実は最近、病理医は増えてきている。
ぼくがツイッターをはじめたのは2010年11月、病理医ヤンデルというアカウントをはじめたのは2011年4月なのだが、このころ病理専門医の数は、たしか全国で2100人程度だった。
アカウント開始当初は病理医のことを広報するアカウントを自称していたので、この数字についても何度もツイートした。だから2100という数字を、よく覚えている。
その後、『フラジャイル』の影響力のおかげで病理医の知名度はバカ上がりし、ぼくは広報アカウントを名乗ることをやめてしまった。
で、今、病理専門医がどれくらいいるかというと、なんと2500人くらいいる。
この8年間で400人も増えたのだ。たった400人、と言うことなかれ。20%以上アップしたと考えればすごいではないか。
病理専門医はもともと60歳以上の人が多い世界だ。8年間でみんな年を取った。当然退職した人たちもいっぱいいた。なのに、総数で400人増えた。増加分の大半が30代前半である。若返りにも成功しているわけだ。
病理医の世界は勧誘に成功しつつあると考えてもよいと思う。今、けっこう、人気なのだ。
ただ、現場ではまだまだ「病理医は足りない」と言われ続けている。
まず、増えた病理医の大半が都市部にいる。というか東京にいる。それ以外の地域で病理医が足りている場所は極めて限られていて、研修先として人気がある一部の病院をのぞけば、地方病院ではたとえ大学であっても十分な量の病理医がいないことも多い。
一方で、病理医がいなくても、検査センターにお願いすれば、郵送で病理診断をうけることができるので、現場ではそれほど困っていない、という話もある。
病理医は、往々にして、「いないとありがたみがわからない」タイプの仕事なので、元から病理医がいなかった場所ではニーズがあまり叫ばれない。
のんきに働いているぼくから見た個人的な感想を付け加えておこう。
今、病理医が足りないと嘆いている人がどこにいるか? 一番病理医を熱望している人はどこのだれか?
それは、臨床の医療者たち。臨床医、放射線技師、臨床検査技師など、病理医ではない人々にこそ、ぼくらは求められている。
「病理医と一緒に働いた方が、自分の診療レベルはもっと上がるだろうなあ」と感じる現場の医療者たち。彼らからのニーズは非常に具体的で、強烈である。
病理学会のひとびとや、ぼくら病理医たちが、「もっと病理医が増えてぼくがヒマになればいい」と願っているのとはちょっと欲望の種類が違う。
ぼくは幸いTwitterでくだらない人間として認知されているせいか、クソリプを浴びることも多く、わけのわからないクソDMもいっぱいもらうけれど、実は、現場の臨床医療者たちから相談をうける機会もすごく多い。あまり普段こういうことは書かないようにしているけれど、多いときは1か月で20人以上から相談をうける。
その具体的な内容はこうだ。「病理医にこういうことを相談しても失礼にならないだろうか?」「遠方にいる病理医にメールを送って相談にのってもらうことは可能か?」「ぼくの論文の病理の部分を相談するとしたら誰に聞くのがいいか?」
病理医や病理研修医たちからの質問よりも、「病理医を使いたい医療者たち」からの質問のほうが圧倒的に多いのである。毎月、強いニーズに晒され続けている。
若い病理医たちがときおり悩みを語ってくれることがある。「この先病理医って食っていけるんでしょうかね」。「病理医としてどこで働いたら楽しいと思いますか」。
それに対して最近のぼくはこう答える。「病理医自身が思っている以上に、ぼくらは現場の病理ニーズに応えられていない。絶対数が少ないから、臨床の人々の疑問をとりこぼしている。病理医を名乗ってまじめに勤務して、いつでもご相談くださいという窓口をちゃんと開いておけば、必ず頼られるよ」。
もし、今、臨床の医療者たちや研究者などの「よき隣人たち」から何の声もかからないという病理医がいたら、その人はたぶん、「窓口を開けているように見えない」のだと思う。勤務先の都合、あなたの社会的なポジションなど、細かな理由はいろいろあるだろうけれど。ちょっとだけ窓を開けてみたらいい。1年もせずにあなたはそのコミュニティで引っ張りだこになる。
そして、コミュニティで引っ張りだこになる、というのが、病理医という特殊な職業のもっとも誇るべき、医療界でうらやましがられるべき特性なのである。