2016年9月26日月曜日

病理の話(1) ある臨床医との電話

内視鏡医が尋ねてきた。

病理のぼくのデスクにはいろんな人がやってくる。ぼくが嫌いじゃない人には、
「電話しなくてもぽっと来ていただいてだいじょうぶですよ。」
と伝えてある。だからたいていはみんな電話してから来る。

この内視鏡医は、電話しないで来た。もちろん歓迎する。今日はどうなさいましたか。

「この内視鏡画像ちょっと見てください」

見る。見覚えがない。いつの症例かと尋ねる。数ヶ月前らしい。ならまあ忘れててもしょうがないかなあと思う。でも、話を聞いているうちに、ああ、画像見たなあこの人、なぜ忘れてたんだろう、などなどいろいろ蘇ってくる。

複雑な症例であった。すごく単純に書くと、「腸の機能が落ちた人」だ。個人情報に触れない程度に説明を書いておく。

科学とは分類なのだと言ったのは誰だったか。腸の病気をざっくり分けると、
・できる
・つまる
・ねじれる
・あばれる
などに分類できる。この書き方では今にも岡崎体育が歌い出しそうなので、もう少しきちんと分類をしよう。病理医の頭にはまず何をさしおいても

・特に症状はなくても、がんがあればそれはもう大変な病気だ

というのが一つある。患者にとっても医者にとっても、がんは別格だ。そして、「がんのあるなし」という大きな命題とは別に、腸の病気を以下のように分類する。

・詰まったりねじれたりして腐りそうになる
・吸収や分泌が狂って便がいろいろアレする
・蠕動(ぜんどう)が狂っておなかがグルグルキリキリとそういうかんじになる
・なんかそげて血が出る

つまる、ねじる、もれる、あばれる……。

今回は二番目のやつだとあたりをつけた。まあ、あたりをつけたのは内視鏡医なんだけど、ぼくも長いものに巻かれた。

そして彼はこう言った。

「先生ちょっとこの内視鏡見てくださいよ、これ、病理で反映されてますかねえ……。」

おっ、言うね……。

この質問には「含み」がある。すなわち、本当はこうなのだ。

「ポンコツな病理診断書きやがって、臨床症状とも臨床画像ともちっとも噛み合ってねえんだよクソボケちゃんと見ろ」

である。

ポンコツな病理診断とは具体的にはどういうことか。

腸の粘膜をつまんで採ってきた、たかだか1.5mm大程度の粘膜生検(ねんまくせいけん)に含まれる、10個弱の絨毛陰窩と粘膜筋板がほんの少量、そこに少量の炎症細胞と軽度拡張したリンパ管がみられて間質には少し浮腫、でもアクティブな炎症はなくてもちろん腫瘍もない、絨毛の形状も再生でも過形成でもなければ萎縮でも未熟でもないというないないづくしの病理標本に対し、

「特異的な所見はありません。悪性所見(がんを示す証拠)もありません。なんもねぇよ」

のひと言で終わらせた病理組織診報告書(レポート)のことである。まあ今回のレポートは正確にはぼくが書いたものではなくて同僚が書いたんだけど、その妥当性といったらカラスを見て黒と言いました、くらい妥当なのだ。病理医に求められる必要な答えをきちんと満たしている。特殊な像がない。がんのヒントもない。何も間違っていない。

でも、内視鏡医は困っているのだ。このよくわからない疾患に、もうどんな手を使ってでもいいから少しでも近づきたい。病気の診断を決めて、それがどれくらい重篤なのかをはかりたい。あるいは治療法を探りたい。通り一遍の治療はもちろん試しているけれど、何か劇的な疾患名が付くなら劇的な治療法も出てくるかも知れない。

内視鏡で見てつまんでいる場所にはこのように「所見」があるんだ。見て分かる変化がある。でも、病理に何もないってことねぇべさ。見て違うところ採ってるんだから、プレパラートだって見て違うべさ。もちっと見てくんねぇかな!

という心をオブラートで単身用引っ越しパックみたいに丹念にくるむと、
「この内視鏡像、病理に反映されていますかねえ。」
という大人のセリフが出てくるのである。

ぼくらは二人で同時にみられる顕微鏡の隣同士に座り、プレパラートの像を丹念に見直していく。もちろん、病理学的に見ることができる内容はもうほとんど網羅され終わったあとだ。新しく何かが見つかる可能性は、極めて低い。けれど、内視鏡を見た医師が「何かがおかしい」と思ったところに共感すれば、同じ組織像を語るにしても何か違う「説明の仕方」ができるかもしれない。

2,3分ほど顕微鏡と内視鏡とを見比べていて、ぼくは一つの所見をピックアップし、同時にプレパラートの染色方法をあと2つ試してみることにした。内視鏡が変に見えた理由については解決した。たぶん、この像があるから、内視鏡的にはこう見えるんだろう。それはわかった。しかし、診断の大枠としては何も変わっていない、これで治療方針が変わることも絶対にない、つまりここで2人が迷っていたことは患者さんの直接の役には立たない。

けど、ふにゃふにゃと曖昧な結論を述べたぼくの顔を見ながら内視鏡医はこう言った。
「ありがとうございます、納得しました。ちょっとまた考えてみます」

後日、ぼくが追加オーダーした染色が2つ上がってきた。見てみる。別に目新しい所見は増えていない。うん、まあ、念のためやってはみたけど、やっぱダメだったね。顕微鏡では何もわかんねぇわ。内視鏡医に電話する。

「先日お話してたあの方ですけど、結局追加してもよくわかりませんでしたね……AとBは説明できますけど、Cは謎、Dはそもそも顕微鏡ではわかんない。こないだと結論は一緒です」

すると彼は、電話口でこう言った。

「ある程度納得しました。また何かあったらよろしくお願いします。ありがとうございました」

そうか、納得したか……しぶしぶだろうけど。

病理専門医がする仕事には「医者に対するインフォームド・コンセント」が含まれる。医者に納得してもらうことこそ我々の通常業務だし、「しぶしぶ納得」くらいの人とはきちんと会話を続けていかないといけない。

だから、もっと病理検査室に来て、きちんと会話をしよう。ぼくはこれらをオブラートで丁寧に包んで返事をし、電話を切った。

「何かなくてもどうぞ。ありがとうございました」