2017年2月14日火曜日

病理の話(48) AI診断のゆくすえ

「先生ね、こないだ、ある会で、内視鏡の自動診断技術ってやつ見たのよ」

いきなり、こう話し掛けられた。よくあることである。ぼくはこの年上の有名なドクターと話をしたことがなかった。彼の話す講演を聴いたことがある。学会で口角泡を飛ばす彼を遠目に見たことがある。ぼくよりずっと実績があり、えらいひとだ。

医者をやっていると、ぼくみたいなザコでも先生と呼ばれる。先生とは「君の名前は覚えていませんが、お互い敬意をもってお話しましょうね」という意味の言葉だ。

「それでね先生、ああ、すごいなあって思ったんだけど、あれ、実際、病理医の目からするとどうなの? 陽性的中率が90%以上で、ポリープを表面から見るだけで、がんか、がんじゃないかがわかるって言うんだけどさ……。やっぱり病理医からすると、その10%が不満って話になるのかなあ」



彼の言っている技術は、こういうことだ。

胃カメラや大腸カメラで映し出された画像を、コンピュータが瞬時に解析する。大きさ、色調はもちろんだが、その表面がどれだけごつごつしているか、表面の模様にムラがみられるか、一部削れたりえぐれたりしてはいないか、そういった「形態」を自動で分析して、病気が命にかかわるかどうかを判断する。

こういう技術は、たいてい、「病理診断とどれだけ一致したか」が問われる。病理診断というのは、診断界の「基準」であるから、病理診断と少しでもずれた結果をはじきだしたコンピュータは「まだ臨床段階ではない」と言われてしまう。



だからぼくは素直にこう答える。

「いやあ、まあ、10%間違うんなら、実用はまだ無理ですね……。そこはこれからの技術革新に期待しましょう。医療の世界で10%ミスしてたら、賠償金だけで病院がつぶれます」

おそらくはこれが、彼がぼくに対して「ほら先生、言ってみろよ」と期待している声のすべてだろう、と思う。

だから、付け加える。

「ただ……。この先、画像解析データが、病理診断を答え合わせに使うのではなくて、電子カルテのデータ、もっと言うと、この患者さんがこの先どうなったか、生き残ったのか、死んだのかというデータを答え合わせに使うのであれば……」

彼は、すぐにぴんと来たらしい。



「そうか、”病理診断が100年間違っていた”ことを、コンピュータが見つけ出すかもしれないのか」



病理診断というのは、人間が100年にわたって積み重ねてきた「形態」診断学である。細胞や、細胞が作りなす構造を、人間が見て、これはおそらくこういうことだ、この見た目があるときは癌が再発する傾向にある、こういう構造をしているなら急いで治療をしないと採り切れなくなる、などと、統計を元に判断を繰り返してきた結果が、今ある病理診断の姿だ。

病理診断の精度は極めて高い。患者のこれからを、かなり正確に推測することができる。

だから、胃カメラや大腸カメラなど、「臨床医が見た姿」はまず、「病理診断とどれだけ一致するか」という視点で検討されてきた。

しかし、病理診断は精度の高い診断ではあるが、決して、患者さんの将来そのものではない。

あくまで、「患者さんの将来を予想するもの」である。



たぶん、なのだが、今後のコンピュータ診断……ビッグデータをディープに解析するやり方は、おそらく、病理診断を目的にする必要は無い。「患者さんの将来」を直接相手取ればいいのだ。

病理診断と合ったか、間違ったか、ではない。患者の将来を予測できたか、予測できなかったか、を目標にする。

AIは、ある種の分野では、病理診断を超える精度で未来を予測できるのではないかと考えている。



「で、どうなの先生、もっと技術が進んだら、先生の仕事とられちゃうの?」

彼は笑った。

「ええ、たぶん、そうですね……AIが出した結果は、患者さんはおろか、医療者にもわけわかんなくなるレベルの推測になってくると思うんですよね。今ある、○○癌取扱い規約みたいなやつも書き換えになると思うんですよ。

そんな複雑な規約を読み解いて、患者にも、臨床医にも、うまく説明して、納得してもらえる人がいるとしたら、それはたぶん、病理医と呼ばれているんじゃないかなあって思うんですよ」

彼は名乗り、つやつやした名刺をくれた。