2019年11月21日木曜日

小説は2回読まない

先日、「いんよう!( https://inntoyoh.blogspot.com/ )」の第65回収録で、ぼくが小説を2回読まないという話をしたら、先輩もリスナー(?)もけっこう驚いていた。

エッセイだと2回読むんだけど小説は読む気がしない。

どんな名作であっても。自分がどれだけ感動していてもだ。



小説のストーリーがわかってしまうと、基本的にもう読む気がしない……という気持ちに中学生くらいのときになってしまった。それっきり、小説は読み返すものではないと思っている。だらだら理屈を書いてもいいがこれはもう刷り込みみたいなものだ。

創作物全般を2回見ないと決めているわけではない。そもそもマンガは何度も読み返すし、一部の映画も(特にアニメであれば)何度か見てもちっとも苦にならない。

小説だけを2回読まない理由はよくわからない。先輩にも、「描写とか設定とか伏線とかを楽しもうと思ったら展開がわかった上で2回読まないとわかんないんじゃないの?」とつっこまれた。



収録が終わり、音声を聞き、自分の本心みたいなものを探って精神の中に潜り込んでいくと、ぼくにとって小説を2回読まないのは結局、自分が「文字による表現の深さ」に対してあまり興味を持てなかったからなのではないか、という結論に達する。

マンガを何度も読み返すときには、かっこいいシーンの構図や描写を何度でもみかえす。ドラゴンボールの13巻で悟空がピッコロ大魔王の腹を突き破るシーン、あそこを何度も読み返さなかったマンガ少年なんていただろうか?

紅の豚を何度も見た。セリフはほぼ覚えているけれど、見ることはちっとも苦にならなかった。小粋な音楽と美麗な映像にいつものようにひたることをよしとした。

でも、小説では、一切そういうことをしなかった。

今になって少し後悔している。




世にいる数多くの本読みは、あの本のあのフレーズがよかったよねというけれど、もちろんぼくは小説のフレーズなど全く覚えていない。

たとえば京極夏彦には、作品が変わっても登場人物が変わらないシリーズがある。そういうものは、シリーズを順番に読み進めていくうちに、お決まりのセリフとか表現が、自然と頭に入ってくる。

京極夏彦が好きだと言っておいてあれだが、結局はきっかり一度ずつしか読んでいないのだよ関口くん。

――りん、

風鈴が鳴った。

とかこういう表現は当然覚えている。

けれども細部は全く覚えていない。誰かと京極夏彦の思い出について語り合おうと思ったらこっそりスマホで感想サイトなどを探してフレーズを拾ってこないと、語れない。

ただ、おもしろい場所に連れて行ってもらったという記憶だけが残っている。





なんなんだろう。

これはもう理屈じゃない。そうやって進んできた結果、小説の技巧とか表現の妙味、もっといえば作文技術とか構成技術みたいなものが、大雑把にしか身につかなかった。




自分が昔書いた小説は、今にして思えばすべて、登場人物の「心情をどこに連れて行くか」ということしか考えずに書いた。

常に表現は雑で一直線だった。まるで学術論文のようだと言われたこともある。それが味だと言ってくれる人もいたが、ホネにだって味があるのといっしょで、つまりは肉の付いていない骨付き肉だった。

そもそも4000字以上のものはどうしても書けなかった。それは、よく使っていた投稿サイトが4000字以内というしばりをもうけた超短編小説会だったからかもしれないが、単に情景を盛り込んで文章を肉付けしていく作業に全く興味がなく、だから文章が長くならなかったからに過ぎない。





生まれてこの方小説を一度も読み返したことがない、と先輩には言った。

でもはるか昔の記憶を探っていくと、きっと小学生のころだろう、何度か読んだ本の記憶がある。

タイトルは「魔法のつえ」だ。

うろおぼえの記憶をたよりに、「魔法の杖 まほうのつえ 海外小説」などで検索をしてようやくたどり着いた。ジョン・バッカンという人が作者らしい。全く覚えていない。

たしかステッキの根元のところをひねるのだ。そうするとどこかへ行ける。

それを使って少年はどこへ行ったのだったか……。

検索してみると、あらすじ的なものとともに、藤子不二雄(A?F?)が子どものころに愛読していた本であるという情報が出てきた。ドラえもんなどのモデルになったのではないか、などとも書かれている。本当だろうか?

ぼくはこの「魔法のつえ」や、「果てしない物語」や、「ドラえもん」を、何度も読み返していた時期が確かにある。部屋に何冊か転がっていた本のうち、これらだけをときおり開いていた。決して本をいっぱい読むタイプの子どもではなかった。





この記憶にたどり着くまでにだいぶ時間がかかったが、思い出すことができた。

しかしなぜだろう。蘇ってきたイメージが不穏だ。

「魔法のつえ」が、灰色と黒の中間くらいのもやの向こうにぼんやりと浮かんでおり、子どものころのぼくはそのもやの手前で暗いベンチに一人で座って泣きながら怯えている。なぜかこのような映像がセットで浮かんでくるのだ。

ぼくはこれらの本がとても好きだったと思う。

でも記憶のぼくはなぜか怯えている。

どうもぼくはこの部分をあまり掘り返す気がない。



過去の体験を元に現在の行動を語ることを好む精神学者と、好まない精神学者がいる。フロイトとアドラーで例えればわかる、という人もいるだろう。

最近のぼくは、今の自分を過去の行動と結びつけるやりかたをしない。これは別にアンチフロイトだとかアドラー賛美でやっているわけではなくて、昔の自分は記憶の奥底に隠れてしまっているのが当たり前で、そこまでわざわざ戻る方法がよくわからないからだ。フロイトがぼくを過去に戻らせてくれるなら一度くらい戻ってみてもいい。けどそこまでしないしフロイトは死んでしまった。

そんなぼくがたわむれに、子どものころのぼくを記憶から無理矢理引っ張り出してしまったから、彼は怯えて泣いているのか。

かわいそうだ。自分の頭をなでる。




「魔法のつえ」をKindleで買うべきかどうか、ずっと悩んでいる。この本をもう一度読んだら、ぼくは今まで読んだありとあらゆる本を再読しなければ出られない時空の狭間に閉じ込められてしまうかもしれない。見返すのはマンガや映画だけでいい。

ぼくはたぶんこれからも、小説を2度読むことはないと思う。

2019年11月20日水曜日

病理の話(386) プレパラートを見て患者の年齢が当たるか

タイトルどおりの質問がきたのでここで答えます。

「プレパラートで患者の細胞をみるだけで、患者の年齢などを当てられるか?」



ぼくの場合は……2割くらいのケースでは「けっこう当たる」。

2割くらいのケース、というのは主に臓器によるものです。

胃だったらかなり当たる。

リンパ節は部位によるけどときどき当たる。

子宮は当たるのが前提。

肝臓は……自分が勤務してる病院だったら当たる。

乳腺はそこそこ当たる。

前立腺とか大腸は……自信がないな。




えっけっこう当たるじゃん、って感じかもしれないが、病理医はほかにも多くの臓器をみる。膵臓や胆管、胆嚢の場合は(生検だと)まず当たらない。食道は難しい。通算すると2割のジャンルに絞れば8割当ててる、くらいのイメージ。

なぜそんなことができるのか?



組織は老化とともに構成が変わっていく。

ピロリ菌存在下の胃は加齢とともに萎縮を起こすので、逆にいえば萎縮の度合いをみればおよその年齢はわかる。どんな腺管がどのように萎縮しているかを丹念にみて、ついでに間質とよばれるスペースの変化も丁寧にみると、勘だけど、たいてい年齢は当たる。

乳腺や子宮はもっと簡単だ。これらはホルモンの影響を受けてドラマチックに像がかわるので、ホルモンの影響がどれくらい加わっているのかをみれば、閉経しているかしていないか、閉経前だとしたらどれくらい前か、はなんとなくわかる。

ほかにも、さまざまな臓器で、「細胞が何度か入れ替わっているか、それともまだフレッシュか」を見分けることは十分可能だ。まあ、年齢当てっこゲームをしてもしょうがないんだけれど(だって依頼書に全部書いてあるし)。



もっとも、この「年齢当て」は、遊びでやってるわけじゃない。副次的な産物がある。

たとえば依頼書をみて、「60歳の女性」と書いてあることを確認して子宮内膜を観察したときに、内膜が「まるで60代にはみえない」ことがある。

異常にみずみずしくて、30代くらいではないか、と思ってぎょっとする。

この「不一致」から、ただちに直感を働かせるのが病理医だ。

「年齢に不相応な若々しい内膜。女性ホルモンの分泌が低下しているはずの60代にはとても見えない。ということは、女性ホルモンを異常に産生する腫瘍がどこかにあるのではないか?」

ただちに、CTなどの画像が撮られているかどうかを確認し、主治医に問い合わせる。これにより、別部位にある(今回の検査とは直接関係ないはずの)卵巣に腫瘍を見つけることができた――――

なんてことも実際に起こりうるのだ(もちろん今のはぼくが適当に作り上げたフィクションであるが)。だから、単なる年齢当てゲームではない。

胃の上のほうから採取してきた検体が「異常に老化」しているとする。この場合、ピロリ菌による変化であるとは考えづらい。これは自己免疫性胃炎と呼ばれる特殊な病態ではないか? みたいなことは日常的に行われているのだ。



ただ、この「年齢当て」、普段自分が務めている病院以外のプレパラートをみると、けっこう外れる(あくまでぼくの経験であるけれど)。

これはなぜなんだろうなあと考えていた。そしてある仮説にたどりついた。

たぶんぼくは、自分の病院の主治医が「どういうときに病理検査を提出するか」が身に染みついている。

「このような異常をもつ患者をみたら、こうやって病理検査をオーダーしよう」みたいな流れは、主治医や、その病院のスタイル、さらには病院に集まってくる患者の事情などさまざまな理由によって偏っている。

だからぼくは、自分の病院のプレパラートについては、HE染色の情報をみた瞬間に、多くのマスクされた情報を自動的に連想している。紐付け情報をあらかじめ脳内で統計解析しているのだろう。

したがって、普段働いていない別の病院のプレパラートをみると、背景に存在する条件が一気にかわってしまい、予測が当たらなくなる……。




ちょっと難しいことを言った。ひとつ思い出話をしよう。

かつて、ある南の島に行ったときの話。

現地の人が「ここでは天気はあちらの空から変わっていくよ」と言った。その方向は西ではなく、東南のほうだった。ぼくは不思議に思って聞いたのだ。

「天気って西から変わっていくんじゃないんですか?」

すると現地の人は応えた。

「そういえば本州からきた漁師が、昔、この島では天気の予測がつかねぇって言ってたなあ。たぶん雲の動き方が本州とここでは違うんだよ」




他院のプレパラートをみるといろいろ予測がはずれる、というのも、なんだかこれに近いような気がする。年齢当てゲームはほどほどに。もちろん、診断に役に立つ脳の訓練は、怠ってはいけないのだけれど。



これで答えになったかな? 質問者の方。ちなみにぼくは十二指腸もそこそこ年齢は当てられる。元ネタはフラジャイルでしょ? 知ってる。

2019年11月19日火曜日

レセプター理論

職場に歯ブラシを置くことで、午後、口の中がすっきりした状態で仕事ができる。

たった一行で言い表せるのに、長年やってこなかった。生活をいい方向に一歩進めることができる、魔法の一行だった。

こういう一行がいっぱいあるんだろうなと思ってツイッターをやっていた。けれどもすぐに気づいた。

「魔法の一行」は、一行しかないので、読み飛ばしてしまうことが多い。



冬のデスクは寒い。だからひざかけがあると快適だ。

たったこれだけのことに気づくのに何年もかかった。だって自分の脳に「ひざかけ」に対する受容体がなかったのだ。「ひざかけ」という言葉を見てもまったく心が動かなかった。意味はわかるのに。どういう役割を果たすかも知っているのに。

一行しかないライフハックは、そう簡単には心に刺さらない。心の方が欲しないと、受け止めることができないのである。




という話を、仏教の「慈悲」とか、医療の「問診」みたいな場面を念頭において、近頃はよく考えている。

受け手の側に準備がない情報を伝えるにはどうしたらいいのか。

それは「伝える」という行為で行うべきものなのか。

そういったところを洗い出す作業は哲学に近い。

だからよく哲学書を読むようになった。こんな何千行もある本、昔は全く読める気がしなかったのだが……。まあ……。心が欲しているのだろうな。

2019年11月18日月曜日

病理の話(385) すみません病理の写真がないんです

東海地方「スクリーニングCTC研究会」に出席するため、名古屋市内のホテルにいる。あと30分くらいしたらチェックアウトしなければいけない。

今回の研究会は、名古屋市内で朝から夕方までみっちり開催される。このプログラムだと、札幌に住むぼくは日帰りでは参加できない。なので久々の前泊である。

最近は福岡とか大阪の出張であっても日帰りだった(それもどうかと思うが)。

一泊できると、これだけラクなんだなと今さら感動している。ブログだって書けちゃうぜ。




研究会前日の夜、懇親会に参加することになった。10人ほどが集まる場所で飲み食いをしていたら、翌日に症例を提示する人が、圧強めに謝罪してきたので驚いた。彼いわく、

「先生すみません! 明日、症例検討で提示する病理の写真が、しょぼいんです……」

ぼく「しょぼい、とはどういうことでしょう? 解像度が甘いということでしょうか?」

人「いえ……臓器の肉眼写真はあるんですが……顕微鏡写真が足りないかも知れなくて……」

ぼく「えっ肉眼写真があるんですか? ならそれでほとんど大丈夫ですよ!」

人「あっ、そうなんですか? 顕微鏡写真いらないんですか?」




いらないわけじゃないけど、どっちかというと、臓器を直接カメラで撮影したマクロ写真(肉眼写真)のほうが大事だ。

これはけっこう勘違いされるのだけれど、CT、超音波、バリウム、内視鏡など、あらゆる画像検査をまじめに考える上で、病理の写真で顕微鏡像を重要視する必要はない。

細胞の核がどうしたとか、細胞質にどのような模様がみえるのかという情報は、あまりにミクロすぎて、現場の医者や放射線技師などが使うにはマニアックすぎるのである。核がでかいからCTで白く染まるというものでもない。

つまりは見ているもののスケール感の問題だ。CTや超音波で見えるものならば、それと同じ画角で撮影した肉眼像(マクロ像)を横に並べた方が理解が進む。





だったら病理医が顕微鏡で細胞をみる意味はなんなんだよ、と言われたりもする。細胞をみることは、臨床の画像とあわせるためではなく、よりスケールの小さい場所にひそんでいる情報をクローズアップするためなのだ。よりスケールの小さい場所というのはどこかというと、DNAであり、遺伝情報である。そう、生命科学に肉薄するためには細胞をどんどん拡大していくのがいい。CTや超音波で直接DNAを見ようというのは、それこそスケール感を無視した言い草なのだ。だから、遺伝情報まで探りたければ、サイズ的により近い、細胞の強拡大情報を集めるのがいい。


ひとつの病変をみる上で、各人が異なるスケール感で仕事をすると役に立つ。病理医はたまたま、マクロからミクロまで仕事があるので、マクロに仕事をしている放射線技師たちと、ミクロに仕事をしている生命科学者たちの間に立っている、ということなのである。



というわけで翌日の研究会はうまくいった。けっこうきれいなマクロ写真を提出していただいたので、よいディスカッションができたと思う。いつもこうだといいなあ。

2019年11月15日金曜日

ハイウェイトリプルエックスリビジッテド

大学時代に所属していた剣道部には、「剣吉」という名前の部誌があった。一年に一回、原稿を書くように言われ、なにかを書かなければいけない。

四つ上の代のキャプテンは、服がおしゃれでDJのバイトをしており話がとてもうまくて頭が激烈によく卒業後は脳外科医になった。あらためてこう書くと、自分がつらくなるほどにスペックの高い先輩であるが、部誌に投稿する記事までおもしろかった。とんでもない先輩だ。

20年以上昔だから詳しい内容は忘れたけれど、確かそれは「友人の話」みたいなしょうもないタイトルで、しかし今でも一部を覚えている。「友人はよく、小さないい間違いをする。自分で撒いた種、と言おうとして、自分で炊いた豆、ときれいに意味の通じるいい間違いをしていた。」みたいな、とるに足らない、しかしその経験をしたらまず多くの人が「ねえねえこんなことあったよ」と周りに言いたくなるような絶妙の小ネタが書かれていた。

もちろんぼくも剣吉に何かを書いた。しかし何を書いたかはまったく覚えていない。

うまく書けなかったのかもしれない。だからこそ余計に、先輩の書いたものが心に残っているのだろう。そんなとこだろうと思う。

いずれ自分でもなにかこうして自由にちょろい文章を書けるようになるものだろうか、ぼくは確かそこで少し成長したいと思ったのだ。確か。

ちょうどそのころ、ホームページを作った。世に自作のホームページが流行りだしていたころだった。「魔法のiらんど」のようなレンタル型の無料ウェブサービスをちらほら目にしたが、へたなりに自分で絵を描いてトップ画像を作り、ニフティのサーバーを借りてホームページビルダーというソフトを使って自分のホームページを作るほうがいいと思った。

自分の書くものは雑文と呼ぶべきだろうなと思った。随筆とか随想という言葉を使うには自分の文章に随意性は感じられなかった。自意識は羞恥心の殻の内部にパンパンに閉じ込められていた。しかし、「これはいつか世に届く」と言えるほど自分の文章が世にとって価値があるものだとは思えなかった。「ひとつの文章は常に15分以内で書く、だから多少稚拙でも仕方ない、これは即興芸なのだから」と、誰に対して用意したのかわからない言い訳を掲げて、毎日のように何かを書いていた。

大学を出て、大学院を出て、社会人になってもまだぼくはホームページに何かを書いていた。少しずつ頻度は減っていた。ツイッターを始めたときに、ツイッターはブログやmixi、Facebookと連動させようと思って一気に媒体を増やしたが、パソコンを買い換えていくうちにどこかのタイミングでホームページビルダーをインストールし忘れ、そのまま更新しないでいた。

あるとき、うっかり、インターネットのプロバイダーを変更するときに、ホームページのサーバーの契約ごと解除してしまった。一年以上経ってアッと気づいたときにはすべてのデータがなくなっていた。ホームページを作っていたときのノートパソコンもどこにあるかわからず、データのサルベージもやっていない。

日記帳を紛失するように、ぼくは自分のホームページをいつの間にか失っていた。ウェブアーカイブスを使えば一部の痕跡くらいは見つけることができるが、ま、いいかな、と思いそれっきりにしている。

思えばあの稚拙な日々は、文章講義を受けるわけでもなく、名著にどっぷりひたったわけでもなく、ただ竹刀を振ったり居酒屋で眠ったり、およそ研鑽と呼ぶには半端な、振り返ってみればなるほどモラトリアムとしか呼べない雑な積み重ねであった。それが今のぼくを形作っているのだからぼくは自分を笑って肯定する気にはなれないが、当時のぼくにひとつ言いたいことがあるとしたら、「どうせ無理だ」と思いながら毎日キータッチしていたそれは確かに文章力をつける上では役に立たなかったけれど、なぜかツイッターで全リプする根気となって今に残っているよ、ありがとう、みたいな感じである。あと結構本が出るよ。よかったなお前。



2019年11月14日木曜日

病理の話(384) 説明と同意は何も患者に対してだけ行うものではない

インフォームド・コンセントという言葉は頻用されすぎて、もはや人々の注意を集めることも少なくなった。そりゃそうだ、という話だからだ。

「患者に対して、今の状態や今後の治療選択についてきちんと説明をし、理解してもらい、その上で同意してもらって、二人三脚で診療を進めていこう。」

これがインフォームド・コンセントの概念である。何をいまさら、当たり前ではないか、と、誰もが思っていてほしい。



……昔は違った。



医者は治す人。患者は治る人。そこには主従というか能動と受動の関係があって、患者は全てを知る必要などないし、知ろうと思ったって素人だからどうせわからない。だから説明なんてなくていい、圧倒的なカリスマ性で引っ張っていってくれよ、先生! 

これが昔の医療だ。今これをやったらだいぶ寒いと思う。



これは別に理念とか倫理の話をしているわけじゃない。単純に、西洋医学は、患者がきちんと「当事者」であったほうがいい。自分の体に今起こっている状況をきちんと理解することは、天気予報をみて傘を持つかどうか、カーディガンやストールをバッグにしのばせていくかどうか、厚手の靴下にするか薄手の靴下にするかと悩んでその日のコーディネートを決めることと変わりがない。知らずに飛び込んでいけば変な汗をかいたりふるえたりして困る。薬をなぜ飲まなければいけないか、飲むとしたらどういうタイミングで飲むべきか、いつまで飲んでいつ飲み終わっていいのか、そういったことを理解しないで投薬だけ受けても病気は治らない。

すなわち、インフォームド・コンセント(説明と同意)というのは、患者と医療者が視点を共有すること、みなが当事者となるために必要なことなのである。決して裁判対策などではない(実際には裁判対策だから、皮肉で書いている)。



そして最近思うのだが、インフォームド・コンセントは何も主治医から患者にだけ向けて行われるものではない。たとえば、病理医から主治医に対しても行われるものである。病理診断というのは非常にマニアックで高度に専門化された知識なので、主治医たちは病理医に病理診断を依頼すると、あとはのんびり結果が出るのを待ち、レポートに書かれた文章を機械的に読んで行動指針とする。しかし本当はそれではだめなのだ。病理医がなぜこのように診断したのか、この診断が何の意味を持つのかを、主治医が「きちんと説明を受けて、納得していること」が、その後の診療において大きな意味を持つ。



つまり病理医もまたインフォームド・コンセントの達人でなければいけない。しかしこのことはしょっちゅう忘れられているように思う。何も医者同士仲良くしろって言ってるんじゃない、言葉をつくしてお互いに当事者であろうとしているか? ということだ。

2019年11月13日水曜日

思考がとろけるとき宇宙はどうなっているか

持続可能なかたちで社会をいい方に変えていこうと思ったとき、参考になるのは、単細胞生物がどうやって進化したかという過程を丹念に追いかけていくことである。


……うそだ、それはさすがにこじつけだ。


でもまあ思う。

人間社会の変化と、生命の進化とはわりと似ているはずだよなあ、と。

根底にあるエネルギー法則とかエントロピー法則とか複雑系の原理とかはそうそう変わらないはずなのだ。サイズ感は違うにしても。情報伝達の過程で社会が変容していく姿は、哺乳類がサルを経由して(?)人間が現れるまでの間に脳がどう変わっていったかを見るのとそんなに違わない、かもしれません(弱め)。



細胞同士が、最初は相互にくっつきあって、一部の栄養などを共有したりした。たぶんした。

そのうち、液体の中に情報を混ぜこんで共有することがはじまった。一部のタンパク質とか、あるいはmiRNA(マイクロRNA)みたいなものは、細胞間で情報をやりとりするのに用いられたんだと思う。

多細胞生物のやりとりにおいては、物理刺激(細胞骨格などを介して隣の細胞と直接やりとりする)、パラクライン(近くの細胞に対して何かを分泌して連絡するシステム)などだけでは情報の拡散ができない。そこに化学波の伝搬をもちいたやや広めの液相情報伝達が取り入れられ、さらに、血管と血液の導入によってホルモンという「最強の飛脚」が手に入った。

そしてこの前後でじわじわ登場したのが神経だ。

神経伝達物質というのは神経と神経の間にあるタンパクだけれども、神経の何がすごいかって、「神経内においては基本的に電位を用いて情報をやりとりする」ってことだ。詳しくは書かないけれど、電気のスピードでやりとりできるわけではない。しかし、カタチある物質でウニャウニャゆっくりやりとりするのに比べれば、神経内の伝達速度はだいぶ早い。




……以上の過程はきっとそのまま、社会にそっくりトレースすることができる。

手渡しでの情報のやりとりから、文字とかわら版を介した近所への伝達、そして道路と輸送システムによる遠方との連絡、そこに出てきた電気的な通信インフラの整備。



こうして並べて比べてみると、社会がインターネットを整備することで、世間に情報が爆発的に増えた、みたいな現象は、サルと人とで思考が爆発的に進化した、みたいなのとそっくりだなあと思う。

人間社会はようやく人の脳に追いついて、今まさに追い越そうとしているのだろう。




で、社会が脳化したら、次は地球外生命体と惑星間でのネットワークができて……となるだろうか? あるいは地球は、宇宙に対しての頭脳の役目を担う唯一の星なのだろうか?

ぼくらが知性だと思っている地球の社会は、実はトリケラトプスの腰のあたりにある「第2の脳」に過ぎず、ほんとうはどこかに宇宙の脳が別に存在するということはあるだろうか?

ぼくらがときおりブラックホールとか宇宙背景放射に興味を示すのは、ぼくらが自分の肌とか髪の毛に気を配るのと同じで、宇宙が自分の体をすみずみまで認識するために地球という脳を用意したからなのだろうか?




……これって病理の話として書いたほうがよかったかな? でも病理じゃなくて物理の話だな。

2019年11月12日火曜日

病理の話(383) 交通量を考える

高速道路のサービスエリアに、フードコートを出店することを考える。

一日に来店する人の数に応じて、レジのバイト人数を決めなければいけない。

その際に参考にするべきはまず、高速道路の通行量だろう。

車に何人くらい人が乗っているか。男女の比率。子どもや老人の数。

こういったものも、細かいメニューを考える上では参考になるだろう。またトイレの数を決める上でも避けては通れない。

そう、トイレ! トイレは重要だ。

トイレが汚いサービスエリアには誰も止まらない。

女性トイレが混雑するサービスエリアは、男性エリアを一時的に縮小して、個室を一部女性エリアに変更するような特殊な仕切りがあると聞く。いろいろやってるなあ。

いずれにせよ、サービスエリアというところは、いくら素晴らしい商品を揃えていても、いくらトイレをきれいにしていても、高速道路が過疎ってては売上げがあがらない。

高速道路あってのサービスエリアだ。まあそりゃそうだよね。






さて、今日は「病理の話」なので、人体の話をこれからする。

人体には血管が張り巡らされていて、中には血球やらコレステロール製品やら栄養やらが入り交じった血液がギュンギュン流れている。もちろん酸素も流れている。

酸素を体中に行き渡らせることですべての臓器は生き延びるのだが、このとき、酸素だけではなくて、栄養とか老廃物も一緒に輸送している。まーうまくできているわけだ。

そして、たとえば、腎臓というフィルターは、血液の中に含まれる老廃物を体外に除去する役割を担っているのだが……この腎臓のはたらきっぷりを考えるときに、腎臓だけに目を向けていてはいけない。

腎臓を通過する血液の量がとても大事なのだ。サービスエリアがいくらすばらしいメニューを取りそろえていても、客が来なければ意味がないだろう?

というわけで全身の血流量が腎臓の機能を考える上では大事になってくる。

なんらかの理由で血が足りなくなると、腎臓の機能もがくんと下がる。高速道路が通行止めになればサービスエリアは閑古鳥だ。

そして、ここがなかなかよくできてるなあと思うのだが、腎臓は座して待つだけのサービスエリアではなく、「血圧を調整する機能」を持っている。レニン・アンジオテンシン・アルドステロン系というメカニズムが腎臓にあって、血圧を保つ役割を果たす。サービスエリアが人気になることで高速道路自体が活性化されるかんじかなあ。

今は血流と腎臓の話だけをしたけれども、ほかにも、食物が流れることと消化管との間にある蜜月関係とか、けっこう「流れるものと留まるもののやりとり」が体の中には多い。人体は街に似ているなあ。

2019年11月11日月曜日

SNSとやさしい医療情報について

めったにこういうことしないんですけれど、こないだ連続でツイートした内容について、これから自分で何度も気にかけていくことになるな、と思っていますので、以下にツイート内容をそのまま転載します。すんません。決して病理学会出張のせいで忙しいから手抜きしたいとかいうわけではないです。ほんとうです。


----(自ツイの引用をします)----

誰かが言ったことをみんなくり返しているのだろうか、と思うのだが、ここ2年くらいで急に「ツイッターはほかのSNSと違って、間違えた情報が出ると専門家が袋だたきにするから情報の信頼性が高くなる」みたいなことを言う人が増えた。特に専門家自身がこういうことをよく発言する。気持ちはわかる

しかし、自分が専門としていない分野(歴史とか、軍事関係とか)をツイッターで眺めていて、いわゆる不正確な情報がバチボコ叩かれている姿は、素人であるぼくからすると「専門家同士が殴り合っている」ように見える。たぶん叩かれている方が間違いなのだろうが、いじめの構図とも似ているし不安になる

「多くの人にとってやさしい情報を、多くの人が安心して手に入れられるようにすること」を目指すならば、悪いと思った情報を叩くよりも、よいと思った情報を言葉を尽くして拡散するほうが強いのではないかと思う。手間はかかるし、拡散者は(誰かを叩くのに比べると)評価されにくいが……

できればこれから半年くらいの間に、「ツイッターはほかのSNSと比べても、やさしい情報が出たときに専門家たちがいっせいに拡散を手助けしてくれるから、いい情報が自分のもとに届く頻度が高い」という空気がうまくできあがったらいいのにな、と思う

この視点において、ツイッター以外のSNSでどう行動するかはツイッターとはだいぶ違う考え方が必要になると思う。一例だが、インスタグラムは発信者が「やさしい日常を送っています」というメッセージを送るためのものに特化させたほうがいいかもしれない。さらには「書影」を出すのもありか

Facebookはエコーチェンバー現象の温床みたいなところがあるが、専門家からするとわかりきっているような情報をいかに世間に伝わりやすい言葉でうまく表現するか、という「表現方法コンペの場」として使うといいかもしれない。コミチがマンガに対してやってることの一部は、Facebookでできると思う

複数の人が同じ話題に対してすこし長いものを書き、それをマガジンというかたちで人々に届けるプラットフォームとしてはnoteが優れている。おそらく、少なくともこれから1,2年の間は、SNSの中でnoteを使いこなしている人の発言力が一番強くなると思う。Twitterで拡散させるならnoteがいいだろう

その上でいかにYouTubeにつなげていくか、という話なのだが、YouTubeのメソッドについてはぼくはたぶんほとんど歯が立たないので、識者の発言を待ちたい。今ある医療系YouTubeはほぼワークしてない。切れ味するどい商売人がこっちを向いてくれることを待ちたい

なおぼくが絶対にNHKに出たくない理由は、ぼくの職能が「Twitterで人を集める」→「ぼくを許してくれる医療者の情報拡散を手伝う」だからで、拡散したいと思っていた人たちがNHKにつながった時点でぼくのできることはないし、ワクワクチンチン×おはよう日本は控えめに言ってもやばいと思う


----(自ツイ引用おわり)----


ツイッターをそのまま貼り付けると見たかんじ全然かわるのうけるね。

なお、元ツイはこちらからスタートします。

https://twitter.com/Dr_yandel/status/1189676857118998528


2019年11月8日金曜日

病理の話(382) 工場と道路の話

最近は出張のことばかり書いていたが、思い出したように「組織学」の話を書いておく。




人間の体の中には大量の「工場」がある。工場はたいてい液体を作っている。ねばねばする粘液(ねんえき)、さらさらする漿液(しょうえき)。あるいは液体に溶けるタイプの製品……消化酵素みたいなものを作っている。

こうして作ったものは、当たり前のことだが、適切な場所に運んで使わなければいけない。

人間社会といっしょだ。洋服を作ったまま工場に置いておいたらユーザーには届かない。輸送する必要がある。

工場で洋服が作られたらそれをトラックに乗せて、工場の敷地を出て、県道を走り、大きな国道に出て、人がいっぱいすれ違う渋谷のお店に運ぶ必要がある。

まったく同じ事を人体内でもやっている。

人体にある工場はいろいろあるが、たとえば「腺房(せんぼう)」というのがある。膵液(すいえき)を作る腺房、唾液(だえき)を作る腺房、乳汁を作る腺房などいろいろある。これらは洋服を作る工場やソファを作る工場や東京ばな奈を作る工場があるというのと同じ事だ。場所によって違うものを作る。

腺房で何かを作ったらそれを「導管(どうかん)」に流し込む。腺房の周りにはりめぐらされた導管は、工場の周囲を走る小道のようだ。それをたどっていくと、小道がだんだん集まって、大きな目抜き通りに繋がっていく。

たとえば膵液は、膵臓(すいぞう)の腺房で作られて、末梢膵管(まっしょうすいかん)と呼ばれる管に流し込まれ、それが寄り集まって主膵管(しゅすいかん)に合流する。まるで川が源流から大きく集まっていくように、一級河川である主膵管は堂々と膵臓のど真ん中を流れて、最後に十二指腸に開口する。

唾液は唾液腺導管に流れ込んで口の中へ。

乳汁は乳管に流れ込んで乳頭へ。

とにかくこういう構造がいっぱいあるのだ。胃液も、大腸の粘液も、それぞれサイズというか規模はいろいろ異なるんだけれど、基本的に「作って、流し込む」構造に沿っている。よくできている。

人体は工場と道路の組み合わせなのだ。



なおホルモンという物質を作り上げる工場を内分泌臓器(ないぶんぴつぞうき)という。これは導管とは連続していない。代わりに血管と連続する。ホルモンは血管の中に流れ込まなければいけない。だって血管の中で働く物質だからね。




なーんてことを知らないと実は人体の科学や病気のりくつがよくわからなくなる……と信じて勉強してきた……のだが、実はそれほど知らなくてもいいのかもなーということを最近考えている。テレビの仕組みがわかんなくてもテレビは見られるよ、的な。

でもまあ知っといてもいいよね。オタクはそういうのが大好き。きっとオタクに限らない。

2019年11月7日木曜日

ミニオンズのこたえ

「盛り上がり」の度合いをはかろうと思ったら、何をみるべきか?

普通に考えて、ステージをじっと見ている人々の表情をみるべきだと思う。

ステージ上でドッカンドッカン盛り上がってても、客席がしらけきってたらそれはスベってる。

内輪ネタ系のお笑いをみるとついツイッターをチェックしてしまう。「これ、内輪でだけ盛り上がってるんだとしたら、この番組で笑うのはなんかくやしいな」と思ってしまうからだろう。

盛り上がっているのがステージだけ、というのはいやなのだ。できれば客席こそ盛り上がっていてほしい。




何かを盛り上げたいと思ったら客席に回り込むほうがいい。

ぼくがまず盛り上がる。声を上げて笑う。そしたら周りも釣られて……。

でもサクラになるのはどうなんだろう。それもつまんねぇな。

客席に回ってみて、おもしろくないなと感じたら、そのときはステージに駆けよって、「スベりそうだよ」と伝えてみようか。

客席じゃなくても、ステージ裏に回り込んで小道具とか大道具とかをそろえて手伝いながら、ときおり客目線でゲラゲラ笑うのもアリだとは思う。

ただそれも客席からみると「アメリカのホームバラエティ風の作られた笑い」に見えるかもしれない。




そもそもステージと客席の区別はつくのだろうか、という気もしてきた。

大学の小劇団サークルみたいに、客席にいるのも全員関係者、というのが、人生劇場の本来のスタイルだったりはしないだろうか。





「盛り上がり」の度合いをはかろうと思ったら、何をみるべきか?

なんとなくだけれど、以上のようなことをつらつら考えた末にぼくは今、「自分がどこに立っていても笑って盛り上がれているかどうか」がポイントなのかもな、という気がしている。複数の目線をもつのではない、複数の居場所にいる自分を想像して全部たのしそうかどうかを探るということだ。




こういう抽象的な話を書く場所がほかにないので書いておく。

2019年11月6日水曜日

病理の話(381) 分類マニアの興味と熱意

出張先で買ったおみやげの味がだいたい似てくる。この鹿児島みやげ、仙台行ったときに買ったな、とか、この福岡みやげ、札幌でも買えるな、とか。

たぶん舌が雑なのだ。ぜつがざつなのだ。どうでもいいけど舌は「ぜつ」と読む。「した」とは読まない。医者だから。

うそだけど。



こういう話をすると、「おみやげは全国で一律に作ってるもののパッケージだけ変えて各地で売ってるパターンがあるんですよ」というご注進をいただくのだが、ま、そうなのかもしれないけれど、そこを言いたいわけじゃない。だって全国各地にベーグル屋さんとかドーナツ屋さんあるけどそれ全部中央で作って配分してるわけじゃないじゃん? 各地で同じお菓子を違うふうに作ることもあると思うんだ。千秋庵のチョコマロンとL'UNIQUEひよ子が似てるなーと思ったけど、これらは絶対に別々に作ってるし、たぶん食べ比べるとまったく違うものだ、けれどもぼくの「おみやげ分類学」が雑すぎるから同じ引き出しに入れてしまってしまう。

正直にいうけれどぼくはロッテリアとマックのポテトをブラインドで目の前に出されたとして、どっちがどっちか当てることはできないと思う。そこまで興味ないし……いや……興味はあるけど……熱意がない……。



興味はあるけれど熱意がないものがタイムラインにあふれかえっているので、タイムラインでマニアックに区分けされていたものに対して、「熱意はないが興味をもったときの自分の反応」がどういうものかはよくわかる。

「へぇーそうなんですね。よかった、今いっしゅん楽しかったですゥ」

こうである。ざんこくだ。だからもうすこし心を豊潤にしたいなーと思って、最近はこのように言い換えている。

「これをきちんと見分けてくれる人が世の中にいるのってすごいステキやん?」

なぜ方言化したのかはわからない。方言といえば、大阪と兵庫と京都と奈良の方言が少しずつ違う、みたいな話、ああいうのにも興味はあるのだがとにかく熱意がわいてこないので放置したままになっている。




病理学の分類について皆さんがどういう感想をもっているだろうか、という話をすごく遠回りに書いた結果が以上である。病理についてはぼくらが熱意もってやっときますんで。はい。たまに興味くらいもっていただければ。はい。

2019年11月5日火曜日

NEO-GEOのすごい社長感

かつて『本の雑誌』にベストセラー温故知新というコーナーがあり、ベストセラーなんて怖くない、というタイトルで書籍化もされた。芸能人本みたいなのから、トットちゃん、ビジネス書、とにかく100万部近く売れた本を懐古する企画で、入江敦彦さんの文章がとにかくうまいので楽しく読んでいた。

今、そういうのをたまに思い出している。



大型書店で平積みになっている本を少々信用しすぎた。ここしばらく、平積み系の本が立て続けに自分に合わなかった。立て続けに、というのを具体的に書くならば4冊連続。ただしその前に又吉直樹の『人間』を読んでこれはとてもおもしろかった。

そういえば母も『人間』を読んだそうなのだが、母はつまらなさそうにしていた。つまり本というのはそもそもそういうところがある。合う人と合わない人がいて当然である。だからぼくが平積み型読書に4回連続で失敗したからといって本屋が悪いわけじゃない。

ベストセラーったって、今や1億人が暮らす中で10万部も売れれば大ヒットであり、つまり1000人に1人にぴったりハマれば「世の中で流行っている本」ということだ。1学年に150人くらいが暮らすいまどきの小学校であれば、1年生から7年生(?)まで集めてきて校庭にならべて「この本好きな人~」と言ってひとりが手を上げるならその本は大ヒットする可能性がある……まあ今のたとえは年齢がすごく限られているから本当は不適切なのだけれど。それ以前に7年生とか言ってる時点で不適切だけど。



それにしても。

実際に売れてる数はともかくとして、出版社とか書店が大盛り上がりしながら「世でバカ売れしていると言いたくなるタイプの本」になんらかの特徴があるのだろうかと調べることはそこそこ楽しい。仮に1000人に1人、2000人に1人程度のバカ売れであっても、平積みにまでたどり着いた本にいったいどういう魅力があるのだろうか。ベストセラー温故知新を読むことでいくつかの知見は得たが、インターネット文脈がここまで書籍の世界に混じり込んでしまうと、今は今で別の事情が加わっていそうである。

最近ひとつ、昔は考えていなかった「売れている本の理屈」を考え付いたのだが、あまりに雑な考え方なのでここで書いておく(すばらしいアイディアだったらきっと大事にあたためて人前で発表しただろう)。



今は、「社長になりたい副社長」に向けて書いた本が売れているのかなーと思う。



具体的には、読者として一般市民を想定して書くのであっても、ある副社長がこのメソッドによって成功して社長になったよ、みたいな「副社長エピソード」を選んで濃厚に書く。一般市民に売るために一般的なエピソードを選ばない。ただし教訓だけは微妙に一般向けにしてある。

こないだ読んだビジネス書がまさにそういうやつで、鼻からへんな息がもれた。ときおりむやみに「これはPTAの会合でも使える」みたいに不自然に話を拡大するフレーズが挿入されるのでかえってよくわかった。副社長(になるくらいの能力があって運があって金周りもいい人)が社長になるための技術、夢と成功の臭いがする。(おそらく自分は副社長にはなれるだろう、しかし問題はその先にあるんだ……)なんて、ひそかに自負するまでは人間だれでもやるだろう。「副社長まではなれること前提」とはなかなかすごい話だが、人前で吹聴するのでもない限りは誰もが似たようなことをちょっっっとだけ夢想したことはあると思う。知ってか知らずか、最近の売れる本(の一部)はそういう書き方をしているように思えた。




なお、こういう書き方をした本は、副社長とか社長が読むとぴったりハマルことがある。すると彼らはSNSで言うわけだ、「いい本だった」。それはわりと本心だろう、だって元来、副社長が社長になったときのエピソードを書いているわけだから……。で、どこぞの社長がいい本だと言ったらそれは売れるポテンシャルがひとつ上がる。イチローが本を書いたとしてそれを巨人の坂本が読んで「おもしろかった」とどこかで言ったらバク売れするだろう。でもイチローの言葉を坂本が噛みしめるのと、それをぼくが読んでおもしろいと思うかどうかは本当は別の話なのだけれど……イチローについても坂本についても興味があるぼくはそういう本を買ってしまうと思う。



でもぼくは結局社長でも副社長でもないので、副社長→社長メソッドについてはあまり興味がもてないのだった。なおいまどきの本はあまり副社長とか社長とか書きません、たいていCEOとかCOOとかCO2とか書きます。

2019年11月1日金曜日

病理の話(380) 専門医番号をみるナースと所見の話

訪問看護の現場で働いている友人からメッセージが届いた。

友「病理の専門医番号って、あれ、専門医になった順番のことなの?」

意図はよくわからないが質問にはすぐ答えられる。すぐに返事をする。

ぼく「そうだよ。基本は合格した順。俺は2700番台だ」

友「そうかありがと」

一往復半でやりとりは終わったが、しばらくして追加のメッセージが入っていた。

友「たまに現場で病理のレポートを見るんだけど、その専門医番号が書いてあって、番号が若い方が書き方が丁寧でわかりやすいように思う」

ぼくはこの短いメッセージを読んで虚を突かれた。

ぼく「番号が若い方? つまりそれはだいぶ年寄りだってことだ」

友「そうなんだ、紙のレポートしか見てないからそれはわかんない。けど番号が3ケタだったりすると、だいたい読みやすくて、私が読んでも意味までよくわかる」

すこし考えて、このように答えた。

ぼく「昔、病理医は、臓器や細胞をみたら、そこで起こっていることをすべて文章にしてレポートの中に書いていた。その後、『取扱い規約』などが出てきて、現場のドクターたちがわかりやすいように、かつ、必要な情報が毎回同じ書式で手に入るように、記載が箇条書きになっていったんだ。」

すると彼女はほとんどノータイムで答えた。

友「箇条書きよりは説明の文章があったほうがわかりやすいわなあ。私たちは患者が持って帰ってきたレポートを見るだけだから、治療の方針を決めたりしているわけじゃないし、医者が読みやすいかどうかはともかく、患者からしたらきちんと文章で説明されていたほうがわかりやすいと思うけど。私の場合ね」





ぼくはメッセージのやりとりが終わった後もしばらく考えていた。

病理医は患者と会わない仕事だ。コミュニケーション相手は基本的に医者。主治医の採ってきた検体を顕微鏡でみて、主治医に答えを返す。だからレポートの内容は、専門の医者が読んで役立てることを前提として書く。

世界中の医者や統計学者たちが積み上げてきたエビデンスを有効に使うために、がんの診断をするときには、TNM分類や取扱い規約分類の様式に従ったレポートを書く。がん以外でも、診断基準項目を羅列してチェックマークを入れていくようなスタイルを選ぶ。そのほうが、主治医にとっては便利で、喜ばれるからだ……。

でも。

ま、わかってはいたけど。

患者もレポートは読むんだよなあ。

昔ながらの病理医のほうが、レポートの文章が読みやすかったというのは、昔の病理医たちは今よりもずっと細胞の性状を「描写」する訓練を受けていたからだと思う。ぶっちゃけ今の病理診断は細胞ひとつひとつのカタチをいちいち書くほどの余裕はない。けれども、昔取った杵柄、言葉のはしばしに、「伝わる表現」があるのだ、きっと。



温故知新とはこのことか。

ぼくはさっき自分が書いたばかりのレポートを読み返していた。

箇条書きのスキマを縫うようにちょっとだけ書き添えた、「所見」の数々。

所見とは細胞の所信表明演説みたいなもので。

そういえば、マンガ『フラジャイル』には、「岸京一郎の所見」というサブタイトルがついていたっけなあ。

うーん。

2019年10月31日木曜日

だとしたらずいぶんショックばい

奔逸した思考をかき集めて押さえつけるようにして、パソコンの前で息を吐いた。複数の仕事を同時にやりすぎた。自我が陥没してしまったような気持ち。精神が再び秩序立てて盛り上がってくるのを黙って待つ。昭和新山のような人格が立ち上がる。

最近Kindleで読んだ本が、立て続けに2冊、おもしろくなかった。そのせいで心がすこしざわめいて、疲れているのかなと思う。




ほんとうにおもしろい本を読んでいる時は、それがフィクションであろうとノンフィクションであろうと、「誰かの脳をなぞること」に没入できる。ひとつのことに集中できる。マルチタスクから解放される瞬間だ。

つまらない本というのはめったにない。人のおすすめを多く手にとるからだろう。ありがたいことである。

問題は、「中途半端におもしろい本」だ。これはしばしば遭遇する。おもしろいことはおもしろいんだけど、どうやらぼくはこの本にとってど真ん中の読者ではないようだな、というのがわかる。

本文がだんだん目の上をすべっていく。読み終わったらこの本をツイッターでおすすめしようかな、だとしたらどういうおすすめ文を添えよう、あのエピソードと絡めてみようかと、気もそぞろになってしまうともうだめだ。気がついたら、同じページの同じ行のところを何度も目で追っている。字は読めるが意味が入ってこない。そういうときにふと背筋を伸ばして、1,2ページほど戻ってあらためて読み直してみても、ぜんぜん読んだ記憶がない。ずっと集中できていなかったのだろう、仕方なく、章の最初まで戻ってまた読み直す、みたいな羽目になる。でも一度飛び去った思考はなかなか集め直せない。放牧地でいつまでも羊を集められないバイトの牧童のような気分で、自分を再統合するための手続きをくり返す。



いくつかのことをRAMに入れて同時に処理しようとすれば、結局どれも中途半端になる。だからマルチタスクというのは本当はウソで、瞬間的に一つ一つの仕事にケリを付けながら次々と向かう対象をスイッチしていっているだけなのだ。それがわかっていてなお、複数の案件を脳の中に入れておかないと落ち着かないぼくは、たぶん、心配性なのだろう。自分が見ていないところで何かが悪くなったらそれは自分のせいだと思っている。いまだにそういう思考が残っている。それで何度も失敗してきたはずなのに。




先日尊敬する人と話をしていたら彼が声をひそめて言ったのだ。

「君は本当に自虐をするなあ、やめたほうがいいぞ」

ああ、自虐という単一の概念でぼくの行動は規定されているようだ! ぼくはすこし安心してしまった。ここ数年、自尊とか自虐とか、たったひとつのやり方で自分の行動が解釈できたことなど一度もない。でもそれでは世の中をわたっていけないから、誰かがぼくをみたときに解釈しやすいように、アウトプットの部分についてはなるべくフィルターをかけてぼくの思考の最大公約数的な部分を拾いやすいようにと訓練してきた。その甲斐があった。ぼくは今、自虐的なフェーズにいたらしい。わかりやすくていいじゃないか。

行動を統一したいと思ったら優れた本を読むに限る。最近、本以外のあらゆるインターフェースを通した場合にぼくは自分の思考が一本化できなくなっていることを感じる。誰かと会って話すのが一番やばい。人と会うとき、常に抱えた思考の束の中から一番整頓できたものだけを選んで渡そうとする、その独善的な手際のひとつひとつにぼくはがっかりとしてしまい、早く帰って本が読みたいなと思うことが増えた。おそらく人生のエントロピーが増大してきているのだと思う。本はエントロピーの局所的な低下をもたらす触媒である可能性がある。

2019年10月30日水曜日

病理の話(379) 若手よ育て札幌セミナー

紅葉も半ばくらいなり定山渓。

10月の中旬、ぼくは札幌の臨床検査技師会が主催する1泊2日の勉強会イベントに招かれて講演をすることになった。

札幌市の南端、山の中に入っていったところに定山渓(じょうざんけい)温泉というなかなか規模の大きな観光地がある。市の中心部から車で1時間弱。ぼくの実家からだと30~40分程度といったところで、高級宿から子供連れにやさしい大型プールつきの巨大ホテルまでを兼ね備えた使いやすい奥座敷だ。

こんなところで勉強会やるのかよ、と驚いた。しかし臨床検査技師たちはときにこういう「交流込みの勉強会」を主催する。



かつて、大分県の九重温泉に呼ばれて1泊2日で、超音波検査技師たちと勉強会をやったことがあった。そのときは夜中の2時まで超音波画像と病理像の照らし合わせを行った。さすがに深夜0時を回ると出席者の半分は脱落して温泉に入ったり眠ったりしていたようだが、残りの半分はビールや焼酎などを片手に延々とマニアックな学術トークにつきあってくれた。ああいう会は一見ふざけているようで、実際にはかなり学ぶところも多い。単純に観光の思い出が増える一方、学術知識もいつもと違う脳の引き出しにストックされる。気分を変えて学び続けるというのは、専門職の知恵なのかもしれない。

そして今回の定山渓イベントもまた泊まりの勉強会だ。しかしぼくは翌日も仕事があるので、宿泊はせず、講演が終わったらとんぼ返りしなければいけない。飛行機じゃないだけラクといえばラク。自分の車で早々に家を出た。ぼくの出番は夕方だが、ぼくの前にしゃべる技師の講演も聞きたいし、何より今の時期、定山渓は紅葉シーズンで渋滞が予想されるから早めに出発した方がいいだろう。

予想に反して道はすいていた。それもそのはず、なかなかしっかりした雨が朝から降り続いていた。これでは紅葉狩りというわけにもいかないだろう。藤野・石山を通り抜けてするするとゆるやかな山道に入り、トンネルを抜けたら早めに右折して、目抜き通りの裏から定山渓温泉街へとアプローチする。

雨が山肌に反射して霧のようになっているのが美しい。紅葉はまだ五部といったところか。

まだ日は高いがぽつぽつと傘の人々が道にみえはじめた。温泉街につきものの、独特の看板をかかげるラーメン屋をいくつかやりすごし、屋根のついた足湯スペースに人がむらがっているのを横目にゆっくりと車を進めると、名の知られた宿の看板がみえはじめた。

今日のイベント会場は、「花もみじ」。はからずも季節感にあふれた名前の大型ホテルである。向かいには老舗の「ふる河」がある。となりには何度か買い求めたことがあるお土産屋があった。見慣れた風景だ。

ホテルの目の前に車を止めるのははばかられたので、少しだけ後戻りして、二階建てになった鉄筋の駐車場の1階に車を入れた。2階部分がコンクリートではなく基本的に鉄筋そのものなのだろう、屋根はあるのだが雨がしたたりおちてくる。あわてて後部トランクに入れた傘を取り出し、パソコンの入ったトートを胸にかかえてホテルへと急いだ。



会場にはすでに多くの……といってもせいぜい30名程度だが……技師たちが集まっていた。もっとも、行楽シーズンの土日に、超音波検査や病理の勉強のためだけに1泊2日で集まろうという猛者たちなので、少数精鋭という言葉がぴったりかもしれない。見回してみると知った顔が半分といったところ。よくみると超音波や病理とは関係のない部門の技師たちがちらほら混じっている。すでに管理職に上がった人間であったり、あるいは、勉強会を毎年主催する幹事側であるためにジャンルを問わずに必ず参加する人であったりするのだろう。



幾人かに挨拶をしつつ、すでに着席している人たちをそっと見渡す。はじまる前の時間に、「抄録」(講演会であれば各講演の要旨や、講演者の経歴などが記載されている)をめくっている人は誰だろうか、と探すのだ。ぼくのクセである。なぜそんなことをするのかと言われると自分でも理由ははっきりしないのだが、おそらくぼくは、今日の講演会を一番楽しみにしている人に向けて講演をしよう、と思っているのだ。

比較的若い人が熱心に抄録をめくっていた。

よし、今日は若い人向けにしゃべろう。

今回はじめて言語化してみて思ったがぼくはたぶんそうやって講演をしているのである。



医療者の学術講演というものは、いろいろな活用方法がある。自分の知らない最新の知識を吸収するために参加する人もいるが、そうではなく、すでに知っていることを誰かほかの人の口からきいてみたいというモチベーションもあるだろうし、自分の専門ど真ん中の情報をほしがる人もいれば、自分がふだんあまり気にしていない他分野の情報をなんとなく見てみたいという人もいる。

講演するほうもいろいろだ。自分の経験と自分がたずさわってきた仕事の話をきちんと話せばいい、それはひとつのスタイルである。しかし、聴衆が求める様式にあわせてしゃべる内容をいじくるタイプもいる。ぼくは「相手に合わせてプレゼンテーションを変化させる」ほうだ。

講演の依頼文の中に、「何をしゃべってもいい」と書かれている場合、必ず、一度はたずねる。「あなたが今一番聞きたい臓器や病気はなんですか」「具体的にお題をいただけたほうが助かります」。すると依頼者は熱心なので、そういうことでしたらとばかりに、なんらかのお題を返してよこす。そのお題が必ずしもぼくが一番得意な内容であるとは限らない。病理医であるというだけで病理ならなんでもしゃべれると思われがちだがそうでもない。しかし、いただいたお題がたとえ自分の専門性から多少外れていようとも、勉強することでそのずれを埋められると思うならば、その話は引き受ける。引き受けて、勉強して、講演会までの間に「自分の専門領域にしてしまう」。これはそこそこリスキーである。知ったかぶりしかしゃべれないこともある。けれどもぼくはそうやって、自分の専門とする領域の幅を少しでも広げようとやってきた。

うまくいっているのかどうか。それは聴衆側に聞いてみないとわからない。

今日ぼくがしゃべる内容は「肝・胆・膵の超音波画像と病理組織像の対比」。肝・胆・膵というのは、肝臓、胆道(胆のうなど)、膵臓という3領域のことだ。ひとまとめにして語られることが多い分野だが、あくまでこれらは3分野である。例えるならばサッカー、ラグビー、アメフトの話をしてくれ、というのに近い。共通点がフィールドがあることとボールがあることくらいしかないではないか。

かつてのぼくは肝臓病理が専門だった。だから肝臓の超音波検査と病理組織像の対比というお題の講演は初期から行っていた。そして、今から10年ほど前に、はじめて胆のうや膵臓に対する講演依頼が来た時には頭をかかえたものである。肝臓と全然違うのに……。たしかに、胆のうや膵臓の「病理学」に関する知識はあるのだが、それが他人に向けてしゃべれるほど整理されているかどうか、また「画像検査の知識」と併せて展開できるかどうかは別の話なのだ。

結局、講演のたびに、微調整を繰り返し、勉強をして、ほかの人がしゃべる講演を聴き、取り入れ、また学んで、と繰り返しながらここまでなんとかしのいできた。そして今回また「肝・胆・膵」。何度も依頼を受けてそのたびに講演という形で勉強してきたことで、もはや胆のうや膵臓の画像・病理も肝臓と同じくらいに語れるようになった。




……こうして書いていて思ったのだが、結局のところ、講演会で学び、新しい知識を吸収し、今まで持っていた知識を確認して、明日からの日常の診療に活かしているのが誰なのかというと、それはおそらく、聴衆よりもまず「講演しているほう」なのだろう。ぼくは先ほど「一番熱心に講演会に向き合おうとしている人に向けて講演をしようと思っている」と書いたが、そもそも依頼が来た時から講演に対して一番熱心に向き合う人間は講演者でなければならないのだった。話す方が熱心に学んでいるからこそ、聞こうとしている人の熱心さにこたえられるというものなのだ。


「若手の勉強になるように」としかけられている各種の講演会によってぼくは育てられてきた。となると、そろそろ、講演をする役目をぼくより若い人に譲らなければいけないよな、という気持ちになる。

講演をする人はすでに業績があり偉さが炸裂しているような大御所であってはいけないのかもしれない。

いや、まあ、大御所がしゃべる姿を肴に懇親会に進みたいタイプの人もいるのだろうけれども。




講演会を終えて自宅に帰る車の中で、ぼくはずっと、「次の時代を担う人に講演をしてもらうこと」を考えていた。札幌セミナーは翌日も開催されるが、そこにはぼくより9つくらい若い病理医が、「乳腺の超音波検査と病理像の対比」というお題にはじめて取り組むのだという。さぞかし大変だったろうな、と思った。乳腺の病理に詳しいからといって、乳腺の超音波画像と照らし合わせるなんていう「普段病理医があまりやらないこと」を講演と称して多くの人の前でしゃべるというのはけっこうなストレスなのだ。


一夜明け、ぼくは職場で仕事をしていた。合間にFacebookをみる。ちょうど先ほど終わったばかりの「札幌セミナー」の会場から感想をつぶやく知人の姿がFacebookに掲載されていた。

「乳腺の対比の話、おもしろかったです。〇〇大学病院の〇〇先生はすばらしかった。」

ぼくはなんだか泣きそうになってしまった。知らない人に対して心で拍手を送りながら、ぼくらはこうして前に立つために勉強を続けないといけないんだよな、と思ったし、もうぼくは若手じゃないのだから、呼ばれてしゃべれと言われて喜ぶのではなく、機会をきちんと若い病理医に渡していかないといけないよな、と、そんなことをひたすら考え続けていた。外はきれいに晴れ上がり、今日の定山渓はきっと紅葉がきれいだろうな、と思った。

2019年10月29日火曜日

自己紹介

寿司以外に手段を知らない。

ぼくは寿司以外に手段を知らない。

ぼくは寿司以外に見学に来た若い医者をほほえませる手段を知らない。



だから若手が職場を見学に来るときにはいつも困ってしまう。現代、「一緒に何かを食いに行こう」というだけでハラスメントになってしまう時代だ。「一緒に何かをハラスメント」。「一緒ハラスメント」。「一緒ハラ」。すなわちイチハラである。後輩に対して何かを食わせて満足させるという思考回路しかない場合、もはや上司としては不適格の烙印を押されざるを得ない。

それは、とてもすばらしいことだ、かもしれませんね、SAMURAI.




そういえばぼくは若い頃、大学院を出て今の病院にやってきたときに、外科医や内科医たちから「接待があるからついておいでよ」と誘われることがまれにあった。でも結局行かなかった。ぼくは薬を出す立場じゃないから、薬屋に接待される覚えがない。かたくなに断った。今にしておもえば、コンプライアンスもぐだぐだの時代だ、せっかくだから2,3回おごられればよかった。あそこでおごられたからといってぼくらの手が異常に汚れるわけもなかった。けどぼくは生真面目だった。美徳ではないだろう。他人との距離感をうまく測れなかったのだ。

つかずはなれずの関係を築いているうちに、とうとう誰もぼくのことは誘わなくなった。そうこうしているうちに時代が流れ、そもそも接待という制度自体が過去の遺物となり、研究会の打ち上げもすべて自腹が当たり前になって、ぼくはとても居心地がよくなったし、手に入るはずだった利得を手に入れないままここまで育ったことに誇りをもっているし、多少のさみしさも、なくはない。こういうことを書くと怒られるかな? でも「いいなあおごられるの……」くらい書いたところでバチはあたるまい。




さて、いざ後輩が現れる年になって、ぼくは困ってしまった。後輩というのはどのように接待申し上げればよいのか。接待がない世の中で接待をしようとたくらむ自分がこっけいだ。しょうがなく伝家の宝刀を抜く。

「ぼくもこうやってよく先輩におごってもらったから、キミもぼくに快くおごられてほしいし、偉くなったら後輩におごってやってほしい。」

けれどこの刀は使いづらいのであった。タダ飯だろうがなんだろうが、上司と同席してメシを食うこと自体にストレスを感じる人もいっぱいいるんだよな、ということが取り沙汰されるようになったからだ。




よく考えたらぼくは、接待されることがいやだったんじゃなくて、自分がとくに望んでいない誰かとメシを食うのが圧倒的にいやだったから、「薬屋さんに接待されるような身分ではないです」といういいわけを振りかざして断っていたのではなかったか。

きっとそうだ。ぼくは別にクリーンな人間だから接待を断っていたわけではなかった。

あのとき、もし、「お近づきの印に1000万円差し上げます、ご自由に使って下さい」と言われたらぼくの正義感は別に発動しなかったと思う。単に、仲がいいわけでもない薬屋と、仲がいいわけでもない他科の医者たちと飲むのがいやだっただけなのだ。




人は知らないうちに、本来の意図とは違うところで勝手にクリーンに生きていることがあるのだ。ぼくはこのことを、「接待」というクソ文化を巡る歴史の中で、学んだ。




それはそれとして困った。後輩にはどのように満足してもらえばいいのか? 答えは実は簡単なのである、ぼくが、黙って背中を見せるだけで後輩に尊敬されるような人間であればいい。メシはいらない。場所もいらない。ただ一途にはたらくすがたをみせればいい。一途にはたらけばいい。いちずはたら。いちはらである。

2019年10月28日月曜日

病理の話(378) 病理医の出張判断と診断のありよう

2019年10月12日(土)。ぼくは北九州市の産業医大に向かった。

目的は学術講演。産業医大の主催する学会で特別講演枠をもらっている。

タイトルは「医療とAIの今後 ~病理医の仕事はなくなるのか~」であった。




この日、2019年最強とよばれた台風19号が列島を直撃する予報が出ていた。日本のあちこちに甚大な被害をもたらした例のやつである。

台風は結局、関東から東北をなめるように進んだわけだが、講演の前日くらいまでは進路が読めなかった。ぼくは、「さすがに今年はたどり着けないかもなあ」と思った。

毎年1,2回くらい、台風のせいで出張の予定が変更になっている。去年は高知出張で朝の飛行機を早い便にずらしてぎりぎり帰ってきた。また、大分出張のときは台風接近により研究会自体が中止になってしまった。おととしは熊本で講演したあとに懇親会に出ず羽田にとんぼ返りしてそこで一泊し、翌朝の早朝便でなんとか新千歳に帰ってきた。

講演会場に到着できないときもあるし、講演できたはいいが帰ってこられないこともある。出張が多い人は、きっと強くうなずいてくれることだろう。

ぼくは札幌市に住んでいるから、西日本の出張では飛行機の乗り換えが普通だ。乗り換えがある出張だと、(1)出張先、(2)乗り換えの羽田や大阪、(3)新千歳空港 の最低3箇所の天候がカギとなる。そのため、台風がやってくると、東にそれても西にそれても直前まで心配が尽きない。台風に限らず、南は大丈夫であっても北は豪雪ということもある。



毎年のように、出張できるかな、できないかなと各種報道を注視していると、年々災害報道のレベルが上がってきていることを実感する。おととしより去年、去年より今年のほうが、災害に対する心構えがより早く報道されるし、飛行機の欠航が決まるのも早い。集合知の蓄積によってきちんと対策が打たれているのだろう。立派だなあと思う。



そもそも今回の出張については、札幌に住むぼくからすると、北九州なんて台風が来たら絶対むりだろ、みたいな先入観はあった。しかし現地の人に聞いてみるとどうやらそうでもないらしい。九州北部は意外と台風に強いのだという。そうかな? 去年は佐賀出張のときに前日の台風で駅前が浸水していたって聞いたけど……。飛行機はわりと降りるという。そうは言われても不安なので、複数の経路を準備した。

千歳→福岡の飛行機、直行便のほかに、千歳→伊丹→(新幹線)→福岡を検討した。ほか、羽田経由、セントレア経由、さまざまな乗り換えをかんがえておいたのだが、結局今回の台風では羽田と伊丹がやばそうだということになり、とっておいたチケットはすべてキャンセルして、前日の時点でスカイマーク直行便に命運を託すことになった。

そしていざ当日。

スカイマークは無事時間通りに離陸。台風を飛び越えて何の問題もなく福岡空港に着陸。なんと定時よりも15分早くついてしまった。

そんなことがあるのか? 愕然とした。まさか追い風のせいでこんなに早く……?

驚いていたら現地の人に笑われた。

「違いますよ先生。スカイマークはANAやJALと比べると『弱い航空会社』なので、ふつうは福岡の上空で着陸待機させられたり、滑走路に降りてからも遠回りさせられたりするんですけどね、今回、羽田とか伊丹とかぜんぶ飛ばなかったでしょう。だから空港が空いてたんですよ。着陸してすぐ飛行機から降りられたでしょう?」

そんなことがあるのか。全く知らなかった。結局ぼくは、「台風の影響で現地に早く到着してしまった」のである。



天気と飛行機とぼくの出張。もちろんそれぞれ関連がある。しかし、どれだけ科学が進歩して、どれだけ報道が丁寧になっても、今回ぼくが「台風のせいで講演会場に早く到着できた」という未来は全く予測できなかった。手練れの出張イストだったら予測できたろうか? いやあそういうものでもないと思う。複雑系において、人間が一番知りたいことというのは、いつでも後からしか予測できないものだと相場が決まっているのだ。

経済がよくなる・悪くなるなんてのもそうだし。

スポーツでチームが勝つか・負けるかなんてのもそうだ。

そして、医療もきっとそうなんだろうなーと思った。ぼくは病理医なのでどうしてもさまざまな事象を病気や健康と結びつけて考えてしまう。人がどういうメカニズムで病気になるかはだいぶわかってきたし、病気になるとどうなるかというのもなんとなくわかっている気になっているけれど、その病気によって患者がどういう毎日を歩むのか、明日どこにたどり着くのか、そのときどう思うのかまではなかなか予測できない。



なんてことを考えながらAIの話をした。今回もまた結論としては「AIが勝ち、ふつうの病理診断医はほろび、本物の学者と医療者だけが残る」という説明をしたのだが、内心、

「AIが勝ってもしょうがないんだよな。人間が負けないほうが大事なんだけどな」

と思っていた。

2019年10月25日金曜日

読んでもバズりはしないのだが

三省堂書店系列でほぼ1年にわたり開催していた『ヨンデル選書フェア』が一段落した。

2018年の11月末から、2019年の5月末までの半年間、三省堂書店池袋本店にて合計125冊の「病理医ヤンデルが選んだおすすめ本」を陳列してもらった。これが爆裂に売れた。

そしたらその後立て続けに、名古屋で2か月、札幌で1か月、神保町本店で1か月半、それぞれフェアを開催することになった。置いた本の数はそれぞれバラバラだったが基本的には池袋で選んだ本を置いた。ただし神保町のフェアでは、この1年に発売された新刊を4冊ほど追加をした。幡野さんや西さん、國松さんの本である。これらは本当によく売れたそうだ。さすが。



すべてのフェアが2019年10月に終わり、やれやれと思ったのもつかのま……。実は2019年の12月からまたフェアがはじまる。まだ正式告知されてないけど、言ってもいいだろう(ぼくはしばしばこうしてフライングをして怒られる)。

ヨンデル選書フェア 2ndシーズン。





今回もまた前回と同じくらいの本を選ぶことになる。まずは最初の1か月に、前回フェアで選んだ中から特選した30冊+新しく読んだ本の中からぐっとくるおすすめを20冊。

そしてそこからさらに、1か月ごとに、20冊くらいずつ追加をするのだ。最終的には今回も、半年間で100冊以上の本を順次ご紹介していくことになるだろう。

最初の月からすべての本を並べない理由はいくつかあるのだが、ぼくとしては、1か月ごとに1冊ずつ本を買い足したい人のためのフェアを目指している。先月並んでいた本のどれかを買った人が、しばらくして再訪してみたら自分が買った本のとなりにおもしろそうな本が加わっている、というのがやりたいのである。




やっていることはAmazonの「この本を読んだ人はこんな本も読んでいます」なのだ。つまりは日頃からおおくの書店員が棚を作る際にやっていることと一緒である。ぼくは選書フェアに関わることで本当に書店員の仕事を尊敬するようになった。本を選んで並べ続けるって終わりがないんだよな。




ただ実は問題もある。去年のフェアに並べた本125冊は、ぼくが20年以上本を読んできた上で、直近の3年~5年くらいの本からおすすめをえらんだわけだが、今年のフェアはせいぜいこの1年で読み足した本の中からコアを選ばないといけない。そんなに本読んでたかな、ぼくは……。

で、しらべてみると、結構読んでいるのだった。少なくとも年間200は読んでいる。ただしその中でオススメできる本がそこまで多くない。当たり前だがハズレの本もあるのだ。ハズレというのは内容がつまらないという意味ではなくて、「ぼくは楽しいけどこれ他の人はつまらないんじゃないかな」みたいな本も含む。「ぼくは楽しいけどこれ他の人はつまらないんじゃないかなって思うのはおこがましいからやっぱり並べてみようかな」という本も含む。「ぼくは楽しくないけどこれ他の人はすごい楽しいかもしれないな」という本もあるわけだ。これらをいちいち吟味するのは骨が折れる。

本を紹介しようと思ったら再読しないと「書評」が書けない。ぼくはこのフェアで、本1冊につき1枚の「短評カード」を添えてもらっている。350字以内でおすすめ文章を書いている。これを書くのがまたえらい時間がかかる。楽しい時間ではある。そもそもカードを本すべてに1つずつ封入している書店員の働きなくして、このフェアは成り立っていないのだから、ぼくがそれくらい苦労しなくてどうするのだ、という気持ちもある。なんにせよありがたい。みんなも本屋を楽しんでほしい。ぼくは本が楽しくてしょうがないぞ。

2019年10月24日木曜日

病理の話(377) 学術講演会のマニアックな心構えについて

ぼくは普段、もっぱら、「臨床画像と、病理像とを対比する講演」ばかりしている。

聞きに来る人は、医者や放射線技師、臨床検査技師など、医療のプロフェッショナルだ。素人(非医療者)相手の講演ではない。

病理医であるぼくは、臓器の肉眼像から情報をとるのが得意だし、プレパラートをみてそこに眠っている情報を引き出してくるのが職能だ。いわゆる病理診断。扱うモチーフ全般を「病理像」と呼ぶ。

これに対し、病理医以外の多くの医療者は、日頃、超音波とか内視鏡とかレントゲンとかMRIなどを通じて患者のことを知ろうとする。これが「臨床画像」。

「病理像」と「臨床画像」との接点をさがして橋渡しするような講演をすることで、病理医以外の多くの医療者たちが、日頃あまり触れることのない病理診断になじみ、喜んでくれる。





ところが最近のぼくは、AIをはじめとするヘルスケアの新しいシステムを語る人間として呼ばれる機会がちょろちょろ増えてきた。ぼくは別にAIの専門家ではないのに、である。

AIにもっと詳しい人は、あちこちにいる。なのにぼくがなぜ呼ばれるのかな、と考える。

ぼくを呼ぶ人たちの顔や反応をみてみると、もとより、AIに超絶詳しい人を呼んだつもりはないようだ。

どちらかというと、「そこまで詳しくなくてもいいけど、講演会を形にしてくれるならありがたい」くらいのテンションである。

ああそういうことなんだなーと、ちょっとだけさみしく思う。

「確実に盛り上がる講演なら内容は問いません」という意図を感じる。講演会という形式さえ完遂できれば、内容がさほど高度ではなくても、あまり専門性が高くなくても、コミュニケーションの役にも立つし、十分だ、ということなのだろう。

正直どうなのかな、と思う。




ぼくを札幌から呼ぶということはそれだけ交通費も宿泊費もかかるわけで、せっかくなんらかの形で予算を確保して、わざわざ休みの日に少なくない人数の医療者が集まってくるわけだから、それをコミュニケーション目的の学芸会のように終わらせてしまうのはもったいない気がする。





で、まあ、そういうことを考えながら講演のプレゼンをつくっていると、世間で言われているような「伝わるプレゼンの作法」だけではどうも足りないような気がしてくるのだ。




まず、「テイクホームメッセージを1個にしなさい」という、近頃誰もが指摘するプレゼンのセオリー。

真に受けてはいけない。ぼくはそれは聴衆をなめていると思う。

そもそも札幌からぼくを呼ぶのに、8万円とか10万円とかかかっているのだ。それだけの金をかけておきながら、講演から持って帰れるメッセージがプレゼンの中に1つって、そんなぼったくりみたいなことが許されるとは思えない。

少なくともぼくが講演を主催したときに、遠くから呼んだ演者が、28pt以上のフォントでスッカスカに作ったオシャレ紙芝居みたいなパワポの中に持ち帰れるメッセージが1個だけ、みたいなしゃべり方をしたら、なんとつまらないものを聞いたのかとがっかりしてしまうと思う。

そんなもの、講師を呼ばずとも、PDFで配れば事足りてしまうではないか。ていうかスカイプでやれよ。





……実際、PDFで配れば事が足りるであろう講演は世の中に多い。「何を聞いたか」「何を学んだか」ではなく、「誰がしゃべったか」「どの学会に出たか」を重視する立場で講演会をやるとそういうことになる。芸能人とかプロスポーツ選手とか作家などの著名人が講演するならそれでいいだろう。しかし、学術講演がそれでは困る。

「人間はそこまでまじめに人のプレゼンを聞いていないし、終わったらすごいスピードで忘れていくのだから、フォントは大きめに、内容は絞って、言いたいことは減らして」。

こんなもの、「講演会で勉強したくない人たち」に忖度しすぎだ。勉強したい人たちのことをなめている。




賛否両論わかった上で言うけれど、ぼくの講演のプレゼンは、とにかく情報量を多めにしている。フォントも、デザイン性は大事だが、絵本を作っているわけではないのだから、見た目の美しさにこだわるばかり情報を減らすようなことはしない。敷き詰めるときには意図をもって敷き詰める。会場の後ろから見えないようなプレゼンは作らないが、コピーライターを気取った体言止めばかりのプレゼンには学術的な魅力を感じない。

商品を印象づけて売るためにやる、営業プレゼンといっしょにされても困る。




個人の経験に基づく感想にすぎないが、学術講演には、話し手の熱意を受け取って明日の診療に活かしたいと念じる暑苦しい聴衆が必ずいる。

それは必ずしもいっぱいいるとは限らない。100人の参加者がいれば、5人も混じっていればいい方かもしれない。

けれども、ぼくはそういう「本気で勉強したい人」にこそ向けて学術講演をやるべきだと信じる。

「とにかくわかりやすい」を一義にする気は無い。

メモを取りながら本気で、プレゼンのすべてを持って帰ろうとがんばる若い医療者が、どんな講演会にもたいてい数人潜んでいる。メインターゲットは彼らだ。彼らが、一生忘れられないレベルの情報の洪水を浴びせかける。それこそが、金をかけて呼ばれてしゃべる人間の責務だと思う。

最大公約数のためになんてしゃべらない。

会場に出てきている人間たちの、可能性の最小公倍数にあわせてプレゼンを作る。





だからプレゼンはとにかく濃いめに作るのだが……。

ぼくもオトナなので、そうやって自説ばかりを振り回していても誰も喜ばないということもよく知っている。

そこで、パワーポイントのプレゼンは濃厚に作る一方で、しゃべり方はできるだけ簡潔に、それこそ「テイクホームメッセージにまっすぐ進んでいるようなかんじで」、しゃべるように心がける。

1.目から入ってくる情報を豪華に。

2.耳から入ってくる情報はシンプルに。

つまり視覚と聴覚の情報をずらすのである。そうすることで、「会場内になんとなく来ていたコミュニケーション目的の、あまり勉強する気は無い人たち」にも、それなりに楽しんでもらうことが可能となる。





どうも世の中の一部の医療系プレゼンターはこれと逆の作り方をしている。シャレオツでパワポ1スライドあたりの情報量がやけに少ないものを数枚出しながら、逆にスライド内に書いてないことを含めておもしろおかしく漫談のようにしゃべってやろう、というタイプ。

1.目から入ってくる情報をシンプルに。

2.耳から入ってくる情報を豪華に。

パワポはコピーライター型。しゃべりは明石家さんま型がいいと思っているのだろう。

ぼくに言わせればちゃんちゃらおかしい。

こういう人のプレゼンを見ていると、「聴覚よりも早く全貌を認識できる視覚がヒマになってしまう」のが気にくわない。目のやることが終わってしまっているのに、耳からはのべつまくなし、情報が飛び込んでくる。しょうがないからプレゼンターの顔ばかり見る。おっさんの顔を凝視する時間が長いプレゼン。基本的に苦痛だ。

こういうプレゼンは、「何をしゃべっているか」ではなく「誰がしゃべっているか」を強調したいときには役に立つだろう。

でも繰り返すけれどぼくがやりたいと思っている講演は逆なのである。やる気のある人と内容を共有したい。




というわけでぼくは世の中のプレゼン作法とは異なるやり方で講演をする。「いやーすごい濃厚なプレゼンでしたねー」と言われた人はそもそも相手にしていない。どれだけ込み入ったプレゼンを作っていようと、しゃべりが理路整然としていれば、講演が終わった後に必ずぼくの元に猛ダッシュしてきて質問をしてくる熱心な人が何人か現れる。




……と、まあ、ここまで偉そうなことばかり書いてきたが……。

実は上記はあくまでぼくが「理想とするかたち」であって、実際のぼくは、

1.目から入ってくる情報を豪華に。

2.耳から入ってくる情報も豪華に。

の、豪華×豪華でプレゼンをしていることが圧倒的に多い。そんなことだからしゃべりすぎるタイプのコミュ障とか言われてしまうのだ。プレゼン道は険しい。

2019年10月23日水曜日

脳だけが旅をする

出張先ではAMラジオがかかっており、部屋は奥まっていて、壁は分厚く、ポケットWi-Fiの感度は悪く、持ち込んだノートパソコンでインターネットに接続するのにだいぶ苦労する。だめだ。電波が0本しか立たない。圏外とは表示されないが検出感度以下。「悪性は完全には否定できない」みたいなどっちつかずのレポートを書く場末の病理医のようだ。だめならだめ、いいならいいと言ってくれ。無精髭を掻き毟る。

珍しい病気の論文を探したい。ネットなしで診断を進めるのは厳しい。据え置かれたマッキントッシュを立ち上げた。

ぼくはマックが使いづらいと思っている側の人間だ。単に使用経験が足りないだけなのだが。シフトキーをおしながら文字入力をしても大文字アルファベットが表示されないのが不便。「英数」「かな」の文字が下品。長いWindows生活の末に指先にしみついた高次運動メカニズムが誤入力を連続して引き起こす。キータッチをするのにいちいちあそこを押してからあそこをおすという随意運動。不随意よりも随意がめんどう、ということがある。意図しないと文字が打てない環境で、ぼくは露骨に身悶える。



遠くからサンボマスターが聞こえた。サンボマスターももはや歌謡曲扱いなのだろうか。



ネットで病名と病理組織像を検索する。Googleにそのまま入れても求める情報は出てこないとわかっているので、Google scholarやPubMedを用いるわけだが、マックのブックマークにこれらが入っていない。Google chromeでログインして共有ブックマークを使えればすぐなのに。世界が便利に向けて猛ダッシュしているときに歩みをゆっくりにしたら相対的に不便になるという恒例であろう。



ラマチャンドラン「脳のなかの幽霊」を少しずつ読み進めている。視覚というものは、単に外界の光景が上下逆さまになって網膜に像を結ぶという光学現象ではなくて、もっとずっと高度な組み合わせなのだということが延々と語られていく。アーキテクチャとテクスチャを分けて考えるという近年のAI病理診断の発想も、もとをたどればラマチャンドランなのかもしれない。世にあるものがどんな形をしているか"what"と、それがどのように存在してどう動いたり止まったりしているか、あるいは何の機能に向かっているか"how"を、それぞれ大脳の違う場所が認知してあとで統合しているという説明。そうだな、ぼくはすでにそのことをよく知っている。別の本で読んだ。けれどオリジナルはここにあったんだな。

ラマチャンドランが語る内容は20年前には最新で、その後、多くの若者たちが彼のあとを追いかけてより強固な科学を作り上げているから、今読むと、「まだそこにいるのか」と思う記述も出てはくる。けれども、それよりもむしろ、「ぼくはそんなこと知らなかったぞ」と驚く内容のほうが圧倒的に多い。

はるか先を歩いていたつもりなのに、ずっと昔に見落としていた路傍の花にいまさら目を奪われている。




効率悪くなかなか進まない目先の仕事にうんざりして、出張先のデスクでぼくはスマホを手に取った。なぜかスマホの電波だけはきちんと立っている。タイムラインをのぞくと今日は「阿・吽」の10巻が発売される日だというではないか。デスクを離れて窓際に寄っていき、ポケットWi-Fiを空にかざしながら頼りない電波の中で即座にKindle版をダウンロードする。読む。圧倒される。

「華厳」の2文字が胸骨を強めに殴りつけてくる。

ぼくはそのまま最新刊を読み通したあと、窓際に立ったまま、スマホで論文を検索する。すぐに見つかる。PDFをダウンロードする。すぐに読み終わる。つまんねぇなあ。最新の技術。つまんねぇなあ。指先が勝手に開いていく未来。意図して歩くことをやめてはいけない。犀のように。犀のように。

2019年10月21日月曜日

病理の話(376) 病態病理学e-learning敗北宣言

スタジオは秋葉原にあった。

なんていったっけあの橋……かつて、セガに教えてもらった橋。

そうだ、万世橋だ。

万世橋を曲がった先にあるあやしいビルが今日の目的地である。手前にあるローソンが肉の万世と癒合してしまっている。カツサンドを買ってほしそうな顔をしているローソンだったが普通のタマゴサンドイッチを買って、店の外にあるベンチで食ってみた。横には全身チャリンコレーサーみたいな男が無線機を抱え、ヘッドセットに向かって何やらまくしたてていた。やっぱりここは秋葉原の一角なんだな、と妙に腑に落ちる。万世橋の方向に向けてスマホをかまえ、インスタ用の写真を撮った。ここはモノクロフィルターしかないだろう。素人が撮るモノクロ写真、適度にこしゃくで最高だよな。

あやしいビルの入り口に重たい扉。一瞬オートロックのドアかと思ったが、ためしに思い切り引いてみたら普通にガチャっと大きめの音をたてて開いてしまった。全体的に古い。古民家系の古さではなく、遺跡系の古さ。朽ちた石のにおいがする。いちおうコンクリートづくりなのに。古代遺跡、洞窟、あるいは陸軍の古い施設といったたたずまい。いつ落下するかわからないエレベーターで上に上がる。無事上がれたことだけでもうめでたい。中層階でエレベーターのドアが開くと、そこはすなわち「インターネット放送用スタジオ」であった。さすが秋葉原、と思わずつぶやいてしまう。

ぼくはラジオ局に行ったことがないけれど、スタジオをぱっと見た印象は「これ、ラジオだ!」。

大量のコードが乱雑に置かれた棚。二重になったドア。収録スペースをのぞける大きな窓。でかい照明……そうか、ラジオと違って、ネット用スタジオは動画を撮るから、照明があるのか。

すでに待っていたのは日本看護協会の職員と、某看護系雑誌の編集部のスタッフであった。これから、e-learningの収録をする。e-learning、すなわち、インターネット講義だ。

ぼくは今日、看護師を対象としたe-learningの講師として、収録をする。





事前に用意したパワーポイントは、プロの雑誌編集者たちによって、めっちゃくちゃきれいに直されていた。フォントの配置がいい。色合いがやさしい。イラストがプロ仕様。デザイナー感覚の差をひしひしと感じる。やっぱ所詮ぼくは単なる医療者にすぎず、自分がわかりやすいと思って提示したプレゼンもプロの手にかかるとここまで直されてしまうんだな、と少し落ち込む。コーヒーを飲もうとしてこぼす。なにをやっているんだか。

視聴者の看護師たちは、金を払ってe-learningを申し込んで、少し上位の資格をとるための単位とする……らしい。よく知らない。ぼくはとにかくまじめに病理学を教えてくれればいいのだ、ということだった。言われたとおりにしよう。

ぼくの担当範囲は消化管である。全部で5コマもある。1コマがだいたい50分くらいの映像だろうか? 実際の収録時間はその何倍もかかるだろう、ということで、5コマとるためにまるまる2日間の予定を押さえられた。

咽頭、食道あたりはあまりぼくは詳しくない。なので、がっちり調べて、しっかり作り込んで、原稿もなるべく丁寧に。

胃は専門のど真ん中である。専門すぎるからなるべく平易になるように気を配ろう。

5コマ中2コマは「演習」というやつだ。問題をきちんと設定しておけば、さほど長くしゃべらなくていい。消化器がん患者を介護するにあたって注意すべき点を問うことにしよう。

そして大腸。これまで胃ほど綿密に研究してこなかったが、最近、ぼくの主戦場となりつつある……。





収録はおもいのほかうまくすすんだ。

「よくそこ、噛まずに言えますねえ」

「なめらかで聞き取りやすいです」

「申し分ありません」

はじめての収録だがおもしろいくらいにトラブルがない。

ぼくは若干気を良くしていた。「しゃべるの、むいてるのかも……」

咽頭・食道の項目。丁寧に。滑舌よく。はっきり、ゆっくりと。

特にダメ出しは出ない。

胃。作り込んだだけあって満足度が高い。同席しているスタッフたちも満足そうだ。

順調。2日間も用意してもらわなくてもよかったのではないか。



そして大腸編の収録。

ぼくは自分で興味がある大腸の講義に、これまでの収録で得た経験をプラスして、万全の状態で意気揚々と語った。

正直、手ごたえがあった! 収録が終わった! まわりをみまわす!



……全員が同じ方向に、15度だけ首をひねった。びっくりした。あれ?



「早かったですね」


「早かった」


なんてことだ、ぼくは、消化管の中でも今自分で一番興味があり、ひとりでも多くの人に正しい知識を伝えたいと思っている大腸の講義において、なぜか一番プレゼンがへただったのだ。じゃああの手ごたえはなんなんだよ。



そこで、その場にひとりいた、医療系のスタッフではない、ラジオ収録専門のスタッフが小さく、しかしはっきりした声で言った。



「でもこれは撮り直してはだめだと思います。今のは、一番勢いがあって、……なんというか、気持ちが入っていました。早口だったり、間が早かったりした部分は、編集で直します。だから今のを採用しましょう。」






なんてありがたいことを言ってくれるんだろうとうれしかった半面、ぼくはべっこりへこんでしまった。

そうか。ぼくは、自分が一番思い入れていることを話そうとすると、早口になって、とっつきづらくなって、UI(ユーザーインターフェース)が旧式になってしまうんだ。





万世橋の夕暮れはうすっぺらかった。ぼくはふらふらしながらローソンでご飯を買ってホテルに帰る。

……またサンドイッチを買ってしまっていた。何べんパン食うんだ。全国チェーンのパンを。

2019年10月18日金曜日

頭を空っぽにするためには整理整頓が要る

テレビをつけたらサッカーワールドカップ予選をやっている。

おお、今度はサッカーか、てなもんだ。

ラグビーを何試合か見て以来、なぜかわからないけれど、「ワールドカップ」とか「世界大会」と名の付くものすべてがいとおしくなった。

今までもずっと、バレーボールも、陸上も、柔道も、水泳もやっていたのにな。

ラグビーの楽しさに触れたら、ほかのスポーツまであらためて楽しくなってきた。昔のわくわくを取り戻したかんじ。




いつからか、あらゆる競技の世界選手権が「世界〇〇」とか「絶対に負けられない」とか余計なコピーで彩られるようになって、ぼくは少しうんざりしていたのかもしれない。

普段やってないスポーツの選手に共感することはそんなに難しくない。けれど、「ほら! 今日はこのチャンネルで盛り上がってくれよ!」みたいなおぜん立てが当たり前になりすぎて、今やどんな競技をやっていようとも、その競技の独自性とかおもしろさがあまりわからなくなって、結局のところ、フジテレビ型の演出か、TBS型の盛り上げ方か、テレビ朝日型の絶叫か、くらいしか目に入らなくなっていたのだ。つまりはスポーツの種類なんてほんとにどうでもよくなってしまっていた。

もともと乱雑な心の中の、スポーツに関係する領域は、青春時代あたりでぐぐっとエントロピーが低下して、整然となって、集中して興奮できるようになっていたのに、その後なんだか過剰な演出や当事者感の足りない打算的盛り上げ方ばかりを見ているうちに、だんだんエントロピーが上昇してきたのだ。乱雑な感情を抑えられなくなって、あらゆるスポーツを楽しめなくなる一歩手前まで来ていた。

でもそれがラグビーひとつでまた凪いだ。視界がよくなって、競技性とか運命のいたずらとか、努力が才能を凌駕する一瞬の輝きみたいなものに、また目がとまるようになった。



ラグビーありがとな。きみのおかげでぼくは今日、楽しくサッカーをみられそうだ。

こんなこともあるんだなあってかんじだ。

2019年10月17日木曜日

病理の話(375) 看護師と病理学

電話が突然かかってきた。

ぼくが国立がん研究センター中央病院で研修していたときに一番お世話になった、現・関西医大の臨床病理の教授からだ。

病院の電話交換手が名前を告げたとき、ぼくは懐かしさのあまり思わず早口になってしまった。「はいぜひぜひ!」交換の人もびっくりしたのであろう、苦笑しながら電話をつないでくれた。




ぼくはがんセンター時代にこの人に会って、論文を丹念に読み続けることの重要さを教わった。

……「教わった」だと不正確かもしれない、「彼を見ることで、それがいかに大事かが腑に落ちた」。

腑に何かを落とそうと自分でがんばったのではなくて、自然と腑に落ちた(中動態)。

なんかそういう感じだった。つまりはぼくがその後勉強していく上でもっとも重要な「環境」あるいは「背景」のひとつとなったのが彼だった。




たとえばツイッターにもほむほむ先生のように、論文を丹念に読んでまとめてブログにまとめ続けているすばらしい方がいらっしゃる。いい時代だ。昔は関西医大の教授のすごさを説明する時には、ある程度言葉を尽くさないといけなかった。今ならひとことで済む。

「ほむほむ先生みたいなことを病理でずっとやってた人だよ」

日常的に学問を更新し続けている人。ぼくはそういう人たちに強くあこがれる。

あこがれるようになった。

あこがれていいんだよと思える側に連れてきてくれた人だ。




彼からの電話、用件はシンプル。

「看護師向けのe-learningの講師やってくれへん?」

あぁー。

「病態病理学、っていう単元なんやけど……」

あぁー。

ぼくは彼からすべてを聞く前に、いろいろ納得した。






医療はさまざまな分業によって成り立っているが、病院に勤める職員のざっくり半分くらいは看護師である。看護師の職務は、医師のサポートや病院における下働きではない。医者は(そしてなぜか患者も)医者が主役だと思ってるがたぶんあまりそれは正しくない。看護師のケアこそが医療の根幹である、と、少なくともぼく自身は考えている。

患者に寄り添い、病を背負ったことで生じたさまざまな不便を解消し、ときに患者の話し相手となり、体調の変化を敏感にモニタリングする。

これこそが医療のおおもとだ。エビデンスは道具にすぎない。難しい医学よりも丁寧な実践。「患者の体に何が起きているか、どのようなメカニズムで病気になったか」なんて、スマホがなぜつながるのかを説明するようなもので、そんなこと知らなくても多くの医療は回っていく。大事なのはスマホを使って何をするかだ。スマホを持ったままどういう人生を歩むかだ。




……とはいえ。




「病」という現象を間において、患者と医療者があれこれ悩みながら二人三脚をしていく中で、彼我を介在している「病」を多少なりとも詳しく知っておくことは、無駄ではない。わりと、役に立つ。

病理学というのは医療者にとっても患者にとっても、もっと知られておいていい学問である。スマホの基盤まで知らなくてもいいけど、4Gとか5Gって何のことなの、とか、Wi-Fiと地上波って何が違うの、くらい知っていても損はないだろう。

ところが病理の話はググってもなかなかまとまっていない。

おまけに、仮に専門職の人間であっても、キャリアを通じて病理学を習う機会自体が、実はとても少ない。

学校でも、病院という現場でも、医療者たちが日々忙しく修練して身につけていくのは医療の「実践」ばかりであって、病の理論ではないのである。国家試験でもあまり問われないし……。

実践ではなく理論のほうを継続して勉強するというのはかなり大変なのである。

だからこそほむほむ先生や関西医大の教授の偉さが際立つ。

日常のルーチンに押しつぶされてもおかしくないだけの仕事量をほこるのに、なお、学問という「すぐには役に立たないかもしれない、自分と仕事相手との間にあるだけの存在」にもきちんと注意を払っているその姿勢がすばらしい。

でもこれ言うほど簡単ではない。毎日論文読むなんてほんとに大変だからね。



ということで、最前線で身を粉にして働く看護師にも、たまには病理学をラクに学ぶ機会をご用意できたらいいのではないか……。そういうコンセプトのもとに、今回、ネット上で放送大学のように講義をうけられる病理学のe-learningが作られることになったわけである!!





まあここまでわりとぼくの妄想で、ほんとうは「先にe-learningがあって」「病理もいれときゃいんじゃね、的な判断があって」「関西医大の教授を通してぼくに依頼がきた」というのが真実なんだけど……。

なんか現場ではたらく人たちのために、実践の真っ最中にちょっと思い出すと役に立つような「ヤマイの理」を解説できないかなーと思って、e-learningの収録に挑んだ。

そのようすはまた次回の「病理の話」ででも説明しようと思う。これがまた一筋縄ではいかなかったのである。難しいよ収録。

2019年10月16日水曜日

そろそろ西村賢太に手を出す

「多弁」にメリットがねぇなあと気づかされる毎日だ。

昨日まで更新していた「病理の話」にしても、結局、ある研究会で10分くらいしゃべっただけのことなのに、週をまたいで3話もの長さでブログにしてしまっている。わりと狂っている。

そんなに引き延ばさなくても……というか、逆か、ちゃんと短くまとめる能力がないのか。

細部を過不足なく書きたいなーと思って局所でちまちま文字数を重ねることで、できあがって俯瞰するとだいぶいびつで巨大な楼閣になっている、みたいなかんじだ。子どもがレゴブロックで大きな城を作ろうとする際にやることに似ている。門のところばかり凝っていて、なかなか屋根がつかない。庭にとても多くの動物がいるが、部屋の壁が分厚すぎて、部屋の中のスペースが狭くてベッドしか置けない。




こないだラマチャンドランの名著「脳のなかの幽霊」(角川文庫)を読み始めた。角川なんだなあ。単行本が出たのは1999年。今となっては多くのテレビや雑誌などで取り上げられすぎて、アレンジされすぎて、もはや一般常識みたいになってしまった「左脳と右脳の話」。これを最初に世に広めた本ではないかとも言われており、今に到るまで続く脳科学ブームの先鞭を付けた本だと言われている(茂木健一郎ががんばったからだ、と言いたい人はいるだろうが、いちおうこの本がかなり大きく貢献したことは間違いない)。

この本、なぜかぼくは未読だった、一番先に読んでいてもいいような本なのだが……このたびあらためて読んでみて、ああすごい読みやすいなあ、なんて訳文が上手なんだ、とまず思った。しかしすぐに思い返して、(もちろん翻訳はとても上手なんだけれど)ラマチャンドランの脳が信じられないくらい整然と片付けられているんだろうなあという印象をもった。まだ読み途中だけれどね、科学の本なのにここまで読みやすいとため息しかでない。かなり高度なことも書いてあるのになあ。

そこそこの長さの本で、まだ読み終わってはいないのだがとにかく多くのエピソードや多くの思考が流れ込んできて大河に浮かんでいるような気持ちになるのだけれど、途中、ふと、

(ラマチャンドランの文章はひとつひとつが絞られているなあ、むしろスリムだな)

と感じるようになった。多弁で冗長という感じがしない。一流臨床医の為せる業か? 多くの言葉と多くの知恵を練り込んでいても、段落や一文がさほど長くなくて、結論が明快でスッと頭に入ってくる。

たぶんぼくはそういうところを本当は目指して訓練していかないといけないんだろうな、と思った。なのに最近のぼくは純文学とか私小説みたいなドロドロして結論が見づらくて懊悩しているタイプの文章ばかり読んでいる。そういうところだぞ、と声が響く。

2019年10月15日火曜日

病理の話(374) 早期胃癌研究会あたふた顛末記その3

ついにぼくらの発表の出番がやってきた! といっても病理医の出番は基本的に最後だ。だから最初はヒマである。寝て待っていればいい。

……というわけにいかないので難しい。

まず、担当する症例をもってきた臨床医がひとこと告げる。ビシッとダブルのスーツで決めている。やはり彼にとっても晴れ舞台なのだろう。



「症例は、○○歳の○性(男性 or 女性を告げる)。場所は○○結腸です。ではご読影よろしくお願いいたします。」



彼の出番はこれでほぼ終わりである。そのためだけにダブルのスーツかよ、と思わずつっこみたくなる。

ここから先は、彼とその上司が自分の病院でシコシコ作ったパワーポイントファイルを会場の数百人が眺めながら、最前列で「読影委員」たちが、内視鏡画像の示す意味をひたすら議論し合う。意見は衝突する。がんがでかいのか、小さいのか。深くしみ込んでいるのか、浅いのか。さらには表面の構造の細かな違いから、背景に存在する遺伝子変異までを見通そうとする、マニアックでオタクな一流の読影合戦。

議論が白熱する。病理医であるぼくは、えんえんと、議論の内容を頭に叩き込んでいく。

はじめてこの症例を目にする全国の優秀な内視鏡医たちが、どこに着目して、どこを疑問に思っているかというのを、その場でリアルタイムでなるべく細かく聴き取り、頭の中で再構成して、あとで自分がどうやって「病の理(やまいのことわり)」を解説するかに活かさなければならない。

臨床医A「これは○○病変だと思います、なぜならば最表層においてこのような変化が……」

病理医ぼく「なるほど、最表層の模様についてきちんと言及する必要があるのだな」

臨床医B「しかし病変の不均一性からすると……」

病理医ぼく「なるほど、病変が均一か不均一かをちゃんと読み分けているのだから、病理もそこに着目して解説したほうがよさそうだな」

臨床医C「一見簡単そうに見えますが実は難しい症例で……」

病理医ぼく「簡単そうなのに難しいってなんだよ」

臨床医D「過去にこの会で提示された、○○病院が提唱したこの病気に似ているきがします」

病理医ぼく「やべえ! 過去データ! 検索検索(スマホ高速フリック)」

無言でずっと忙しい。ここで脳が一度死ぬ。





いよいよぼくの病理解説がスタートする。事前にこの症例のプレパラートをみて写真をとり、それをパワーポイントにはりつけて解説を書き込み、巨大スクリーン左右2面にそれぞれ違う写真が出るようにパワポファイルを2つにわけて編集したものを投影する。カウントダウン・クロックの残り時間は……12分! これなら病理解説を5分で終わらせれば十分ディスカッションの時間がとれる。さあ行こう。

マイクの前に立つ。今ぼくは会場で、数百人の聴衆に背中を向けてスクリーンの側を向いているから、きっと、華奢でたよりないシルエットに見えていることだろう。最近すこし太ったけれど。

最前列に座っている大御所病理医達がこちらを……

見 て な い 。 みんなスクリーンを見てる。もうすこしぼくの方みてくれよ、と思わなくもないが、彼らはもう症例のことで頭がいっぱいなのだ。

全員がスクリーンのほうを見ている。だれもぼくの背中なんて見ていないのである。だからぼくもスクリーンに向き合う。症例検討会では、どんなに目立とうとも、どんなにはしゃごうとも、どんなに悔しがろうとも、どんなに恥ずかしい目に遭おうとも、その人の個人的な部分なんて誰も見ていない。とにかく、みんな、症例を見ている。



ぼくは解説をはじめた。



「ご施設での診断を提示します。――私も基本的にはこれと同意見ですが細かい解説を加えます。まず、病変に対して関心領域が4箇所指定されました。この4箇所における病理組織像をご提示しましょう。関心領域Aについてです。対面作成したプレパラートを並べて提示します。拡大を一段ずつ上げていきます――――――」

たった5分だが、1回噛むたびにクレームの電話が5000件くらいかかってくるテレビ局の気分なので、疲労困憊する。遺伝子解析の結果まで含めて、解説はすべて終わった。

前回、約1年前、ここで解説を担当したときには、それこそ病理医からもフロアにいる大御所臨床医たちからもボコボコに攻撃されたものだった。

さあ、今日はどうd……あっ! 知ってる髪型の老人が立ち上がった……!




終わったのか。




ぼくは二度目の精神的な死を悟る。




老齢の伝説はかくしてマイクを持ち、しゃべりはじめた。




「あーよかったと思いますよ。免疫染色についてはこれとこれを追加してください。解釈についてはこういう考え方もありますね。でもあとは同意見です」




\ オオー /
ΩΩ ΩΩ ΩΩ ΩΩ

(脳内観客たち)




一年前のこの会では、「あいつ最近インターネットに忙しいらしいぞ」などの揶揄が聞こえるようにささやかれていたのだが、今回はなんだか全体的に会場があったかかった。モンゴルで病理の講演をしたり、いくつかレビューを書いておいたりしたことが功を奏したのかも知れない。彼らは目に見える業績が少ない若手には厳しいが、それなりに文字を残した中堅にはやさしい。




ぼくの戦いは終わった。どっと汗をかいていた。一緒に発表した臨床医もぺこりぺこりと頭を下げていた。自席に戻って息をつく。5分の発表と5分のディスカッションのために失ったカロリーはたぶん50000kcalくらいあったろう。それにしてはやせない。不思議なものだ。

2019年10月11日金曜日

劇的かどうかビフォーアフター

部屋においてあるアナログな気圧計。

ひんまがったガラスの柱の中に水が入っていて、気圧によって水位が変わる。

https://www.amazon.co.jp/dp/B0772PTYHP/ref=cm_sw_r_tw_dp_U_x_CQSLDb4456GSB 

(↑こんなやつ)


おとといと、昨日と今日とでだいぶ違う。

秋はくるくると気圧が変わるんだなあ。




『天気の子』の中で、じいさんが、

「異常気象とか言うけど、こんなの異常気象でもなんでもない。800年とか1000年という周期でみればたいしたことない。」

みたいなことを言うシーンがある。

とってもよく覚えてる。




まあそうなんだよなー、今の気圧計にしてもさ。

天気がほとんど変わらない日でもこれほど気圧がバコバコ変わってるなんてことは、これ、あれだろ、「グラフの縦軸を広げ過ぎちゃったウソ統計学」といっしょだろ。

世界にとってはそれほどの差でもないのに、こうして測定器(のしょぼいやつ)を使っちゃったせいで、細かい差が目に見えるようになって、おかげでぼくは毎日とるにたらない気圧差をみて、「秋は変化がはげしいな」とか言っちゃってる。




「人は、差分を認識できる限りで、『差』を語る。」




可視光の範囲が目によって規定されていたり。

音波と超音波の区別が聴覚によって規定されていたりする。




だからきっと世の中にあるものの中で、「この差はなんとか詰めないとなあ」なんて思うとき、そこにどれだけぼくらの脳が関与しているかを考えるのは、大事なことなんじゃないかなーと思う。

2019年10月10日木曜日

病理の話(373) 早期胃癌研究会あたふた顛末記その2

早期胃癌研究会の会場は、泉岳寺にある笹川記念講堂というところだ。

1階ロビーから、羽田空港なみに長いエスカレーターを上がっていく。威圧感のあるつくりをしている。吹き抜けには競艇の巨大ポスター。配色豊かなボートレース。渡辺直美の好感度の高さがすばらしい。渡辺直美の爪の垢を煎じて、庭の畑の土に混ぜてトマトを色鮮やかに育てたい。

たどりついた会には大量の受付おねえさんがならぶ。

いまどきおねえさんなんだな。古い。

参加費1000円を払う。サンドイッチか小さな巻き寿司を引き換えにもらえる。

バックには製薬会社と出版社がついている。しかしこいつら完全に赤字だと思う。

出版社のブースが申し訳程度にある。立ち寄ると見知った顔がいた。すこし痩せましたねと言ったら、だいぶ白髪増えましたねと返され……てません。創作です。そんな失礼なことは言ってないので大丈夫です。医学書院のウォーリーさんは礼儀正しい男です。上司の方ここを見て彼を飛ばす準備をはじめないでください。どうしても飛ばしたいならMさんのほうにしてください。

学会や研究会の発表を控えて緊張しているときに見知った顔に出会うと緊張がほぐれるという人が居る。ぼくはあれ、理解はできるのだが共感ができない。逆だからだ。知っている人がいればいるほど緊張する。他人には失敗を見せてもいいけれど知人には見せたくない、みたいな感情がぼくの中層付近に漂っている。中層で表層を支える粘膜筋板みたいな存在である。わからない人はわからなくていいです。



ゆるやかな斜面になったでかすぎる大講堂を、前の方に向かってトットッとかけおりていく。下におじいさんがいるときはハイジのまねをしよおう。そう、たいてい最前列にはおじいさんたちがいる。どれだけ早めに会場入りしてもたいてい待っている。歴戦の勇士達。消化管病理の大御所達だ。内視鏡医よりもベテラン病理医のほうが会にやってくる時間が平均的に早い。おじいちゃんだからだろう。ぼくは廃人じゃなかったハイジの顔で、明るく彼らの方に駆け下りていくことにする。途中で少しずつ身をかがめて絶対に見つからないように最終的には段ボールの中に隠れてそろそろと移動する。

最前列から3列ほど後ろ、左側に、いわゆる読影委員と呼ばれるコアメンバーたちが主に座る聖域があるのだが、症例を提示する全国のドクターたちもここにやってくる。

いた。

今回ぼくが病理担当する症例を提示する、臨床医が二人……。

とてもリラックスして談笑している。

余裕だなあ。

寄っていって声をかける。緊張してないみたいですね!

すると二人は何言ってんだこいつという目をしながらぼくに答える。

「だって……ぼくら写真出したらそれで終わりですからね。しゃべるのは、画像をみて考えを述べる読影委員の方々と、あと病理のあなたですし……」

……。確かに……。彼らは写真の選定と、研究会への症例応募という最もストレスのかかる仕事をすでに終えて、あとは会場で料理されるのを待つだけの存在であった。にしても、この症例がぼろくそにけなされる可能性もなくはないのに、たいした自信である。そしてその自信ももっともだ。実際いい症例だとぼくも思った。

まあそんなわけでぼくはこのとき緊張が200倍(中拡大)になった。もう1個倍率をあげて400倍になると、強拡大になる。わからない人はわからなくていいです。



ぼくらの発表は2番目だ。

まず、1番目。本州のはしっこにある病院からの症例提示がはじまる。




……美しい!




第一印象がそれだった。あまり普段聞かないような名前の(失礼)病院だが、内視鏡写真がとてもきれいだ。ポートレートや風景写真ではなく、大腸カメラの画像なわけで、ライティングとか絞りみたいなことは基本的にあまり操作できない。画角もあまり凝ってしまうとかえって見づらくなるからみんな似たようなものだ。

それでも画像が美しいと思える理由、それは、病変に対する迫り方・距離感が適切であり、事前に病変のある部分をきちんと生理食塩水で洗い流している丁寧さであり、非常に細かいピント調節を手間を惜しまずにやっていることであり……。

何より、ひとつひとつの画像が秘める「この意図でここを拡大観察しているから、ぜひ読み取ってくれ!」という、写真撮影者……主治医の心意気がきちんと伝わってくること。

つまりはメッセージ性がしっかりしている。

さすが早期胃癌研究会提示症例だ。にわかに緊張が高まる。ふと横の臨床医をみると、彼らは別にこんなの普通だよと顔をしながら画面を凝視していた。複雑な闘争心を思ってうれしい気持ちになる。




ステージに近いところで症例を見ているぼくの目に、はしっこに設置された大型のストップウォッチ的表示が目に入る。無情のカウントアップ。あれが30分をこえたときぼくはしぬんだ。そういう気持ちにさせられる。前回も書いたが時間厳守。自分の症例が極めて重要だからといって時間オーバーは許されない。なぜなら出てくる症例がぜんぶ重要だからである。

1例目の症例、いよいよ病理解説がはじまった。そつがない。問題ない。きちんとやりきったな。そう思った。発表者も安堵のため息をついたようにみえた(シルエットだけだが)。そこにすかさず飛び込んでくる刺客! 会場から剛力勇士たちが次々と襲いかかってくる! ひとりめは還暦近い有名病理医! ふたりめは喜寿近い超有名病理医! さんにんめは傘寿こえてんじゃねぇのもしかするとレジェンド超絶怒濤有名病理医! ただちに提示施設の病理医は粉微塵に……

ならなかった。

髪一重でふみとどまった。

感動する。涙が出る。鼻の方向に。だから鼻をかんだ。




さあぼくのばんである。長くなったのでその3(来週火曜日)に続く。

2019年10月9日水曜日

バザールでハザードる

知人の病理医がいい機械を導入したという話を聞いた。すごいおもしろそうだなーとわくわく見ていたら、「市原もやるかい?」と言われて、飛び上がって喜んで、ほくほくと文献を集めた。

「もうちょっとしたら、ぼくらが機械の使い方をマスターするから、そしたらうちにおいでよ。使わせてあげるよ。」

ぼくはそれをとても楽しみに待っていた。

ところがそれを待っている間に、ぼくが激烈に忙しくなってしまった。すごく雑なことをいうと「ツイッター以外なにもできないくらい時間がない」。仕事の合間合間に数秒しか自分の時間がとれない。朝から晩まで、ずうっと何かを書いたり見たり読んだりしゃべったりしていなければならない。

ちょっと計算外のことが立て続けに起こった。いいことばかりではない。まあ悪いことでもないのだが。

新しい研究を始める余裕がなくなってしまった。

……正確には、これでもなお新しく何かを始められる人のことを研究者と呼ぶのだろう。ぼくは研究者にはなれないんだな。

断腸の思いでメールを打つ。

「すみません……こちらから申し上げておいたにもかかわらずどうしても時間がとれないんです。このたびの話はなかったことにさせてください」

本当に残念、歯がみして悔しがる。

メールの最後に「市原真 拝上」とつけて送信するつもりが何の拍子か、「廃城」と変換された。ドイツかどこかの山間部にグレー一色でたたずむ古くさびれた城のイメージが頭をうめつくす。

ちきしょう。




まだ書けないことばかりなのだが、ぼくであるとか、病理学会であるとか、医療界であるとか、そういったものを取り巻く環境がこれから2022年くらいにかけてぐいぐいと動く。

それに向けて、予算を組んで、うちの病院の病理診断科がこの先ちゃんと患者や社会の役に立つためにどういう体勢を取らなきゃ行けないのかを考える必要が出てきた。これは本当に急な話だったので、ぼくはそれまでにノホホンと受けていた依頼を急いで片付けながら、脳の7割くらいを常にそっちに割かないといけなくなった。

てきめんにしわよせが来たのは読書である。

夜寝る前に、ふと息をついて本を読もうと思っても頭に入ってこない。

ツルッ、ツルッ、文字がすべって、目頭あたりからぽとぽとと落ちていく。まったく集中できなくて本をすぐ閉じる。ふとんに入ってさっさと寝てしまう。起きる。まったく寝た気がしないくらい一瞬で朝が来る。おもしれえなあちゃんと疲れは取れているよ。腰も首も昨晩よりかなりいい。けれども文字に対する疲れだけがどうしてもとれない。

目覚めて意識が開門すると、城門の前に多数の「案件」が並んで待っていて、ソレッとばかりに脳の中に入り込んでくる。朝ご飯を食べているころにはもはや脳の中はバザールみたいになっている。これが夜までずうっと続く。

なおぼくは最近、忙しくなってから、なぜかかつての10倍くらいの分量の文章を書いている。たぶん、るつぼみたいになった脳の中から、整理が終わって出荷できるものをどんどん外に出していかないと、市場がストップして何か大変なことになってしまう、みたいな強迫観念がある。だから出す。出せッ大泉君。

たぶん文章を見ている人たちは、ぼくが今、空前絶後にヒマなんだろうと思うに違いない。

たしかに心臓外科医とか脳外科医の考える「忙しい」はぼくには全くあてはまらない。SEのいう「忙しい」も、電通職員のいう「忙しい」も、政治家のいう「忙しい」も、芸能人のいう「忙しい」も、ぼくにとっては無縁だ。まったくみんながんばって欲しいと思う。ぼくはいっぱい食べていっぱい寝ている。ツイッターもするし。ブログも書くよ。





でもぼくは小声でいうならば今、脳が忙しい。脳は商売道具なのに、研ぐ暇も無い。きっと今本をあまり読めていないことが、1年後くらいにダメージとなって返ってくるだろう。早くヒマにならないかなあ。

以上をツイッターに書くと「これ以上ヒマになりたいのかよ」と笑われるけれど、正直、ぼくは今、誰かが笑ってぼくを見てくれることが愛おしい。

2019年10月8日火曜日

病理の話(372) 早期胃癌研究会あたふた顛末記その1

もう都心もそこまで暑くないよ。と教えてくれたのはグーグルである。2019年9月18日(水)、ぼくはお昼の飛行機で東京に向かった。早期胃癌研究会という大きな会で、病理の解説を1例だけ担当するためである。

歴史ある会だ。全国から800人もの医者(+放射線技師)が集まってくる。泉岳寺にあるだだっぴろい会場には立ち見も出る……。

……といいたいところだが、実は最近、そこまででもない。会場には空席も目立つようになった。遠くから新幹線や飛行機を駆使して集まれるほどの金銭と熱意は時代とともにやや薄まってしまったきらいがある。今はせいぜい300人くらいかな。それでもやっぱり、全国から人が集まる。ゆいしょただしい。ゆいしょ。

移動に金がかかりすぎる北海道のような地域では、本年からサテライト中継がはじまった。おかげで、もはや早期胃癌研究会に直接出席しなくても、一流のドクターたちによる症例の解析や検討をネット経由でみることができる。となるともはや札幌にいるぼくは直接会場に行く必要がない。

のだけれど今回はお仕事だ。東京まで行かないといけない。えっちらおっちら。札幌から東京までは近くて遠い。





この会はタイトルに「早期胃癌」とついているだけあって、設立当初(もう60年くらい前かな?)には主に”早期の胃がん”の解析をやっていた。

胃腸のがんに対する医学はこの60年で急速に発展した。たいていは進行した状態でしか見つけることができなかった胃がんを殲滅すべく、育ち切る前に胃がんを見つけて治すにはどうしたらいいかと、がんの初期像に対して頭をひねった人たちがいた。進行がんというのは軍隊に例えるならば大軍である。打ち倒すには手間も時間も武器もたくさん必要だ。できれば、大軍になる前に、チンピラの小集団くらいの時期に倒してしまいたい。早期に見つけたい。

だから、昔の人たちは、手術でとってきた胃をひたすら細かく「全割」し、とても肉眼では見つけられないようながんの芽を顕微鏡で見つけ出そうとした。病理医が検索するプレパラート枚数は胃ひとつにつき200~300枚くらいになったという。胃がひとつ採られるたびに、顕微鏡検索が信じられないほど長い時間続いた。だってプレパラート1枚を2分でみたとしても600分、つまりは10時間かかるんだよ。

もともと胃がんの病理診断は、病変のある部分を中心に、ひとりにつき30枚~50枚くらいをみれば必要な診断が終わる。手間だけ考えても数倍。学究目的で顕微鏡をみるときには余計に時間がかかるからきっと今の10倍以上の時間をかけたろう。そうやって丹念に、胃をすみずみまで検索することで、我が国の胃がんの診断学はここまで進歩してきた。

むかしのえらい人たちは胃を細かく切って胃がんの芽を探すだけではなく、ひとつのところに集まって、バリウムや内視鏡の写真をみて、早期の胃がんというものを臨床医はどうやって見つけたらいいのかと議論し合うことにした。ひとりで延々と時間をかけるだけではなくそれを持ち寄ることにしたわけだ。病理のプレパラート写真を投影しながらみんなで討論をする。これが早期胃がんなのか。いや、これはだいぶ進んだ胃がんだろう。もうすこし早く見つけるにはどうしたらいいか。どうやったら胃粘膜にひそんでいる早期のがんを見つけ出すことができるか。つかみ合いのケンカがはじまりそうなテンションで、精鋭達の劇場型バトルが毎月開催された。

熱心な消化器内科医、外科医、放射線科医、病理医たちがこうして毎月一同に介すると、胃だけではなく大腸や食道の話もついでにしようじゃないかと考えるのは自然なことだろう。かくして、早期胃癌研究会では、早期の胃がんだけではなく、食道がん、大腸がん、そしてがん以外の消化管の病気をも検討する会となった。





めずらしい、なやましい症例をもった臨床医が、研究会に応募して審査を待つ。

審査員は症例の写真をみる。胃カメラ・大腸カメラで撮影した病変の画像。そのクオリティ、意図をよみとる。全国から人を集める会に、うつりのわるい写真、意図が薄い写真を提示しては恥ずかしい、ということなのだろう。症例は厳しく選別される。

1例につき、会場で検討されるのは30分だけ。たったその30分のためにえらい気合いの入れようだ。最初の20分~25分では、会場に集まった医者の中でもとくに「読影委員」と呼ばれるエースが、巨大スクリーン2面に投影された症例の画像をその場でみて、根拠とともに病変の姿を読み解いていく。マイクを使い、静まりかえる会場の最前列で、観客席に尻を向けてスクリーンを凝視する姿が、会場からはシルエットとしてさみしく見える。影が影を読むのだ。

ひとりの読影が終わるとすかさず会場からツッコミが入る。

「おおむね同意です。まず病変の範囲についてですが私はちょっとだけ違って……。つぎに病変の深さですがこれもすこし違って……。最後に想定する病理像ですがこれもすこしだけ違って……」

どこが同意しているのか。まるで違う意見だ。まったく同じ臨床画像(胃カメラやバリウム、超音波などの画像)を、異なる医者が「読む」と、これだけずれてしまう。もちろん、どの医者も「この病気はただ事ではないぞ」と気づくところまではいく。実を言うとたいてい治療法についてもさほど違いは無い。つまりは「今、その患者のためにできること」としてはここまでの細かい議論は必要ないことが多い。しかし、その細かい違いがもたらす病気のメカニズムの差が、将来的には治療法の違いにまで直結するかもしれない。だからみんなとても真剣なのである。


早期胃癌研究会は18時から21時までの3時間開催だが、その間に5例の症例検討が行われ、途中にミニレクチャーや表彰式などが挟まる。1例30分という時間制限は「厳守」。議論がどれだけ白熱しても30分を超えるとブーイングである。しかし、難しい症例だとどうしても、時間を超えてしまうことがある。赤面必死の時間超過は、そして、たいてい、病理医の責任となる。なぜかというと、最初の20~25分の読影のあとに病理医がでてきて、その症例の病理像(プレパラートをみて診断した結果)を解説するのだが、病理の検討が臨床医たちの読影よりも深くないと納得してくれないからなのだ。たった5分の病理解説に不備があると、それまでお互いに殴り合っていた臨床医たちが突如肩を組んで病理医のほうに突進してくる。関ヶ原のわきの展望台でのんびりお茶を飲んでいたら徳川と石田がそろってこっちに矢を放ってくる。

早期胃癌研究会での病理解説はとても胃に悪い。

ぼくが解説を担当するのは10か月ぶり。前回も、今回も、自分の病院の症例ではなく、他院から頼まれて解説をすることになった。まだ戦っていないのにすでにほうほうの体である。飛行機が羽田についた。さあようやくこの日の思い出話……と言いたいところだが話が長くなりすぎるので次回(あさって更新)に続く。

2019年10月7日月曜日

充電中に漏電するタイプ

新連載をnoteではじめたのは「マガジン機能」があるからだ。

https://note.mu/dryandel/m/meab049957c2a

先日のイベントでちょっとぶりに会った編集犬は、即座に「フローとストック」と言った。経済学の例えだが、思考とか理念とか、情報を考える上でも使える考え方だろうと思う。SNS全盛時代には、何かをどこかで発言したときに、それがフローとして流れていくか、それともストックされるのか、という属性をあてはめることができる。

ツイッターでハッシュタグを使ってドッカンドッカン刹那的にもりあがるのはフロー(流れ去る)。

これに対し、書籍、あるいは文芸というものは、タッシリ・ナジェールの壁画からずっとそうなのだと思うのだが、痕跡として世に残り続けるストック(とどまる)としての側面がある。

インターネットがすべてフローで流れていくかというとどうもそうではない気もする。簡単な例でいうと、Wikipediaはいちおうストック型のサービスだ。ただ時流に応じてどんどん改変されていくし、30年くらい前の情報はぜんぜん手に入らないことも多いのだけれど……。

いっぽう、SNSはたいていフローとして捉えられている。たとえば医療情報の中でも比較的SNSでよく目にする、インフルエンザが今年も流行しはじめましたよーとか、風疹ワクチンのクーポンが今月末に更新されますよーみたいな情報は、フローだ。フローとして瞬間的に消費されることが前提である。

でもほとんどの医療情報は「いつか誰かの役に立つまでそこにある」という役割が求められる。つまりフローよりストック。医療情報はストック型のサービスにきちんとまとめられないと使い物にならない。ぼくはこれを、「博物館」になぞらえた。

博物館は静謐で、訪れる人はそこに知性があることを知って訪れ、見て楽しみ、自分の脳の栄養とする。

医療情報もこれといっしょだ。普段は博物的に分類され、陳列され、一覧できて、検索できるものであることが、のぞましい。ただし博物館といっしょで、特に自分が健康なときにはもっぱら脳の栄養とするために摂取する性質が強い。あるいは将来の不安を取り去るため? 家族や知人に知識を提供するため? そうだね、博物館の例えではすべては通らないか。でも博物的知識も究極的には「人間はなぜ生きて、どこへ向かっているのか」という壮大な哲学の一側面であるようにも思うけれど。




SNSで医療情報を発信し続けると、瞬間的にバズって承認欲求が満たされるのだが、何かストックできる仕組みと紐付けないとほんとうはあまり使えない。

ただ、すでにストックしてある情報をときどき「虫干し」する意味で、不定期にSNSというフローに載せるやりかたもあるだろう。博物館が巡回展をやったり特集を組んだりするようなものか。




そんなことをつらつら考えていたときに、FUKKOプロジェクトの人がnoteの中の人に話を聞くラジオというのをたまたま聞いて、noteのマガジン機能はストックとしての性質があるなあということを思った。SNSとの相性が良く、というか、ほぼSNSとして利用されているにもかかわらず、マガジンとして記事を選別して、自他問わずまとめることが、その名の通り雑誌的な媒体として輝きを放つ。ハッシュタグよりももうすこしストック性が高いよなとぼくは感じた。

だから以上の話をもっと掘り下げるためにはnoteのマガジンを作ることだな、と考えて、作ってみた。最近は新しいマガジンをどんどん作り出すことになんの抵抗もない。ぼくはそもそも多弁すぎるのだがこれくらい書く場所があるとしっくりくる。ジンオウガみたいにしょっちゅう放電しないと死んでしまうタイプのホモサピエンスなのだろう。

2019年10月4日金曜日

病理の話(371) 病理という学問と人間のイトナミとの接点

このブログで「病理の話」をだいぶ長いこと書いている。途中で糸井さんに「副題をつけたほうがいいよ」と二度ほど言われて二度目にうなずいて、第一回目にまでさかのぼってぜんぶ副題をつけた。たしかに、こうすることで、今までなんとなくどんなことを書いてきたのかが見やすく……なってないけど……ぼく副題ひねりすぎなんだな……読者のためにはなってないな……まあいいや(よくないけど)、だいぶいろいろなことを書いてきた。

書いてきたものをすこし振り返って思ったのだけれど、最近の内容はどちらかというと「病気の概念」とか「人体のメカニズム」のほうに寄っている。「医学」が多い。そもそも記事のタイトルが病理の話であって、病人の話とか医者の話ではないわけで、病の理のことだけ書いていけばいいのかもしれない。

けれどせっかく1日おきに延々と書いているのだから、ほかにももう少し目次を足してみてもいいかもなとは思った。

病理学とか医学は素材である。道具であると言ってもいい。本当は、この素材というか道具を用いて、喜怒哀楽ある人間が何をやるかにひとつ大きな意味がある。

ただしぼくは素材そのものを愛でるタイプでもある。ある病気をめぐって人々がどんな気分になっているか、それとどう戦おうとしているか、みたいな人間的アレコレが全く書いていなくても、「病気の知識」だけ読んでいてわりと楽しい。だからノーストレスでブログ記事を書き続けていると、無自覚に素材情報に満ちあふれる。オタクとして正しい生き様だ。

でもまあやっぱりもう少しコンテキストを足すか、と思った。だからこれからは素材の話だけではなく、たまに、素材を使って何をやっているか、みたいなところも書いていこうとは思う。これは賛否両論あるかもしれない。もっと朴訥なあなたでいてほしいと夜霧の向こうに汽笛の鳴り響く午後3時に桟橋のたもとでトレンチコートの女性に泣かれてしまうかもしれない。しかし、もう決めたのだ。





さて病理の話をどうコンテキストにしていくか、なのだが、たとえば現実にあった症例の話をすると、基本的にはスリーアウトどころか危険球退場、出場停止、登録抹消である。患者の個人情報をホイホイSNSに漏らしてはいけない。

具体的な病気の話をするときにはあくまで素材としてだけ語る必要がある。胃がんのメカニズムを書いてみんなに読んでもらうことはサイエンスだけれど、○○市○○区に住む○○歳の○性、○○○○さん(○○)の○○がん、の話をするとこれは一代記であり個人情報の漏洩。コンテキストとして強いのは圧倒的に後者だろうがそれをやっちゃあ病理診断医としてはおしまいである。ではほかに、どのように、「素材を現場でどう扱っているか」「道具がプロによってどう使われているか」の話をしたらよいか?

そこでちょっと考えたのだが、これからぼくがときおり出張先でどういう仕事をしているかみたいなことを書く機会をもうけてみようと思う。といっても、もっぱら出張話ばかり書くわけではなく、意図してそういう話題を付け加えようと考えた、くらいのものだ。出張先ではたいてい学術講演をしているのだが、それだけではなく、「症例検討会」と呼ばれるシーンで病理という素材を使ってほかの医療者に何やら説明をしたりする機会も多い。患者の個人情報の部分は出さないようにしつつ、臨床医や検査技師、放射線技師などからどういう質問が出て、それに自分がどう答えたか、みたいな話をちょっと書いてみてもいいかな、と思った。

これはつまり文脈の中で病理を使うというのがどういうことか、というのを記事に落とし込もうということだ。どうも難しそうだなーという予感がある。今日は予告までとして、次回以降、どこかでやると思うので気長に待っててください。

2019年10月3日木曜日

りんご以外も食べる

連続出張で乱れた勤務スタイルが元に戻るまでに4日ほどかかってしまった。ばたばた過ごしていると、何も今日この話が聞こえてこなくてもいいのにな、というレアなトークがばんばん耳に届く。研ぎ澄まされているということか? いや、単に運が悪いのだろう。このクソ忙しいときに、そんなに心に負荷をかける話題はいらないのになと思う。

札幌の夕暮れは少しずつ寒さがきつくなってきた。この部屋は空調が終わってるから、そろそろカーディガンか何かを用意しないと風邪を引いてしまうだろう。書いていて思ったが、体が冷えたからといって、そのへんに風邪の原因ウイルスが飛び交っていなければ風邪は引かないわけで、病理の部屋に孤独に震えているだけのぼくはどれほど寒かろうが風邪など引くわけはないのだが、まあ、そのへんは、よくわからないメカニズムがあるかもしれないし、あったかくして悪いことなどあるまい。膝掛けが活躍する季節がやってくる。

聞きたくない聞きたくないと引きこもっていても、耳を引っ張られるようにして巻き込まれる。どうやら、今後のぼくらの働き方を大きく左右する、つまりはこの業界の制度みたいなものがガラッと変わるという噂話。ただし噂とは言ってもかなり中枢にいる人間から聞こえてくるリーク情報なので、おそらく将来本当にそのようになるだろう。ぼくは同じ職名のまま、少しずつ違う仕事をすることになりそうなのだ。

ツイッターのタイムラインでは「10年間を振り返る」みたいな企画ハッシュタグが花盛りである。アドラー心理学とすこしだけ距離をつめたぼくは、もはや過去に対する興味を失いつつあるのだけれど、実際、それは過去にぼくが想像していたことと今のぼくがぶち当たっていることがまるで当たっていないからで、何を言いたいかというとそれはつまり、時間軸は全く直進していないのでレール代わりに使うにはあまりに不便なのだということだ。振り返っても闇は探れない。遠くを見やっても霧の向こうはわからない。足下すらおぼつかない。なのにドローンだけ飛ばそうとする。振り返っても首が痛むばかり。背伸びしてもつま先が痺れるばかり。

ぼくは病理診断医に「なったこと」を後悔したことがある。しかし、病理診断医でいる今に後悔した記憶がおもしろいことにほとんどない。振り返ったり遠くを見たりするといろいろと考えて評価をしてしまう。ところがそういうのをやめるとわりと満足しているのだからおもしろい。顕微鏡の前に一人座って、たまに膝をなでながらキーボードを叩いていると、またどこかからか、病理医の働き方が変わるらしいよという噂が聞こえてくる。えるしっているか、うわさは、かことみらいのはなししかしない。


2019年10月2日水曜日

病理の話(370) 病理医のワークライフバランス

病理医になる途中、たまに、全然家に帰らない日が、ある。どこまでもどこまでも勉強してしまう。気づいたら朝、みたいな。

そういう時期を経験した病理医が、そこそこいるとは思う。



これは、臨床医が「仕事が終わらず帰れない」のとはニュアンスがちょっと違う。

「勉強が終わらず帰れない」。やっていることは勉強であってタスクではない。誰に強制されているわけでもないし、さっさと帰ったっていい。けれども、なんだか、気持ち的に、帰れない。

マンガ『フラジャイル』の中で、夜通し顕微鏡を見て”ゾーン”に突入した宮崎先生がいたが、ああいう感じかな。





正直、病理医は、体育会系で自分をいじめたからといって成長が保証される仕事ではない。特に、誰かから強いられて、徹夜しないと終わらない業務を与えられて、いやいや顕微鏡と向き合っていても、まず成長なんかはできない。脳はスパルタでは伸びない。

それでも、なぜか、キャリアのどこかの段階で、「あっ、もう少し……もう少し勉強してから帰りたいな」と思う日がある。なんでだろうなあ。

ワークライフバランスをきちんとたもって、自分をしっかり休ませたり、大事な人のために楽しく過ごしたり、そうやりながらでも、十分に病理の勉強はできる。成長なんてゆっくりでいい。そんなに急いで脳に知識を詰めこもうとしても、できるわけがない。疲れないスピードで、じっくり、フレックスで育っていけばいい……。

わかってるんだけどな。本当に不思議だ、独身だろうが家庭があろうが、なぜか前触れもなく、ギュンっと「帰りたくない感情」に襲われる。

おもしろいことに、「あっ今日帰りたくないかも」と気づくタイミングはたいてい、「いつもならさっさと帰って家のことをやるはずの日」である。だから、もう少し勉強したいなという欲望を抑え込んで、帰ることにすると……。

哀しいくらいに「病理診断医としての自分」がぐらっと揺れる。あーままならない。

いつも、よかれと思って休んでいる、自分。楽しく生きているつもりの自分。家族を大事にしている自分。趣味を満喫している自分。

同じ自分のはずなのに、たまに、「今は脳を学問に全振りさせてくれ!」と思いたくなる。なぜ? 理由はもう、よくわからない。病理医ってのはそういう性格の人がなる仕事なのだ……というと、言いすぎかなあ。




ぼくは若い病理医志望の人に、最近、こう言うようにしている。

「あなたは、”ゾーンに入る” ことがありますか? めったにない? しょっちゅうある? しょっちゅうはちょっと怖いな、人として。

完全に個人の感想なのですが、自分がゾーンに入りそうだなと思ったときに、スッとゾーンに入っても周りに迷惑がかからない頻度を把握しておくといいでしょう。毎回ゾーンに入ってたら自分壊れるよ。けど、ときどき、ゾーンに入りたくなるんだこの仕事は。そういうものなんだ。だから、ゾーンに入る自分を、ときどき、許してあげるほうがいいと思う……。

この仕事、たぶん、どこかでゾーンに入る自分を楽しめると、うまみがぐっと増える。

ゾーンに全く入れないまま病理医として育つの、思ったより、大変かもしれない。自分の性格にもよるけどね。

変なアドバイスだけれど、ワークライフバランスって、日常の繰り返しの中でバランスをとるだけじゃなくて、『ハレの日に自分をどう偏らせるか』ってとこまで含めてバランスなんですよ、きっとね。」

2019年10月1日火曜日

このままどこか遠く連れてってもらった先

月曜日が祝日、というのが2週間続いた。「火曜日に月曜日っぽく働く週」が2回連続でやってきたということになる。




ぼくは火曜日が好きだ。

朝は6時に、dマガジンが更新されて、SPA!の最新号が読める。

SPA!には燃え殻さんの連載『すべて忘れてしまうから』があるから、これを読む。

まずはピンチで画面を拡大して、燃え殻さんの手書きのタイトルをスマホの画面に大写しにする。そしてスクリーンショットをとる。

それをタイムラインに流す。今から読むぞサインだ。

著作権とかいろいろ怒られるかもしれない。怒られたら誤っていくばくかのお金を払ってもうしないよ、と言うだろう。でもたぶんこれくらいなら許してくれると思う。

これくらいを許してくれる世界でやっていきたい。

今から読むぞサインをツイートしたらあらためて、読む。

ぶっちゃけあっという間に読み終わるくらいの分量だ。けれども、ぼくはその「あっという間」に、一週間のテンションを依存している。

文章というのは不思議だな。もう腐るほど言われてきたことだけれど、たとえば俳句で宇宙を語ることができるのと同じようにで、SPA!の燃え殻さんの1ページの中には時間軸がねじ込んである。

燃え殻さんのページを読んだらそのまま仕事を始めてしまうことが多い。ほかのページまで読むかどうかは気分次第だ。

グラビアなんかはまず見ない。ああいうのはスマホで見ても何がいいのか全くわからない。

……中学生ならわかるのだろうか?




そしてしばらく働いて夕方になると、今度は、大学院時代の先輩が、ウェブラジオ『いんよう!』を更新する。だいたい夕方7時くらいのことが多いが、先輩の都合次第のようだ。

更新告知にすぐ気づくことはあまりない。たいてい、ガリガリ働いていたり、何事か書いていたりする。

で、1時間遅れくらいで気づいて、たとえば帰宅する車の中で、スマホから流してそれを聞く。

1か月くらい前の自分が、未だに聞き慣れない声を出して、先輩の声とぶつかりあっている。これがなんともしみじみおもしろくて疲れが取れる。

会話の内容がおもしろいというよりも、たかだか数週間前の自分がここまで突飛なことを考えているのかよ、と気づけることがおもしろい。まあ先輩と話しているときのぼくを、孤独な最中のぼくが聞いたら、おもしろいに決まっているのだ。




そんなこんなで火曜日を毎週楽しみにしているのだけれど、月曜日が祝日である、くらいの軽い負荷を脳にかけるだけで、途端にその楽しみを両方すっ飛ばしてしまうことがあり、我ながら呆れる。

一日何度もカレンダーを見ていて、今日が火曜日だから生検の当番が誰だとか小物の切り出し当番が誰だとかと、幾度となく会話しているのに、火曜日の大事な行事をコロッと忘れる。これはいったいどういう了見なのだろう?

「体内時計」のように、「体内カレンダー」があるとしたら、そのカレンダー、どうも睡眠とか空腹では動いていないようだ。たぶん、「月曜日の仕事」というのがトリガーになっている。

つまりぼくは働くことでカレンダーをめくる、働く日にちがずれると、カレンダーがうまくめくれなくなる、そういうことなんだろう。




火曜日にはほか、マツコの知らない世界というコンテンツがある。そのせいか、火曜日に限っては、ぼくの頭の中にはいつもそこそこ決まった順番でメロディが流れている。

朝から夕方まではたいてい、クリープハイプの曲がどれかかかる。小沢健二のこともある。

夕方くらいになると、かつてリスナーが「森の中から二人がやってきておしゃべりをして、また森の中に戻っていくような音楽」と称した、『いんよう!』のBGMがかかる。

そして夜、寝る前には、マツコの知らない世界のジングルがずっとかかる。




音楽がある一日は楽しい。火曜日よりの使者、という曲を誰か歌ってくれないだろうかと、今、ふと思った。ハイロウズのアナログレコードを買った日のことは、遠く昔にぼやけてしまった。あのころの火曜日は、何もなくて、つまらなかった。今が一番いい。

2019年9月30日月曜日

病理の話(369) 病理診断ネットワーク

病理医はもちろん日本全国にいるのだが、その所在はだいぶ偏っている。たとえば東京には何百人もの病理医がいて、特に若手はけっこう余っているとすら言われている。まあ実際にはたからみて、現場の話を聞いていると、それほど余っているようには見えないんだけれど、やっぱりほかの地方から比べると頭数はそれなりに多い。

しかし、地方はひさんだ。

北海道などはまだマシなほうで、100人もの病理専門医がいる。

……いや、待ってくれ、人口550万人が暮らす北海道に、病理医が100人しかいない! たいへんだ!

くわしい計算ははぶくけれど、たとえばアメリカだと、人口が550万人くらいいれば基本的に病理医は500人くらいいてもいいのではないか、とされている。それくらいいても経営が成り立つということだ。なのに、北海道には100人しかいない。

そもそも単純計算で、一人5.5万人を相手にしろってことである。横浜にあるサッカーの大きなスタジアムを満員にした状態で、病理医がたった一人で、ハーフウェーラインあたりからそれを見渡して、ホイッスルを吹くのだ。「きみたちの病理はぼくにまかせろ」!

そんな無茶な審判をやらされる方の身にもなってほしい。

おまけにこの100人、半分が60歳以上だろうと言われている。この数字が出たのが今から7,8年前だからみんな7,8歳分年を取ったぞ。

あんまり言いたくないけどそろそろみんなs……疲れて引退したいと思っているぞ。



似たような構造は、ぶっちゃけ、「東京以外」のほぼ全ての府県で起こっている。

人数はいつも偏っている。山陰の某県なんて、県内に病理医が一ケタしかいないって話だぜ。やばいぜ。



病理AIが病理医の仕事を奪うというならさっさと奪ってくれないとぼくらしんじゃうよ、というのが正直なところである。




しかし、病理AIの正体がわかるにつれて、いろいろ、なんか、見えてきた。どうもAIによって仕事がラクになっても、人間が病理医として働くことは依然として必要らしいのである。

かつてぼくが著書『いち病理医のリアル』に書いたような、人には人にしかできない仕事があるよ的な話もそうなのだが、それ以前に、

・学問

・科学の発展

・心のケア

においては、AIは手が出せない。だから人がきちんといないとこの仕事の全部は回らないのである。

病理医は患者に合わないから人間らしい心を持っていなくてもいい、なんて言っているのは、今や、病理医とまともに働いたことがない一部の医療者だけだ。たしかに病理医は患者とは顔を合わさないけれど、医療者たちとガンガン顔をつきあわせてコミュニケーションをする。だから病理医も人間なのだ。……こんな大前提をいちいち確認しなければいけないくらいに、病理医という仕事の知名度はかつて低かったわけだが、今はフラジャイルという優れたマンガがあるから、このブログの読者も大半はきっと、「そうそう、病理医ってコミュニケーションだいじだよね。」って、わかっていただけると思う。



……岸……? 知らない人ですね……。




「ガンガン顔をつきあわせてコミュニケーションをとる」というところに、実は病理医の仕事をやっていく上でかなり大きな要素が潜んでいる。つまり病理医はほかの医療者と同じように、ある程度は群れていたほうがいい。

顕微鏡を見ながら。

臨床医の相談に乗りながら。

カルテをおいかけ、検査データを把握し、各種画像診断に思いを馳せながら。

ぼくらは同時に、コミュニケーションをとり続ける。

たった一人で顕微鏡診断に邁進するなんてのは、本来、病理医の業務の一面でしかない。

「誰かと語り合い、科学を極めながら、臨床医学の精度を上げる」ことこそが、病理診断医の職能だ。




ただねえありがたいことにね。

このコミュニケーション、直接対話じゃなくてもいいかなーとは思うね。

たとえばスカイプでかなりいけるね。

顕微鏡画像を画面共有なんかできると最高だね。

でも、顕微鏡画像は患者の大事な個人情報だ。それに、600倍まで拡大した画像をじゃんじゃんネットにアップロードすると容量がパンクしちゃう。

だから、病理の画像をやりとりする専用のシステムをきちんと構築しよう。

もちろん画像をみながら病理医同士が相談できるようなコミュニケーションツールをきちんと備えて。

オンラインゲームをやるみたいに、病理を極めていくんだ。

そうすれば、どんな田舎に住んでいても、常に世界中の病理医の知恵を借りながら、仕事をしていくことができる。

もちろんそのときに、自分の脳の一部を世界に貸すことも必要だけれど。

そうそう、自分の脳を接続する先の一部はAIであってもいい。

モニタの向こうに生身の人間ばかりが必要なわけではないよ。

でも、きっと、迷った症例とか、人間が責任もって何かを決めなきゃいけない症例では、「迷いのないパーセント表示」しかしないAIよりも、人間同士がコミュニケーションをとって背中を押してくれたほうが、押された方も悪い気はしないだろうな。





……などという話になっているのが、今の病理医をめぐる環境です。ぶっちゃけこれほど楽しい職場はないと思うのだが……。

2019年9月27日金曜日

生命の定義

ゲラゲラ、朝から自分のやってるウェブラジオのアーカイブを聴いて笑っている。すごいな今の一文。幸せしか感じない。

自分がしゃべってる音源聴いて笑う……すばらしい費用対効果……。




何かをしゃべったり書いたりするときに、受け手の気分とか事情とか前提知識のタイプとかを全く考えずにスッと出すフレーズは、本当に不親切で、最高だ。

無加工の情報を世に出しても、検索の力によって、数少ない「同志」たちが、抜き身の情報を喜ぶ変態たちが、集まって来てきちんと消費してくれる。

最近はほんとに、いつどこで自分がノーストレスでロウデータを口から出せるか、みたいなタイミングを、虎視眈々と狙っている。

伝わりやすいように、みんながわかりやすいように、共有してでかい何かを作れるように。

わかる、大事だ、そういうのがんばらないといけない、そして、クソみたいな手間がかかるよね。




Googleホンヤクが真っ先にやるべきは、英日翻訳とか日英翻訳とかではなくて、日日翻訳だ。

自分がどれだけわかりにくいことを心のままにつぶやいても、Googleを介することで世の大半の、偏っていない人々にきちんと伝わるような言葉に言い換えてくれるシステムがあるなら、見てみたい。

そして、Googleが言い換えたフレーズを見て、酒を飲みながら、

「そうじゃねえよ、そんな簡単に言い換えたらおもしろさが一ミリもつたわんねぇだろ! ばっかだな!」

とか絡みたい。たぶん最終的に、ぼくの話が伝わる相手は、Googleの集合知性だけになる。誰もがそうなる。すばらしいディストピアだ。いや、ユートピアか?

2019年9月26日木曜日

病理の話(368) かぜってなんなの

さて今日のぼくはかぜをひいている。

今回は鼻水も出ないしのどもさほど痛くない(全く痛くないとは言わないが)。

しかし、頭が重い。くらくらとする。

頭重感(ずじゅうかん)という濁点多めの言葉があるが、まさに文字通りのにごった重苦しい雰囲気だ。



こういうのを「頭が痛くなるかぜ」とかいう。かぜといってもいろいろだ、お腹を下すときもあれば、鼻水がとまらないときもある。関節が痛くなるときも、熱がぐっと上がるときもある。




ぼくが医学生だったころは、かぜというものは「急性上気道炎」であるとならった。すなわち、鼻水、のどの痛み、せき、鼻づまり、くしゃみ、など、上気道(肺よりは口や鼻に近い部分にある、空気のとおりみち)に症状が出る炎症。原因はウイルス感染である、と。

なるほどなー、かぜにも医学っぽい名前がちゃんとついてるんだなーと感心したものだ。

つまりはウイルスが外から飛んできて、鼻の粘膜とかのどの粘膜にくっついてそこで増える、で、炎症を起こして、鼻水がでたり、のどがはれて痛みが現れたりするわけだな。

しかしその後、うーん、なんかちょっとへんじゃないか? と思うこともあった。

かぜイコール、ウイルスによる急性上気道炎だというなら、なぜ熱が出るのか?

鼻やのどのところで免疫とウイルスが戦っただけで、全身が熱くなって汗のかきかたが変になったりするのは、ちょっと派手ではないか?

頭が痛くなるのはなぜ? 関節が痛いというのは? いくらなんでも、鼻やのどにウイルスがいて関節が痛むというのはおかしくないか。




いろいろ調べていると、その後、「ウイルス感染」についてはその後の医学がもう少し深く詳しく解き明かしている、ということがわかってきた。

たいていのウイルスが鼻やのどから体内に侵入するのはほんとうだ。

ただ、そのウイルス、どうも鼻とかのどに留まっているというわけではないようなのだ。

いわゆる、「ウイルス血症」という状態になって、全身……とも限らないようだが……をめぐろうとする。

だから人体の免疫はあせって、警備員を呼ぶために、アラームを鳴り響かせる。

血液の中に、免疫細胞が活躍するためのメッセンジャーたちが流れる。サイトカインと呼ばれたりする物質がそれだ。

そして、全身のあちこちで、ウイルスを倒すためにいろいろな変化がおこる。



鼻から侵入するウイルスを倒すために鼻の粘膜が激しく反応して、血管内から水気を出して外来異物を洗い流そうとしたり、水気にのっけて炎症細胞を現場にときはなったりするだけではなく……。

体温を上げることで外来異物を攻撃したりもする。

侵入された通用口だけにアラームをジャンジャカ鳴り響かせるのではなく、どうも、全館放送で対応しているようなのだ。

そのアラームを受け取る場所と、アラームに呼応して出てくる体内の警備システムが、ウイルスごとに、毎回異なる。

だからかぜにもいろいろあるようなのだ。



かぜなんてものは放っておけば2,3日、長くても5~7日程度で人体の免疫によって正常に戻される。

逆に言えば、人体のアラームおよび警備システムはすごく優秀なので、大多数のかぜウイルスは体内で勝手に処理してくれる。

けれども、ま、そうはいうけど、今こうして自分がかぜをひいていると……。

治るとはわかっているけれど、あーしんどいな、なんとかよくなる方法はねぇかなと、ここまで積み上げてきた医学知識を総動員して、自分の体を少しでも楽にする方法がないかと必死で脳内を検索することになる。ぼくだって患者なのだ。




そして結論はすぐに出る。

薬を飲んでも無駄。かぜウイルスに効く薬はない。

水分をとって寝る。たっぷり休む。こうして人体の免疫システムに十分に戦ってもらう。

これが一番効果的だということを、医者であるぼくは、よく知っている。

夜空を見上げると月がきれいだ。月に祈る。「はやくなおりますように。」

祈りにエビデンスはない。しかし、ま、月に祈るくらいならだれも損しないので、それくらいはやってもいい。医者の太鼓判である。

2019年9月25日水曜日

こういうのをたぶん孤独という

たま『さよなら人類』の冒頭、二酸化炭素を吐き出したあの子のくだりに続いて登場する曇天模様の空の下というフレーズ、なんの違和感もなく受け入れていた。リズムがいい。75調で。

けれど自分では使わない言葉だな。

今ぼくがいるのは飛行場の待合室だ。大硝子のむこうに、曇り空。分厚く立ち込めた雲、どよんと沈んだ天気、いろんな言い方があるけれど、脳内予測変換ソフトから「曇天模様の空」が自動で弾き出されてくることはない。だいぶ探し回らないと出てこない。このフレーズ、ぼくに、なじんでいないのだろう。





とここまで書いて思い出したが、先日ツイッターで、「飛行場とはまたずいぶん古い言い方ですね」と笑われた。そうか、空港か。飛行場の待合室ではなく、空港のロビーというのが普通の言い方だろう。飛行場の待合室、だと、旧ソ連時代の極東にありそうな、茶色がかったグレーの建物を想像してしまう。大硝子ってのもずいぶんとがばがばした言葉だ。今のぼくの内臓辞書、だいぶバージョンが古くなっている。




釧路空港で札幌丘珠行きのフライトを待っている今だからだろう。脳内マインクラフト的仮想世界は、リアルタイムでインプットされる情景をもとに、外界からのロウデータに内臓辞書由来のタグを付けて振り分ける。「飛行場の待合室」とか「鈍色の滑走路」とか「気だるそうなプロペラ機」とか「草臥れた背広の男」といったタグが次々と画像に添付されていく。老婆が乳飲み子を抱えて便所の前で茫としており、やがて母親らしき女が手拭きを乱暴に手提げにつっこみながら現れて、むずかりはじめた幼子にiPhoneを渡すと周囲にDA PUMPの仮面ライダーの曲が鳴り響き、ぼくはふと我にかえって親子孫を二度見する。ちっちぇえあかんぼうは、ミニオンズの服を着ていた。ババアと言ってもまだ50代じゃないか。母親はにこやかに踊り出した。子供がゲラ笑い。ここは日本、時代は令和、パーティーピーエーアールティーワイ。りょ。




2019年9月24日火曜日

病理の話(367) 意中だけではなく意外までみる

医者が患者を前にして、顔に手をそえて下まぶたをキュッとおさえて、まぶたの裏が白くなっていないか、白目が黄ばんでいないかと診察をする。両手首をにぎって脈をとり、同時に手のあたたかさや汗のかきかた、肌の水分量などを把握する。前から聴診器をあてて心臓や肺前面の音を、背中から聴診器を当てて肺の後ろ側の音を聞く。



こうした診察は「アナログ」だ。腕の差が出る。そして、ちょっと抽象的なことをいうと、「見ようと思っていないものも、見る」やり方である。




ぼくは最初の数行で、目を診察する際に

 ・まぶたの裏が白くなっていないか
 ・白目が黄ばんでいないか

という2つの項目を書いた。しかし実際には、白目に充血がないかどうかも「なんとなく見ている」し、眼球が細かく震えていないかもみるし、顔をさわったときの感触からも様々な情報をとる。高血圧や糖尿病の雰囲気が、目から「なんとなく伝わってくる」こともあるそうだ(ぼくは目の診察をしないのでそのへんはよくわからないけれど)。

つまり「雰囲気」をざっくりと見ている。見ようと思わなくても目に飛び込んでくるものがあり、医者はそういうものを知らず知らずのうちにまとめて把握する。




疲れて帰宅してマンションのドアにカギを差し込もうとしたらなんだかうまく回らない。もしや、と思ってドアノブを引くとなんと空いている。カギを閉め忘れたか? あるいは合鍵か……?

ぼくは中に人がいるのではないかと怯える。そうっと音をたてずにドアをあけて、いつでも警察を呼べるようにスマホを手に持ち、そろりそろりと、

「部屋の中に誰かいないかどうか」

を確かめに歩を進める。

そして、部屋の中に入ると、そこに、なんと……

橋本環奈!

わあ! まさか!

なぜここに橋本環奈!!!




シチュエーションとしてはあり得ないが、この反応は人間としてごく当然の、ありふれたものだ。

部屋に入る前には、中にいるのは包丁を持った中年男性か、ほっかむりをした中年男性か、あるいは拳銃を両手にもった中年男性か、とにかく中年男性をイメージして、それも暴力的な、反社会的な雰囲気をまとった中年男性をイメージして、「そういうおっさんがいないかどうか」を確かめるために、慎重に中をのぞきこむ。

「おっさんがいるかも!」

しかしそこにいたのがテヘペロ感あふれた橋本環奈だったからといって、私たちの目が「今はおっさんを探していました。」とばかりに、橋本環奈を見落とすということはあり得ない。

「何かを目指して見に行って、たとえ違うモノが見えても、その瞬間に対応する」のが脳である。

これは地味にすごいことだと思う。




医者の診察もいっしょなのだ。貧血を探るために目の診察をしたからといって、そこで黄疸を見逃すことはないし、あってはいけない。

アナログな診察というのは、得られる情報が思った以上に多い。

あれとこれを見るための診察です、と言いながら、実際にはその数倍、いや、数十倍以上の情報を、無意識のうちに集める。

以上は、ほとんどの医療者が知っていることだ。

「診断ってのはさ、試験勉強みたいにアレとコレだけ覚えときゃできるってもんじゃないんだ、もっと全体の雰囲気とかをちゃんと見なきゃいけないんだよなー」。




ところが話が病理診断に及ぶと、どうも話が単純化されてしまう。

「病理ってのはあれだろ、細胞をみてさ、がんか、がんじゃないかを見るんだろ」。

まあそうなんだけどさ。

ぼくらが顕微鏡で、あくまでアナログに、細胞をみているとき、そこから得られる情報は、もう少し多い。

おっさんを探しに行くと橋本環奈、ということも、顕微鏡の世界にはある。

美輪明宏のこともあるし、マツコ・デラックスのこともあるし、安田顕(onさん)のこともある。

おっさんだけ見てるわけではない。





橋本環奈の無駄遣い、という非難の声が聞こえてくるようだ。

2019年9月20日金曜日

レボルバーじゃなくてリボルバーではないですかと問い詰められたこともある

顕微鏡が壊れたので、修理をお願いしている間、代替機を使っている。

今までフルオートの電動レボルバーでラクをしていた。ボタン一つで自動的に倍率が切り替わり、しかも拡大倍率に応じて瞬時に光量や絞りの調節をしてくれるのだ。上位機種なのでピントもある程度合う。

しかし、代替機は手動だ。接眼レンズも、コンデンサーも、指で動かさないといけない。

苦痛である。



医学生とか病理医以外の医療者たちは日頃から手動の顕微鏡を使っているだろうから、電動顕微鏡の便利さにあぐらをかいているぼくが今こうして面倒くさがっているのをみると、贅沢だと思うだろう。

でもまあこれはしょうがない。

電動効果は大きいのだ。プレパラート1枚につき、だいたい1秒くらいは時短できる。

1秒かよ、とあなどってはいけない。年間5000例をみるぼくはプレパラートでいうとだいたい20万枚をみている。まあ、いかにもそれっぽく計算したように読める文章を書いたが、実際には何の根拠もなく適当に書いているんだけれど、でもたぶん、20万枚くらいだろう。そういうことにしておく。

プレパラート20万枚に対して1枚1秒ずつ得をしたと考えれば、年間20万秒だ。すなわち3333.3333...分。これはつまり55.5555時間。従って2.3148148148...日。

ほら、プレパラート1枚ごとに1秒というのはつまり、年間2日ちょっともうけていることになるんだ。うるう年より効果が高い。大晦日と正月しか休めなかったときに1月2日と3日にまだ休めると言われたら幸せな気持ちになるだろう。

電動顕微鏡はこうして、ぼくに毎年2日ずつの余暇をくれているのである。

それが今回壊れた。

正月休みを半分に減らされたような、地獄の感傷がぼくを襲う。




手動でレボルバーを回していると、これまで出張で訪れたさまざまな病院でのことを思い出す。

ぼくは病理診断をするためにあちこちの病院で単発的に働いたことがあり、当然、その病院ごとに顕微鏡の種類が微妙に違った。

ハンドルの動きがにぶく、アブラが切れていてプレパラートの操作がしづらい顕微鏡もあったし、Nフィルターの一部が汚れていていまいち光量が定まらない顕微鏡もあった。マイクロメーターを紛失しており細胞間の距離を測れない顕微鏡もあったし、光軸がずれていて視野を動かすたびに寄ってしまう学生実習レベルの残念顕微鏡もあった。

物言わぬ相棒たちをずいぶん手荒にふりまわしてきた。かれこれ数百万枚のプレパラートをカシャカシャズルズルとみて、プラマンで点をうち、デジカメで写真を撮ったりしてきた。いざ言葉にしてみるとなんだか不思議な人生だなあと思う。




ぼくが喫茶店のカウンターでひとりコーヒーを飲んでいたとしよう。二つ隣くらいに思い悩む大学生が腰をおろし、うかない表情でマンデリンなど飲みながらマスターとふたこと、みことしゃべっている。漏れ聞こえてくる内容からすると、どうも彼は就職先に悩んでいる。どういう職業を選んで良いか決めかねているようだ。マスターがしっかり見ていなければ見落とすレベルの目配せをこちらにツッとよこす。めざとい大学生はこちらを向いて、マスターの意図にのっかる形で勇気をだしてこうたずねてくる。

「大変失礼ですがどのようなご職業におつきですか?」

するとぼくはすこし考えてからこう答える。

「顕微鏡……をみてます」



へんなの! 小説家だったらシチュエーションが特殊すぎてこんなシーン書かないよ。たまたま喫茶店で横に座ってる中年男性が病理医で、顕微鏡に詳しくて解剖もできるとか、どう考えてもそのあとミステリーに連結されるじゃん。




でもぼくは実際そういう偏屈な職業について、今こうして電動顕微鏡が手動になったといって愚痴を書いているわけで、どうも、ふしぎな歩みの途上にいるのだなあ、という気持ちがじわじわむくむくとわいてくる。顕微鏡が直るまでには1週間くらいかかるという。たぶんこの日記が公開されるころ、まだぼくの顕微鏡は古びた先代機のままである。

2019年9月19日木曜日

病理の話(366) 医者の世界での先生と生徒

人間は経験を積むごとに、考えることが上手になっていく。

毎日サッカーボールを蹴っていれば少しずつリフティングが上手になるように。

ただ、サッカーのほうはどうか知らないけれども、思考の方には確実に、「上手になるコツ」がある。

たとえば、今医療現場で行われているいくつかの「勉強会」は、このコツを踏まえたものになっている。というかコツを外した勉強会は自然に消滅していく。出てもつまらないし役に立たなければ、人は集まらない。





毎日、患者と話し、きちんと診察をして、治療を繰り返していれば、それだけで医者は上達していくものだ。しかしたいていの医者は、心のどこかで、「それでは足りない」と思っている。

サッカーがうまくなりたい子が、ときおりサッカースクールでJリーガーのコーチを受けたいと思うように。

医者もまた、自分よりうまく診療している人間のコーチをうけたいと思う。

あるいは、自分と同じくらいのレベルの医者が体験した「レアな失敗談」とか「苦労話」を聞きたいと思う。一緒に考えてみる。

そうするときっと、自分の病院でだけ研鑽するよりも、もっと早く、うまくなれるのではないか……。




だから「勉強会」や「講習会」に出る。科にもよるが、好きな人は2週間に1回くらいのペースで出ている。

逆に、まったくそういう会に出ないタイプの科、ひたすら自分で努力を繰り返すタイプの医者もいる。けれども最近は、勉強会や講習会がなかったとしても、ウェブで動画講習があったりする。

完全に自分の経験だけで研鑽を積む医者はだいぶ減ってきている。




おもしろいなーと思うのは、そういう会で医者たちがしゃべる言葉使いだ。

お互いに先生先生と呼び合うのである。

どうみても生徒、みたいな人も先生と呼ばれる。

先生という言葉の本来の意味は完全に消失してしまっている。「ミスター」くらいの意味で「先生」を連呼する。

うける。

病院でいつも先生と呼ばせているはずの医者。

勉強熱心で尊敬できそうな、まさに「先生」タイプの人ほど、勉強会で先生先生と連呼しながら生徒をやっているものだ。





ちなみに画像系の研究会や勉強会に病理医が呼ばれるとき。そこでは病理医は文字通り「先生」扱いをうける。

ほかの医者たちが難しいと思った理由、診断を間違えそうになった理由などを、病理医が解き明かす役割を与えられるからだ。

勉強会や研究会を外からみていると、まさに、「病理医だけは真の先生」みたいに見えることがある。

これをもって、Doctor's doctorなどという生意気な二つ名がついたんだろうな。

そのように確信する。





けれども当の病理医であるぼくは……。勉強会や研究会で病理解説をするときはいつもあせだくだ。

臨床医たちがするように、お互い先生先生と呼び合ってはいるけれど。

「おれたちの勉強の足しにならないことをいってみろ、てめぇの鼻の穴から大腸カメラをいれてやるぜ」

くらいの厳しい目線に常に囲まれた状態で、病理の立場からコメントをしなければいけない。

もうみんな、先生って呼び合うのやめようぜ。

同志とかにしないか? なあ!





2019年9月18日水曜日

ソリティアってそういう意味だったのか

一冊、あまりおもしろくない本を読み終えた。残念であった。

献本じゃなくてよかった。献本だったら、感想を伝えなければいけない。けれどもこの本の感想を伝えるのはちょっとしんどい。忌憚のないご意見を、とは言うけれど、つまんなかった、とはやっぱり言いづらい。

まあこういうこともある。このあとは、本を職場のおくまったところにある本棚に挿してしまえば、おそらくもう、開くことはない。

ただ、今回は少し、表紙をみて、奥付をみて、考え込んだ。




この本がつまらなかったということは、ぼくと、この本の作者や編集者たちとがずれているということ。

これはけっこう売れている本だ。ならば、ぼくは「世間」ともずれているということ。




もちろんいっこうにかまわない。誰がおもしろいと言ったから読む、というベストセラー礼賛型の選書も決してきらいではないけれど、読書というのは究極的には個で完結していさえすればよい。天知る地知る我がこの本を知る、これで何の問題もない。ずれていていいのだ。Lonelyと言ってしまうと孤独だが、池澤夏樹さんいうところのsolitude(孤高)であればよいのだ。

Lonelinessとsolitudeの違いをググってみた。なかなかよいフレーズが出てきた。


Language has created the word "loneliness" to express the pain of being alone. And it has created the word "solitude" to express the glory of being alone.
言語は一人でいることの寂しさを表すために「loneliness」という言葉を作った。さらに言語は、一人でいることの喜びを表すために「solitude」という言葉を作った。
パウル・ティリッヒ(神学者)1886 - 1965



読書とはまさにsolitudeに行えばよいのである。逆にいえば、ぼくが孤高の末に感じた「事実」をあまねく世界にあてはめることもまたできない。ぼくがつまらないと思ったことはぼくの中にsoloで立ち上がってくるもので、一般論として拡張できる類いのものではない。




しかし、この本の作者も編集者も、発行人たちも、30年とか40年とか生きて、なんらかの価値観を心に築いてきた人々なはずで、その人たちがおもしろいと、世に出してみようと、出すべきだと感じるものが、なぜぼくには刺さらないのか、よくかんがえるとこれはなかなか不思議である。

同じ国で似たようなものを食って生きているホモサピエンス同士の間になぜこれほどまでの差が付いてしまうのか。

そこまできれいに分かれるものなのだろうか。

カレーのにおいを30分ほど嗅いだら人間はたいていカレーが食べたくなるものだ。長い遍路の途中でしばらく「同行」したものに対しては愛着がわき、評価がやさしくなり、肩入れし、境界線が甘くなっていくのが人の常。

しかしひとつの本を2時間ほど手に持っていたにも関わらず、ぼくはこの本との間に溝しか感じなかった。

カレーと本はなにがそんなに違う?




たぶんこの本には「ツバがとんでる」んだろうな。

ぼくは孤独に、そんなことをかんがえた。

料理人のツバが入り込んだカレーだとわかっていたらそこまで腹は減らない。

著者がナワバリを固辞するような本。自分の臭いを全編にまき散らしている本。

ぼくは本の中に張り巡らされた迷宮を歩き、ことばをひとつずつ拾って、ぼくの中で大事に組み直すつもりでいたのに、そこにもあそこにも、マーキングがしてあり、おすすめの道順みたいなものが書いてあり、著者がぼくになすりつけたい臭いみたいなものがぷんぷんと漂っていた。

それがいやだった、のかもしれない。




もちろんここですぐ気づくのは自分の書いた本のことだ。

ぼくこそ、見事に、書く物すべてにマーキングをしている。読む人とぼくとの境界をとろけさせることばかり考えながら、できれば読み手にぼくのにおいがうつるような、そういう文章を好んで用いている。





なんだ同族嫌悪か。

Soloとか言いながら。





同族嫌悪の頭文字はDなので、ぼくは本棚のDの棚にこの本をしまい込む。

おそらくもう取り出すことはない。Dの棚にはけっこうな量の本が突き刺さって、うらめしそうに、同じ臭いのする持ち主を無言で眺めている。

2019年9月17日火曜日

病理の話(365) カレーの恩返し的主観

「病理医によって、病理診断の文面がかわる」ということがある。

なんだ、病理医のくだす診断ってのは、「主観」かよ。「胸先三寸」かよ。

そうやっていやがる人もいる。人が変わったら診断が変わるなんてとんでもない、とばかりに。

でも、ぼくからすると、そもそも体調不良とか病気というものは極めて主観的なものであり、病なんて主観のかたまりなんだから、これを相手にする医者が客観だけで何かを語ろうとすることのほうが不誠実なのでは? と反論したくもなる。






胃カメラで胃をのぞいていた内科医が、不安そうな患者の横でモニタに目をこらす。

胃粘膜に、ぼんやりと、5mm程度の、赤みがやや強い部分が目に付いた。

(うーん。

胃炎かなあ……。でも、かたちが少しきたないなあ。

形状がぎざぎざしている。

普通、胃炎だったら、まわりにも同じような「赤み」がぽつぽつと見えてきていいのに、今回はこの1箇所だけおかしい。

となると、もしかすると、ごく早期のがんかもしれないなあ。)

なんてことを考えている。

内科医は、ここで、できるだけ客観的に診断しようと試みている。

病変の色調や形状、大きさ、分布など。

誰がみても納得できるような「客観的な言葉」をなるべく使う。

でも。

内科医が患者に胃カメラを飲ませるという判断は、客観的事実だけではなされない。「よし、飲ませよう」と決断するときには必ず主観が入る。

もっといえば、患者がその病院で胃カメラを受けるに到った理由。ここにも大量の主観が入り交じる。

胃もたれを感じた。いつもと違うかなと不安になった。知り合いが胃がんだと言われて自分もしらべてみようと思った。

医療というのは主観まみれだ。




主観と客観の末に、内科医は胃カメラのさきっぽで胃粘膜をつまみとる。

小指の爪を切ったときのカケラよりも小さいくらいの、ほんのひとかけ。

これを病理検査室に出す。細胞をみてくれ、と頼む。




そこで診断を書く病理医が、

「Group 1(がんはない)」。

あるいは、

「Group 5(がん)」。

と、極めて客観的な答えを出して終わりにするかどうか。




まあ仕事としてはGroup 1と書けばそれで十分なのだ。最低限求められた仕事としてはこれで事足りる。

しかし、中には、診断に「患者や内科医の主観をフォローするための、主観」をまぎれこませる病理医もいるのだ。

それは決して、事実をねじまげるという意味ではないので気を付けて欲しい。

たとえばこうだ。




「Group 1. がんではなく良性の胃粘膜です。
 背景にピロリ菌がいます。胃粘膜はピロリ菌の存在によって、炎症をうけて荒廃しています。ピロリ菌感染に伴う胃炎と考えます。なお、場所が前庭部(胃の中にも住所がある。前庭部というのはわりと十二指腸側)なので、ぜん動運動による刺激が加わって、発赤部の周囲が軽度隆起して目立った可能性があります。」

この長ったらしい文章は、実は病理医の職務としては本来必要なものではない。病理医はあくまで、「がんか、がんでないか」を判断すれば給料分の働きとしては許される。しかし、「なぜ内科医がこの病変を病理に出そうと思ったのか」に思いを馳せて、そこをフォローしようとしている。これを読んだ内科医が、患者にどういう顔で説明をして、患者がそれをどういう顔で聞くだろうか、ということを想像して、文章を主観的に足しているのだ。






「病理医によって、病理診断の文面がかわる」ということがある。

なんだ、病理医のくだす診断ってのは、「主観」かよ。「胸先三寸」かよ。

いや、それは、言葉がたりないと思う。

病理医が診断文に主観を入れるのは、カレーにスパイスを足すようなものだ。あくまでカレーはカレー。ライスはライス。そこはいじらない。しっかりと作る部分は作る。

しかし、それを味わう人に、「ぼくが作るからにはもう一手間かけて、さらにおいしくしてやるぜ」という心意気をもって接し、味変用のスパイスを足す。これこそが、病理医がときに用いる「主観」だ。

2019年9月13日金曜日

脳だけがここで待つ

今、書き終わって校正ゲラを待っている原稿が4つある。

看護学生向けの教科書、消化管病理の教科書、肝臓画像・病理対比の教科書、そして新書。

いずれも書いている間はどっぷり暗黒だった。はぐきがはれたり口内炎が5000個できたりした。時間の流れは一方向ではないのだなと思った。金曜日のあとに木曜日がきて、その次に水曜日がきて火曜日がきて、月曜日がやってきてまた火曜日に向かう。いつまでもいつまでも平日が続いていく。冷静に振り返って、もうああいう執筆には戻りたくないなと思う。

けれども、書き終わってしまった今、ぶっちゃけ、てもちぶさただ。





やるべき仕事はある。そもそも診断がたっぷりある。

書かなければいけない論文もある。誰に頼まれたわけでもないけれどぼく自身が書きたいものがある。

もう少しすると毎週どこかで講演をする。秋の出張がはじまる。

学会での発表や病理解説の仕事もいろいろある。今年はe-learningの収録とかもする。

だからもう本を書いている場合ではない。

それでも今、てもちぶさただなーと感じる。





ほんとはこの感情は「てもちぶさた」ではないのだとも思う。

依頼されて本にできるような内容が、ぼくの中に、もうない。

それがわかるのだ。手に書くものがないのではない。脳に書けそうなものが見つからないのである。

のうもちぶさた。







自分の持っているなにかを、本にして、書店に置いてくれただけで、これはもう果報者以外のなにものでもない。

亡くなった祖母の位牌にすべての本を供えている

ほこらしいし、ありがたい。

カタチになってしまった本をみる。自分の脳のバックアップをとって、外付けメモリの中に入れたような気分だ。

だからもう、脳に入っている情報は消去してしまってもいい。

本に書いた部分を順番に消去していく。するとどんどんスキマが空いていく。

これが「のうもちぶさた」という感情の正体だと思う。

今ぼくの手元……脳元……に、ものがないことを、ぼくは、さみしく歯がゆく思っている。





身軽ではある。