2016年12月8日木曜日

病理の話(26)

細胞、器官、臓器などが「あるカタチ」をしていることには、おそらく意味がある。

適者生存の論理というやつだ。長い長い生命の歴史の中で、一番いいカタチをしていたものが、結果的に今こうして残っている、と考える。

耳のカタチがなにやら複雑な形状なのも、鼻の穴が左右に分かれているのも、おそらくは、確率的に生き延びる率が高かったカタチだからだ。そう考える。

で、まあ、臓器とか指とか目とか、そういう大きなものだけじゃなくて、ミクロの世界にも、歴史によって選択されたカタチというのが存在する。

たとえば、胃粘膜は、場所によって微妙にカタチが異なるのだが、すごーくざっくりと説明すると、胃の出口側(十二指腸に近い方)では、粘膜はアコーディオンのような形状を示す。ただし、目に見えるアコーディオンではない。顕微鏡で見て初めてわかるくらいの、ミクロ・アコーディオン・ギザギザ。

これに対し、十二指腸に近い部分以外の、大部分の胃粘膜は、もっとつやつやとしていて、アコーディオン・ギザギザではない。

胃って、中に食べ物を一定期間閉じ込めておかなきゃいけない臓器なのだ。胃酸で食べ物をぶちこわすには、ある程度の時間が必要だからね。

その間、食べ物に対して胃酸や粘液をべっしゃべしゃぶっかけ続けるのが、胃の大事な役割である。

そして、破壊が終わると、食べ物をまとめて「十二指腸の方に送り出す」必要がある。

この、送り出すという動作のときには、粘膜がすごく伸び縮みする。だから、十二指腸に近い部分においては、粘膜がアコーディオンのようにギザギザになるんだ。


はじめてこの話を聞いたとき、うおっなるほど、すげぇ、となった。でも、この話を教えてくれたのは、病理医ではなくて、内視鏡医だったのだ。

内視鏡医、すなわち、胃カメラをやる消化器内科のお医者さんである。別に、顕微鏡を使いこなすわけではないし、病理組織像にすごく詳しいわけでもない。

けど、彼は、胃の診断が好きで好きで、「どうしてこうなっているんだろう」というのを毎日考えていて、ありとあらゆるアプローチで胃の正体を解き明かしたくて、とうとう、「胃・幽門部(十二指腸に近い部分)の粘膜がなぜギザギザうねっているのか」を考え出してしまった。


形態学というのは、病理医の専売特許ではない。「なぜだろう、どうしてこういうカタチをしているんだろう」と疑問に思うことは、顕微鏡ハカセだけの特権ではないのだ。


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来年の病理学会のワークショップのテーマに、「内視鏡所見との対比から考える消化管病理診断」というのがある。このワークショップを取り仕切るのが、上で触れた「アコーディオン・ギザギザの理由を推測した先生」である。彼とはときどき一緒に仕事をするのだが、病理医と内視鏡医、それぞれが違う視点で一つの臓器、一つの病気に迫っていくと、常に新たな発見があるなあと、いつもワクワクさせてくれる、そんな人である。