血管と血液の流れの話をしよう。
ぼくらの体の中では、生きている限り、ずーっと血が循環している。
動脈は、きれいな酸素や栄養をあちこちに送り込むために全身に張り巡らされた「パイプ」だ。
大動脈という人体最大のパイプは、心臓から最初に出てくる幹であり、血管の親玉である。リコーダーくらいの太さがある。このリコーダーから、脳、ウデ、足など各所に向かってもう少し細い動脈が枝分かれする。総頸動脈はエンピツくらいの太さだ。
胃や腸、肝臓や腎臓など、あらゆる臓器にも動脈が向かう。最後は毛細血管と呼ばれる髪の毛より細いパイプとなって、指先にまで分布する。
水道管をイメージするとよい。
浄水場できれいになった水が、最初はでかいパイプによって運ばれる。市街地に入ると編み目のようにわかれて、それぞれの家庭へと伸びる。家の中でさらに台所とか洗面所とかトイレといった細部に行き渡る。
さて、血管というパイプは、80年以上にわたって保守管理をしなければいけない。これはよく考えるとすごいことである。80年放っておいて朽ちない水道管などありえないだろう。
水道管が破裂したら地方紙の一面を飾るほどのニュースとなるが、そうならないように、水道局の人々は水道管の経年劣化を監視したり、古くなったパイプをとりかえたりしてくれる。
でも、人体の中には水道局はない。どうやって破損箇所を探し出し、どのようにメンテナンスしているのか?
血管のメンテナンスは、考えれば考えるほど複雑で、とてもよくできている。
「あれでしょ、血小板とかが出てきて、ふさいでくれるんでしょ。見たことあるよ」
その通りなのだけれども、ちょっと待って欲しい。よく考えて欲しい。
血管の世界では、水漏れ修理なんて穴をふさげばよいではないか、と簡単に片付けてしまってはいけない。
大原則として、血管というパイプは、水漏れもやばいが、詰まらせてしまってもいけない。もし詰まったらその先の細胞たちはみんな酸素や栄養がもらえなくなって、ばたばた倒れていくことになる。
この「穴をふさぐのはいいが、絶対に詰まらせるなよ」という制限が、修理をとても難しくする。
水漏れ箇所にパッチをあてたとしよう。よーしこれで穴はふさいだぞー。
でも動脈の中にはギュンギュンと血液が流れている。血管というパイプの壁にも、血流の力がドコドコかかっている(※ずり応力の話は省略します)。
パッチをあてて穴をふさいだはいいが、そのパッチだって劣化する。劣化してぼろぼろになって、あるとき、血の流れにおされてぼろっとはがれる。パイプの中をビュンと流れる。先に詰まる。
たいへんだ。水漏れ修理が原因で、パイプが詰まってしまう。
じゃあ、血管のパイプ修理はどうすればいいと思う?
パッチは用があるときだけカタチを保っていて、用が済んだらすぐ溶けて無くなるようにする。
そんな都合のいいパッチ、水道工事の世界には存在しないわけだが、血管工事の世界にはちゃんと存在するのだ。
すさまじい技術(?)である。細かい秘訣がいろいろある。話すと長くなるがひとつだけ。
パッチを必要な時に自由に作ったり溶かしたりするために、血管の中では、「たとえ水漏れが起こっていなかろうとも」、パッチを作るはたらきと、溶かすはたらき。これらを常に同時に稼働させている、という。
一見ムダにみえるが、この仕組みは優秀だ。
パッチが必要なときには「作る量を増やし、溶かす量を減らす」。
パッチが要らなくなりそうなら、「作る量を減らし、溶かす量を減らす」。
システムを常時、低速で稼働し続ける……言ってみれば「アイドリング」をすることで、いざというとき、システム立ち上げのタイムラグをなくすことができる。また、パッチの分量をリアルタイムで細かく調製することができる。
人体の中に水道局はいない、と書いたのだが、実は日頃から血液の中にはフィブリノゲンとかプロトロンビン、各種凝固因子などの無数の「水道局員」が溶け込んでいる。これらはぼくらの目に見えないレベルで、常時勤務している。常に血液の中で、パッチを作ったり溶かしたり、まるでアイドリング運転のように、低速運転しながらじっと待っている。
いざ! 血管がやぶれたら、あるいはやぶれそうになったら、アクセルをギュン! と踏む。すかさずパッチが大きくなってその場をふさぐ。アクセルが戻るとまた溶ける。
このシステムじゃないと、80年以上にわたる血管の保守管理はうまく回らないようなのだ。凝固・線溶(かためる、とかす)の仕組みはとても複雑で、医学部時代には授業で必ず寝てしまうくらい難しい(ラリホーマと呼ばれる)のだけれど、あらためて勉強してみるととても面白い。
なお今日の話はまだ「動脈」の話しかしてない。下水道、つまり「静脈」の話はしてないし、外因子と内因子の話もしてないし、一次止血と二次止血の話もしてないし、FDPとかD-dimerがなぜ検査として汎用されているのかも話もしてない。この世界は奥深いぞ。