2018年1月31日水曜日

病理の話(165) CPC劇場

医療はひとすじなわではいかない。

臨床医が考え込んでいる。画像診断にたずさわる診療放射線技師が悩む。臨床検査技師がしっくりこないと首をひねる。看護師たちがいつもと違うといって悪戦苦闘する……。

病気は複雑だ。

ときにわからないことがある。納得できないことがある。

病理診断は確定しているけれども、その後の経過が典型的ではない。

そもそも病理診断自体が確定しないなんてこともある。



そんなときどうするか。



臨床病理検討会というカンファレンスを開く。

英語になおすとクリニコ・パソロジカル・カンファレンス。略してCPCという。

診断や治療に悩むとき。あるいは、悩んだ後に。

臨床医と病理医ががんがんやりとりをしたい、と思うことがある。そんなときにはCPCだ。



……けどまあ実際には、多くの多忙な医療者たちを一箇所の会議室に集める手間、さらには時間調製のモンダイがあるので、えー、CPCは普通は定期開催である。建前と本音というのがある。



CPCをはじめよう。

まずは、悩みの深い症例を担当したドクターが、「プレゼンテーション」をする。

症例プレゼンテーションというのは、だいたい以下のように行う。

・ID(患者の名前、年齢、性別)

・主訴(しゅそ)。患者がそもそも病院にかかった理由

・現病歴(げんびょうれき)。患者が今回悩んでいる症状、そこに至る経過を説明する

・生活歴。飲酒や喫煙の状態、ふだん元気でぴんぴんしているのか、それとも寝たきりなのか。渡航歴(最近海外に行ったかどうか)。ペットを飼っているか。最近引っ越しをしたか

・既往歴。過去に大きな病気にかかったことがあるか。そして、その病気をどのように治療したか、あるいは今もしているか。どんな薬を飲んでいるか、どんな手術をうけたのか

これらはいずれも「患者の歴史」みたいなものだ。ドクターのプレゼンを聞いて、患者の姿がありありと見えてくれば、まずは成功である。




続けて、ドクターがどのように患者に介入したのかを説明する。

・診察したときのようす

・血液検査

・CT・MRI・超音波・内視鏡など画像診断の結果




これらを説明したあとに、問題点を述べる。「何が気にくわないのか」ということだ。カンファレンスでみんなに聞いてもらいたいということは、何かがしっくり来ていない、ということだから、それをしっかり説明する。

「CTの画像があまりみたことのない形態をしていた」とか。

「おそらく細菌感染しているはずなのだが感染場所がはっきりしない」とか。

「がんの転移した場所はわかったのだが、もともとがんがどこから来たのかがわからない」とか……。




これらの長いプレゼンによって、会場のみんながドクターと同じ気持ちになる。

なぜだろう。

ふしぎだ。

むずかしい。

そこで、今度は病理医の番となるわけだ。あたかも、答えを与える役のように。




でも本当のことをいうと、疑問すべてに、病理医が答えられるわけではない。

たとえば、血液検査の異常については、病理医がとくに臨床医より詳しいとは限らない。病理医というとあらゆる検査に詳しい印象をもっている人もいるかもしれないが(たぶんフラジャイルの影響で)、実際にはプレパラート診断以外は苦手な病理医も多い。

病理医は、「すべてを知るもの」ではない。

それでも、臨床医の役に立つことができる。



病理医のプレゼンテーションは、主に、「病気が確認された場所」や、「病気を構成している細胞そのもの」、また「病気によってどの臓器が壊されているか」などを説明する。

特に、がんをめぐる医療においては、病理医がみたものに非常に多くの情報が含まれている。







実は、病院・施設ごとに、CPCの「盛り上がり方」は少し異なる。

CPCが盛り上がらない病院というのは実際にある。なんとなく慣例で開催されるカンファレンス。人数があまり集まらない会議室。看護師も技師もカンファレンスに興味がなく、担当医のプレゼンはおざなりで、疑問点ははっきりせず、病理医もまた臨床の疑問に興味がない。「病理からいえることはこれだけです」。疑問が解決したのかしてないのかもわからないままに、それではまた来月……。

一方、CPCがとても盛り上がる病院もある。そういうところではたいてい、担当医が事前に病理部に足をはこび、カンファレンスではこのような疑問を提示したいと、事前に病理医に情報を出してくれる。カンファレンスは喧嘩するためにやるのではなく、これからみんなで難しい症例を解決しようと意気込んでやるためのものなのだから、事前の打ち合わせはいくらあってもいいのである。的確な疑問が提示され、十分に準備された病理のコメントが出ると、カンファレンスはいやおうなしに盛り上がる。やがて、出席する医療者たちは、単に情報を共有するにはとどまらず、担当医の「感情」をも共有することができる。この患者はたいへんだったろうな。自分が担当していたらどう考えたろう……。




CPCがおもしろくなる条件。それは臨床の医療者たちが、病理と連携してくれることだ。

CPCがつまらなくなる条件。それは病理医が、臨床の疑問にちっとも答えずに核とか細胞質の話ばかりして終わってしまうことだ。

有用なカンファは臨床のおかげ。クソカンファは病理医のせい。

ぼくはわりと本気でそう信じている。