あれは15年くらい前の話だ。
インターネットが大衆の眼前に降りてきたころだ。
mixiは、まだ招待制だったろうか。
エキサイトなんちゃらとか、なんとかビーチとか、出会い目的のおっさんがうようよしているような交流サイトの全盛期だったと記憶している。
ぼくもまた、「出会い系じゃないよ、交流が目的だよ」みたいな、きれいごとが書かれているサイトに登録していた。日記を書いて、コメントのやりとりがちらほら。現代のSNSには及ぶべくもないスローなやりとり。どこか泥臭く、そしてまだネットに夢を見ていた人たちがいた。
一人の女性と知り合った。その女性と仲良くなったきっかけは、ナンバーガールというバンドであった。自己紹介欄に「邦楽ロックが好きだ」と書いていたら、ナンバーガールは聴きますか、と問いかけられた、そんなきっかけだったと思う。
ぼくは、ナンバーガールというバンドを好きになったばかりだった。……思い出した、あれはやっぱり15年前だ。
知人のロック好きに教えてもらって、一発でハマったのはいいが、一度もライブに行ったことはなく、CDやスペースシャワーTVの映像特集、横流しで手に入れたライブ音源のコピーなどを数枚持っている程度だった。
ネットでコメントをくれた女の子は、「ナンバーガールが好きな人をようやく見つけた」と、はしゃいでいた。
今なら考えられない。ツイッターで「ナンバガ」とひと言ツイートすれば20ふぁぼはつくだろう。
でも、当時は、マイナージャンルの趣味嗜好を摺り合わせるには、おそろしくスレの動かないスローモーな交流サイトなどに書き込んで、粘り強く待つしかなかった。だから、生粋のナンバガ好きであったあの子も、ぼくを見つけてあんなに喜んだのだろう。
ぼくが、解散直前にようやくナンバガを知ったばかりの、「にわか」であるとも知らずに。
ネットで出会った女の子と、はじめてお酒を飲みに行った。こういうとき、やってくるのはマレーバクとかアフリカツメガエルみたいなタイプと相場が決まっているが、思いのほか可愛らしい女性がやってきた。
ナンバーガールのギター、「田渕ひさ子」にひっかけて、自分のことをこう名乗った。
「はじめまして。ひさ子です(笑)」
ぼくは、彼女のことが好きになるかもしれないなあと思った。
でも、話は単純だった。好きになるまでの悠長で怠惰なむずがゆい時間など、そこにあるわけもなかった。
家で音源だけを聴いて、ナンバガが好きだと言っていたぼくと、札幌に住みながら各地のライブに精力的に参加し、ライブ会場でしか手に入らない音源も多数持っていたひさ子(仮名)とでは、ナンバーガールに対する「深度」が違いすぎた。会ってすぐにわかった。
話が続かず、飲み会は1軒目で解散となった。ひさ子(仮名)は、約束していたライブ限定CDを焼いたやつをぼくにくれた。
翌日、ネット上であいさつを交わしたけれど、ぼくはそれ以降、サイト自体を開かなくなってしまった。
「にわか」が、練度の高い人間の中に入っていって、同じテンションで楽しむなんて、できるわけがない。今ならそう言える。38歳のぼくなら、それくらいすぐにわかる。
それもわからない程度の、23歳のぼくは、当時、研究者を目指したり、剣道をしたり、バイトをしたり、とにかく、何もかもをわかってやろうといきまいて、様々に走り回っていた。
にわかに燃え上がる気持ちのまま、カーテンを閉め切った体育館の中に土足で踏み込んで、転がっているボールをバスケのゴールに入れるような、ステージに乗ってひたいに手をかざすような、そういうやり方で、冷笑を浴びながら、自分が本当に好きになりそうなものを、ああでもない、こうでもないと、探し回っていた。
ツイッターで新しい本を見つけて読んだり、新しいバンドを教えてもらって聴いたりするたびに、「にわかの自分」を眺めるもう一人の自分の声がする。
好きならそれでいいんじゃない。
あるいはひさ子(仮名)の受け売りだったかもしれない、声が響く。