2019年12月26日木曜日

病理の話(399) 数字と臨床のセンス

今日の話もしかするといままでで一番マニアックで難しいかもしれない。

でもこのブログはもうそういうことでいいやと思っている。

医療系のブログっつってもいろいろなんだ。

わかりやすいブログ。確かな一次情報を置くブログ。時事をときおり切り取ってくるブログ。問題提起型。資料型。

じゃぼくのはどこかって、たぶん、「図書館の片隅で、自分の好きな本棚をかたっぱしから読んでいく本の虫」が、食事中とか電車の中とかでちょろっと活字を摂取するためのブログ、だと思う。

だからこれでいいや。





さて今日の話ですが。

新生児とか乳児、小児の病気にもいろいろある。

たとえばウイルスや細菌がかかわる病気。

あるいは、アレルギーがかかわる病気。

そして、かなりまれではあるんだけれど、全身にふしぎな症状が多発する、原因も病態もよくわかっていない病気、というのもあるんだ。

この「かなりまれ」ってのがポイントだ。まれだから、きちんと研究されていない。かかる人がいっぱいいれば、それだけ医療側の経験値もたまっていくんだけれど、まれな病気だと、集合知がなかなか大きくならない。だから、診断するのも治療するのもけっこう難しい……。



で、ぼくはそういうむずかしい病気の本を読んでいた。そしたらびっくりする考え方が書いてあったんだ。



「この病気は、原因が不明であったが、時代がうつりかわってもずーっと人口のある一定の割合の人だけがかかる。社会の衛生環境や医療状態がうつりかわって、食べ物やアレルギーの種類などが変化しても、いっこうに、病気にかかる割合がかわらない。

だから、おそらく、単一の遺伝子に関係がある病気だろうと推察した。

そこで遺伝子を調べまくったら、ある遺伝子に原因があることが最近判明した。」



この「だから」の部分が意味不明だろうから解説をする。



実はほとんどの病気は、原因をひとつに絞れないのである。遺伝子に傷がついていれば必ずある病気になるか? ならない。生活習慣が乱れまくっていればかならずある病気にかかるか? かからない。有名なところでは、いくらタバコを吸っても肺がんにかからない人はいるし、いくら暴飲暴食を繰り返しても痛風にも糖尿病にもならない人もいるだろう。親ががんだからといって子供が必ずがんになるということもない。

つまり、原因は組み合わさるのだ。それも、2個とか3個とかじゃない。何十個も、ときには何百個も積み上がっていくのである。タバコも暴飲暴食も、確実に何かのリスクにはなるんだけど、ある病気にかかった人の原因が「とにかく絶対にタバコだけが悪かった」みたいに決めつけることはできないのである。

すると、タバコを吸えば必ず一定の確率でがんが出るとか、暴飲暴食をすれば必ず一定の確率で糖尿病になる、みたいなことも、なかなか言えなくなってしまうのだ。これが多因子が発症に関わる病気の難しいところである。


ところが、今回話題にのぼった、とあるまれな病気に関しては、社会環境や、医療の状態が時代とともにどんどん変わっても、病気にかかる割合が、0.稀パーセントのまま、変わらないのだという……。

ほかの要因が移り変わっているのに、発病割合がかわらない。

「まわりの状況にかかわらず、一定の割合で(その数字にもヒントがあったのだが)病気が出てくる」

ここから、ある単独の遺伝子のキズによるシンプルな発病メカニズムがあるに違いない、と読み切った、推理した人がいたのだ。しかもその推理を、実際の原因遺伝子の発見にまで結びつけた人がいる!!!

す、すごい!!!!!





ごめん、ぼくばかり感動しているかもしれない……。

でも単一の遺伝子異常が原因の病気ってそんなに多くないんだ。だからこれが新たに見つかるというのはすごいことなのである。治療にもつながるかもしれない。



いやいやいまどき、ゲノム医療の時代なんだから、そんな、数字がどうとか割合がどうとか言わなくても、全部の病気の遺伝子を調べればいいじゃん、って思う?

そういうわけにもいかない。

だって、遺伝子といったって無数にある。

「とりあえずどこかの遺伝子がおかしいんだろう」と、のべつまくなし遺伝子のキズを探しにいくようなことはなかなかできない。

まして、珍しい病気だからね。数を集めて研究する手段が使えないのだ。

そういう難問を解くのきっかけが「割合」、すなわち、「数字」にあった、というのが、ぼくがここまで感動している理由なのである。




……ああ、いや、もう、読者には伝わらなくてもいいよ!

ぼくは、数学的なセンスで、医療に切り込んで、未来を開いた人が、同じ人類にいるんだなってことに、ただただ感動して、それをブログに書きたかっただけなんだ! うっ……。