2018年1月25日木曜日

病理の話(163) キャーのび太さんの

ぼくらが細胞をみるとき、一番頻繁に用いるのはHE染色だ。ヘマトキシリンという青紫色の色素と、エオジンというピンクっぽい色素を使って細胞を染め上げる。

世界中の病理医や研究者がHE染色をもっぱら用いる理由は、数ある細胞の染め物の中で、

「HE染色が一番、細胞の中にある核という構造が見やすい」

からだ。

きれいだからとかあざやかだからという理由だったらおもしろいのだが、役に立つからという理由。まあほんとに役に立つんだからしょうがない。

ヘマトキシリンは、細胞の核に染まる。核という構造をただべっとりと塗りつぶしてしまうのではなく、核の外周である核膜と、核の中にあるクロマチンというDNAのカタマリが丁寧に染まり、輪郭とか形状を評価することができる。

細胞の核って小さいものだと2~3μmくらいなんだけど、その2μmの中にちゃんと模様が浮かび上がるのだ。しかもDNAだよ、DNA。

なんと! HE染色を使うことでぼくらはDNAをみることができるのだあ!

……ただしクロマチンとはDNAが様々なタンパク質とからみまくってごっちゃごちゃになってダマになってしまったカタマリなので、それほどすごくよく見えるわけではない。もちろん塩基配列がわかるわけもない。けれどそれでも十分役には立つ。

核が青紫色に染まってハイライトされる一方、それ以外の構造……細胞質とか、細胞と細胞のあいだに存在する液状のものとか、線維とか、血管とか、筋肉とか、とにかくあらゆる「核以外のもの」は基本的にエオジンというもうひとつの色素によって染まる。

核だけを特別扱い。ほかはぜんぶ、ピンクの濃さで見ようという染色。それがHE染色だ。エオジンで繊細に描かれた水墨画のあちこちに、ヘマトキシリンで画竜点睛。核だけは特別扱いである。ちょっと1枚写真を出そう。



これが何とはいわずにとにかく1枚。

「なんだかピンクと白と、あとにごった紫でできているなあ」と思って眺めたあなたは何も間違っていない。病理医だって同じことを思って眺めている。

ただし、病理医の場合は、

「核が青紫で特別扱いだ」

という格言が、あなたがたよりもう少しだけ強く、脳と目にしみついている。写真をみるときには無意識に「青紫の登場頻度」を数えている。

核の数とか、密度。どれくらい核があるだろうか。核の形は。DNAの量がどうなっているのか。

その上で、ピンク色の部分を、あぁーただピンクだなぁーで終わることなく、濃いとか薄いとか、筋張っているとか何かを取り囲んでいるとか、水墨画に秘められたメッセージを読み解くように、細かく見極める。

おまけで、染色液にさんざんつけ込んでいるのに白い部分というのはつまりなんなのだろう、そういう目で、白い部分も見る。

一般人と病理医とでは、つまりこの程度の差しかない。ちょっと学べば誰でも顕微鏡像を見て考えることができるようになる。



……なんかプレパラートの見方みたいなものをまともに説明したのはじめてな気がする。

ぼくは日頃、マクロ(肉眼で臓器をみること)や、各種の画像診断と病理の対比みたいな話ばかりをするので、顕微鏡で400倍とか600倍に拡大した組織像のことはめったにしゃべらない。

けどほら、実は、いまさらだけど、こういうミクロの世界も好きなんだよね。マニアックでオタクな変態って思われたらいやだから今まで言わなかったけど……すでに思われてるからもういいかなって……。