2019年7月4日木曜日

病理の話(340) 上皮細胞堺雅人説

すごい抽象的な話します。

人体ってけっこう入り組んだ洞窟みたいなもんだ。

外からやってくる有象無象のうち、人体に必要な酸素とか栄養は、洞窟の先で体内に取り込む。

そしていっしょにやってくる敵の類いは、洞窟の壁より内部には入れないようにがんばってはじきかえす。

入り組んではいるけど、とにかく、大事なのはこの、中に何を入れて何を入れないかっていう判断なの。

だからその端境にいる細胞は言ってみれば最前線にいる兵士みたいなもので。

最前線にいるやつらってのはいつでも元気に働いて、しっかり壁をつくっておかないといけないわけ。

そういう細胞を上皮と呼ぶ。



上皮細胞は最前線にいる。

で、最前線でしっかりしてないと、栄養は取り込めないし、敵ははじき返せないし、いろいろだめなことがおこるから、ほんとに、すごい、「しっかりしている」。

隣同士とがっちり手を繋いで、隙間ができないように働く。細胞結合性っていうんだけど、となりと手をつなぐ能力が高い。

そして、手をつなぐ能力が高いだけじゃなくて、そもそも、細胞がパンっと張っていて、みなぎっていて、強そう。

最前線で存在感出して働くために、上皮細胞内には、サイトケラチンっていう「梁」みたいなものが、縦横無尽に張り巡らされている。人呼んで細胞骨格という。まさに文字通り、細胞がふにゃふにゃにならないように支えてくれているんだ。





まあここまで書くと勘のよい人は気づくだろう、じゃあ最前線にいない細胞ってのはふにゃふにゃしてんのかよ、と。

その通りなのだ。

上皮と呼ばれる細胞以外。すなわち非上皮。雑だがそういう呼び方をする。非上皮細胞はどれもこれも、ふにゃふにゃだ。

サイトケラチンを持っていない……いや、ま、細胞骨格がまったくないわけじゃないんだけれど、最前線で体を張る役割じゃないから、そういうしっかりした梁を持っていない。

線維芽細胞とか。

脂肪細胞とか。

神経細胞とか。

炎症細胞とか……。

これらはふにゃふにゃしてて、形が不定形もしくは小さすぎて単なるマルになっている。上皮細胞のように、角張ったラグビー選手とかクレイ・フォーサイトみたいな形状をした細胞ではないのだ。





病理医は、免疫染色という技術で、サイトケラチンを特異的に光らせる(そこだけハイライトさせる)ことができる。

上皮細胞はサイトケラチンがビカッとハイライトされる。

非上皮細胞はサイトケラチンがないので、光らない。

こうしてぼくらは細胞を見分ける手段をまた一つ手に入れる。




上皮細胞がクレイ・フォーサイトみたいだと言ったのはたぶん世界でぼくが最初のはずですので覚えておいてください。