いずれも「悪人である」ということは一緒なのだが、密売しているのが拳銃だったり大麻だったりアワビだったりと、シノギの手段が異なるし、用いている言語も異なるし、アジトの建て方も、犯罪の起こし方もすべて異なる。



さらにいえば、「胃がん」と言っても何種類かある。

日本のヤクザ、とひと言でまとめても、釧路のヤクザと神戸のヤクザと北九州のヤクザが少しずつ違うのと一緒だ。

胃の入り口付近に出てくるがん、胃の出口付近に出てくるがん、胃の真ん中当たりに出てくるがん、というように、場所によって、がん細胞の見た目が違う傾向がある。

そしてこれらの「悪事をはたらく早さ」もどうも違うらしい。

おまけに「見た目」も少しずつ変わっている。



医学が年々進歩すると、このように、「今までひとことでまとめていた病気を、実は何種類かに分けることができる」ということがわかってくる。

別に学者が分けたいから分ける、という学術的な理由だけではない。

種類ごとに治療法を細かく変えた方が、患者にとってメリットがあると考えられているのだ。



胃の一部のがんは、あまり大きく切り取らなくても、そんなに急いで切り取らなくても、ゆっくりとしか大きくならないのではないか、ということが言われている。いわゆる「あまり悪くないタイプのがん」だ。

かつて、誰の胃の中にも高確率にピロリ菌がいた時代は、「ピロリ菌によるブースト効果」みたいなものが生じており、この「弱めのヤクザ」は胃の中にはそこまで多く検出されなかった。どうも、ピロリ菌は、胃の環境を荒廃させることで、ヤクザのパワーをアップさせる力があったようなのだ。治安が悪いとヤクザが元気になる、みたいなものか。

近年、ピロリ菌の感染率が低下することで、リアルガチなヤクザの数が少し減ってきた。かわりに、弱いヤクザの存在感が少しずつ増してきた。

このため、弱いヤクザを強いヤクザと見分けたほうがいいのではないか、という研究が少しずつ進んでいるのである。



ただ、想像力をはたらかせていただきたいのはここからだ。

「なあんだ、最近はヤクザなんて怖くないんだな」とはなかなか言えないということ。

ヤクザがいるとなったら、それが「弱いのか強いのか」をしっかり判断して対処しないと、その後、いろんな意味で痛い目に遭うのである。

弱いヤクザだと思ってのんびり治療していたら、ヤクザが思ったより早く勢力を拡大した、というのはまずい。

また、強いヤクザだと思って強烈な治療を加えたが、実は弱いヤクザだった、となると、体に治療という名の強い負荷をかけてしまったことのマイナス面が気になるかもしれない。



ひとことで「がん」といってもいろいろある、というのは、体内に発生するすべてのがんに言えることだ。実を言うと例外がない。

科学にはたいてい例外がある。「絶対とは言えない」というのが真摯な姿勢だ。

でも、「がんにはいろいろある」ということには、例外がない。

もっといえば、「世の中のあらゆるものごとには多様性があること」については例外がないのだ。

……哲学みてぇになってきたので今日はここまでとします。