2016年12月22日木曜日

病理の話(31) がんの話(3) がんはできそこないだ

「2.がんは、できそこないだ。」の話。

例えば「胃がん」は、胃の細胞にちょっとだけ似ている。「肺がん」は、肺の細胞にちょっとだけ似ている。これを、「形態学的に、正常細胞を模倣している」と言う。

ただし、似ているだけで、実際の役には立たない。胃がん細胞は胃酸を産み出してはくれないし、肺がん細胞は酸素を血管内に受け渡してはくれないのだ。本来持つべき機能を消失しているのである。

体中に散らばっている細胞は、胃であれば胃の役割を、肺であれば肺の役割を果たすべく、手分けしている。持ち場にきちんと分かれて、職種に応じて、見事なまでに形を変えるのだ。

細胞が、果たすべき機能に応じた形をとることを、持ち場に分かれて変化する、という意味で、「分化する」という。

がんは、正しく分化ができていない。「分化異常」を持っている。

前回、増殖異常と、不死化のことを書いた。今回の分化異常で、役者がかなり揃ってきた。

増殖異常+分化異常+不死化で、ほぼ「腫瘍細胞」をあらわしたことになる。



では、「分化異常」があると、なぜ困るのか。がん細胞は、分化異常によって、どんな悪さをもたらすのか。これを語る上で、たとえ話をしようと思う。正確性をやや欠くが、イメージしやすい方を選ぶ。



分化異常があるとは、そこにいる細胞が本来の機能を来さないということだ。これを、チンピラに例える(まただ)。

八百屋さんで働く人。魚屋さんで働く人。道を整備する人。駅で働く人。それぞれの場所に、それぞれの「制服」を来た人々が収まって、きちんと働いている平和な町中に、ごくつぶしが現れる。

このごくつぶしは、その名の通り、穀を潰す。栄養ばかり奪っていくのだ。万引きはするし、店内のコンセントで勝手にスマホを充電するし、優先席のおばあさんを蹴飛ばして自分が座る。そして、何より、働かない。

本来、がんばって仕事をしなければいけない人々に迷惑をかける。町に流通する食べ物や電気は、町の善良な人々が暮らしていくには十分な量だったが、鼻つまみ者がかたっぱしからさらっていっては困る。町が弱る。がんばって流通を活性化させようにも、このチンピラはろくに働かないから、活気はどんどん落ちていく。


ここで、警察に登場してもらおう。体内における警察とは、「免疫」である。悪者がいたら倒す、それくらいのことは、この町にだってできるのだ。

警察の仕事は忙しい。この町には、時折、悪者がやってくる。「細菌」や「ウイルス」と呼ばれるモンスターが有名だ。ゴジラみたいにでかいのもいれば、ゾンビみたいにサイズは人と変わらないけど見るからに凶悪なやつもいる。「明らかに人じゃない」ので、警察も拳銃をガンガンぶっ放す。

一方、「がん細胞」だって悪い奴らだ。徒党を組んで、そのうち町を滅ぼしてしまう。チンピラだって侮れない。いずれはやくざになり、マフィアに育っていく。さあ、警察の出番である。ところが……。

「がん細胞」は、モンスターではない。人の形をしている。善良な市民と対して変わらない見た目をしている。実は裏でひどいことをやっているのだが、町を歩いているときには何食わぬ顔をしている。目も2個あるし鼻もついているし、服だって来てるし靴も履いている。

そう、「善良な市民を模倣している」のである。

だから、警察が、見逃してしまうことがある。すると、のさばる。徒党を組んで破壊行為を始めるころには警察も気づくのだが、今さら抑えきれない。

リーゼントに特攻服の「わかりやすいチンピラ」の場合は、警察もある程度見つけ出して応戦できるのだが(逆に言うと、わかりやすいチンピラのくせに生き残るやつは、腕っぷしが強く、警察にも負けないタイプだ)、おしゃれスーツのさわやか青年みたいな顔をしたサイコパスもいて、こういうのはしばしば警察の目をすり抜ける。


感染症とがんは、人間の永久の敵であると言われる。我々にとって、次々と現れるウルトラ怪獣(感染症)はもちろん脅威であるが、「人の敵は人」というのも、また事実なのだ。

続きます。