早めに出勤するのが難しい季節となった。朝はいつまでも暗くて二度寝を誘う。でもそこはたいした問題じゃない。車通勤する人間にとって、冬はタイムロス祭りなのである。
除雪によって、道の両脇に雪山ができる真冬。歩道を潰すといろいろ問題がある(通学途中の小学生も困る)ので、雪の塊は車道にはみ出す。いつもの2車線が1車線に減るということだ。右折車や左折車があるたびにバスがひっかかり、生活道路ですら渋滞する。路肩にちょっとカチカチ停めている車などが現れたら大迷惑、冬の一時停車は重罪である。夏場あれだけ広かった道が半分以下になると、あらゆる道路の利便性がガタ落ちする。そんな中、もし出勤時刻を誤って、ラッシュアワーに車通勤してしまうと、20分乗車のはずが1時間、40分乗車のはずが2時間、だいたい夏場の3倍程度は車の中にいることになる。ラジオに詳しくなる。スポティファイに課金する。
だからぼくは夏のうちから6時台には出勤するように体を慣らしている。ラッシュアワーを外して早めに移動することは冬への備えとして欠かせない、早め早めに移動すれば、仮に遅れても7時半には職場に着くことが可能だ。おそらく豪雪地帯に住む人間はみなうなずいてくれると思うのだけれど、雪の季節に車通勤で8時半ぎりぎりに着くように家を出るというのは難しい。何度かやらかすことで人は学ぶ。
では早く起きて早く移動すれば、雪の影響は完全に避けられるか? 実はそういうわけにもいかない。
さあ出勤するぞと思った瞬間に外が雪だと、いろいろ時間がかかる。ぼくの車は青空駐車で、一晩雪が降ると車の上にも積もる。それを払い落とすのに時間がかかる。車がヒーターで暖まらないと窓がくもるから発進できない。けっきょく、家を出てから移動を開始するまでに20分とか1時間といった時間を費やすことになる。
けっこうな量の積雪があった日は、車のエンジンをかけてからアクセルを踏み込むまでの間に、軽く汗をかくほど動く。車の屋根の雪を落とし、窓の雪を削り、ワイパーの下に潜り込んだ雪をかき出す作業は、20代の時は気にならなかったが今にして思うと肉体労働だ。同じ事はもちろん帰宅の際にも起こる。
結局冬という季節は、1日が24時間なのではなく、23時間にも、22時間にもなるということだ。無心で雪と格闘する時間、車の中でチンタラすごす時間が、往復で1~2時間以上、夏よりも余計に費やされる。満員電車と違って自分ひとりの時間である点が利点だ。満員電車と違って吹雪の中で雪をどう払い落とすかを考えなければいけない点が欠点だ。
だからぼくはラジオが好きになっていったのかもしれない。冬の透明度の高い空気の中、まだ周りが暗いうちに凍結した路面をそろそろと移動するとき、FMラジオ、AMラジオ、Podcast、YouTube、さまざまなものにぼくは人生のタイムロス分を預けた。そこから得られたものが訳知り顔のDJの自分語りであっていいわけがない。クラシックも聴くようになったし、古いオルタナやプログレのアルバムなども聴き直せる。落語なんかもじっくり聴ける。なにより、時間があれば本を読んでいたぼくが「本を読まずに長時間黙っていること」をできるようになったのは、もしかすると冬と雪のおかげなのかもしれないなと思う。冬は人間を矯正する。タイムロスによってロスタイムが伸びていく、という感覚がある。