2019年12月4日水曜日

病理の話(391) 虫垂の味見

たとえば、乳輪であるとか、脇毛であるとか、「それって何の役に立ってるんだよ……」っていうやつ。たぶん、ある程度の意味があって残っている。

これはもういきなりぼくの想像になるんだけれども、乳輪というのは、視力があまりよくない新生児が乳首の位置をきちんと視認するために必要だったのではないかなと思うのだ。赤ちゃんにとってバリアフリーな看板。

だったら男性には必要ないべや、と思うわけだが、人体というのはもともと女性型が基本で、Y染色体のパワーでそれを無理矢理男性に改造しているので、女性だったときの名残があちこちに残る。



脇毛とか陰毛については、毛そのものに意味があるというよりも汗腺と毛のコンビネーションに意味があるのではないか。これもどこかには書いてあるのかなと思うが、いちおうぼくの推測を書いておくと、脂分の多い汗をかく場所には毛も必要なのだと考えている。汗に含まれる油脂分で汗の出る穴が詰まってしまうと、それはニキビ(局所の感染症)になる。そこで、汗の出る穴には一緒に毛を用意しておき、毛が伸びるにつれてベルトコンベアで運ばれるように古い油脂も押し流してしまう。これ考えた人えらいな。神か。

脇とか陰部というのは、機能としてにおいを出す。元々はおそらく体調や清潔状態を伝達する上で役立っていたんじゃないかな。フェロモンみたいなものだ。そして、においって脂分なんだよね(ラーメン屋の壁が臭うのは完全にアブラだろう)。




で、そういう話をいろいろと考えていくと、虫垂にぶちあたる。小腸が大腸になるあたりでピヨッとわき道に生えている袋小路だ。なんの機能をもっているかほとんど知られていない。おまけに、一般に「モウチョウ」と呼ばれている病気の正式名称を虫垂炎というように、ここはときおり痛い病気の震源地となる。

だからモウチョウで苦しんだことがある人はたまにこう言う。

「なんで虫垂なんてものがあるんだよ。役にも立ってないくせに。」

英語でもappendix(おまけ)というくらいだ。本当に役に立っていないものだとばかり思われていた。

ただ、近年、この虫垂もまた立派にある程度の機能を果たしているのではないかと考えられるようになった。この話は何度かブログに書いているけれど、けっこう知らない人が多いのでまた書く。

虫垂の機能は、小腸から大腸に押し出されてきた食塊を「味見」することだと言われている。

シチューの味をみるときに全部飲んでしまう人はおるまい(ギャグマンガならともかく)。普通は、少しだけスプーンですくって味をみる。

それと同じように、大腸の中を流れていく食べ物の一部を虫垂がちょっとだけ拝借するのだ。そして、袋小路で検分する。小動物が巣穴に食べ物を持ち込むイメージか。

そこに何か悪いものは含まれていないか。体に対して毒性をもつものを残していないか。食べ物そのものに対して、さらに、小腸から大腸に移行する部分に住む「常在菌」たちを検分している。

虫垂には大量のリンパ球(白血球の一種)が集まってくる。ほかの腸管にくらべて、回腸の終わりの部分と虫垂にはリンパ球が多い。こいつらの機能がどうやら腸管内容物の検閲らしい、とわかって、それまで役立たずだとかおまけだとか農家の四男坊(©ブラックジャック)だとか言われていた虫垂にもけっこうな役割があるんだと言われるようになった。




味見は、慣れてくると、しなくてもよくなる。

だから虫垂をちょんととってしまったところで体調が大幅に悪くなることはない……。今のところそう考えられているし、多くの人が実際に虫垂炎などによって虫垂を手術で取ってしまう。その後めちゃくちゃに体調が悪くなったという話は聞かない。

けれどまあ虫垂は味見用のスプーンみたいなものなのだ。乳輪もそうだけど、あるものには、それなりに意味があるということである。

個人的には、手の甲、とくに指にはえた毛なんかは退化して消えて欲しいと願っているのだが……。