2019年9月11日水曜日

食うからじゃね

ニンテンドースイッチとか3DSなどをやる時間があまりなく、かわりによく本を読む。今はそういう時期なのである。皮算用が進む。

「この曜日のここで本を読めるから、合計すると、1週間で○時間の読書ができて、1冊本を読むのに3時間とかんがえれば、合計○冊ずつ読み進めていけるはずだ……」

するとたいてい途中でいやになる。ノルマクリア目的で本を読んでいるなーと思うと休息にワンピース1巻から読破したい欲や、藤田和日郎全作品リレーマラソンしたい欲などがわきあがってきて、計画はすべてSay頬にキス。読書に対する猛烈な欲は少し緩和されて、マンガを読みまくったあとはしばらく本を読まない時期に突入する。なにごとも、あんまり計画でがちがちにしてしまうのはよくない。




……どうでもいいけどSay頬にキスじゃなくて水泡に帰す、だ。




水泡に帰すというのはおもしろい言葉である。

「これまで積み上げてきたものが無駄になること。」Web辞書などではそのように書いてある。感覚的にはよくわかる。水面でパチンと消えてなくなってしまう無常感を言い表したいのだろう。経済用語でバブルというときも、やっぱり泡が水面にでてきてはじけたところが思い浮かぶ。泡のもろさ、はかなさをイメージした言葉。思い浮かべているものは必ずしも水泡ではなく、ときにシャボン玉の泡の場合もあると思う。

「努力が水の泡」という表現は、感覚的にとても理解しやすい。

しかし……わからないのは「帰す」のほうだ。

なぜ帰る? 水の中に。あるいは泡の中に。

水泡になる、とか、水泡と化す、ではだめだったのか。




もともと泡で生まれたナニモノカが物理的に精製され、その後、ふたたび泡のようにもろくなる、とでも言いたいのだろうか。

でも古今東西、「泡から生まれた」というモチーフがどれだけあるだろう。

人魚姫も泡になって消えた。

泡から生まれた泡太郎という昔話も聞いたことがない。

泡指姫……なんだか風俗にありそうな名前だ。

泡はふるさとではない気がする。まあ「生命、エネルギー、進化」という本では深海の熱水鉱床付近で生命が誕生した可能性について書いていたし、あながち泡がふるさとという意見も見過ごせないのだけれど……。

生命はもともとみな海から生まれた、とかそういうことを言いたいのだろうか?

母なる海に帰った、みたいな?

「水泡」のはかなさを表現する上で「帰す」を使うニュアンスが不明だなと思った。




しかし、ふしぎだなーと思って「帰す」で検索をかけていると、ぼくのような国語の素人にも、だんだん、言霊みたいなものがぼうっと見えてくる。

「灰燼に帰す」。

「烏有に帰す」。

ほかにもいくつかの慣用句が出てきた。これらに共通するニュアンスは、「おうちに帰りましょ」ではなくて、「消える」という意味のほう。

つまり「帰」には「帰る」以外のもう少し深い意味があるのだ。おさまるところにおさまる、とか、消えて無くなってはかなくなる、みたいな。




「帰」という漢字はもともと「歸」と書いたらしい。だから現在の部首であるりっとうなどから意味をそのまま取ることはできない。

Webでしらべた限りだと、「歸」という言葉は、左半分が神に供える肉、それと足(止)、そして右半分が掃き清める意味のほうきを意味するらしい。

掃き清めた場所で肉をおそなえする、ということ。これだけだと、「帰る」というイメージが湧きづらいが……。

何かが移動して何事かが生じ、その後、本来あるべきところにいろいろおさまって、どうもありがとう、神様お肉をあげるよ、きれいにしとくからね。これが「帰」ということばの本来のニュアンスなのかもしれない。

儀式的だな。どこか、「死」とか「消滅」に対する感謝をにおわせる言葉かもな。





こういうことをちまちま検索しながらさいごに「水泡に帰す」という言葉に戻ってくる。水泡だけでなく、帰すの方にも、消滅のはかなさ、別れのさみしさみたいなニュアンスが込められている。

……でもそんなことを意識していなかった昨日のぼくも、「水泡に帰す」という言葉自体はそれなりにうけとめて、勝手にせつない意味で読んでいた。日本語ってのはふしぎだ。

メカニズムがわからなくてもテレビは見られる、みたいなものか。言霊を言語化していない状態であってもぼくらが繊細な言葉を使えるメカニズムというのはどうなっているのか。

ゲシュタルト的認知のなせるわざなのだろうか。





ぼくはこれからどれだけの量の本を読むのか、あるいは読まないのか。

それはわからないけれど、少なくとも、世の中の単語や慣用句のひとつひとつに込められた深い意味とか語源をぜんぶ知ることはないだろう。

多少なりとも知っておきたい。世のメカニズムをおさえておきたい。そう思って、届かないなりにも前に進もうと思って、今週はこれだけ本を読もうと心に決める。計画する。とりかかる。挫折する。水泡に帰す。捕らぬ狸の皮算用だ。




なぜ、皮なのだろう。どうして肉ではないのか?