東海地方「スクリーニングCTC研究会」に出席するため、名古屋市内のホテルにいる。あと30分くらいしたらチェックアウトしなければいけない。
今回の研究会は、名古屋市内で朝から夕方までみっちり開催される。このプログラムだと、札幌に住むぼくは日帰りでは参加できない。なので久々の前泊である。
最近は福岡とか大阪の出張であっても日帰りだった(それもどうかと思うが)。
一泊できると、これだけラクなんだなと今さら感動している。ブログだって書けちゃうぜ。
研究会前日の夜、懇親会に参加することになった。10人ほどが集まる場所で飲み食いをしていたら、翌日に症例を提示する人が、圧強めに謝罪してきたので驚いた。彼いわく、
「先生すみません! 明日、症例検討で提示する病理の写真が、しょぼいんです……」
ぼく「しょぼい、とはどういうことでしょう? 解像度が甘いということでしょうか?」
人「いえ……臓器の肉眼写真はあるんですが……顕微鏡写真が足りないかも知れなくて……」
ぼく「えっ肉眼写真があるんですか? ならそれでほとんど大丈夫ですよ!」
人「あっ、そうなんですか? 顕微鏡写真いらないんですか?」
いらないわけじゃないけど、どっちかというと、臓器を直接カメラで撮影したマクロ写真(肉眼写真)のほうが大事だ。
これはけっこう勘違いされるのだけれど、CT、超音波、バリウム、内視鏡など、あらゆる画像検査をまじめに考える上で、病理の写真で顕微鏡像を重要視する必要はない。
細胞の核がどうしたとか、細胞質にどのような模様がみえるのかという情報は、あまりにミクロすぎて、現場の医者や放射線技師などが使うにはマニアックすぎるのである。核がでかいからCTで白く染まるというものでもない。
つまりは見ているもののスケール感の問題だ。CTや超音波で見えるものならば、それと同じ画角で撮影した肉眼像(マクロ像)を横に並べた方が理解が進む。
だったら病理医が顕微鏡で細胞をみる意味はなんなんだよ、と言われたりもする。細胞をみることは、臨床の画像とあわせるためではなく、よりスケールの小さい場所にひそんでいる情報をクローズアップするためなのだ。よりスケールの小さい場所というのはどこかというと、DNAであり、遺伝情報である。そう、生命科学に肉薄するためには細胞をどんどん拡大していくのがいい。CTや超音波で直接DNAを見ようというのは、それこそスケール感を無視した言い草なのだ。だから、遺伝情報まで探りたければ、サイズ的により近い、細胞の強拡大情報を集めるのがいい。
ひとつの病変をみる上で、各人が異なるスケール感で仕事をすると役に立つ。病理医はたまたま、マクロからミクロまで仕事があるので、マクロに仕事をしている放射線技師たちと、ミクロに仕事をしている生命科学者たちの間に立っている、ということなのである。
というわけで翌日の研究会はうまくいった。けっこうきれいなマクロ写真を提出していただいたので、よいディスカッションができたと思う。いつもこうだといいなあ。