判断に迷う事態に直面している。
この一文に、熟語が3つも含まれている。読者として小学生を想定していたらこういう文章を書いてはいけない。
どうしたらいいかなあ。ぼくは、おきてからずっと、かんがえていた。
……いまどきの小学生はもうちょっと漢字読むかもな。
何が悔しいんだという勢いで叩きつける雨の音を聞いている。ここは札幌。たまに雷が落ちている。鳴っているのではなくあきらかに落ちている。
ツイッターで「雷」と検索すると、近隣に住んでいるのであろう女子高生たちのアイコンがずらりと並ぶ。見事に女子高生だらけだ(まあ中学生もいるかもしれないが加工されたプリクラは全員ぺこ&りゅうちぇるに見える)。女子高生顔出しアカウントたちは、雷が鳴ると高確率で「雷やば」とツイートする傾向がある。雷というのはいまどき、ネットで検索するとどこらへんで光っているのか一目瞭然だ。だから、そこにむらがるおじさんたちがいる。「怖いですよねー(><) もしかして近くに住んでますかね?」というリプライがぞくぞくとぶら下がる。雷鳴ナンパだ。これほど醜い世界が世の中にはある。認めて慎んで生きていかなければいけない。
無防備な学生とあわれなおじさんの話をしたいわけではない。
明日の夜には関西に出張する。
雨の音を聞きながら、ぼくは出張の移動について朝から考え込んでいた。
今降っている雨は、明日の関西での天気には全く関係がない。
けれどもなぜだろう、雨の音を聞いていると、「ああ、出張のときには雨に気を付けないとなあ」という気分になる。
まるで違う場所に行くのにふしぎだな。
実際、天気予報のはじきだした答えは深刻だった。
台風が2つくる。
台風20号シマロンのせいで、ぼくの乗る飛行機は飛ばないかもしれない。
札幌から大阪に行くにはいくつか手段がある。関西国際空港、伊丹空港、神戸空港あたりに直行便で飛べば話は早い。ただこれらは微妙にダイヤが違っており、23日(木)の通常勤務が終わった後に移動できる手段は、基本、関空便しかない。
関空便が飛ばないといろんな意味できつい。
業務終了後に飛ぶことができる他の空港というと、羽田くらいだ。
羽田から新幹線で大阪か。これはアリだ。たぶん一番確実だろう。
しかし札幌のみんなもそんなことはよくわかっているとみえる。千歳・羽田便は夕方から夜にかけてほとんど満席だった。ビジネスマンの動きは速い。木曜日の午後から夜の羽田便が一席も残らず埋まるというのは、(たとえ前日だとはいえ)普通では考えられない。やはりみな、台風情報をみて、いろいろ考えているのだろうと思った。今回の台風を避けようと思ったら羽田便。これはもう誰が考えてもその通りなのであった。
羽田経由の道が経たれた今、ぼくに残された選択肢は、「関空便の時間を早めること」である。
とうぜんだが、昼の便に乗るためには、木曜の仕事を休まなければいけない。
おまけに、チケットを変更するには金がかかる。ぼくのチケットは「早割」だったからだ。
話が混沌としてきた。
たとえばANAは、天候によってフライトに遅延や欠航が出そうなときには、たとえ早割でチケットをとっていても無料で便の変更をしていいよ、というサービスがある。
しかし台風の前日になっても、「欠航のみこみ」は発表されていない。
だから早割の予約変更ができない。
予約を変えようと思ったら、一度フライトをキャンセルして、別の便をとりなおす必要がある。
きっちり金がかかる。
……早めに動かないと、このあとの情報次第では、昼の便も埋まってしまうだろう。
ここは追加料金を覚悟で先に予約を変更するべきか……。
しかし昼の仕事を休むとなると、職場でいろいろと相談をしないといけないなあ。
最近の研究会は製薬会社の補助をあまり得ていない。だから金が無い。
研究会にとって講師の交通費・宿泊費というのは講演料以上に鬼門である。
近くのドクターで済ませれば安く上がるが、遠くから呼ぶと当然高く付く。
聴衆は近くのドクターの話をわざわざ聞きに行ったりはしないのだった。
だから講師は遠方から呼ばれる傾向がある。
ぼくは知っている。にこにこした顔で「今度講演してください」と依頼してくるあそこの病院長も、あちらの医長も、あちらの主任部長も、みんな、ぼくを呼んだ直後からさまざまな金策に走り、研究会の参加費をいくらにするかでずっと頭をひねっている。
そういうのを知っていると、ついチケットを早割でとってしまう。そして、領収書を提出し、「この額で精算をお願いします」とやる。
そうすれば余計な金はかからない。
いっそ先方でチケットを取ってもらった方がこういうことを考えなくていいから気分的にはラクだ。
自分でチケットをとるといろいろ気を遣ってしまう。
講演者の役得だから、といって通常の往復料金でマイルをごっそり稼ぐ人もいるが、これはもう「性分」だろう。安く上がるにこしたことはないだろうと考えるのがぼくのようなタイプだ。こういう人間は生涯にわたって、なんだか金がたまらない。
早割のチケットがぼくを責める。
今回の出張が冬だったら、札幌からの移動は降雪にやられることが多いとわかっているので、早割を避けて往復料金でチケットを取ったろうな。
いろいろな後悔が頭をよぎる。
一瞬停電があったようだ。ツイッターで北乃カムイが何やら注意喚起をしている。雷はますます強くなる。雨脚も激しくなっていく。
「後期研修医をとっても病院の経営が上向くわけじゃないから、来年はあまり後期研修医をとりたくないんですよ」
と言い放った某病院の経営者の話を伝え聞いた。
金、金、金の話。
「そういうときにあなたが自腹を切ってがまんをしても、けっきょく事態はなにもよくならないわけで、むしろそういう善意に甘えて制度が腐敗するんだから、自腹なんか切ったらだめよ」
わけしりがおで、それでいて何も変えてこなかった老兵の言葉が耳に痛い。
早くデータのやりとりで講演が終わるようになればいいのに。
実際にその人に触れて、同じ空気を吸って、なんなら同じごはんをたべて、わきあいあいと、そんな集まりの中から学術が生まれてくる、って?
うそだよ。生まれてくるのは領収書の山ばかりだ。
仕事を旅と呼んではいけない理由を見た気がしてぼくはでかける準備をする。
病院経営の役に立っていない研修医カンファに出るために、早めに病院に着かなければいけないのだ。いろいろさぼってしまおうかなあ。
……さぼったら、木曜日、早めに大阪に着けるなあ。
そしたらきちんと大阪で仕事ができるんだ。
ぼくはいつもこうだ。
いつもこうなんだ。