2018年8月31日金曜日

病理の話(238) 群像劇と風雲たけし城

「この病気の原因はなんなんですか」と問う人は、明確な答えを必要としている。

「ある細菌が感染したからだ」

「〇〇という遺伝子が変異したからだ」

しばしばこのような回答が用意される。

しかし、世の中にあるほとんどすべての病気は、単一の仕組みでは説明できない。




ある細菌に感染して病気になるとする。この場合、原因として考えられるものは

・細菌

だけではないのだ。

・その細菌を退けられなかった人体の防御機構

もまた原因のひとつとなる。

これが実に難しい。




人体の防御機構が細菌を退けられないとはどういうことだろうか?

・ある細菌に対する防御力が、生まれつきよわっちい。

これはわかりやすい。でもほかにもある。

・ある細菌に対する防御システムを、ほかの敵に対する防御に割いてしまっているため、人員不足に陥ってしまっていて、うまく防御できない。

なんてパターンがありうる。

・たまたまそのとき全身の栄養状態が弱い。すべてのシステムが省エネモードであった。だから防御力が弱かった。

これもひとつの原因となるだろう。

まあちょっと考えるとそういうこともあるだろうなとわかるのだが、人間というのはとにかく、原因から結果を一本の線でつなぎたい生き物なのである。

自分の親類ががんになって、自分もがんになれば、これはもう絶対に遺伝だ! と思いたくなってしまうだろう。

そんなに単純ではない。原因は常に複合的だからだ。






現代に残る「ヘモクロマトーシス」という病気がある。これは遺伝の影響をそこそこ受ける病気で、適切な治療がなされないとたいていは中年以降に命の危険がある。

こんな物騒な病気が脈々と遺伝してきたのはなぜなのか、と疑問に思った学者がいたらしい。そしてずいぶんといろいろなことを調べた。

すると、ある奇妙なことがわかった。

ヘモクロマトーシスの患者はたしかに中年以降になると命の危険があるのだが、実は、ペストという恐ろしい感染症に対して、ほかの人より抵抗力があるということがわかったのだ。

人生の中盤から後半にかけて命を縮めてしまう病気にかかることで、人生のいつでも死に至る危険性があるペストから生き延びることができる。

そんな思いもよらないメカニズムがあったからこそ、ヘモクロマトーシスという病気は現代にまで脈々と受け継がれてきたのではないか、というのである。




あまり普段考えることがないのだが、病気というものは、時代、文化、医療の成熟度、平均寿命などによって定義が変わってしまう。

そもそも感染症が主たる死因であった100年くらい前までは、乳幼児期や若年、壮年期においていかに感染症を切り抜けるかが、生命にとって重要な問題だった。

ところが、衛生環境がよくなり、抗生物質が次々と見出され、寿命がのびることで、それまで遺伝子が必死に次世代につないできた「いずれ体を悪くするかもしれないけれど当座の危機を乗り越えるのに役に立つ病気」みたいなものが、今度は人に害をなす存在として立ちはだかる。




病気の原因は複合的だし、病気というもの自体が実は流動的な概念でもある。

「すべての人々が健康になるような医療」を目指した先にはきっと新たなヤマイが待っている。けれどもぼくらはそこに、向かわないわけにはいかない。

風雲たけし城といっしょだ。ひどい目にあうとはわかっているけれど、先に進まなければそれはそれでひどい目にあう。そういうものなのだ。

2018年8月30日木曜日

金だけが旅をする

判断に迷う事態に直面している。

この一文に、熟語が3つも含まれている。読者として小学生を想定していたらこういう文章を書いてはいけない。

どうしたらいいかなあ。ぼくは、おきてからずっと、かんがえていた。

……いまどきの小学生はもうちょっと漢字読むかもな。




何が悔しいんだという勢いで叩きつける雨の音を聞いている。ここは札幌。たまに雷が落ちている。鳴っているのではなくあきらかに落ちている。

ツイッターで「雷」と検索すると、近隣に住んでいるのであろう女子高生たちのアイコンがずらりと並ぶ。見事に女子高生だらけだ(まあ中学生もいるかもしれないが加工されたプリクラは全員ぺこ&りゅうちぇるに見える)。女子高生顔出しアカウントたちは、雷が鳴ると高確率で「雷やば」とツイートする傾向がある。雷というのはいまどき、ネットで検索するとどこらへんで光っているのか一目瞭然だ。だから、そこにむらがるおじさんたちがいる。「怖いですよねー(><) もしかして近くに住んでますかね?」というリプライがぞくぞくとぶら下がる。雷鳴ナンパだ。これほど醜い世界が世の中にはある。認めて慎んで生きていかなければいけない。

無防備な学生とあわれなおじさんの話をしたいわけではない。




明日の夜には関西に出張する。

雨の音を聞きながら、ぼくは出張の移動について朝から考え込んでいた。

今降っている雨は、明日の関西での天気には全く関係がない。

けれどもなぜだろう、雨の音を聞いていると、「ああ、出張のときには雨に気を付けないとなあ」という気分になる。

まるで違う場所に行くのにふしぎだな。

実際、天気予報のはじきだした答えは深刻だった。

台風が2つくる。

台風20号シマロンのせいで、ぼくの乗る飛行機は飛ばないかもしれない。




札幌から大阪に行くにはいくつか手段がある。関西国際空港、伊丹空港、神戸空港あたりに直行便で飛べば話は早い。ただこれらは微妙にダイヤが違っており、23日(木)の通常勤務が終わった後に移動できる手段は、基本、関空便しかない。

関空便が飛ばないといろんな意味できつい。

業務終了後に飛ぶことができる他の空港というと、羽田くらいだ。

羽田から新幹線で大阪か。これはアリだ。たぶん一番確実だろう。

しかし札幌のみんなもそんなことはよくわかっているとみえる。千歳・羽田便は夕方から夜にかけてほとんど満席だった。ビジネスマンの動きは速い。木曜日の午後から夜の羽田便が一席も残らず埋まるというのは、(たとえ前日だとはいえ)普通では考えられない。やはりみな、台風情報をみて、いろいろ考えているのだろうと思った。今回の台風を避けようと思ったら羽田便。これはもう誰が考えてもその通りなのであった。

羽田経由の道が経たれた今、ぼくに残された選択肢は、「関空便の時間を早めること」である。

とうぜんだが、昼の便に乗るためには、木曜の仕事を休まなければいけない。

おまけに、チケットを変更するには金がかかる。ぼくのチケットは「早割」だったからだ。

話が混沌としてきた。




たとえばANAは、天候によってフライトに遅延や欠航が出そうなときには、たとえ早割でチケットをとっていても無料で便の変更をしていいよ、というサービスがある。

しかし台風の前日になっても、「欠航のみこみ」は発表されていない。

だから早割の予約変更ができない。

予約を変えようと思ったら、一度フライトをキャンセルして、別の便をとりなおす必要がある。

きっちり金がかかる。

……早めに動かないと、このあとの情報次第では、昼の便も埋まってしまうだろう。

ここは追加料金を覚悟で先に予約を変更するべきか……。

しかし昼の仕事を休むとなると、職場でいろいろと相談をしないといけないなあ。




最近の研究会は製薬会社の補助をあまり得ていない。だから金が無い。

研究会にとって講師の交通費・宿泊費というのは講演料以上に鬼門である。

近くのドクターで済ませれば安く上がるが、遠くから呼ぶと当然高く付く。

聴衆は近くのドクターの話をわざわざ聞きに行ったりはしないのだった。

だから講師は遠方から呼ばれる傾向がある。

ぼくは知っている。にこにこした顔で「今度講演してください」と依頼してくるあそこの病院長も、あちらの医長も、あちらの主任部長も、みんな、ぼくを呼んだ直後からさまざまな金策に走り、研究会の参加費をいくらにするかでずっと頭をひねっている。

そういうのを知っていると、ついチケットを早割でとってしまう。そして、領収書を提出し、「この額で精算をお願いします」とやる。

そうすれば余計な金はかからない。

いっそ先方でチケットを取ってもらった方がこういうことを考えなくていいから気分的にはラクだ。

自分でチケットをとるといろいろ気を遣ってしまう。

講演者の役得だから、といって通常の往復料金でマイルをごっそり稼ぐ人もいるが、これはもう「性分」だろう。安く上がるにこしたことはないだろうと考えるのがぼくのようなタイプだ。こういう人間は生涯にわたって、なんだか金がたまらない。




早割のチケットがぼくを責める。

今回の出張が冬だったら、札幌からの移動は降雪にやられることが多いとわかっているので、早割を避けて往復料金でチケットを取ったろうな。

いろいろな後悔が頭をよぎる。





一瞬停電があったようだ。ツイッターで北乃カムイが何やら注意喚起をしている。雷はますます強くなる。雨脚も激しくなっていく。





「後期研修医をとっても病院の経営が上向くわけじゃないから、来年はあまり後期研修医をとりたくないんですよ」

と言い放った某病院の経営者の話を伝え聞いた。

金、金、金の話。





「そういうときにあなたが自腹を切ってがまんをしても、けっきょく事態はなにもよくならないわけで、むしろそういう善意に甘えて制度が腐敗するんだから、自腹なんか切ったらだめよ」

わけしりがおで、それでいて何も変えてこなかった老兵の言葉が耳に痛い。




早くデータのやりとりで講演が終わるようになればいいのに。

実際にその人に触れて、同じ空気を吸って、なんなら同じごはんをたべて、わきあいあいと、そんな集まりの中から学術が生まれてくる、って?

うそだよ。生まれてくるのは領収書の山ばかりだ。




仕事を旅と呼んではいけない理由を見た気がしてぼくはでかける準備をする。

病院経営の役に立っていない研修医カンファに出るために、早めに病院に着かなければいけないのだ。いろいろさぼってしまおうかなあ。




……さぼったら、木曜日、早めに大阪に着けるなあ。

そしたらきちんと大阪で仕事ができるんだ。

ぼくはいつもこうだ。

いつもこうなんだ。

2018年8月29日水曜日

病理の話(237) 何度目かとなる病理診断とはなんなのかの話

枝葉末節をとことん語るのもいいが、たまには全体をゆるやかに見ておきたいと思うものだ。

だから今日は、すごく入門的な「病理の話」をする。




病気を診断する理由とはなにか? そこからはじめよう。

あなたが具合が悪いとする。

なんだか体が重いとか、あちこちが痛いとか、熱が出ているとする。

それによってあなたが具体的に今どう困っているか、というのは極めて重要だ。

ただ、もうひとつ、とても重要なことがある。

それは、「このあとどうなるんだろうか」という予測だ。

今仮にあなたが激痛に悶えているとして、その激痛があと5秒でなくなり、その後は一度も痛くならないし、命にも別状がないし、二度と同じ症状は起こらない、となったら、あなたはきっとその激痛を放置すると思う。

しかし、あなたの激痛が、何年にもわたって続くとか、命に関わるとか、そういう「やばい未来」につながっていると、この激痛はもう「がまんできない」。




そう、人間というのは、病気を考えるときに、症状それ自体を現在進行形で「やばい」と思うだけではなくて、それが将来どうなっているのかという未来の話を含めて「やばい」と思っている。




診断というのは、今の症状が何によるのかという原因を突き止めるのが目的……ではない。それもあるんだけれどそれだけではない。

今の症状が何によるのかという原因をつきとめたあと、

「だからこの先どうなるよ」

と予測をセットで提示すること。これこそが診断である。




未来のことは誰にもわからない。

ぼくが今、心臓にナイフがささって血が出始めたとする。あーこれは数分で死ぬなと予測する。たぶん当たるだろう。

けれど数分がたつまえに、太陽が突然熱膨張して地球がまるごと飲み込まれて、10秒後にぼくは蒸発しているかもしれない。

ね、未来は誰にもわからない。




けれど未来というのは確率である程度予測ができる。

天気予報くらいにね。

またねと手を振る君、ミラーで送るぼく。

これはASKAだな。まさかASKAがこんなことになるとは予想できなかった。




話をもとに戻そう。

「診断」、というのは、病気、さらには症状が、「なぜ起こっているのか」「どこで起こっているのか」をきちんと分析し、さらに「将来どうなるか」を予測するために行う。

この予測に必要な情報は多岐に亘る。

病気の勢力。病気を敵の軍隊にたとえるならば、その兵士数。どこに布陣を張っているか。

患者の体力。病気と戦う味方の軍隊はどれだけ大軍か。きちんと防御ができているか。

そして、病気軍の「兵士の顔」や「性格」。

同じ5万人の敵軍でも、きわめて凶悪で自分の命を省みないバーサーカーみたいなタイプが5万人いるのと、瀬戸内寂聴さんみたいな人が5万人いるのとでは、おそらく戦争の結果は変わるであろう。




軍隊の勢力や分布をみるにはCTなどの画像を用いるとよい。体の中に病気がどのように分布しているのかがわかるからだ。

一方、兵士の顔をみるなら顕微鏡がよい。病気というのはつまるところ細胞ひとつひとつが何かをしている場合があり、その細胞まで見ようと思ったら顕微鏡は相当役に立つ。




だからときおり、診断の場面では、顕微鏡診断をする。これを担当するのが病理診断である。




逆にいうと、顕微鏡をみるだけが病理診断ではなくて、さまざまな手段で敵の戦力を解析することそのものが病理診断であるともいえるのだが、それはまた別の話……であり、別の話を今まで236回くらい書いてきているわけである。

2018年8月28日火曜日

おじさんの加算

阿部公彦「文学を <凝視する>」が激烈におもしろくて一気読みであった。

こんな論説みたいな本がおもしろく読めるようになる日が来るとはなあ、と思わなくもない。

でも、ぼくはそもそも中学高校のとき、国語の試験で読む文章のうち論説文が一番好きだったことを思い出した。

別にイキって言ってるわけではなくてそこにはきちんと事情がある。

論説文が好きというよりは試験で小説を読むのが嫌いだった。



国語の試験の最中に小説を読まされると、序文は省略してあるし、クライマックスまではたどりつかないし、勝手に波線や実線を引かれて色を付けられてしまっているし、ちょくちょく小問に答えなければいけないし、行きつ戻りつ、本来の流れを無視して読み込まされたりもして、とにかく、「試験のために一部分を切り取られてしまった作品」の悲しさばかりが目についた。

「一刻もはやく試験解答技術でこの場を乗り切ってすぐに内容を忘れてしまわないといけない」という強迫観念に襲われたりもした。

もしぼくが将来、この小説をあらためて読み直す日が来たら、モノクロの文章のうちこの部分だけがカラーで浮かび上がってくるようなブサイクな読書をしかねない。まったく迷惑な話だ。

ぼくは本当に、そうやって思っていた。

だから試験で読むなら論説文がいい。



しかしまあそういう「試験のための読書」が終わったあと、大学以降は、論説的なものを読む機会がなかったなあと思う。

文学部に進む人というのはこういうのを日常的に読んでいたのだろうか。

ぼくは実用書(つまりは医学書)とフィクションを読んでばかりだった。哲学書の類いにも弱い。まして文化や社会を語る論説なんて手に取ったこともなかった。

今はそれがおもしろく読める。ぼくはおじさんになったんだ。




……いや、違う。

ぼくは中高生のときから論説をかじり読みするのが好きだった。

おじさんかどうかは関係ない。

強いて言うならば、周りの人々がいう、

「それの何がおもしろいの?」

に、毅然と対応できるようになった点だけが、齢を重ねたぼくが手に入れたストロングポイントなのかもしれない。




「それの何がおもしろいの?」に答えるのは大人の仕事なのではないか。

2018年8月27日月曜日

病理の話(236) 病理医に向いているかどうか

「はたらく細胞」がおもしろいということなのだがまだ見ていない。……けれどこのブログ記事を更新するころにはもう見ているかもしれない。

出張のときにはいっぱい本を読むからね。電子書籍ならなおさらです。楽しみにしている。



ぼくの性分を書いておくと、人体に何が起こっているかを描いたものについては一通り見ておきたい。さまざまな伝え方があり、さまざまな届き方があるだろうが、それらを時間の許す限り知っておきたい。

まあでも時間も脳の許容量も無限ではない。どうしたって偏ることにはなるのだが。




世の中にさまざまな書籍があり、メディアがある。人々は、生きていくあいだに、これらのどれかを何度か見て、それぞれに体に対する知識を得る。

生理とか病理の話というのは社会や人生そのものだ。豊富で、難解で、象徴的に語ることが可能で、うわっつらだけをすくっても何か知った気になれるし、どこまで掘っていっても終わりがない。

すなわちぼくみたいに、ブログの記事タイトルに「病理の話」とつければ、もう永遠に書くことがある。ネタに困る日などない。




その上で今日は、「病理医に向いている・向いていない」とか「病理医の資質とは何か」いう話をまたむしかえす。

最新のぼくの考えを書く。いつも考えているから、記事ごとに内容は少しずつ異なっているはずだが、そこはご了承願いたい。




病理医というのは病の理を考えて運用する医者だ。「文字っつら」から判断すればそういうことだろう。

実際には、顕微鏡をみる医者でしょとか実験ばっかりしてて臨床のことを知らない医者でしょとかいろんな言われ方をしているが。結局のところ、「病の理(ことわり)」を突き詰めていくのが仕事である。

そのことわりというのは、先ほどから書いているように、そもそも少ない筋道で語り尽くせるものではない。メディアの数だけ? いや、人の数だけ思いがある。切り口がある。それらにすべて材料を提供できるほど広くかつ深い。

あなたがいまから「社会を端的に描写せよ」と言われたら困るだろう。

社会なんて複雑なものは、人がいればその数だけ物語があるからだ。多種多様なストーリーがそこには存在する。

病理もそれと一緒だ。

実は、描写の仕方が、脳の数だけ存在する。



とはいっても、病理学とか病理診断を実臨床で運用する場合には、病理医みなが好き勝手にしゃべっていては臨床医も患者も困ってしまう。

だからいちおう、決めごとがある。顕微鏡というツールが代表的だ。病理医という存在がなんとなくアイデンティファイされてくる。



その上で……。



病理医というのは常に脳をもって病の理を切り取る仕事であるが、その切り取り方は人によって千差万別。

ある理解の仕方は、今すでに病理医である人たちに、賞賛されるかもしれない。

また別の理解の仕方をすると、今すでに病理医である人たちは、「それは違う。考え方がおかしい。」と、非難するかもしれない。

しかし病理を語ることは社会を論ずることと似ているのだ。となれば、人それぞれにさまざまな切り口があること自体はもうしょうがない。

多くの人が使いやすい、利用しやすい解釈方法というのは確かにある。それに従った方が日常の臨床はうまく回るだろう。

けれども、誰も思い付かなかった新しいタイプの「語り部」が、この世のどこかで病理医をやっていたとしたら、そこには新たな学問が生まれてくるかもしれない。科学が先に進むかもしれない。




すなわち「病理医に向いている」「向いていない」というのは、ない。

それは「社会にいていい人間」「いてよくない人間」をわけるのと同じ事だ。

多様性を許容しない場合、「病理医をやっていい」とか「病理医をやってはだめだ」ということが言える。

けれども脳を用いる学問の世界には多様性が不可欠なのである。さまざまな切り口が科学という光に向かって集まっていくことこそが望ましい。




あなたが脳を使って仕事をしている限り、病理医に向いていないということはありえない。

逆にいえば、脳を使った仕事をしたくない人は、病理医としてやれることがあまりない……かもしれない。

でもそんな人はそもそもいないのではないか?

このブログを読んでいる人は少なくとも今、脳を使っているはずである。

2018年8月24日金曜日

戦い終わり朝が来る

以前に、北海道内で、夜中の高速道路を長距離運転したことが何度かある。

北海道には高速道路がいくつかあるのだが、札幌から旭川方面(うえのほう)に行くときは、旭川まではほぼ片側2車線だ。特に問題はない。

しかし、釧路方面(みぎのほう)に行くときや、函館方面(ひだりしたのほう)に行くときは、札幌を出発してだいたい1時間半くらい走ると、残りの道のりが片側1車線になってしまう。

実に怖い。

第一に狭い。

後ろから速い車がくると最悪だ。

そして、何より、夜間。これがもうマジで地獄で、何がひどいって街灯がない。真っ暗。漆黒。ぽっぽや。最後のはリズムだけでぶち込んでみたが、限界であるというニュアンスは伝えられるかもしれない。

闇の中に、自分のヘッドライトで照らされた路肩の白線と、中央分離帯代わりに雑に植えられた紅白ポール的なにかがひたすら反射して浮き上がる。そのまま黄泉の国に走っているような気分になる。

高速運転をしているのに、登山で稜線上をそうっと歩いているような恐怖にみまわれる。

ちょっと中央方向に車が寄れたら、秒もかからずオフセット衝突してサドンデスである。

ちょっと白線方向に車が寄れたら壁にこすって……。いや、こするですめばよいけれど。橋の上だとそのまま空中にダイブしそうである。そもそも暗闇すぎて今走っているところが橋の上なのかどうかもわからないわけだが、冷静にカーナビなどをチラ見すると「あっ、今、橋の上なのかよ」というのがわかって余計におびえる。




札幌を離れるにつれてラジオの受信状態が悪くなり、ぼくはFMをあきらめてカーステレオをCDに切り替えた。流れ出すスカパラ。よし、いいぞ、スカパラなら明るくなれる。これで行こう。というか、まあ、この暗闇の高速走行中にスマホ操作なんかしたらそれだけで寿命の平均値が80年くらい縮まるだろうし、CDの交換だって絶対に無理で、つまりはもうスカパラを聞くしかない状況だ。でもそうやって選択肢がなくなると、かえって欲が出るのが人間というものである。

できれば大声で歌えるCDがよかったなあ。

闇夜の孤独な運転は怖い。陽気に歌いながら運転したかったなあ。

けれど今さら遅い。このアルバムでボーカルを担当しているのは尾崎世界観や片平里奈といった、一緒に歌うのが困難なアーティストが多かった(なぜこの2名が一緒に歌えないタイプなのかは聞いてみればわかる。2名ともめちゃくちゃ好きだが、彼らの美声はぼくには出せないし、一緒に歌って”汚す”のもいやだった)。

次のサービスエリアでCDを入れ替えよう。

そう決意するも、暗闇はドラゴンボールに出てきた蛇の道のようにどこまでも伸び、次のサービスエリアがいつくるのかも茫としてわからなかった。

ためしにもう一度ラジオに切り替えたら、今度は完全な無音がおとずれた。というかエンジン音やらタイヤの音やらが聞こえていたはずだが、今思い出してもぼくはそのとき無音の中にいた。


ぼくは対面走行の中央を雑に分離しているポールに自分がぶつかっていく想像をした。夜もとっぷりと更け、対向車もほとんどないから、実際はポールにちょっとぶつかったところで死ぬことはないだろう……なんて考えるのはあの暗闇を経験していない人間の発想だ。

肩がガチガチである。




そんなとき、ある本の著者が、ぼくの耳の奥で何かを言った。

「水曜どうでしょう」の嬉野Dであった。



ぼくは当然うれしー(あだ名)に会ったことはないのだが、彼の声は番組で聞いて知っている。彼の書いた本(「ひらあやまり」か、「ぬかよろこび」のどっちかだと思う)を少し前に読んでいて、聞こえてくるのはその本の内容だった。



「むかしね、自動車の免許をとりにいったわけ。すると教習所のおっさんがこういうことを言ったんだ。

人間はみているものに引っ張られる。自然とひっぱられる。

カーブするときには、カーブの先のほうを見ると、そっちにハンドルがひっぱられていく。

気を付けろ。無意識に、見ているほうに、ハンドルは切れていくから」




うれしーがなぜその話を本に書いたのか、という理由をそのときのぼくは思い出せなかった。うれしーは過去の一見関係ないエピソードをうまく練り上げながら最終的に自分の哲学を語る達人なのだけれど、話が結論にたどり着く前がとても長い。だから、「うれしーの何が言いたいかは忘れたが、単発のエピソードだけが記憶に残る」ということが起こる。

ぼくは、うれしーの語る声にあわせて、ゴーゴーうるさい無音の中で小さくつぶやいた。

「センターラインを見ていると、ひっぱられる」

ぼくはいつしか、ヘッドライトに照らされて闇夜にうねりながら伸びていく、路肩の白線を見た。センターにひっぱられるくらいなら、サイドに少し寄るくらいのほうがまだ安心だからだ。

白線をどこまでもおいかけた。うねうねとおいかけていった。




子どもの頃、父親の運転する車に乗って、道南にある母親の実家に移動する際、ひまをもてあましたぼくは弟といっしょに後部座席に互い違いにねころんで、窓を下から見上げた。窓枠の向こうに白く切り取られた曇り空を背景として、電線が3本くらい走っていた。車がするする滑るのにあわせて、電線は上下に波打ちながら、ずっと走り続けた。ぼくはその電線のうねりを飽きずに何時間も眺めていた。カーステレオではぼくら子どもの退屈対策にと「アンドロメロスのエンディング曲」とか「ギャバンのオープニング曲」が入ったテープがかすれた音をずっと鳴らしていた。

かえってこいよ アンドロメロス かえってこいよ なぞのゆうしゃ




翌日ぼくは、特に用もなかったが実家に電話をして近況報告などをし、父親の運転の思い出などをいくつか聞いたりした。洞爺湖に行った記憶はあったが今金に行った記憶はおぼろげだった。今度写真を見せてくれるそうだ。





あれからしばらく経つのだがぼくの耳には未だにアンドロメロスの歌が途切れ途切れに聞こえることがある。もう夜中の高速道路には絶対に乗らない、あれは時空をゆがめる装置かなにかである。ぼくは複数の思い出に取り囲まれてタコ殴りにあったのだ。かえってこいよ かえってこいよ とはやし立てられながら。

2018年8月23日木曜日

病理の話(235) やり方を変えずに解像度だけ上げてもうまくいかない

解像度が上がれば上がるほど真実に近づける、というのは、たぶん正しい。

ただ、

解像度が上がれば上がるほど役に立つ、とは限らない。




1990年代初頭くらいのCTと、それから30年弱が経過した今のCTでは、ほんとうに、まるでモノの見え方が違う。超音波検査なども同様だ。機械が進歩しただけ、画像は実際の臓器のありようを正しく反映する。

肺野(肺の中身)とか、肝実質(肝臓の中身)とか、虫垂炎(モウチョウ)とか、膵炎とか、何を比べても、今のほうが圧倒的によく見える。診断の能力は右肩上がりだ。絶対に今のほうが鋭い診断ができる。

そう、CTや超音波は、「よく見えれば見えるほど、診断能が上がる(役に立つ)」。

けれどこれらは、あくまで「マクロ」レベルでの話だ。

実は「ミクロ」というのは、よく見れば見るほど有用であるという類いのものではない。





胃や大腸にがんができた際に、粘膜の部分だけをこそげとってくるような治療法がある。

ショートケーキの上にごみがついたとき、ケーキごと捨ててしまうのではなく、ごみのついたクリームの部分だけをスプーンかなにかですくってしまえば残りは食べられるじゃん、みたいなイメージ。

このような「こそげとり治療」で病変をとってきたとき、それを何気なく目で見て、

「あーがんがとれたなぁー。一件落着。」と片付けてしまってはならない。

必ず顕微鏡でミクロ観察をする。

肉眼ではわからない変化を顕微鏡で見つけ出すことで、将来そのがんが「こそげとった部分より広く転移して再発する」可能性をある程度予測することができるからだ。




例え話をする。アリの巣を上から見ても、穴の空いている部分しか観察できない。だから小学校でアリの巣を観察する授業をやるときには、水槽に土を詰めて水槽の中でアリの巣を作らせ、「横から断面をみる」という観察法をとる。

がんを見るときも、あれと似たようなことをする。

平べったい粘膜検体をただ真上から見るのではなく、「横から断面をみる」。

そうすることで、「どれだけ深くしみ込んでいるか」がよくわかる。




まず、こそげとってきた粘膜を、短冊切りの容量で、2 mmの幅に細かく切る。

そして、2 mmの短冊のすべてについて、割面(切り口の面)を顕微鏡標本にして観察する。

たかだか直径1.5 cm程度の「粘膜こそげとり検体」であっても、短冊は7枚くらいになる。

これをじっくり顕微鏡でみることで、

「数十ミクロンくらいのリンパ管の中に、がん細胞が侵入して、これから転移しようとしているところ」

なども観察可能となる。

より細かく「真実」があきらかになるわけだ……。




そしてここからが重要だ。

実は、ミクロの所見というのは文字通り「些細すぎる」。

目で見てはっきりわかるほどの変化と比べ、ミクロの変化は、「ある所見Aがあると、絶対にがんは転移する」とは言い切れない。

せいぜい、「ある所見Aがあると、10%の確率で、がんがリンパ節に転移する」くらいのことしかいえない。

変化が小さいあまり、確率でしかその有用性を検証することができない。

極論するならば、顕微鏡であまりに細かく観察して見いだした「真実」は、人間の一生からするとほとんど意味がない、ということが十分にあり得るのだ。




確率で診断を行う局面では、「真実」と「実用」とは必ずしも一対一対応をしない。

(難しい内容なので太字にしておきます)




2 mm幅という細かい単位で病変をすべて観察して、そこに「リンパ管侵襲」という像が1カ所見つかったとすると、ある臓器においては、がんがすでにリンパ節に転移している確率が10%だと予測できる、というデータがある。

「リンパ管侵襲」という些細な真実は、「転移確率10%」という統計データと結びつけることで、はじめて役立てられる。



ここで、技術が進んで、短冊をもっと細かく観察できるようになったとしよう。

検体を2 mmではなく、1 mmの幅ですべて切る。

すると、観察できる面の数がだいたい2倍に増える。

2倍の量を観察して、そこにリンパ管侵襲像が1カ所みつかったき、がんがすでにリンパ節転移を起こしている可能性は……?



実は、この確率を求めることが極めて難しい。少なくとも5%ではない。

観察の手法を変えて得られた真実を統計と結びつけようと思ったら、統計学的検索はすべていちからやり直さなければいけない。

今まで積み重ねてきた統計学をいったん捨て、「1 mm幅で短冊を作って検討した結果」を新たに何百例、何千例と持ち寄り、新しく統計解析をする。

このとき、「1 mmで観察したほうがよりリンパ節転移を高確率に予測できる」ならば、ミクロの観察もマクロと同様に、解像度がよければよいほど診断能が高いということができるのだが……。

実際には、どうも、違うらしい。

1 mmという細かさで些細な所見を集めすぎてしまうと、「些細すぎて人生においてはほとんど意味をもたないような所見」を拾ってしまい、統計学的なデータの切れ味がむしろ落ちてしまうというのだ。



難解な話だがあえて例え話にしよう。

渋谷の雑踏で、むき身の包丁をもって歩いている人を見つけたら高確率でやばいやつだ。

そいつは近々なにか犯罪を起こすかもしれない。

誰かがこのことに気づいたとする。街角にカメラをしかけてそういうアヤシイ奴を発見しようと計画する。

このとき、渋谷の街角だけではなく、全国津々浦々にことごとくカメラを配置したら犯罪予測能はあがるだろうか?

きっと、そう簡単ではない。

たとえば漁協の入り口前を包丁をもってうろついているおじさんはきっとこれから市場で魚をさばくだろう。

イオンの包丁売り場で実演販売をしているだけの人も見つかってしまうかもしれない。

「真実を見つければ見つけるほど人間の役に立つデータが出てくる」わけではないということだ。




以上の話には、まだまだ複雑な側面がいくつも絡んでいて、今日書いた内容だけではすべてを説明できないが、とりあえず現段階でいえることは2つ。

「マクロの解像度はどこまでも上げたいが、ミクロの解像度は上げれば良いというものではない」

と、

「ミクロの所見は真実を見いだそうと思って探すのではなくて、統計学的な処理を加えないと、少なくとも人々の暮らしに実用するデータにはならない」

だ。




ここに気づかずに病理診断をしたり、病理診断を利用しようとしたりする人は本当に多い。個人の感想に過ぎないが、たぶん、医師免許を持っている人の4割くらいは、上記のことをあまりよく考えていない(低めに見積もった値です)。

これもまた、「些細なこと」というのは見逃してもそれほど大きな損害を生まないということだ。病理の話は常に入れ子構造になっている。

2018年8月22日水曜日

病理学療法士

全速前進の毎日というわけじゃない。やっぱりなんか仕事めんどくせぇなと思う日はある。それもけっこうな頻度でやってくる。

ただぼくの場合は、こういう日に「そうだ、仕事休もう。」と休んだところで、何をしてもめんどくさかったりするのだ。飯を食いに行くのもめんどう。本を読むのもめんどう。映画をみるのもめんどう。睡眠をとることすらおっくうになってしまう。

そういうことを何度か経験していくうちに、不思議なことに……いや、不思議ではないな、当たり前のように……

「仕事がめんどくさいなと今感じたけど、違う、これは人生がめんどくさい日の感覚だ。」

と感じるようになった。

どうせ何をしていてもめんどうなのだから、とりあえずは仕事をする。

注意点は、「ミスをしないように丁寧に」。「ゆっくりでいいから確実に」。

めんどうな日というのはとにかくヒヤリハットが多い。




そうして丁寧に、確実に、めんどうなものをひとつずつ取り除いていくうちに、生命活動全般に対するめんどうくささのフィルターみたいなものが、1カ所だけポコッと外れて、そこから光が差し込む。




外れた部分から外をのぞくと、たいていの場合、「よく冷えたビールあります」的なことが書いてある。

こうしてぼくはビールを飲んで楽しくなるという極めてめんどうくさい、人間らしい行動を少しずつ取り戻していくのだ。そう、仕事を丁寧にすることによって。

ぼくは仕事でリハビリをすることがあるというお話。

2018年8月21日火曜日

病理の話(234) WHO分類という世界標準

「がん」には、世界に通用する分類、というのがある。

かの有名なWHOがとりしきっているので「WHO分類」という。まんまだ。

病理医、さらにはすべての医者は、がんをこのWHO分類に準拠して見分け、治療を選択する……。



のだが、実は、WHO分類は日本人にとって必ずしも万能ではない。

世界のほかの国々に比べると日本人は胃がんが多かった。今は少しずつ減り始めているけれどそれでもまだ多い。

これは日本人、さらには極東アジアにおいて、「東アジア型ピロリ菌」というものが分布しており、人々に多く感染していたからだ。

おなじピロリ菌でも、パキスタンのピロリ菌は胃がんに関与していないと思われる。

つまり「がん」の原因には地域差があるのだ。だから、世界のどこでも同じ分類を使っていると、いろいろ不都合が生じてくる。



WHO分類だけで診療を終えられない理由はほかにもある。

人種によって人々の権利を差別することは「やっちゃいけないこと」なのだが、人種ごとに疾病にかかる割合や治療に対する反応が異なることを区別することは「やらなければいけないこと」だ。

同じ病気であっても、人種が違うと、かかる頻度も違うし、ときにはその生物学的態度(どれくらいのスピードで悪くなるか)も変わってくる。

海外で認可された抗がん剤を日本人にすぐ使うことができないのも、海外で有効だったからといって日本人に有効であるとは言い切れないからだ。



ということで、日本には「日本人のために編集された分類」というのが存在する。がんにおいては「がん取扱い規約」というのがこれだ。

取扱い規約は日本語で書かれており、比較的よみやすい。だから日常診療ではこちらをひたすら読み込み、WHO分類は見もしない医療者、というのも山ほどいる。




肝要なのは「すべてを知った上で使い分ける」ということだ。

「WHO分類は日本人にあわせて作られていないから取扱い規約だけでいいよ」みたいなことを言い出す病理医は信用できない。

同様に、「取扱い規約なんて日本ローカルの仕様なんだから見る意味ない、WHO分類さえ守っていればいいんだ」と言い切ってしまう病理医もちょっと問題がある。

世にある多くの分類にはそれぞれに言い分があり、メリット・デメリットがあるので、それらを一通り知った上で使い分けることこそが重要となる。




……以上のことは、がんの分類に限らず、ほんとうにさまざまなことにあてはまる。

AとBとを比べて、「Aがあれば十分だよ、Bなんていらないよ」と言い切るためにはものすごい量の努力と知性が必要なのだが、果たして、私たちは普段、そこまで考えてAとBとを見比べているだろうか?

「見なくてもわかるよ」をふりかざしてはいないだろうか?

2018年8月20日月曜日

六本木

投資などに造詣の深い人から

「稼いだ金をつぎ込んでさらに増やすのが楽しいし、そうしないといつまで経っても勤め人の給料のままだよ」

といわれたときに、

「得た知恵をつぎ込んでさらに増やすのが楽しいのに、そうしないといつまで経っても学歴程度の知恵のままだもんね」

と答えたのだが、それは違うと笑われてしまった。

違わないと思う。

違わないとは思うんだけど、人それぞれさまざまに違うよね、ということも同時に考えている。






ついこないだまで、ぼくは、自分が「変わってるね」といわれることに対してちょっとした恐怖感があった。

たとえば世の中に広く受け入れられているタレントとかテレビ番組を、自分がつまらないと感じたときに、「ここで楽しめないのは自分が変わっているせいだとしたら、申し訳ないし、もったいないなあ」と反省してしまう自分がいた。

ぼくが「変わっている人間」でなければ、みんなとおなじような場面でみんなと同じように楽しめたのかもしれない。

ぼくに「変わってるね」という人は、遠回しに、「そんなに変わってたら俺たちと同じようには楽しめないよ」と忠告しているのではないか。

実際、ぼくは周りと自分とが同調したらもっと幸せになれたタイミングはあったよな、ということをしばしば思う。




ツイッターではときに、同調圧力ということばが流行ったり、「みんな違ってみんないい」みたいな前提を確認し合ったりする流れが生まれる。

確かに、なんでもかんでも同調しろというのはマスの暴力だ。「変わってて何が悪いんだよ」となぐさめてくれる人もいた。




けれどもぼくはどちらかというと、同調というよりは調律のニュアンスについて話しているのだった。

ルールとか作法をある程度そろえておかないと、人間社会では最低限のコミュニケーションすら保てない。

人が楽しそうにしているシーンで自分もそれに乗っかれるような、少なくとも人の楽しみを(共感はしないまでも)理解できる状態であろうとすることは、きっとピアノやギターの音をそろえるくらいの意味である。

なんでもかんでも好みまで一緒にせよと言っているわけじゃない。

ドレミがきちんと揃っている先に多様な音楽が奏でられていく。調律の先で価値を分けていけばよいのだ。コードすら揃わない状態で「自由な音楽」と言っても、聞き手は本能的な違和感にじゃまされてすなおに音を楽しめないだろう。





と、いう話をしたら、

「ギロの調律なんてしないだろ。お前がピアノであると誰が決めたんだ」

と言われた。

これはなぐさめられているのだろうな。






蛇足だがギロにも調律はあるらしい。調律というか「ドラムの皮をきちんと貼るみたいな」話のようだが……。遠回しにギロっぽいといわれたあとにいろいろ調べた。調べれば調べるほどよくわからず、かつ、そこまで深淵でもない、という、不思議な世界がギロの周囲には広がっていた。

2018年8月17日金曜日

病理の話(233) モグラの職業病

一日中パソコンをばかすか叩いていたある日、職業病が発生した。頚椎症である。もうだいぶ前のことだけれど。

デスクトップPCに正対して診断を入力しているときはそれほどつらくない。

顕微鏡をみるときに少しだけ前屈みになっているとだんだんあちこちがしびれてくる。

何より、私物のノートPCに向き直って、PCに覆い被さるような姿勢でツイッt……論文を書いているとてきめんに効く。左手がじんじんしはじめるのである。

3通りの姿勢でひたすら脳と目と指とを酷使している。そりゃ頸椎に負担もかかるだろう。




これを機会にと、さまざまな病理専門医に「職業病に関する聞き取り」を行った。

病理医は患者に会わずに、ひたすら顕微鏡を見続ける仕事であるので(ぼくは実は顕微鏡を見ている時間はさほど長くないんだけれど)、やはり目のトラブルは多い。

そのため、歴代、「目を守るための極意」みたいなものを伝え聞く。

一番よく言われるのは、

 「顕微鏡の光量を落とせ」

である。今瞬間的に、「校了を落とせ」と変換されて発狂するかと思った。



顕微鏡をはじめて見た学生、あるいは子どもというのは、ほぼ例外なく、明かりをかなり強くして視野を観察する。

なんだろうな、望遠鏡だと向こうがぼうっと暗く映ることがストレスでもあり楽しみでもあるわけだが、顕微鏡だとやはり、ミクロの世界をまばゆく観察したいという本能みたいなものに心を動かされるのかな。

「集合顕微鏡」という、複数人で同時に顕微鏡をみることができる顕微鏡(光路が途中で枝分かれして、複数の箇所に接眼レンズがついているのである)をのぞくとき、研修医にプレパラートを操作させると、まず間違いなく視野が「明るい」。

だからすかさず指摘する。「あんたの光量まぶしすぎるよ モグラはまぶしいの苦手だ」。

踊る大捜査線のパロディなのだが、わかってくれる人はいない。




そして、目を保護したら、次は姿勢だ。

椅子にクッションを入れたり、逆に顕微鏡の高さを変えたりすることで、姿勢がくずれないようにする。地味だがこれはとても効く。

脳をふっとうさせながら診断をしていると、自分の脊椎にかかった負荷に全く思いが及ばなくなるので、何時間も顕微鏡をみたあとにふっと息を抜いたらあちこちがバキバキに凝っている、なんてこともある(繰り返すがぼくは近頃はこんなに顕微鏡を見ないんだけれど)。

だから姿勢はほんとに、繊細に調整しておいた方がいい。おじさんとの約束だ。モグラは前傾姿勢も苦手だ。




最後にノートPC。

病理医にとって私物のノートPCほど重要なものはない。

ツイッ……論文検索をせずに仕事が終わることなどない。Vade mecumという強力サイトを知らない病理医は人生をソンしている。

ところがノートPCというのはそもそも姿勢によくないのだ。だってモニタとキーボードが近接してるだろう? どうしたって熱中してると覗き込まざるを得ない。「指先から電脳世界に炎を注入」とかやってるともうだめだ。

だからぼくは外付けキーボードを導入してモニタとキーボードを無理矢理ひきはなすことにした。それなら最初からデスクトップにすればよいのでは、という指摘もあろうが無視していく。ノートを使わなければいけないタイミングというのがあるのだ。まあもう一台買えばいいんだけど。実際ぼくノート2台もってるし。



そしてついでに重要なのがイヤホンである。ぼくは仕事中ずっとイヤホンを耳につっこんでいるのだけれど、これが有線だとほんとに移動が制限されてムダに疲れる。Bluetoothのワイヤレスイヤホンがおすすめだ。そうすれば仕事中いくら体をひねろうとも、なんなら書類とかプレパラートをとりにいこうとも音楽を聴き続けられるぞ!




……ふまじめだと思われそうなので釈明をしたいがモグラは釈明が苦手だ。

2018年8月16日木曜日

エントロピー逆流的執筆

猛然と原稿を書いて迷惑をかけている。全12章、書きおろし。

4月くらいから書き始めた原稿だ。

実は、3週間くらいで書き終わるつもりでいた。ぼくが普段から書いている文章のスピード的には3週間もあれば十分書けるはずだった。

けれども、ぜんぜん書き進められなかった。

予定の3か月を終えて、3章目の途中までしか書きあがらなかった。とにかくぼくの筆がまったくのらなかった。



迷っていた。

この本を世に出す意義が文章に乗らなかった。

書いても書いても進まない。

前に進んでもすぐ全部消してしまっていた。




夏季休暇を終えて、8月第1週。

当初の締め切りは7月いっぱいだった。

締め切りをすぎた。はじめての経験だ。




さすがに反省をした。第3章の文章と向きあい、「なぜこの本を出したいのか」「この本で世の中に何を伝えたいのか」をいったんなしにした。

「ぼくはここに何が書けるのか」だけを追いかけて文章を書き始めた。




するとすごい勢いで「4章」が書けた。1~3章を少し手直ししてまとめて編集者に送った。

そのままアイディアが出てきて止まらなくなった。

5章、6章、7章、8章、9章。

ここまでを2日で書いた。仕事の合間に。寝る間を惜しまずに。

1つの章がだいたい8000字から10000字である。





「なぜこの本を出したいのか」「この本で世の中に何を伝えたいのか」は茫漠として見えなくなった。

ただ、「ぼくは何が書けるのか」だけを考えたところ、書ける内容を次々と投入した文章があっというまに多層化して本を作り上げてしまった。



今、10章を書き始めた。30分ほどで半分書きあがったところだ。

さすがに少し息を入れて読み直す。




とはいってももう締め切りは過ぎているのだ。

すでに編集部には大きな迷惑をかけている。

書きおろしの単行本だから許されるとかいう問題ではない。

反省しながら原稿に戻る。




明日には12章まで出来上がることだろう。

この本をぼくは自信もって世の中に投入することができるのだろうか。

少なくとも等身大ではある。やれることのかたまりではあるのだ。




けれどもそれではプロの仕事にはならないのではないかなあ。

やれることを飛び越えなければ、人様からお金をとることはできないのではないかなあ。





ぼくがぼくに問いかける。ぼくは苦笑いして、すぐまじめな顔に戻り、謝る。





すみませんがそういう本です。来年の春には出ます。通称「ヤムリエ」といいます。まだいろいろ秘密です。

2018年8月15日水曜日

病理の話(232) Y染色体とは拡張パッチである

人間はレゴブロックでできていて、まあレゴブロックと言い切ってしまうといろいろ語弊があるので、そこは正確に言い直すと、タンパク質でできているのである。

レゴブロックと同じように、タンパク質にもいくつかの種類がある。そのいくつかのタンパク質を組み合わせて、人間という途方もない大きな建築を作り上げる。

眼球と足の皮と肝臓がぜんぶレゴからできていると言われてもいやいやそれはないわ、と即座に笑い飛ばせるけれど、ぜんぶタンパク質からできている。もうそういうものなのだ。すみません。

で、さまざまなタンパク質を合成して、適材適所に配置して、正しく組み上げるためのプログラムがDNAだ。

そのプログラムは細胞の中にきちんとしまわれている。

「染色体」というものの中にしまわれている。

だから染色体は「プログラムの書かれた本」だと思えばよい。




染色体は人間の細胞の中には46冊(?)入っている。

ただ実はこの46冊、同じモノが2つずつ組みになっている。

すなわち実際には23種類だ。

同じモノが2つずつ組みになっている理由はあれだ、オタクといっしょだ。観賞用と保存用みたいなものである。

布教用はない。




で、23組の染色体のうち、Xと名付けられた23番目の本が、「組になっていないことがある」。




ふつうにXが2つ含まれている(組になっている)場合は、「XX」。

これが微妙に違っていてペアになっておらず、「XY」となっているときがある。




「XX」のときには、いっぽうのXは観賞用、もう1つは保存用ということで、片方はだいじに取っておかれており(不活化されており)、もう片方のXが体の中で発動する。

ところが、「XY」のときには、XとともにYというプログラムも発動するのだ。

ちょっと余計なプログラムが機能するタイプの人間というのが世の中にはいるのである。




このYというプログラムはかなりマニアックなことをする。

本来であれば卵巣とか子宮、膣の一部になったはずの、臓器の「もと」を、小さく滅ぼしてしまう。

かわりに、精巣の「もと」をうみだす。

大陰唇をひろげて陰嚢の皮にしてしまう。

陰核をのばして陰茎にしてしまう。




つまり「Y」というのは、女性という「人間の基本形」をもとに、男性という「アレンジバージョン」を作り出すためのプログラムなのだ。

基本形が女性だから、男性にも乳首が残っている。機能は持たない。

なぜ基本形が女性なのかというと、それはよくわからない。ヒト以外の動物ではたしか男性が基本形の種族もいたはずだ。

一説に、「母親から生まれてくるんだから、初期は母親の女性ホルモンの影響をうけてもあまり問題がないように、女性として作っておく」という話を読んだことがあるが、ほんとうかどうかは知らない。なんだかうそっぽいなあという気もする。



というわけで、Y染色体というのは拡張パッチみたいなものだ。

拡張だからいいだろう、と考えるのは早計。X染色体の「保存用」を失うというリスクも抱えている。

Yという染色体は、拡張パッチに例えるだけあって、ほかの23組の染色体と比べても相当小さいほうである。体内で最小の21番染色体とだいたい同じくらいの大きさしかない。(ここ訂正しました。ご指摘ありがとうございます)

その程度の差でぐだぐだいっているみみっちい人間にはなりたくないが、そういう細やかな差に気づいてやさしくフォローできる程度のおおらかな人間になりたいとも思う。

一行の中で正反対のことをいっているって? 日本語は難しいな。

細胞一個の中で正反対の機能をうまく維持している生命には勝てない。


2018年8月14日火曜日

脳以外が旅をする

夏休みが終わった日にこれを書いているので、アップロードされるのはもうとっくに休みムードが通り過ぎた普通の朝だ。まあそうだろうと思う。そうなんじゃないかな。まちょっとも覚悟はしていない。


休み明け、たまっていたメールの返事をするのに時間がかかった。朝から100通以上のメールを書いて疲れ果てた。ぼくあてのメールだけは、休みだからといってほかのスタッフに振り分けるわけにはいかない。これはもうしょうがない。休みの間にメールチェックをまったくしないぼくが悪い。でも休みなんだから、メールなんか見ないぼくは正しい。


これでようやく日常業務に戻れるなあとひとごこちついたところだ。脳のスイッチを完全に業務モードに切り替える前に、「総合医局」の中にある自分のデスクに向かう。1日に1度、届いている郵便をチェックするためだけに、ぼくは医局のデスクを目指すのだ。



総合医局というのは医者以外の人間にはなんのこっちゃよくわからない単語だろう。だから説明をしよう。

医局とは複数の意味を含んだことばで、一般的には「医者が所属しているマフィア組織の名前」みたいなニュアンスで使われる。一例をあげると、「医局人事」といえば「組の差し金」とほとんど同じニュアンスだ。

でも、医局にはそういう重すぎる意味だけではなくてもっとライトな意味もある。

たとえばうちの病院で「医局」というと、これははっきりいって単なる「医師の休憩スペース」くらいの意味しかもたない。



都内に古くからある大学や病院などでは、診療科ごとに「医局」と呼ばれる休憩所・兼・パーソナルスペースが用意されている。消化器内科の医局は4階の奥、外科の医局は6階の隅、といった感じだそうだ。医師たちは病棟での診療業務が終わると、医局のデスクでカップラーメンをすすったり、パソコンを開いて論文を検索したり教科書を読んだりジャンプを読んだりしている。

ぼくの働く病院では、120名の勤務医すべてのデスクが1つの大部屋に集まっている。これを「総合医局」と呼ぶ。最近の病院ではこの総合医局制度が増えてきたように思う。簡単なパーテーションで区切られたデスクスペースのほかに、テレビが置かれたソファスペースもあるから、臨床医どうしが休憩時間に顔をあわせて診療の相談をすることも容易だ。ぼくは医局が科ごとに分けられているタテワリ的やり方よりも、総合医局制度のほうがどちらかというと好きである。

なお研修医だけは総合医局とは別の部屋にデスクがある。その方が彼らも休憩できるし、勉強も捗る。なにより上司の目から離れられるのが好評なのだろう。

ということで医局というのは憩いのスペースでもあり、かつ、勤勉な医師にとっては論文を書いたり読んだりする大事なワークスペースでもあるのだが、ぼくのような病理診断医は元から顕微鏡のある病理検査室内に自分専用のデスクを1個もっているので、総合医局にわざわざ移動してPC作業をする必要がない。ということで、総合医局はもっぱら「郵便物が届く先」ということになっているのである。




デスクにはこんもりと郵便が届いていた。校正刷りの入った封筒を空けてその場でボールペンを入れてすぐに送り返す。注文していた教科書や私物の本が3冊届いている。それとは別に、定期購読している雑誌、学会機関誌のたぐい。タバコを吸わないぼくの元に、名前も知らないフォロワー(らしき人)から「禁煙することをおすすめします」と大量の資料が届けられていた。2秒で捨てる。縦に裂いてやろうかと思ったが総合医局では大きな音は周囲の迷惑となる。そっと古紙回収ボックスに投げ入れた。マンションを買わないかという勧誘が2通。すぐに縦に裂いて捨てた。たいして大きな音もしなかった。




これで全部かと思ったのは厚みのせいだ。最後に1枚、薄い絵はがきが残っていた。

フェルメールの見慣れた絵だ。

裏には達者な筆致で簡単に感謝のことばが綴られていた。

先日、札幌で開催した講演会にお呼びした、千葉の先生からの絵はがきだった。

……メールでもお返事をくださったのに。わざわざ、絵はがきまでくださったのかあ。







たまっていたメールがすべて紙の手紙だったらぼくはたぶん今の仕事量を保てない。

けれども、この時間にくさびのように打ち込まれた絵はがき1枚が、手首の痛みをだいぶやわらげてくれたようにも思えた。

微粒子にまで割きたいような邪魔な紙の中にラピスラズリが映える。

そういえばかつて一緒に仕事をした編集者は、ときおり、送ってくる掲載誌の入った封筒内に、必ず小さな手紙を1通しのばせていて、ぼくはその一手間を毎回尊敬していたなあと思い出したりした。

手紙の何がすごいかあなたはご存じか。

いろいろな答えがあるだろうがぼくもひとつ答えをもっている。

手紙というのは、送信メールと違って、送った自分はあとから見直すことができない。

ぼくはこの乱暴な通信システムはほんとうにいろいろな齟齬とかギクリとかあれやこれやとかよしなしごとを生んできたよなあと思っている。

2018年8月13日月曜日

病理の話(231) 病理解剖不要論

ぼくは病理解剖という手技に対して強いプライドがある。

病院の中にいるあらゆる職種のひとびとのうち、ぼくたち(病理医)ほど質の高い病理解剖をできる人間はいない……というか、そもそも、まともに解剖をできる臨床医というのは数人しかいない。

お作法もある。順序もある。学術もある。手技もそうだ。

だからぼくはこの「病理解剖」という、オリジナルスキルに対して誇りを持っている。



けれどぼくはだからこそ、病理解剖なんて今後すべてなくなってしまえばいいと思っている。






病理解剖をやらなければ見つからなかった所見がある。それはほんとうだ。

病理解剖のおかげで今の医学は進歩した。まったくその通りだ。

病理解剖ができないといろいろ支障を来す。完全に同意する。

これからの医療にも病理解剖は不可欠だ。それもまあそうだと思う。

それでも、ぼくは、病理解剖を学ぶ時間をかけて病理診断医が放射線医学を学び、画像診断学を極めにかかったほうが「より大きく役に立つ」のではないか、という思いを捨てきれない。





病理解剖というのは日本刀だ。

日本刀がなければ日本の文化は築けなかった。

日本刀のおかげで日本の戦争は成り立ってきた。

日本刀が扱えなければ白兵戦における有利がひとつ失われる。

これからの戦争にも日本刀は不可欠だ……。

いや、そんなことはないと思う。




確かに、今後、日本がまた戦争に巻き込まれるかもしれない。本土での白兵戦が行われるかもしれない。ごく限定的な状況で、重火器よりも日本刀を用いた近接戦闘のほうが役に立つかもしれない。日本刀を扱う技術を兵士が持ち合わせなかったために命を落とすことになるかもしれない……。

けれどもそれよりはるかに、日本刀を捨てて代わりの技術を手に入れた方が戦争は有利だろう。





詳細は絶対に書かないけれど、ぼくはこの数年においても、病理解剖をやらなければ真実までたどり着けなかった症例というのを経験している。それも複数だ。

ぼくを除いたすべての臨床医たちが、臨床画像や検査データ、生前の情報を持ち寄っても、死因の推定ができなかった症例において、ぼくの病理解剖によって「真実に一番肉薄していると思われる仮説」が導かれた。

ぼくが病理解剖をしていなかったら、たぶん、それらの症例においては、真実は推定しえなかった。

……ほら、病理解剖があってよかったじゃないか。

それはそのとおり。

全国の病理医も、似たような経験をもっているはずである。

だから「病理解剖絶対論」がいまでもこれだけ存在する。




けれども、ぼくが病理解剖の代わりに、画像診断に対する深い造詣を有したままに病理診断をしていたら、今まで「未解決」のままに残している症例のいくつかを「解明」することができたかもしれない。

「病理解剖があったから+10点だ。病理解剖がなければその10点がなかったんだぞ。」

という人があまりにいっぱいいるのだが、

「いや、病理解剖にあてた時間を別の専門性に振り分けていれば、別の分野で+12点くらい稼げたかもしれないじゃないか。」

とぼくは思ってしまうのである。

ぼくが病理解剖を習得するために、ぼくや施設、あるいは病理学会が投じた時間、資材、金銭は、決して少ないものではない。

それをもっと別の技術に降り注いでいたら、病理解剖で救えなかった人を救えた可能性がある。






ぼくは自分の病理解剖という技術にプライドがある。

そして、これから病理医になろうとする人たちには、ぼくを含めた先達の「プライド」をあまり傷つけないでほしいなあとすら思う。老害でもうしわけない。

その上でこっそり思っている。

若者たちは、病理解剖については、「先達たちを超えようとする必要はない」。

病理解剖に向けるはずの、向けなければいけないとされる学究心を、画像診断、統計学の勉強、さらにはプログラミングにふりわけてほしい。

これからの時代に即した、最新の「ヤマイの理」を求めていくならば、それ相応の最新武器を手にしてほしい。





ぼくらはいつまでも日本刀の美しさによりかかっていてはいけない。

卑下することはない。軽く扱わなくていい。だいじに展示しておけばよい。深い洞察力をもって、過去の歴史に思いを馳せるツールにすればいい。

博物館で知性を深める人もいるだろう。

日本刀は、これからの人たちには、見て愛でてもらえばよいのだ。振り回す時代ではないとぼくは思う。





たぶん今日の記事はすごい怒られる。

けれどぼくはその怒る人よりも、少なくとも、太刀さばきはうまいのだ。……剣道部だし……。

2018年8月10日金曜日

人の夢で語るな

まあ何度か書いてきたことなのだがはっきりさせておきたいので念を押しておく。

ぼくは時事問題にからめて病理の話をするつもりはない。




病理すなわち病の理だ。

つまり、誰かが病に倒れれば、そこにはなにかしらの理がある。

語ろうと思えば語れる。

けれどぼくはその誰かをダシにして病理を語ろうとする姿勢に抵抗がある。




著名な人が病に倒れると、その病に対する国民の関心は上がる。

病名が気になるし、予防法などについても話題になる。

そのこと自体は悪いことではないと思う。けれどぼくにはできないのだ。

なんというか、「今まさに苦しんでいる人がいる横で、自分は助かろう、みたいな会話をするデリカシーのなさ」が耐えられない。



いいかっこしいだな、とか言われるかもしれないが……。

このブログでも、そのとき旬な病気の話題、みたいなのをとりあげたことはないはずだ。たぶん。




今のぼくは、病を語る上でのルールみたいなものはあっていいと思っている。

人に強制するものではないが……。

病をネタにしない。

(学生が暗記のために用いる語呂合わせくらいは許容したいけれど。)

有名な人の病気をダシに語らない。

科学を逸脱しない。

このあたりは守っていきたい。





あと、もうひとつ……。

医療者をめざす若者の前で、「先達の顔」をして広報活動をするのは極めてカッコ悪い、という感覚もある。

けど、これについては、うーん。

あんまりみんなに共感してもらえない。

子供の夢を聞いた大人は黙ってにこにこして、余計なことをいわず、ひそかに環境をサポートすればいいと思うんだけど。





人の夢を語るのはいいけど、

人の夢で語るのはやめようよ、ということ。

少し潔癖すぎるかなあ。

2018年8月9日木曜日

病理の話(230) 病理医の周りに流れる時間のこと

「日中、顕微鏡を見ないで、教科書の原稿書いたり論文書いたりしてるんだって?」

と少し強めに責められた。

ぼくはてへへと頭をかく。

ツイッターを怒られるのに比べればだいぶラクだ。



その相手は、ばりばりの臨床家である。朝から晩まで患者対応に追われている。

ぼくみたいに、業務時間の1/3くらいしか顕微鏡をみないで、あとはずっといろいろ書いているような人間のことを、「ふまじめ」だと思っているふしがある。




まあ、言い訳をするならば。

病理医の仕事は、顕微鏡をみて診断するばかりではない。

病理医の仕事は、診断にまつわる頭脳労働全般だ。

珍しい症例があれば臨床医とともに過去の報告をあさる。

臨床医の疑問に答えるために、常に教科書や論文を読んで、新しい情報を取り入れていく。

ときには臨床医の指針となるために教科書を書く。

治療も維持もしないのに病院から給料をもらっている以上、ぼくらは「診断」という言葉を小さく捉えてはいけない。

診断をどこまでも掘り下げていくことこそが病理医の仕事。

求められるのは肉体的な努力ではなくどこまでも脳である。

教科書を読むのも頭脳労働。

論文を読んだり書いたりするのだって立派な知的貢献。

臨床医と組んで学会報告の準備もするし、放射線技師や臨床検査技師のための研究会を企画したりもする。

これらはすべて「業務」だ。

余暇でやっているわけではない。

だから本当は、怒られる筋合いはない。堂々と胸を張って頭脳労働にいそしめばいいのである……。




……けれど、怒りたくなる人達の気持ちも、わからないではない。

ぼくらと同じように、彼らにとっても、論文を書いたり読んだりする作業は「業務」のはずだ。そこに違いはない。

けれども彼らは患者を相手する時間が長すぎて、このような「知的労働」を時間内に行うことができない。論文を読もうとするとどうしても時間外になってしまう。

だから、ぼくのように、業務時間内に論文を読んでいるような病理医をみると、うらやましいだろう。腹も立つだろう。

「そんなに仕事が早いからこそ、いつも迅速に診断を出してくださってるんですね、ありがとうございます」

なんて皮肉も飛び出したりする。そう、病理診断が他の施設に比べてすごく早く出ているというわけではないからだ。



病理診断は、「検体処理に要する時間」や「染色に要する時間」に律速段階がある。

病理医がいかにスバヤク診断したとしても、標本処理にかかる時間だけは縮まらない。従って、

「あいつ、今日の夕方さっさと帰ったけど、俺の頼んだ診断まだ出てない! 何を考えてるんだ!」

と怒られても困るのである。

それに、顕微鏡診断というのはなかなか奥が深く、なんでも見れば秒でぴたりと当たる、という類いのものでもないのだ。








10年前のぼくは、今よりはるかに、顕微鏡に慣れていなかった。一日中顕微鏡を見続けていても診断が終わらなかった。すみません、全部みられませんでした、とボスに謝る。ボスはどこ吹く風といった表情でにこにこしている。

彼はめちゃくちゃに診断のスピードが早かった。

ぼくが週末、土日をつぶしてほとんど徹夜で見続けた何十枚もの標本を、ボスは月曜日の午前中にあっという間に見終わってしまう。

しかも、ぼくが見落としていた、細胞1個の異常を確実に発見しながら……。



ぼくも何十年も働けばあれほど診断が早くなるのだろうか。

しかし、どうやらそういうものでもない、ということに気づく。

実はぼくにはもう一人ボスがいるのだが、こちらのボスもいわゆるベテランだ。診断の精度はとても高い。

……そして、診断は早くない。むしろ遅いくらいだ。

ひとりの検体を、じっくり、ゆっくり、長い時間をかけて、悩みながら、ずーっと眺めている。

土日も顕微鏡を見続ける。



同じ「ボス」であってもスタイルによって勤務の仕方が違う。必ずしもキャリアに比例しない。

勉強すればするほど、レアな病態を学ぶために、かえって診断が遅くなる、ということもある。









先日、スポーツ選手が出てくる番組を見ていたら、いわゆる「ゾーン」の話をしていた。プロスポーツ選手の一部は、たまに脳内物質が激しく出過ぎて、ふしぎな「ゾーン」に突入するという。

有名なのは川上哲治だろう。ボールが止まって見えた、というアレだ。まるで自分以外の時間がすべて止まったような状態に……。




病理診断でもそういう「ゾーン」に入れたらいいだろうなあ。

ものすごく長い教科書を一瞬で読めたり、非常に難解な理論を秒単位で完成させたり、推敲しまくった文章をあっというまに出力したりできたら……。




でも、これはもちろん個人の経験なのだけれども……。

ぼくは逆に、頭脳労働の場合は、脳内麻薬が出過ぎると、周りの速度が加速してしまうように思うのだ……。




「あっ! もうこんな時間!! 集中しすぎてて気づかなかった!」みたいな、ね……。

まあこれはまだ本当のゾーンじゃないのかもしれない。ぼくが川上哲治とかアイルトンセナ並みの病理医になったら、「真のゾーン」に突入できるのかもしれない。

2018年8月8日水曜日

失った年齢

スポーツを見に行きたくなった。

野球やサッカーももちろん好きなのだけれども、なにかちょっと違うスポーツはないかなあと思い、「チケットぴあ」のトップページから深々ともぐりこむことにした。

ラグビー、フィギュア、総合格闘技、相撲。

ついでに演劇や音楽のイベントも見て回った。

椎名林檎、MISIA、岡崎体育、そしてフジロック……。

ああ、そうだなあ、フェス、行きたいなあ。




北海道にはライジングサンロックフェスティバルという音楽イベントがある。ぼくは今まで3,4回くらいしか見に行ったことがない。あのロックフェスの独特の雰囲気はけっこう好きだ。

音楽のフェスは、神社のお祭りとはまるで違う。学校祭のわくわくとも違う。野外で行うがキャンプとも違うし、かといってライブハウスともコンサートホールともだいぶ違う。

そうだなあ。この感想は、ぼくだけかもしれないけれど。

夜中の繁華街で3,4時間ほど酒を飲んだ後、友人たちと別れて地下鉄駅に向かって歩いていたら、ウェイ系の集団が大騒ぎをしていて、うるせえなあ、楽しそうだなあ、俺はあっち側にいたことはないなあ、若いなあ、などとさまざまな感情にひたりながら、あまり刺激しないように、邪魔もしないように、横をそうっとすり抜けるときの、さみしく、不安な、わくわく感……

かなあ。





何年前になるだろう。川崎で開かれていた野外イベント、Bay Campに行ったことがある。

今しらべたら2013年のことだった。5年前か。

ぼくはLOSTAGEとZAZEN BOYSが目当てだった。

この2つのバンドが出るならどんなイベントでも行きたかった。

実際、ZAZEN BOYSは何度も聴きに行っていた。ただ、LOSTAGEだけはどうも巡り合わせが悪かった。札幌にLOSTAGEがライブに来ても、仕事の都合で(チケットをとっていたにも関わらず)聞きに行けなかったことが2度。ほかの地域でのライブも、直前までは行けそうなのだが、いざその日が来ると何か別の予定があって行けないことばかりだったのだ。

だからぼくはBay Campに行ったとき、「今回ももしかしたらLOSTAGEを聴けないのではないか」という不安がとても強かった。

心配は杞憂に終わった。ぼくは無事、Bay CampでLOSTAGEのアクトを聴くことができた。感動した。うれしかった。

ZAZEN BOYS、そしてLOSTAGEのライブが終わり、もうBay Campでの用事も終わったなあとは思ったのだが、Bay Campは特殊なイベントだった。

近隣への移動手段がない深夜に行われるため、早朝5時ころに最後のバンドがライブを終わるまでは、どちらにしろ会場にいる以外にやることはない。

そして、なんとステージが2つしかない。しかもその2つが極めて近い場所にある。

つまりは朝になるまで音楽を聴く以外のことができないうえに、イベントに参加しているバンドを事実上ほぼすべて見に行くことができるというぜいたくなフェスだったのだ。





ぼくはさまざまなバンドを見た。

普段だったら、まず聴くことのないようなバンドをいくつも。

group_inouは札幌に帰ってからすぐに音源を手に入れた。

the telephonesをはじめて聴いたのはフェスだったんだな。

今も毎日のように聴いているSuiseiNoboAzはこのころ出会った。

そしてラストアクト、ヘッドライナーは「髭 HiGE」であった。

これがまあ、ほんとうに、最高だった。

のび太君にしかみえないギターがとてもファンキーだ。

当時は確かダブルドラム。音がぶ厚かった。

須藤寿はカリスマだった。





最後のライブが終わると朝だった。それがまた、よかった。

ぼくはとなりで飛び跳ねていたかわいい女の子といくつか話をした。

そうだ、今しらべたら、あれは5年前だ。ぼくもまだ35歳だった。今ならとなりの女の子と話などしなかったろう。




HiGEに詳しいその子は、いくつかの曲についてきちんと解説をしてくれた。うれしかった。すべてのイベントが終わったあと、女の子は、幾人かの男性にナンパされて、その場を去っていった。

とても朝日が美しく、ああ、ぼくの考えるフェスの印象ってまさにこれだなあ、と思ったのだ。




ぼくはそれ以来フェスには一度も行っていない。

今年、実はとある講演の前日に、ライブに行けるかもしれない日が1日だけある。

けれど、それはLOSTAGEのライブなのだ。ぼくはたぶん、また、行けないんだろうなあと思った。

2018年8月7日火曜日

病理の話(229) 展望台でチンピラ一人を探し出すには

病理医が細胞をみるとき、その見方にもいくつかのパターンがある。

たとえばなしをしよう。

顕微鏡で細胞をみる、というのは、望遠鏡で人々をみる、というのに似ている。だから、望遠鏡の話にすりかえてしまう。



スカイツリーの上に展望台がある。

その展望台に、「望遠鏡」があるとしよう(実際にあったと思うが覚えていない)。

実はこの望遠鏡がとても高性能で、浅草の雷門をぐぐっと拡大することができる。歩いている人、商売をしている人、近くのお店、道路、警察署、ほかさまざまなものを簡単にみることができる。

望遠鏡で人々を眺めて、そこにチンピラがいるか、ヤクザがいるかを見極めることができるだろうか?

たぶん、かなり難しいと思う。

けれども、そのチンピラとかヤクザが、思い切りリーゼントで、上半身が裸で、背中一面にイレズミをしていたらどうだろう。しかも右手に竹刀をもっているのだ。

「あっ……この人……悪者だ!」

その人の姿かたちに特徴があれば、1名の悪者を見出すことができる。




がん細胞を見つけ出すということもこれと一緒だ。

無数の細胞の中に潜む、「あきらかに姿かたちのおかしい細胞」が見つかれば、それをがんであると診断できる……かもしれない。

けれど、浅草の人ごみに、悪そうな人1名を探し当てるというのはかなり難しいだろう。

店の中に入っているかもしれない。道の暗がりに潜んでいるかもしれない。

そもそも、「悪そうなかっこうをしているけど、まだ悪いことをしていない人」かもしれないのだ。




じゃあ、真の悪者を見つけ出す一番いい方法は?




それは、望遠鏡で、「実際に犯罪行為が行われている瞬間」を探せばいいのだ。

お店の窓を割ったり。

そこらじゅうの人々に切りつけたり。

雷門に火をつけたり。




そう、人々の姿かたちだけではなく、その人々が「何かを壊したり、何かに攻め込んだりしているところ」をとらえるのがポイントである。




悪者が徒党を組んでいたらなおわかりやすいだろう。

そろいの黒スーツを着込んで、あやしいサングラスをかけた集団が、次から次へとそこらじゅうの観光客に襲い掛かっていたら、望遠鏡であろうとすぐに「おかしい」と気づくことができるだろう。




細胞ひとつの「姿かたち」だけを見ようとするのではなく、細胞同士の関係や、細胞が徒党を組む姿、かたまりとなった細胞が周りを破壊していく姿を見極めればよい。

これを、「細胞異型だけではなく、構造異型をみる」とか、「細胞が浸潤する像を探す」と呼ぶ。






さて、スカイツリーの上から破壊行為を眺めていたあなたは、忸怩たる思いにとらわれることだろう。

「今まさに破壊行為が行われている! 通報しても……被害は甚大だ……!」

できれば、あの悪者たちが、悪さをする前に通報をしたかった。




顕微鏡でがんを探すのもこれと似たところがある。

すでに悪さをしているがん細胞の集団を探すのもとても大切なのだが、これから悪さをするかもしれない、「がん細胞の芽」を見極められたら、それはお手柄なのだ。




まあそう簡単にはいかないのだが……。

2018年8月6日月曜日

日本テレビ系列で平日の夜23時から放送中

この記事の公開がちょうど夏休み明けということになる。とはいえこの土日は出張だったから、実際には夏休みはもうちょっと過去のことになっている。

……はずだ。なにせこれを書いているのはまだ7月なのであくまで予想で書いている。

つってもまあこの予想がはずれることはないだろう。

この記事が公開される日に、まだぼくが夏休みのままでいる可能性はない……。

ほとんどない。

うん、もしかしたら、夏休みを延長してそのままどこかに逃亡しているかもしれないかな。

低確率だけどまったくありえないことではない。




世の中のたいていのことは「ありえる」。

今まさにこの瞬間に、成層圏あたりからぼくに向かってまっすぐコメットがふりそそいで、ぎりぎりぼくに当たらずに周りにだけ落ちて床にあなをあけ、ぼくの座っている椅子のまわりの床にきれいな模様が描かれて、それがたまたま魔法陣のような形状になることだって、ありえなくはない。可能性はゼロではない。

そしてその魔法陣にぼくが吸い込まれて異世界に転生し、その世界では今までぼくが用いていた日本語がまるで失われた高度技術のような扱いとなっていて、原則的に住民は赤ちゃんのようなことばしか話せないため、ぼくが相対的にとてつもない賢者のような存在となって、書くもの書くものすべて聖書なみに売れまくる、という可能性もゼロではない。




前者はゼロではないが後者はゼロだ、という人がいる。

隕石が落ちてくるのは科学的だが、魔法陣にぼくが吸い込まれるというのは物理的にありえない、というのだ。

ばかげている。

物理の法則なんてものはいつだって未解明だ。

もしかしたら魔法陣と異世界転生をつかさどる物理がまだ発見されていないだけかもしれないではないか。その可能性はゼロではない。

いやーそれはないでしょう、とばっさり切るには、我々は物理のことを知らなさすぎるように思う。

2018年8月3日金曜日

病理の話(228) 不死はいけるが不老はいけない

なぜ生命は不老不死じゃないんでしょうか。

みたいな質問を夏休み子ども電話相談室に投げかける。

さまざまな答え方があると思うが、ぼくも自分で考えてみることにする。

たとえば、そうだな。



まず、不死というのは実は可能である。

実際、体の中には、たまに「死なない細胞」が出現する。それを人はがん細胞と呼ぶのだが、まあがんの何が悪いかはおいておいて、「死なない」ことだけを目標にすれば、メカニズム的に達成することは可能だ。

そう、不老不死のうち、不死は狙える。問題は不老のほうにある。このことはあまり知られていないように思う。




もし我々が永遠に生き続けたとすると、それだけキズが増えていく。このキズこそが「老い」の根本にある。老化とはキズが蓄積することだ。

老いないことを人は望む。老いないためには、キズをすべて避け続けるか、無数のキズをすべてカンペキに修復するシステムが必要となる。未来永劫、キズを避け続けて生きるというのは孫悟空でも不可能だ。だからキモは補修システムにある。人体には、そういう補修システムが無数に存在する。

けれども、残念ながら、というか当たり前のように、補修システム自体にもキズがつく。





キズというのは、表面的な損傷だけを意味することばではない。

細胞の活動を司っている遺伝子というプログラム、そこから発されるメッセージ。作られるタンパク質。タンパク質どうしの相互関係。ダイナミズム。

これらすべてに、等しくキズがつく可能性がある。

キズがつくことで、次第に、細胞は元のままの姿を保てなくなる。

これが老化だ。




たとえば、細胞というものは、ある特殊な形のタンパク質をマジックハンドのように使って、外から大事な栄養を取り込もうとする。

いつしかそのマジックハンドが壊れて、なくなって、だからそれを作り直して、とやっていく。キズというのは避けられない。けれども補修システムがきちんとはたらいている。

ただ、ときおり……。

うっかり”マジックハンド”を作るつもりが、”マリックハンド”を作ってしまうことがある。

マジックハンドとマリックハンドはたった1文字の違い。

しかし、かたや、手を延ばしてつかむもの。

もう一方は、ハンドパワーですといいながら何もつかまないもの。

大違いだ。別モノである。



このわずかなプログラムミス……あるいはプログラムの実行ミスによって、細胞は、だいじな栄養を外からとってくることができなくなる。

すると細胞の劣化はさらに進む。

仮に不死であっても。そう、がん細胞であっても。

キズの蓄積は永遠に続いていく……。





老いだけは避けようがない。先延ばしにはできる。しかし、確率的に、100%避けきるということはできない。

細胞は、もっといえば、生命は少しずつ本来の姿を保てなくなっていく。

不死であっても。不老にはなれない。

だったらどうする。どうやったら、局所のエントロピーを下げ続けながら利己的にこの世にあり続けることができるだろう。




エラーのない、まっさらな状態に「転生」するのがいい。

そんなことは可能だろうか?

自分の完全なコピーを残そうと思って、自分が今もっているキズまでコピーしてしまったら、転生先にも老いが蓄積していくではないか。

どうする。どうやったら、「新しい、まっさらな、キズのない命」に自分のメッセージを伝えることができるだろうか……。




多くの生命がたどりついた暫定的な答えが、「2名の遺伝子をまぜて、いいところをとって、新しくキズの少ない生命を生み出すこと」だった。

不老を達成できなかった生命は、不死を捨てる代わりに、「有性生殖による複製」を選んだのである。

そうすることで、自分と完全に同じではないが、かわりに、キズの非常に少ない生命を新たにこの世に残すことができるようになった。



我々は個々人では絶対に不老不死になれない。

しかし、世代を経ることで、また社会を形成することで、総体としての不死を獲得している。

不変ではあり得ないが普遍であろうとする。

そういう感じだよ、市原君はわかってくれたかな。

はい市原先生ありがとうございます。

2018年8月2日木曜日

ムダとはいったいウゴゴゴ

「気になることを追いかける」のも大事なのだが、「気にしないこと」もまた大切かなあ、と思わされる。

似たようなことはたまに世間でも話題になる。「鈍感力」などというのがまさにそれだろう。



では、気にしない方がいいもの、というのは具体的にはなにか。

たまに聞くのが、「それを考えても、どうにもならないもの」。

いくら考えてもどうせ対処ができないとか、考えたところでやらなければいけないことは変わらないとか。そんな話題は、考えるだけ無駄だ、ということらしい。

けれどもぼくは基本的に、「それ、何の役にたつのさ?」という話題を深めていくのが大好きな人間である。

「対処しようがない話なんて、考えるだけムダじゃん」と言われてしまうと、ぐぬぬとなる。

「考えるだけムダ」ということばの思考停止っぷりが嫌いだ。







札幌市手稲区に、前田森林公園という場所がある。

この公園は広い。あまり行ったことはない。けれど藤棚があったり、グラウンドがあったり、原っぱがあったり、「正しい大公園」であるから、よく知っている。かの有名な大通公園がまるまるすっぽり入ってしまうくらいの横幅。とても大きな公園だ。

その前田森林公園の中に、カナルがある。カナル、すなわち運河。

運河とはおおげさだな。水路でいいじゃないか。

うん、そう言いたくなるのもわかる。そこで、Google mapの画像を添付しよう。


これは相当なサイズである。わかりにくい人は地図の中をよくみてほしい。公園内に野球場があるのがわかるだろう。この水路、野球場よりでかいのだ。やはりカナルと呼ぶのがふさわしかろう。

で、さきほど、そのカナルの清掃をするよ、というツイートが流れてきた。
( https://twitter.com/maedamaster/status/1022000602535079937 前田森林公園オフィシャルアカウントより)

このときだれかが、「カナルの水をぬいたら、カモがかわいそうでは?」という心配をしたらしい。

それに対して、前田森林公園は、

「カモたちは、例年(清掃のために)水が減ったらちゃんと非難し、水を入れ直すとまた戻ってくるから安心してね。ひっこしのようすもかわいいよ」( https://twitter.com/maedamaster/status/1022002468245463040 )

と返事をした。




いってみればこの話題は最初から最後まで、

「考えるだけムダ」な話題である。どうしようもない。関係もない。

けれどもぼくはこういうものごとを考えている時間が一番好きなのだ。





「気になることを追いかける」のも大事で、「気にしないこと」もまた大切。

それは全く同感。

ただ、「気になること」「気にしないこと」の選び方としてぼくが採用しているのは、役に立つとか立たないとか、そういう視点ではないようである。

たぶん……

うん、まあ、わかっているけれど、続きは各自に考えてもらおうと思う。考えるだけムダだといわれてしまうかもしれないが。

2018年8月1日水曜日

病理の話(227) ドクターズドクター論議

モンゴルからやってきた病理医と刺身を食った。

彼は日本は5度目なのだという。

器用に箸を使い、わさびを楽しんでいた。ぼくは当初、彼に何を食わせたら満足するだろうかとだいぶ悩んでいたので、ちょっと拍子抜けしてしまった。

話題はいつしか、「ドクターズ・ドクター」ということばについての考察に移っていった。

ぼくと彼とは考え方が少しだけ違った。




若くしてハイ・ボリュームセンターの部長にかけあがった彼はとても優秀だ。

学生時代に、ウィーンを3か月ほど訪れ、そこで病理学のすばらしさに心を惹かれたのだという。欧州における病理医の崇高さを彼は強調しながら、彼は言った。

「日本では、病理解剖をする・しないというのは誰が決めますか?

臨床医が決めて、病理医に依頼をする。なるほど。

実は、ヨーロッパのある国では、病理解剖をするかしないかというのは、病理医が判断します。

臨床医が病理医に解剖を依頼する、というスタンスではないのです。

ありとあらゆる臨床情報を総合して最後に考えるのはあくまで病理医であり、病理解剖が必要なのかどうかを検討し、『解剖をすべし』という判断をくだすのも病理医です。

すなわち、病理医というのは、すべての臨床医の中で最後に砦として働く存在なのです。

多くの臨床医たちに一目置かれ、まさに『医者の医者』として頼られる存在です。

ドクターズ・ドクターということばがふさわしい。」




で、ぼくは、つたない英語でそれに反論した。

「病理医もまた臨床医に過ぎません。

ぼくは電子カルテをみて臨床画像を読んだり血液データをみたり、看護師さんが記録した日々の情報を確認したりしながら病理診断をします。

その意味では、たしかに、病理医として『最後の判断』をしている。

けれども、同時に、ぼくが得た病理の知識をそのまま臨床医と共有して、みんなで一緒に診断を考えることも多い。

たまには、ぼくが『最初の疑問点』を臨床医にぶつけることもあります。

『なんで細胞がこうなんだろう、臨床的にあの話は確認しましたか?』

『あるべきでない細胞がここに存在する、追加の検査が必要だと思います』

ぼくの疑問がそのまま臨床の大きな疑問となって、病理診断だけでは決められないようなさらにおおきな臨床診断につながっていく場合もある。

どちらが依頼する、どちらが最後に決める、と、型どおりのシステムで診断が進むことはむしろ少ないようにも思います。ワンオブドクターズにすぎない」




彼はしばらく考えて、言った。

「まあ患者のためのドクターであろうとすればそれが一番いいですもんね」




患者に直接会わないぼくらの仕事は、たしかに、クライアントとして医者を想定する。

医者のための医者、ということばは、確かに適切である。

けれども、「ドクターズ・ドクター」ということばの響きがあまり好きではない。

ペイシェンツ・ドクターでよいではないか、と思うのである。