2019年2月6日水曜日

病理の話(291) 病理医を目指すあなたへの五箇条

病理診断をして暮らしていくコツみたいなものを、覚え書きのように書く。


1.顕微鏡のライトはおさえめにすること。

 正直に言うと、この仕事は、一日中顕微鏡を覗いている仕事……ではない。けっこうほかにも見るモノはあるのだ。本だったり、パソコンだったり、臓器の肉眼像だったり。それでも、やはり、顕微鏡をみる時間というのはそれなりに長い。で、これはぼくの主観でしかないのだけれど、はじめて顕微鏡をみる学生とか、病理をはじめて間もない研修医が顕微鏡をみるときに、横から声をかけて、接眼レンズを覗かせてもらうと、とにかく、「明るい」。「明るすぎる」。なんとなく本能的に、人は顕微鏡をみるときに、明るめの視野にしてしまうらしい。そこまで明るくなくても十分に細胞の詳細はみられる。明るすぎると細かな輪郭とか色調の差がわかりにくくなる。何より、長時間顕微鏡をみようと思ったら、そんなに明るいと眼精疲労がやばいことになるぞ。暗くしろ暗くしろ。


2.イスと顕微鏡の高さを死ぬほどきっちり合わせること。

 これはもう老婆心というか長老心くらいの気持ちで強めにお伝えしたい。ここをおこたると、5年で首が死ぬ。肩も死ぬ。おもしろいくらいに死ぬ。だから絶対に顕微鏡とイスの高さだけは最初にきちんと合わせておいた方がいい。前傾姿勢になりすぎていないかどうか。丁寧に合わせた方がいい。


3.イスは背もたれで選ぶな。

 2.とちょっと関連するのだけれど、病理医にとってイスは「もたれて使うもの」ではない。少し試してみればすぐわかるのだが、背もたれに体をあずけながら顕微鏡をみるというのは不可能だ。だから、顕微鏡をみるときに大事なのは、「細かく適切に高さの調節ができること」と、「座面の前のほうに浅く座って顕微鏡に向き直ったとき、自分の骨盤がしっかり支えられていること」である。ありがちなミスとしては「オフィスチェアやオットマン型のチェアで高いのを選ぶ」というやつで、これはもう笑えない、実際、病理医にも実際にハーマンミラーなどの高級イスを買って「これで完璧だ」と思っている人がいっぱいいる。しかし実際に座って見るとわかるけれど、背もたれと座面の関係がいかに完璧であっても軽度前傾で顕微鏡をみる姿勢のときにはほとんど関係がない。顕微鏡をみるときに体に疲れがこないイスというのは、後傾姿勢ではなく前傾姿勢を支えてくれるイス、具体的には「受験生用のイス」が最適解である。もっとも、顕微鏡をあまり見ずにパソコンに向かってバカスカ検索したり論文を書いたりツイッターをしたりするぼくのようなタイプは高級オフィスチェアに座ってもそれなりにうれしさがこみ上げる……けれどそこまでする気がないので普通にコクヨの安いオフィスチェアを使っている。


4.パソコンのうち一番よく使うほうの光量を下げろ。ただし顕微鏡写真をとる方のパソコンはデフォルトの明るさにしておけ。

 マニアックでしょ。でも大事。まず自分が一番よく使うPCは、顕微鏡同様に光量を抑えめにしておいたほうが目にやさしい。そして、ここが究極マニアックなのだが、「臨床医のためにプレパラート画像の写真を撮る」ということを病理医はよくやる。顕微鏡で適切な細胞像を探してそこを写真に撮るわけだが、このとき、「パソコンの光量を落としすぎていると、画像本来の明るさを低めに見積もってしまい、結果的に臨床医が画像を渡された際に『なんか妙に明るいな』ということになる」。……まあ相当繊細な臨床医以外はほとんど気づかないレベルの差なのだけれどぼくはこのミスをよくやらかす。病理医としてクオリティの高い写真を撮りたいと思ったら、自分のPCの光量を低めに設定していることを計算してカラーバランスを調整しないといけない。


5.敬語を丁寧に使え。

 顕微鏡とかパソコンとかイスの話ばっかりしたので、最後に何か一つ実践的なことを書いておくと、ぼくが考えるもっとも重要な病理医スキルは敬語をうまく使うことである。病理医のクライアントは「医療者」である。病院の中ではあらゆる医療者がそれぞれ異なる専門性を持ち寄って協力し合い、チームとして医療を行うわけだが、「病理」というのはその中でも専門性が強すぎるため、病理の話をされた他分野の人たちは基本的に「論理で殴られているような気持ちになる」。このことはとても大事だ。こちらが職能を発揮すると相手は全くひと言も反論できなくなってしまう。この不均衡性を是正するにはとにかく相手に対する敬意を忘れてはいけないし、礼を尽くすために「敬語」は最低限である。親しき仲にも礼儀ありというが逆である、医療界では、礼儀ある中に親しさが生まれてくるものだ。




こんなところだろう、あとは、ちゃんと勉強し続けよう。これは病理医に限った話ではない。……というかどれもこれも病理医に限った話ではないのだが。