2018年1月17日水曜日

病理の話(160) おそうじのシステム

ちょっときたない話をする。……なーんて書くといやがられるので書き方を変える。ちょっと、「きれいにするための」話をする。

何の話かというと、垢の話だ。ツイッターアカウント(垢:アカ)のことではない、皮膚から出る垢(あか)のことだ。

垢とはつまり、細胞の死骸である。細胞は新陳代謝をしており、産まれて、育ち、役割を果たし、そして死んでいく。

皮膚の細胞がつぎつぎとターンオーバーし、最後は死んではがれたものが垢である。

この垢、めんどうでばっちい嫌われ者であるが、実はお察しの通り、「機能」がある。

その機能とは、皮膚の表面についた汚れを、細胞の死骸ごと捨て去るということだ。汚れくらいいいじゃん、というわけにはいかない。皮膚は人間の最外層でヒトを守る防御ラインであり、そこにつく汚れというのは、マッキーの赤インクやエンピツの黒鉛に留まらない。

細菌がついている。病気をもたらすものも、もたらさないものも、まとめて。

カビもつく。

毒もつくことがある。現代に限った話ではない、植物由来の毒とか、動物由来の毒だってご存じだろう。生命は生きていると、なんらかの毒に接することがあるのだ。

これらが皮膚の表面にずっと留まって、体の内部に悪さをしないよう、皮膚の壁が垢となって、まるごと落ちていく。

つまり生命は、廃棄処分するゴミにも機能を割り当てているわけだ……。



鼻からハナクソが出る。

耳からも耳垢がでる。

では、口の中は? 食べ物のとおる、消化管は?

口から肛門までの消化管、その「垢」は、便の中にまぎれこんでいる。便を構成する物質の1/3は、いわゆる消化管の垢だという説があるそうだ。

うーむ、いたるところで「垢」が仕事をしている。

でもここで、ふと思うわけである。

皮膚の奥にある、筋肉とか脂肪とか、あとは……たとえば肝臓とか腎臓の細胞なんてのは、あれ、新陳代謝のときに、垢をどうしているんだろう。

これらの「奥に潜んでいる臓器や器官」は、パイプを通じて外界とつながっていない。

だったら垢をどこに捨てるのか?



その答えは、その場で「おそうじ細胞」がやってきて、古い細胞を壊して、取り込んで、溶かして、あるいはカケラをどこかに運んでいって捨ててしまう、だ。

体の中で垢がぽろぽろ落ちるというのは、皮膚の表面から落ちて外界にちらばっていくのとはわけが違う。口とか肛門みたいに、外部に開口する入口(あるいは出口)があるならそこに捨てればよいが、完全に密閉された臓器の中であれば、ゴミがそこら中に蓄積してしまうだろう。人体がゴミ屋敷であっては困る。

だから、体内の新陳代謝においては、「剥がして捨てる」のではなく、「おそうじ細胞」を用いるのだ。

おどろくほどによくできている。

「おそうじ細胞」にはさまざまな種類がある。マクロファージ、と呼ばれるものがその代表だが、ほかにも様々な細胞がある。以前にノーベル賞をとった東京工業大学の大隈先生が研究していた「オートファジー」という機能も、広い意味ではおそうじ細胞に関連した話である。ファジーとかファージということばは同じ語源だそうで、食い荒らすとかめちゃくちゃに食うという意味をもつらしい。



生命は、体内ではゴミを食い尽くし、体外ではゴミを汚れといっしょに振り落とすシステムを身につけた。ほれぼれする複雑さだ。

で、この、複雑さが「狂う」ときがある。その代表が、がんだ。

体の外にいる、皮膚の細胞は、ばんばんはがれおちてもいい。外にそのまま消えていける。

体の中にいる細胞の場合には、死ぬときにおそうじ細胞がきてくれないとこまる。

がんでは、これらの法則が乱れてしまう。

CTやMRIといった画像システムで「がん」をみると、がんが作るかたまりのなかが「異常に死んで、ゴミまみれになっている」ことがある。「壊死(えし)」とか、「壊死物質の蓄積」などという。がん細胞が異常に増える過程で、新陳代謝した古いがん細胞を捨てるシステムがないから起こることである。

正常の組織の中に壊死があらわれることは基本的にありえない。だから、放射線科医をはじめとする「画像をよみとく医療者」は、この「壊死を読み取ろうとする」。

がんそのものだけではなく、「異常に細胞が死んでいるところ」を見極めることが、診断にも役立つわけである。



垢は死んでも何かを残す。まるでツイッターのだれかさんのようではないか。