2019年2月25日月曜日

病理の話(297) ウイルスという強敵

かぜって何なんだろうな、というのをきちんと説明しようと思うとかなり難しいのだ。

ウイルスって何がしたいんだよ、って話になってしまうからだ。



かぜの原因となるウイルスは1種類ではない。ウイルスが違えば、ウイルスの「もくろみ」もまた異なる。

その上で、とってもざっくりと、かぜの原因ウイルスがやりたいことを考えてみる。



ウイルスがやりたいことは、「増えること」。

ひたすらこれだ。

自分が長生きしたい、とかではない。とにかく子孫を増やしたい。

そんなウイルスはDNAとかRNAのカケラでできている。

DNA? RNA? そもそもなんのこと? という人もいるかもしれないが、DNAというのは「デオキシリボ核酸」という物質名にすぎないので、ま、素材みたいなものだ。

DNAとかRNAとかタンパク質とか脂質とか糖質とか、そういったものが複雑に絡み合って、まるで巨大な都市のように連合してうごめいているのがぼくら人間であるが、ウイルスなんてのは、ぼくらが素材として用いている物質のひとかけらにすぎない。

なのに、いっちょまえに増えたいというのだ。まったく不思議なやつらだ。




レゴ展が開催されているとする。

レゴで、タージマハールとか、シドニーのオペラシアターとか、マーライオンだとか、世界の名所を作り上げる達人がいて、それを見に行ったことがある。すごかった。

で、その会場で、レゴの1個が勝手にうごいて、勝手に増殖していたらだれだってびっくりするだろう。

ウイルスってのはそういうやつなのだ。度肝を抜かれる。





さて、そのウイルスだが、自分で分裂して増えるとか、つがいになって増えることはできない。

生命としてはあまりに貧弱なのだ。なにせDNAとかRNAのカタマリに過ぎないからね。まあいちおうカプシドと呼ばれるタンパク質のカラを持ってはいるのだけれど。ガチャガチャのカプセルの中に、レゴが数個つながって入っているとイメージすればよい。

こんな小さい単位では、自分を増やすことなどできないのだ。そこでウイルスは一計を案じる。

「もっと増えるのがうまいやつらに寄生する」のである。

ここで使われるのが、ぼくら人間の、ノドの粘膜とか、リンパ組織などにある、ぼくらの細胞だ。

ひどいはなしだ。

自分だけでは増えることができない、不完全な生命(?)は、自分をきちんと増やすことができる完全な生命(=細胞)にとりついて、侵入して、中にある「増えるための装置」を勝手に動かして、自分を増やして、また出て行く。

ぬすっと猛々しい。




ウイルスというのは、自分がただ増えたいだけ。人体に悪さをする「つもり」など元々ないのである。まあ脳がない以上「つもり」もくそもないのだが……。

ウイルスは、だまっていれば、いずれ人体で勝手に増えて、勝手に出て行く存在だ。

では、人体に全く害がないかというと……。

細胞の増殖システムを勝手に使われるわけだから、栄養だって食うし、物資だって奪われる。なにより「異物」だ。人体は排除しようとする。

排除するには、「寄生された細胞ごとぶちこわしてしまう」。

残酷だが仕方がない。これが一番シンプルだ。

でも、この排除を行うと、結果的に、ウイルスに感染した細胞が破壊され、失われる。この時点ではじめて、「明確な被害」が人体に及ぶことになる。

ウイルスというぬすっとは、ひとんちに勝手にあがりこんで、台所で、勝手に冷蔵庫をあけ、食材を作って、自分が元気になり、なんなら増えてしまう。

そこで家ごと爆破して町を守ろうとするのが人体のやりかただ。もう少しかしこい方法はなかったのか?

……いや、これが一番かしこかったのだろう。

昔、江戸時代、火事があったら火が燃え広がるのを防ぐために、長屋は次々とぶち壊されたという。

文明開化前とはいえ、立派に文化が成熟していた江戸時代に、人間がよかれと思ってやっていたことを、ウイルスに対抗する人体はやっているわけだ。むしろかしこいとも言える。




で、ここからが重要な話になるのだが、人体は日々、さまざまなウイルスに出会っていると考えられている。

ウイルスは次々と人体に侵入する。

そして、かたっぱしから、「長屋破壊」によって、排除されている。

ウイルスが少量だと、われわれはウイルスが侵入してきたことに気づかないかもしれない。

ノドの粘膜というのはほっぺのうらがわの粘膜と似たようなぬめぬめした構造をしている。つまようじで、ほっぺのうらがわを、傷つけないように、そっとこすってみよう。すると、表面にうっすらと白いものがくっついてくる。

ここには細胞が100個くらいある。ごめん今のはすごい適当な数字だ。でもだいたいそれくらいだと思う。勘で。

細胞が100個剥がれたからといって、人体にはまったく影響がない。

するとウイルスが100個くらい入ってきても、その場で100個の細胞が「自爆」してくれれば、人体には大して被害が及ばないということになるだろう。

そうして、人体は日々、さまざまなウイルスの少量の侵入を許しては、文字通り「人知れず」排除していると考えられる。




そこにあるとき、圧倒的な攻撃力、感染力をもつウイルスがやってくる。100とか200というオーダーではない。数十万とか数百万とかのオーダーで、しかも感染力が強くて、一気に人体で増えるようなやつだ。

これに感染するとさすがに人体は大戦争状態となる。大火事だ。

これが、かぜ。

ウイルスの種類によっては、「はしか」だったり、「風疹」だったり、「インフルエンザ」のように、特別な名前が付けられる。

名前が付けられているやつはたいていヤバい。

人の歴史を遡ってもわかるだろう。「応仁の乱」みたいに名前がついている戦争はとても大規模だ。「○○村の一揆」みたいなのもあったのだろうが、記録には残っていない。程度問題である。そして程度が激しいものには名前がつく。




かぜも麻疹も風疹もインフルエンザも、所詮はレゴブロックのくせに、ずいぶんと人を悩ませる。

かぜには何種類もウイルスがある。インフルエンザウイルスだって一種類ではない。レゴブロックのパターン数は膨大だ。何百種類もある。何千種類もあるとかんがえてもいい。

だから対処はなかなか大変なのだ。レゴブロックに応じて、戦い方を変える人体の身にもなって欲しい。

常に治安維持だ。

火の用心を祈りながら、拍子木をカチカチならして、町内(人体内?)を練り歩く。

火事が起こらないように。火種に気を付けましょう。放火魔が放火する前にとっつかまえましょう……。

人体は激務である。




そこにときおりぼくらも手助けをすることができるのだ。

手伝うしかあるまい。

ワクチンという。

これでぼくらは人体に対して、ちょっとだけ手助けをできる。

まあ、何百種類もあるレゴの、ある一定の色にしか利かない防御手段だけど……。

やらないよりやったほうがはるかにマシ。

いっしょに町内会を守ってくれるんだ。ワクチンは。ワクワクするだろう? 何が?