2018年2月27日火曜日

病理の話(174)

さあ内視鏡の話をしよう。

ここまで、X線・CTMRI超音波(エコー)の話をしてきた。

これらはすべて、「断層写真」を得るためのものだ。体を何らかの方法で「輪切り」にして、内部を調べようとする検査である。

しかしまあ人間というのはとにかく病気を直接目で見てみたいものなのだ。

だから、内視鏡がある。内視鏡とはつまり、「ふつうの人間がのぞきこめないところをのぞきにいくカメラ」のことである。

口や鼻の穴からカメラを入れれば、食道とか胃、十二指腸の粘膜をみることができる。

十二指腸の中に開口している「ファーター乳頭」の中へ潜り込んでいけば、胆管・膵管といった構造の中ものぞくことができるそうだが、これらの管はかなり細いので、まだそれほど実用的な観察はできない。

一方で肛門からカメラを入れれば、大腸の粘膜をみることができるし。

口から入れたカメラを気管の方にすすめていくと、肺の中に通っている気管支の粘膜をみることができる。

お腹に小さな穴をあけて、そこからカメラを入れれば、肝臓とか脾臓などの内臓の表面をみることができる。これが腹腔鏡(ふくくうきょう)。

胸に小さな穴をあけて、肋骨のすきまからカメラを入れると、肺の表面をみることができる。これは胸腔鏡(きょうくうきょう)という。

けっこういろいろ見ることができるのだ。



ただ、直接見られるから「最強だ」とは言い切れない。ちょっと考えてみよう。

たとえば胃の表面になにかが見えたとする。

このなにかが、胃の中にモコモコと「隆起して」育っていたら、その大きさとか色、カタチをしっかり見ることができる。

けれど、病気が胃の粘膜にモコモコ隆起するのではなく、胃粘膜から下の方にズブズブ潜っていたらどうか?

表面から見ただけでは、粘膜の下にどれくらい潜り込んでいるのかは、なかなか判断が難しい。



マンハッタンの上空にドローンを飛ばすと、高層ビル群や自由の女神がにょきにょきとはえているのがよく見えて、さぞかしきれいだろう。

けれどドローンを飛ばしても地下鉄の走行は追うことができない。

それといっしょだ。



内視鏡を用いた画像検査は、「直接みにいくもの」ではあるのだが、以外と病気そのものを直接みることができないことも多い。

むしろ超音波をあてて中を見てみたいことはある。CTやMRIのほうがかえって、物質の内部性状をじっくり評価できることもある。



では内視鏡はあくまで「表面の変化」だけをみる機械なのかというと、そうではない。

たとえば地中をモグラが掘り進んでいくと、土の表面が「モコモコ!」と変化することがあるだろう。

粘膜の下にもぐった病気は、そこで「硬さ」と「厚み」をもつ。これが表面から見えることがある。





診断が上手な内視鏡医をみていると、まず第一に、

・「ウォーリーを探せ」がうまそうだ

と思う。周囲と比べてわずかに違うものを見つけ出す能力が高い。

また、

・「かくれんぼの鬼」がうまそうだ

とも思う。カーテンのわずかなゆれ、クロゼットのドアがわずかに開いていること、ふとんが少し盛り上がっていることにピンときて、その向こうに何かが潜り込んでいないかと推測する能力が高い。




直接みてみたいのは人の情というものだ。

しかし、直接みられないときに工夫して、「間接的に」みることこそが「医術」であるといえる。内視鏡医とて例外ではない。






画像の話をずっとしてきた。

次回は、「身体診察」の話をしよう。医者が手や目を用いて、患者をみたり触ったり押したり叩いたりすることで、何がみえるか。

間接的にみることが医術だと書いた。診察とはまさに医術なのである。