タイトルどおりの質問がきたのでここで答えます。
「プレパラートで患者の細胞をみるだけで、患者の年齢などを当てられるか?」
ぼくの場合は……2割くらいのケースでは「けっこう当たる」。
2割くらいのケース、というのは主に臓器によるものです。
胃だったらかなり当たる。
リンパ節は部位によるけどときどき当たる。
子宮は当たるのが前提。
肝臓は……自分が勤務してる病院だったら当たる。
乳腺はそこそこ当たる。
前立腺とか大腸は……自信がないな。
えっけっこう当たるじゃん、って感じかもしれないが、病理医はほかにも多くの臓器をみる。膵臓や胆管、胆嚢の場合は(生検だと)まず当たらない。食道は難しい。通算すると2割のジャンルに絞れば8割当ててる、くらいのイメージ。
なぜそんなことができるのか?
組織は老化とともに構成が変わっていく。
ピロリ菌存在下の胃は加齢とともに萎縮を起こすので、逆にいえば萎縮の度合いをみればおよその年齢はわかる。どんな腺管がどのように萎縮しているかを丹念にみて、ついでに間質とよばれるスペースの変化も丁寧にみると、勘だけど、たいてい年齢は当たる。
乳腺や子宮はもっと簡単だ。これらはホルモンの影響を受けてドラマチックに像がかわるので、ホルモンの影響がどれくらい加わっているのかをみれば、閉経しているかしていないか、閉経前だとしたらどれくらい前か、はなんとなくわかる。
ほかにも、さまざまな臓器で、「細胞が何度か入れ替わっているか、それともまだフレッシュか」を見分けることは十分可能だ。まあ、年齢当てっこゲームをしてもしょうがないんだけれど(だって依頼書に全部書いてあるし)。
もっとも、この「年齢当て」は、遊びでやってるわけじゃない。副次的な産物がある。
たとえば依頼書をみて、「60歳の女性」と書いてあることを確認して子宮内膜を観察したときに、内膜が「まるで60代にはみえない」ことがある。
異常にみずみずしくて、30代くらいではないか、と思ってぎょっとする。
この「不一致」から、ただちに直感を働かせるのが病理医だ。
「年齢に不相応な若々しい内膜。女性ホルモンの分泌が低下しているはずの60代にはとても見えない。ということは、女性ホルモンを異常に産生する腫瘍がどこかにあるのではないか?」
ただちに、CTなどの画像が撮られているかどうかを確認し、主治医に問い合わせる。これにより、別部位にある(今回の検査とは直接関係ないはずの)卵巣に腫瘍を見つけることができた――――
なんてことも実際に起こりうるのだ(もちろん今のはぼくが適当に作り上げたフィクションであるが)。だから、単なる年齢当てゲームではない。
胃の上のほうから採取してきた検体が「異常に老化」しているとする。この場合、ピロリ菌による変化であるとは考えづらい。これは自己免疫性胃炎と呼ばれる特殊な病態ではないか? みたいなことは日常的に行われているのだ。
ただ、この「年齢当て」、普段自分が務めている病院以外のプレパラートをみると、けっこう外れる(あくまでぼくの経験であるけれど)。
これはなぜなんだろうなあと考えていた。そしてある仮説にたどりついた。
たぶんぼくは、自分の病院の主治医が「どういうときに病理検査を提出するか」が身に染みついている。
「このような異常をもつ患者をみたら、こうやって病理検査をオーダーしよう」みたいな流れは、主治医や、その病院のスタイル、さらには病院に集まってくる患者の事情などさまざまな理由によって偏っている。
だからぼくは、自分の病院のプレパラートについては、HE染色の情報をみた瞬間に、多くのマスクされた情報を自動的に連想している。紐付け情報をあらかじめ脳内で統計解析しているのだろう。
したがって、普段働いていない別の病院のプレパラートをみると、背景に存在する条件が一気にかわってしまい、予測が当たらなくなる……。
ちょっと難しいことを言った。ひとつ思い出話をしよう。
かつて、ある南の島に行ったときの話。
現地の人が「ここでは天気はあちらの空から変わっていくよ」と言った。その方向は西ではなく、東南のほうだった。ぼくは不思議に思って聞いたのだ。
「天気って西から変わっていくんじゃないんですか?」
すると現地の人は応えた。
「そういえば本州からきた漁師が、昔、この島では天気の予測がつかねぇって言ってたなあ。たぶん雲の動き方が本州とここでは違うんだよ」
他院のプレパラートをみるといろいろ予測がはずれる、というのも、なんだかこれに近いような気がする。年齢当てゲームはほどほどに。もちろん、診断に役に立つ脳の訓練は、怠ってはいけないのだけれど。
これで答えになったかな? 質問者の方。ちなみにぼくは十二指腸もそこそこ年齢は当てられる。元ネタはフラジャイルでしょ? 知ってる。