2016年12月16日金曜日

病理の話(29) / がんの話(1)

病理診断の主戦場は、がん。がんの診断である。だから、病理の話をしようとか、病理診断医のことを書こうとか、病理診断科で何が起こっているかを語ろうと思ったら、自然と、がんの話をすることになる。

今日から、「病理の話」では、しばらく、がんの話を続けることにする。十重二十重に、話す。



長くなるかもしれないから細切れにして書く。




「がん」は、なぜ、人の興味をひくのか。それは、人が死ぬからだと思う。

「がん」は、なぜ人を殺すのか。これに答えられる人は、実は少ない。医療者であってもまともに説明しようとすると骨が折れる。

テレビはなぜ映るのかわからないままでも楽しめる、というのと似ているかもしれない。

がんがなぜ人を殺すのかわからないままでも、怖い。


1.がんは、増える。

がんは、増える。元々そこにあるべきではない細胞が増えれば、それだけ栄養が必要となる。おまけに、がん細胞は、普通の細胞に比べて、燃費が悪い。めちゃくちゃに栄養を奪う。

だから、がんが増えていくと、人はやせ細る。「悪液質(カヘキシー)」と呼ばれる、独特の痩せ方をして、消耗して、死んでいく。

がんは、増えることで、人を殺す。


2.がんは、できそこないだ。

がんは、できそこないだ。例えば「胃がん」は、胃の細胞にちょっとだけ似ている。「肺がん」は、肺の細胞にちょっとだけ似ている。似ているけれど、役立たずだ。胃がんは胃酸をほどよく産み出してはくれないし、肺がんは酸素をほどよく血管内に受け渡してはくれない。

その場で正しく働いている、胃や肺の細胞と、似てはいるけれど、うまく働かない。そんな細胞が増えても、役には立たない。

がんは、何の役にも立たない穀潰であり、増えることで、人を殺す。


3.がんは、しみ込んで破壊する。

がんは、しみ込んで破壊する。がん細胞は、最初に出現した場所で増え続けるだけではなく、周りの正常の構造をどんどん壊したり、あるいはスキマにしみ込んでいく。肝臓にできれば、肝臓の中にあるパイプのような構造をつぶしてしまうし、膵臓にできれば、膵臓自体をぶちこわしてしまう。すると、肝臓や膵臓の機能が落ちる。

がんは、何の役にも立たない穀潰しであり、正常に働いている臓器を壊してしまうこともあり、増えることで、人を殺す。

4.がんは、がちがちに硬くなる。

がんは、がちがちに硬くなる。がんごとに「個人差」はあるのだが、がんは増えたりしみ込んだりする過程で、「がん細胞自身が安心して暮らすための足場」を作る。これが硬い。

大腸にがんができると、大腸のカベにカタマリができるが、これが硬い。硬くて、ごつごつしていて、ひきつれる。硬いカタマリができて引きつれると、大腸の穴がふさがってしまう。大腸がまともに食べ物を通せなくなる。

がんは、何の役にも立たない穀潰しであり、正常に働いている臓器を壊したり、ごつごつガチガチひきつれてぐしゃぐしゃにしながら、増えることで、人を殺す。

5.がんは、転移する。

がんは、転移する。一つの場所でだけ増えているわけではない。さまざまな手段で全身のいろいろな場所に移り住んで子孫を増やす。

これにより、「役立たずが増えるスピード」が何倍にもなるし、「しみ込んで破壊する場所」も「がちがち硬くなる場所」も何倍にもなる。今まで書いてきた、1から4までが、数十倍とか数百倍に増幅される。

そして、治療も難しくなる。至る所で同時に蜂起したテロリストを、限られた人数しかいない警察が鎮圧できるだろうか。

がんは、何の役にも立たない穀潰しであり、正常に働いている臓器を壊し、ごつごつ、ガチガチ、ひきつれなどを作りながら、全身の至るところで増えることで、人を殺す。




むかついてくるだろう。がんは、敵だ。

敵を知り、己を知るために、がんの話をはじめる。戦う・戦わないは、知ってから決めればよいことだ。