2016年10月19日水曜日

病理の話(9)

「遺伝子」と聞くと、なんというか、全能感がある。

「遺伝子に変異があり、○○病になった」と聞けば、原因は確実に遺伝子にあるだろうと、半ば信じ込んでしまう。多くの医学生、さらには医師すら、「遺伝子変異を見つければ病気の診断につながる」と思い込んでいる。……こうやってぼくが書けば、読んでいる人は、「まあそう簡単ではないんだな」と、想像はつくだろう。

しかし。実際には、「遺伝子変異を見つければ病気の診断なんて簡単だ」と思い込んでいる医療者が、どれほど多いことか……。



一番勘違いされるのはこうだ。

「病理で、がんか、がんじゃないか、難しいって言われたんですけど。もっと技術が進んで、遺伝子変異までズバッと検索できるようになれば、そんなものすぐわかるようになるでしょう? 将来は病理診断なんて全部遺伝子検査で置き換えられるはずだ」

これは、夢としては大きいが、実現する可能性がきわめて小さく、(少なくとも現代においては)現実感に乏しい「世迷い言」だと考えている。

遺伝子を調べても、病気の「全て」は絶対にわからない。もちろん、「一部」はわかる。しかし全部を補うことはできない。



たとえば、Peutz-Jeghers syndromeという病気がある。「ポイツ・イェガース症候群」。この病気にはいくつもの症状が現れるが、有名なところでは、「消化管にポリープ(できもの)ができる」。

このポリープ、実は、腫瘍ではない。放っておくといずれ転移して命に関わるとか、そういう「悪いモノ」ではなく、過形成と呼ばれる状態である。もちろん、過形成だろうが腫瘍だろうが、できものがあることで症状が出ることもあるので、過形成だから放っておいて平気とは限らないけど、がんかがんじゃないかといえば、「がんではない」。

しかし、このポリープには、STK11遺伝子に変異があることがわかっている。遺伝子変異はあるけど、がんではない。

この、「がんじゃないくせに、遺伝子変異だけはある」という病気は、我々を非常に困らせる。

まあ、SKT11遺伝子に変異があるとたいていポイツなので、その意味では「遺伝子変異は病気をみるのに役に立つ」んだけど、そもそも、ポイツの診断にわざわざSKT11遺伝子を調べる必要はあまりない(そこまでしなくてもわかることが多い)。

どっちかというと、「腫瘍じゃなくても、遺伝子変異なんてありえるんだぜ」と言われてしまったのが、我々にとって、「痛い」。がんを診療する際に、「遺伝子変異の有無を参考にはできるけど、絶対ではない」ということになる。

これでは、病理診断と一緒ではないか、という話になる。「参考にはできるけど、絶対ではない」。



別の例をあげよう。

悪性リンパ腫や白血病という病気では、ときに「染色体検査」が施行される。異常な細胞に「正常細胞にはみられないはずの染色体異常」が観察される。濾胞性リンパ腫のIgH/Bcl2転座[t(14;18)]などは有名だ。この染色体異常は、正常の細胞には見られないし、血球細胞が腫瘍になる直接の原因となっている。

ところが。ちょっと風邪を引いてノドが腫れた小児のへんとうせんから細胞を採取すると、まれに、「よくわからない染色体異常」が観察されることがある。

うわっ、染色体がおかしい! み、見たことがない染色体異常パターンだけど……これは……悪性リンパ腫の初期像ではないだろうか!? そう疑って、風邪が治ってからもずーっと病院にかかり続ける。それっきりノドは腫れない。おかしい、おかしいと思って再び細胞を採取する。もう異常な染色体は見つからない。あれはいったいなんだったんだろう……。

こんなことが、まれにある。へたに染色体検査なんかオーダーしなけりゃよかったね、などと言われる。不必要な検査が現場も患者さんも困らせてしまう例だ。

染色体に異常をもつ細胞というのは、ある一定の確率で出現するらしいのだが、これが「人に影響を及ぼす、腫瘍」になるかどうかはケースバイケース。多くは人体の免疫機構によって、駆逐されてしまう。また、染色体に異常があろうと、問題ないケースもあるようだ。

「腫瘍じゃなくても、染色体異常なんてありえるんだぜ」と言われてしまったのは、我々にとって、「痛い」。がんを診療する際に、「染色体異常の有無を参考にはできるけど、絶対ではない」ということになる。

まただ。遺伝子変異や、病理診断と一緒ではないか、という話だ。「参考にはできるけど、絶対ではない」。


ありとあらゆる診断学は、基本的に、「たった一つの検査値だけでは決定できない」のだ。そこに風邪ウイルスがいるから風邪です、が成り立たないのと一緒で、そこに遺伝子変異があれば腫瘍です、もまた成り立たない。



コンピュータによる自動診断(AI)が今のところ不完全なのは、膨大な量の検査値を「総合的に、知性をもって」判断しないと、病気かどうかを決められないからである。病理診断みたいな形態学は、いずれAIに切り替わるだろう、などと言う人もいるが、それはだいぶ先の話だ。形態学はもちろんのこと、仮に遺伝子・染色体などを毎回フルで検査できたとしても、異常がある・ないの二元論では腫瘍かどうかすら決められない。

人間と同じくらい思考し、しゃべってくれるコンピュータが登場すれば……「ドラえもん」が実用化すれば、診断学は完全にAIに移行することができるだろう。おそらく、今まで医者がやってきた仕事のほとんどは、人間よりも頭がよいコンピュータによって深く思考され、機械によって実施されるようになる。

逆に言えば、そこまでしないと、遺伝子や染色体、あるいはタンパクを見てデジタルな判断をくだすだけでは、病理診断は確定できない。

たぶんそんな日は来ないだろう、と思った人もいるかもしれない。ならば、病理医はなくならない。

たぶんそんな日が来るだろうな、と思った人もいるかもしれない。ならば、病理医は他の臨床医と同じように不要になるし、「人間にしかできない仕事」をしなければいけなくなる。

それは何かというと、くり返し書いてきた、「説明して、納得してもらうこと」なのではないか、と考えている。特に、「納得してもらう」は難しい。のび太くんがドラえもんと喧嘩をし、仲直りをするという技術、22世紀でほんとうに実現していたら、それはすごい、すばらしいことだ、かもしれませんね。((c) SAMURAI)