2018年12月31日月曜日

脳だけが旅をする

祝日ではない平日に更新するというルールを厳密に設定すると、12月31日(月)はブログの更新日となる。

なんか休み感があるけど、まあいいか。

告知のツイートを忘れそうだ。まあいいか・2。

今日はあまりいっぱい読まれない日だ。だったら、いつもは書かないことを書こう。

ふりかえることにする。それも本気で。

みなさんにとってはつまらないだろう。でも数年後のぼくが見返すと少し懐かしい気分になるのではないか、と思う(恥ずかしさに顔を赤らめるかもしれないが)。






本年は小さな論文を2本出した。あとは共著の英文論文が1本。いずれも、科学者がだいじにしている「インパクトファクター」は非常に小さい。けれどそれぞれ、細々と苦労があったし、多くの人のお世話にもなった。結果、目に見えるものが世に少しだけ残ったことを素直に喜んでいる。来年もこまごまと論文を書き続けたい。


病理診断業務については例年並みだが、仕事のスピードは少し速くなり、外部から頼まれる仕事の量がかなり増えた。消化管系のコンサルテーションの数はおそらく去年の4倍くらいある。それだけ年を取ったということだ。「担え」ということである。


学術関連ではあいもかわらず「臨床画像と病理組織像の対比」のテーマでときおり講演をしている。2018年に訪れた場所は、浜松、岡山、ウランバートル、佐賀、山口、四日市、京都、立山、東京、東京、飯田、松本、高知、東京。ただ今年は出張の多くがかけもちだった。だから講演回数のわりに札幌を離れた日は多くなかったように思う。内容としては上部消化管のバリウムや内視鏡・拡大内視鏡と病理の対比が多く、今年はこれに消化管エコーや膵臓エコーと病理の対比の話が続き、マニアックなところとしては炎症の病理についての講演や、AI病理診断についての我々の立ち位置の話などが加わった。消化管エコーについてはある研究会の全国幹事を務めることになったので、今後もう少し講演する機会が増えるかもしれない。


日本病理学会の学術評議員になった。「社会への情報発信委員会」に入り、なんだか広報のための裏方として悪い顔で打ち合わせなどを何度かやった。


「病理情報ポータル」というブログ( https://patholportal.amebaownd.com/ )
の立ち上げ。ほんとうはこのポータルに、新たなツイッターアカウントを連携させて、日本病理学会主導のSNSを体系的に運営してみてはどうか、と思っていた。病理学会の複数の評議員たちで協力して運営できるように、こっそりと準備をすすめていたのだ。けれども、様々な調整の末に結局、「病理学会公認」のSNSは見送った。もともと、学会が必死でSNSをやるべきだとも思っていなかったし、まあそういうこともあるよな、とすぐにあきらめた。結局このブログについてはぼくが引き取って、ほそぼそとハブ的な情報サイトに仕立て上げている。アクセス数は低いがコンスタントに人が見に来ている。


病理学会がらみでは、ほか、2019年の早い段階で、2つほど動画を作成することになっている。疾患や医療、病理の啓蒙活動のために動画を作るというのは「いまさら感」があるが、いつも新しいことだけやればいいというものでもなさそうだ。動画2つのうち1つについてはぼくが脚本を書いた。収録は年明けすぐを予定している。


2018年は執筆数がじわじわと増えた年でもあった。ありがたいことに出版も複数させてもらった。書籍「いち病理医のリアル」と、「上部・下部消化管内視鏡診断マル秘ノート2(モテ本2)」、「私の消化器内視鏡Tips」が出たのはいずれも2018年のことである。


「いち病理医のリアル」はエッセイにしては値段が高いけれど、おかげさまでよく売れている。原稿を用意したのは2017年のことだから、もうだいぶ前のような気がしていたが、そうか、2018年の2月に出版したのだったか。


「モテ本2」は売れるとわかっていて出した。こちらは埼玉医大の野中先生や、手稲の田沼先生、旭川の濱本先生との共著であり、ぼくは黒子に徹すればよかったからラクだった。黒子にしては少々しゃべりすぎたきらいもある。ものすごい売れてちょっと引いている。


「Tips」は学園祭みたいな本だ。全国89施設から140本もの短い「お役立ちコラム」が寄せられて作られている。ぼくもその中の1本に参加した。ウェブサイト「ガストロペディア」の人気コーナーの書籍化である。こういうのは純粋に「仲間に入れた楽しみ」みたいなものがある。学会で著者同士が顔を見合わせてフフッとなるタイプの本だ。どれもおもしろいのだが、高知の内多先生の原稿がやはり楽しい。


そういえばモテ本1は発売が2016年なのだが、2018年になって韓国語版が出た。ハングルで書かれた教科書をみると不思議な気分になる。巻末のうさ耳イラストに添えられたハングルになんと書いてあるのか気になる。


本を出してもらえるというのは、ありがたいことだ。ぼくみたいな人間に何かを書かせてくれる人たちがいることに驚きと感謝がある。こうして1年を振り返るときに、書籍の話をする日が来るなんて、予想もしていなかった。


もともと、2017年に「症状を知り、病気を探る」(照林社)という本を出せたことが大きい。どこに行くにもカバンをゲラでパンパンにして、出先や研究会の空き時間、移動中の機内などでずっと校正をしていたことを思い出す。この本が結んだ縁は非常に大きく、看護系の某団体の偉い人が本書をほめてくれて、ぼくにひとつ仕事を振ってくれたりもしている。台湾で翻訳版の発売が決まっている。この本を読んだ他社の人たちから原稿の依頼が舞い込むことも多い。


本を出してからというもの、全国の書店員さんを強く意識するようになった。出版社の営業とか編集に携わる人もそうだ。つまりは本を「書く人」「読む人」だけではなく、「作って届けて広げて売る人」にも目がいくようになった。


もともとぼくは今のツイッターアカウントをはじめる4か月ほど前から個人のアカウントを持っていた(現在は閉鎖)。ツイッターという世界をいろいろ知ろうと思って始めたアカウントで、ぼくが最初にフォローしたのは、東急ハンズネットやヴィレッジヴァンガードなどの企業公式アカウントと、出版社や書店員のアカウントだった。それから8年経つが、結局おいかけているアカウントとしては今もそう変わらない。ただ、書店員に対しては、本を出してからそれまで以上に親近感……というか感謝の気持ちが深くなった。


さまざまな連載原稿の話もしておきたい。


雑誌「Cancer board square」の連載は2019年の初頭に最終回を迎える。季刊ペースのため原稿の数こそ多くないのだが、あしかけ4年以上にわたり「臨床の人たちに伝えたいワンポイント病理」という視点で書かせてもらった連載で、思い入れが深い。医学書院の担当編集者が無駄にかっこいい点だけが残念だ。


「薬局」「治療」に同時連載していた「Dr.ヤンデルの病院ことば」も、全20回で大団円となった。この連載は地味に反響が大きく、最終回のときにはツイートで幾人か言及してくれた。雑誌連載についてツイートを目にすることはそう多くないからとてもうれしかった。南山堂の編集者氏とは未だにお会いしていない。「会わずにここまで仕上げていく関係」というのはとてもクールだと思うし、ぼくの好きなやり方である。


Medical Technology誌の超音波・病理対比連載は第3シーズンが終わろうとしている。千葉西総合病院の若杉先生という鬼才とご一緒できているだけで光栄だが、金久保さんという大変優秀な技師さん、おまけに網走の長谷川というやや残念な長身の技師と4人体勢で「座談会」をできているのが大きい。座談会とか対談というものは医療系だと結構苦労するジャンルらしいのだけれど、連載を続けさせてくれている医歯薬出版の編集部のふところは大きい。


重要な変化球として、病院司書さんを対象に全国で350部ほど発行されている雑誌「ほすぴたる らいぶらりあん」に4回の連続エッセイを寄稿した。「巨人の膝の皿の陰」というタイトルで、このエッセイについてはまず一般の方々が目にする機会はないと思うが、ぼくが今まで書いてきたものの中でおそらくは一番ぼくらしい文章である。お声がけいただけたことに深く感謝している。なおこの連載が縁で、2019年にひとつ講演することが決まっている。


単発の原稿としては、日本医事新報の「プラタナス 私のカルテから」というコーナーには、かつてぼくを育ててくれた(今もお世話になり続けている)バリウム技師たちとの画像・病理対比の日々を書いた。仲野徹先生がずっとコラムを載せている雑誌に名前が載るのはうれしいものがある。


週刊医学界新聞には「教科書の選び方」についてのミニコラム。また、「トラブルに巻き込まれない著作権のキホン」と「集中治療、ここだけの話」の2冊について、それぞれ書評を投稿した。いずれも、医療系の仕事でありながら本関連の仕事でもある。どうもいろいろとつながっている。


本といえば、医学書を読んでおすすめする毎日にヒントを得たのか、三省堂書店池袋本店で「ヨンデル選書フェア」がはじまった。2018年12月から2019年5月までの半年間、ぼくが選んだ本がぼくの書いた「おすすめコメント(350文字)つきカード」とセットで特設ブースに並ぶ。



最後に自分で見に行ったもの、聴きに行ったことの話を書いておく。



川崎医大の畠二郎先生の講演はいつもすばらしい。名古屋の中村栄男先生は大御所といった雰囲気がすごかった。富山の病理・夏の学校では幾人かすばらしい講演をされていた先生がいた。飯田の岡庭信司先生にはいつもうならされる。神戸の伊藤智雄先生とはたまに病理学会のイベントでこれからもお会いするだろう。若い医学生に会うと必ず長崎大学の福岡順也先生のところに見学に行くよう勧めている。新潟の八木一芳先生と札幌医大の山野泰穂先生は読影者としても研究者としてもちょっと別格だなと感じる。


中学生のときに通っていた塾の恩師と食事をしたのは3月だった。おいしいものを「おいしいから食え」と言われてあんなにうれしいとは思わなかった。


あるとても偉い人に会った。ある学会の頂点にいる人だった。奮闘し、感謝もされ、誰にも知られないままに終わった。書けない日々のことが手帳の中にひびとして残っている。


人の話をよく聴きに行った一年でもあった。人ではないが犬の枕草子の話がとてもよかった。人ではないが鴨にサインをもらったのがうれしかった。2019年もたまに人の話を聞きに行こうと思う。今までできなかったことだ。


息子と旅をした。書いたことはないと思う。
あれはとてもよい旅だった。

2018年12月28日金曜日

病理の話(278) 患者とみるか検体とみるか

患者の名前を覚えている医者、というのがいる。

そんなの当たり前では? と思われるかもしれない。

けれどもこれはまったく当たり前ではないのだ。



患者と会話して、その雰囲気や顔色、言葉使い、家族構成や家庭での過ごし方などをきちんと把握してから診療に入るというのは、確かに診察の基本だ。

だから熱心で患者思いの医者であれば患者のことはよく覚えている……と考えがちである。

けれども、医者は常に患者の個人的な情報ばかりを強く記憶しながら働いているわけではない。

現代医学において患者をみるポイントというのは無数にあるし、みかたも複数ある。

たとえば救急に運び入れられてそもそも意識がない患者であれば、患者本人の話はまわりの家族や友人などから聞き取るしかない。

放射線診断部門や病理診断科のように、患者に直接会わない場合は、患者そのものではなく「患者からとりだしてきた画像や検体」しか目にしないことだってある。

そこまで極端な例でなくても。

たとえばある外科医は、患者の顔はあまり覚えていないのだが、患者のCT画像をみて、手術時に撮影したお腹の中の写真をみると「ああ、あの人ね」と思い出すという。

胆嚢や膵臓、胃などのまわりにどのように血管が走行しているか、という一点において患者のことを強く記憶しているような外科医もいる。

患者の顔も名前も覚えていないが、レントゲン写真を1枚みると「ああ、あのときにぼくが診断した、あの病気の人か」と思い出す呼吸器内科医。

血液検査データをみて「○年前の寒い冬の日に、ぼくの外来でみかけた人だったなあ」と思い出す肝臓内科医。




彼らのことを、「患者を検体としか思っていない、冷酷な医者」だとは、ぼくはまったく思わない。

実際、顔をみれば思い出すのだ。「ああ、○○さん、おひさしぶりですね」と。人間の顔がもつ情報というのは非常に深くて、実際に目を合わせると様々な連想がそれこそディープラーニング的に脳の奥から湧き出してくる。

でも、年に何千人もの患者をみている医者たちが、本当に覚えてなければいけないことが、患者の顔や名前とは限らない。





だから普通の医者はそこまで患者のことをひとりひとり覚えてはいないのだ……。

けれども、たまに、いるのだ。

無数の患者をみながら、患者のパーソナリティまで完全に記憶している、ばけものみたいな医者が。

ぼくに言わせればそういう医者は単なるバケモノであり、「実在する大魔王バーン」みたいな存在である。人間離れした異常な脳を、彼らは自慢するでもなく、こともなげにいう。

「こんなのは別に能力でもなんでもない、たまたまですよ」。

なんだそのメラゾーマではないメラだみたいな発言は。

こわいこわい。

2018年12月27日木曜日

高校時代にバレーボールをやっていそうな顔

ウェブラジオを細々とやっているのだが( https://inntoyoh.blogspot.com/p/twitter-yoh0702-note-note.html )、使っているヘッドセットがしょぼいせいか、スカイプでの収録に少々無理があるのか、ときどき、漏れた息であるとか、あるいは高音部が、「キンッ」と跳ねる。

スマホの音量を大きくして、運転中に車内で聴いていると(自分の番組を聴くとなるとはずかしいので車内くらいしかない)、このキンッがたまに耳障りだ。

あーこういうところ、やっぱりぼくはしゃべりの素人なんだなあ、と思う。

カーステレオから聞こえてくるふだんのラジオは、FMだろうが、AMだろうが、こんなに高音部が跳ね回ることはない。



音質だけではない。

しゃべりの間、会話の中にどれだけの頻度で要点を出現させるか、聴いている人がストレスを感じない程度の相づちをどう打つか、聴いていて不快にならない笑い方はあるのか。

声で何かを届けるというコンテンツの難しさを毎日のように感じている。



先日のこと。

よう先輩(ぼくと一緒にウェブラジオ #いんよう をやっている)が言っていた、声優さんばかり登場する文化放送のインターネットラジオ局「超A&G」が気になった。しゃべりのプロが朝から晩まで入れ替わり立ち替わりラジオをやっているということだ。カーステレオのチャンネルをいくら回しても出てこないウェブラジオなので、今まで存在すら知らなかった。

声優のラジオか……。ちょっとおもしろそうだな。

ということでいくつか過去の番組を聴いてみた。ニコニコで聴けたり、ラジコで一部を聴けたり、超A&Gのウェブサイトで聴けたりする。

これを車の中で、スマホから出力して、聴いてみることにしたのだ。



すると驚いた。

高音部が尖っているではないか。

パーソナリティの女性声優(もちろん大変よい声である)の「sh」の音が毎回キンキンと耳に刺さってくる。

なあんだ、スマホの設定の問題だったのか。そりゃそうだよな。イヤホンをつなぐでもなく、スマホのスピーカーから、総音量を上げた状態で声を流せば、仮にしゃべっているのがプロの声優だろうとも、高音域の音は飛び回って刺さってくるものなのだ。

ぼくは少し拍子抜けした。ぼくのせいじゃなかったのか。




ところが……。





その後聴いた別の番組にはパーソナリティがいて、早見沙織さんという声優さんがゲストインしていた。都合3人でしゃべっていた番組の中で、パーソナリティ2名の声がときおり高音をキンキン響かせているにもかかわらず、早見沙織さんの声だけは高音域が音飛びしたり刺さったりしなかった。

晩飯を食おうと、職場から車に乗って移動している間中ラジオを聴いていて、車を留め、スマホのラジオを消し、メシを食って、さあ職場に戻ろうと車のエンジンをかけたときに、そのことに気づいた。

「あああっ!」

と心の中に描き文字が浮かんだ。




調べてみると早見沙織さんという人はCDを2枚くらい出していて、作詞作曲もこなせて、先日は竹内まりやに楽曲提供を受けレコーディング中にディレクションまでしてもらったのだという。

声優さんはしばしば歌を歌うしCDも出すので、必ずしも珍しいことではないなと思っていたのだが、もしかすると、

「マイクに音が入るとき、どのような波形の音がどれくらい入っているものなのか」

をきちんと意識できるタイプの人なのだろうか……とか、

そんなことを敗北感と一緒に考えた。

2018年12月26日水曜日

病理の話(277) 病理医が対面することの意味

医療者とSNSの関係を模索するイベントというのが、近年あちこちで計画されている。

ぼくのところにも、あるイベントに出席して欲しいと依頼が来た。

場所は東京、開催は土曜日の夜。

手帳を確認すると、ちょうど翌日に東京で内視鏡系の研究会に出る用事があった。これなら、旅程を一日早めれば参加できる。土日なのも幸いした。

SNS系のイベントには今まで(しゃべる役としては)出たことがない。そもそも依頼が来ても断っていた。ただ、今回は医療者として登壇してほしいとのことだったので受けた。

医療情報の広報とか啓蒙という話には、今でも興味がある。

昔ほど自分で情報発信を担おうは思っていないが、自分のひとことが悪い方向に伝達されないように自衛する意味でも、我々の何気ないひとことが世間にどれだけ悪い影響を与えるのかを自覚する意味でも、勉強は続けておいて損はない。

医療者は本質的に、誰もが中動態的に広報に携わっているのだ。




以前にも、医療者としてSNS系のイベントに呼ばれたことはある。そのとき呼ばれたのは大阪だったのだが、交通と業務の都合上行けなかった。札幌から大阪まで行ってイベントに出ようと思うと半日休みをとらなければいけない。業務終了後に移動開始してはいろいろ間に合わない。イベントまで1か月ない状態でお誘い頂いても、残念ながら翌月の業務はもう動かせなかった。こういうとき、札幌という土地は田舎だなあと感じる。

SNSの話題なんだから、わざわざ1箇所に集めないでオンラインでやってくれればいいのにな、と思わなくもない。

でも、おそらく、「ゲストには遠隔で、画像と音声だけ参加してもらいます!」という宣伝文句だと、人は呼べないのだろう。




この「人というのは実際に会わないといい仕事ができない、魅力や価値が伝わらない」という考え方は、個人的には信仰に近いと思っている。

けれども、「会うこと」に価値を見いだしている人間がこれだけ多い以上、そのオカルトをぼくは無視できない。




本来、「会わないとだめ」をいかに乗り越えるかがSNSに背負わされた使命なのだ。

となると、

「いつもは『会わないとだめだ』と思っているはずの人間たちがSNSでつながっている。そんな人々は、SNSに何を見いだし、SNSは何を生み出すのかという話を、SNSでやらずに、実際に会って話す」。

というのは入れ子構造であり自己矛盾であろう。

矛盾をはらむとイベントは作りやすい。




医療の目的は、患者がどう幸せになるか、どう不幸せを克服するかというところにある。そして、

「患者にメリットがあれば、医療者と患者が対面しなくてもよい」

という考え方は、医療においては通用しない。

患者の多くは

「医療者と直接会うこと」

に強い価値を見いだす。

AIがどれだけ進歩しても、患者が信頼できそうな医療者と対面することなしには、医療は完結しないだろう。

ただしこのとき、「会うだけ」のために配置された医療者にどれだけ給料を払うべきなのかはこれから吟味する必要があるけれど。

「その場にいて寄り添ってくれる人」に高い金を払えるほど、これからの医療経済がうまく回っていくとは思えない。ぼくはそれほど楽観的ではない。



この話を考え続けているといつもたどり着くポイントがある。

ぼくはそもそも一緒に働いている医療者たちに、どれくらい、

「会わなければ困る病理医」

と思われているのだろう。

たまに投げやりな文句をネットで目にする。

「病理医なんてぜんぶAIになるから必要ないじゃん」

これを言う臨床の医療者たちは、実際、病理医に「会うだけの価値」を感じていないということだ。

実際にその医療者たちは今まで「生身の病理医抜き」で仕事を回してきたのだろう。

その仕事をぼくから見たら、いろいろと残念なところが見えてくるかもしれない。

学術的に終わってるところも出てくるかもしれない。

しかしその医療者はすでに、患者に十分に幸せを与えているかもしれない。

だとしたら「生身の病理医がいらない医療」にも十分な価値はあるということになる。




SNSを使い続けているぼくは、「会うに値するかどうか」みたいなことを考え続けるようになった。

「値する」というのは、メリットがあるかどうかだけでは判断しない。支払ったコストに見合っているかという見方が重要になってくる。

「ネットで盛り上がっている内容を、顔を付き合わせて肉声でどれだけやる価値があるか」。

「病理医を臨床現場に配置せず、AIとデータベースと中央集権的な一部の天才によって運営してはいけないのか」。

これらは一見まるで違う話に見えるかもしれないが、ぼくの中ではほとんど同一の問いだ。

かくいうぼくは、病理学は究極的には人間が顔を付き合わせる「ウェット」から脱却して、どこまでも「ドライ」であってよいな、と思っている。病理学者はヒューマニズムからは無縁であっていい。どこまでもアカデミックであっていい。

けれども病理学者ではなく「病理診断医」がどうあるべきかについてはまだ迷っている。

ぼくにウェットな対面を求めてくる医療者は、今はそれなりの数、いる。

学会や研究会に呼ばれる回数は減っていない。これだけSNSが進歩しているのに直接呼ばないと、顔を付き合わせないと満足できないらしい。

だとしたら今後のぼくは、彼らとじっくり「顔を付き合わせて」、「腹を割って」、何を伝えていけばよいのだろう。

あるいは、「もう会わなくていいと思う」と伝えていくことになるのか。

そこに医療者の幸せがあるだろうか。医療者が現在抱えている不幸を克服することができるだろうか。払うコストに見合ったメリットがあるのだろうか。

2018年12月25日火曜日

安定感のあるブログ

気温が安定しない時期だね、と言ったら、相手は少し考えて、

「でも近頃は年がら年中気温って安定してないですよね」

と答えた。

うん、そうだね。冬に限らないな。

いつだってテレビの天気予報では、「平年より10日早い」とか「来月中旬並みの気温」とか、「先月くらいの温かさが戻ってきます」とか言ってるもんな。

昔は違ったのかなあ。



きっと違わなかったのだろう。

近頃はきっと、データの照合が昔よりずっと簡単になったのだ。前よりも「昨年との比較」とか「過去100年の平均と比べてどうか」みたいなことがラクになった。

今のこの状態が「平年並みかどうか」というデータが数秒で取り出せるようになったから、報道の機会も増えて、ぼくらがそれを気にする機会も増えた、というところだろう。




何度か書いてきたことではあるけれどやはり認めておかないといけない。

ここはもう未来なのだ。

ぼくが小学生時代に背中をまるめて読みふけったドラえもんの世界が、地味な方向に1/3くらい達成されている。

あらゆるものが少しずつデータベース化されていくことで、「現在」が「現在」だけに留まらなくなる。「現在」は常に「過去」と照らし合わせられるようになる。あるいは、「現在」から「未来」が予測しやすくなる。

もちろんここにはいつだって不確定性がある。カオスがある。天気予報くらいにしか当たらない、というのは時代を言い当てたフレーズだ。

それでも、「天気予報くらいには当たる」世の中に、ぼくらは今生きている。




誰が最初に言ったか知らないが、動物には過去と未来の概念がないのだという。人間だけが時間軸を背負って生きている。

これはたぶん人間の脳が、過去の経験を使って生存戦略を立てることにむいているからだ。

情報が総データベース化することで、その都度複雑系の出力結果として表出しているにすぎない「現在形のみ存在する現象」、すなわち気象とか経済とかファッショントレンドとかにも、まるで過去・現在・未来がつながっているかのような錯覚をできるようになった。




近頃は気温が安定しない。12月に、12月らしい気候の日は半分もないように思う。

けれどもほんとは元々「そういうものなのだろう」。

あらゆるものがデータベース化すると、ぼくらの目には、あらゆるものが「不安定」に見え始める。

「そういうふうにできている」。

2018年12月21日金曜日

病理の話(276) かけはなれを定義しよう

細胞の性状をみて、たとえば核とか細胞質といった細胞内の構造をみて、

「正常の細胞からどれくらいかけ離れているか」

を考えるのが病理診断のキホンである。


核の中には、その名の通り細胞の中で非常に重要な「プログラム」、すなわちDNAが入っている。

この核のサイズが普通の細胞に比べて大きいとか、異常な形をしているとか、核膜と呼ばれる構造がガタガタしているとか、染色したときの色合いが濃いとか薄いとか、これらの「かけ離れ」を見つけたとき。

ぼくら病理医は、「ああ、DNAのある場所がおかしくなっているなあ」と考える。

DNAなんてものは本来、1つの細胞に1セットあれば十分だ。また、DNAは必要に応じて稼働するプログラムなので、あたかも分厚い広辞苑とか聖書のように、普段はきちんと折りたたまれている。必要以上にページがたぐられたり、開いたまま放っておかれたりはしない。

一方、核がおかしいときは、このDNAのセット数が増えてしまっていたり、広辞苑のあちこちがめったやたらに開かれまくっているといった状況にあたる。

これは正常の細胞ではありえない。

細胞の統率がうまくとれていないことを示す。

……そういう細胞は、「たいてい」、がんである。

ぼくらはそうやってがん細胞を探している。




けれども。

核がなんだかおかしい細胞が、「がんではない」こともある。

たとえば、細胞の周りに規格外の争乱が勃発していて……医学的にいうなら「強い炎症」が起こっていて、細胞たちがザワリザワリとざわついていることがある。このとき、細胞は、自分たちの身を守るために、せいいっぱい頭を働かせて(?)、プログラムを次々とひもとく。

「周囲がヤバいことになっているので、善良な細胞たちも全力でプログラムを稼働させなければいけない」ときには、細胞の核は「普段と比べてかけ離れる」。




細胞の核をみて、ああ核がおかしいからがんだな、と、パパッと絵合わせゲームで診断をできるほど、病理診断は甘くないのだ。核がおかしいからといって、がんじゃないこともあり得る。

周囲の状況、とくに細胞がざわつく理由みたいなものを、きっちりと情報収集しておかないと、その細胞が真に「狂っている」やつなのか、「たまたま状況に流されて一時的に狂っている(そのうち元にもどる)」やつなのかを判断できない。

なんだか難しそうだろう?

実際に難しい。病理医としてのキャリアが長いベテランほど、「かけ離れ」の判断には慎重を期する。むしろ経験が浅い、若い病理医は、「『異型』の判断なんて、普段はそれほど難しくないですよ」みたいなことをいう。




突然、「異型」という言葉を使ってしまったが……。

「かけ離れ」のことを、病理学用語で異型と呼ぶのだ。

細胞の構造が本来のものと比べてかけ離れているとき、「異型がある」と呼ぶ。

かけ離れが強ければ、「異型が強い」とか、「高異型度」などと称する。

単なることばだ。

されど、ことば。




病理を勉強し始めたばかりの人は、とにかく病理診断報告書に「異型があります」「異型細胞があります」と書きまくる。

異型がある、ということばは、「性状がふつうの細胞に比べてかけ離れている」という意味である。それ以上でも以下でもない。

けれども、初学者はしばしば、「異型がある」を「がんである」という意味で用いていたりする。そういう報告書を読むことがある。

そうとは限らない、というのは、先ほどまで説明してきた通りだ。




まあ、正直、ことばの一つ一つを厳密につっこむのは、本意ではない。

日常臨床で、病理医の用いた日本語に対して挙げ足をとっても、あまり生産性は無い。

けれども。

ぼくらは細胞の「形態」をみるという、言ってみれば人によってどうとでも取れるきわめて主観的な判断によって、細胞ががんなのかがんでないのかを判定しているわけで……。

ぼくらが「ことば」を大事にしないとき、ぼくらの存在意義もまた揺らいでいくのではないか、と思う。




今度ぼくらの存在意義に関係するイベントに登壇することになった。詳細は後日。ぼくは「悪役」をわりあてられる予定である。

2018年12月20日木曜日

あじのあるおかた

どうりで。おかしいなあと思っていたんだ。

こちらからメールしても全く返事が返ってこない。てっきりぼくが嫌われているのかと思っていた。

けれど何かの機会に顔を合わせるとにこにこ挨拶してくれる。

多くの仕事で顔を合わせる。

そのたびに親切にいろいろ教えてくれる。

けれどもメールには全く返事してくれない。新手のツンデレなのかといぶかしんでいた。



結論は簡単だった。

その忙しすぎる教授はメールを見ていないのだという。

あるときからメールを開くのをやめたのだそうだ。そんなことがあり得るのか。

けれども教授はしれっと言うのだ。

「本当に重要な用件なら電話してくるでしょう? 電話じゃなくてメールで済ませるってことはまだ余裕があるんだよ。相手の時間を奪ってでも一緒に仕事をしないと困る、っていうくらい優先度が上の人と仕事しておけばいいんだ」

ぼくは脱力してしまったのだが、まわりの人間も一様に、のけぞったり、顔を手で覆ったりしていた。

ただ、その教授の近隣で働いている「地元の人」だけは苦笑いを浮かべている。なるほど彼らはそのことを知っていたのだろう。



ぼくはさまざまな打ち合わせをするために「会いたがる」人たちのことが不思議でしょうがなかった。

なぜIoT時代にわざわざ会って話す必要があるのだ。

特に出版社で編集とか記事作成に携わっている人たちが毎回「会いたがる」のには閉口していた。きみらは文章のプロなんだから、まずメールで思いの丈を存分に伝えればいいじゃないか。それをぼくが読んで判断すればいいじゃないか。

わざわざ会わないと企画がはじまらないというのも不思議な話だ・・・・・・。




しかし、教授の話を聞いて、またひとつ思うところがあった。

メールで人柄をかもしだすのって大変なんだよな。

切迫感とか。

ニュアンスとか。

一通をじっくり読めればいくらでも伝わるだろうけれど。

たとえばあの教授みたいに、一日にメールが100通も200通もきて、そのどれもが「一世一代の大きなコンサルテーション」だったりすると、もはや、どのメールもぜんぶ重要なせいで、かえって優先順位がつけられなくなるのだろう。

インターネットの速度は人間の脳の処理速度を超えている。

だからこそ、回線を切って、時間を切って、「その人だけに注力する時間」をきちんと演出できないと、進む話も進まない。

そういうことなんだろう。なんだかわかってきた。



ぼくは教授に尋ねた。

「わかりました先生、これからは電話します。けれど、おいそがしい先生のお時間を電話で奪ってしまうのも心苦しいというか……」

そしたら教授はこともなげに言うのだ。

「あっ、電話なんてそんなにびびらなくていいんだよ。ただひと言でいい。『今送ったメールを読んでください』でいいんだ。そしたらぼくは、電話がきたってことは大事な用件なんだなってわかって、メール読むから」




そのハイブリッドな生き方は果たして効率的なのだろうか?

日本の企業がオンライン化したプロセスをいちいちハンコで承認するのと似ている気もした。

なおその教授は異常に頭がよくて、ぼくが「AとBとCがみえるな」と思ったプレパラートを一瞬みるだけで、

「なるほどこのプレパラートにはABCDEFGがみえて、いろはにほ、αβγもみえているね。『B』と『ほ』と『ω』は相関しているなあ」

みたいなことを即座に出力する。

それだけ頭がいい人の生き様だ。

凡人であるぼくが解釈するのもおこがましい話ではある。その上で敢えて言っておこう。凡人は無駄にしゃべる。これはもうしょうがないのだから。無駄につっこませてほしい。




いいからメール見ろ