2018年4月3日火曜日

病理の話(186)

臨床医の置き手紙が読めない。頭を抱えている。

横には、プレパラート。臨床医が自分で見たのだろう。病理検査室には誰でも使える共用の顕微鏡がある。熱心な臨床医は夜中や朝方に病理検査室に忍び込んで、自分の担当患者のプレパラートを自分でみて考える。

「○○と思って治療したんですけど」のあとが読めない。

参ったな。

プレパラートをみる。手術された検体だ。がんがある。担当した内科医は、「この病気はがんであろう」と考えて外科に手術を依頼した。外科は手術を行って臓器の一部をとった。何も間違ってはいない。

がんを詳しくみる。かつて自分で一度診断した人だ。

Aというタイプのがんで、○cmほどの範囲に広がっていて、□までしみ込んでいる。

病理診断はさほど難しくはない。

しかし……。



「がん細胞が少量ずつ集まって正常組織にしみ込んでいるのだが、ひとつひとつの『ユニット』のサイズが小さく、少数精鋭の騎馬隊が戦場のあちこちに散らばっていくように、ユニットとユニットの距離が広いなあ」

と思う。



ちょっと図で書いて説明しよう。がん細胞を騎馬隊に例えたが、ひとつひとつのユニットを「T」としよう。

T T T T T T T T T T T

これでユニットが11個、横に並んでいるところを表現したつもり。

左から右まで、たとえば5cmあるとする。病理診断書にはたとえば「病変範囲 5cm」のように記載する。

ところで、こういう場合もある。

T n T n T n T n T n T

「n」はがんではない。なんか戦場に生えている木だとでもしよう。

これも、がんの「範囲」は、同じ5cmだ。端から端までの距離を測れば。



けれども、「見つけやすさ」はまるで違うのである。

前者と後者では、ユニットどうしの距離が違う。間に、騎馬隊とは違う「背景」もまじっている。

後者のほうが、より、「ユニットが正常にまぎれている」ことになり、発見しづらい。



同じ5cmのがんなのに、だ。




クッソ汚くて読めない臨床医の手紙をスタッフ総出で解読する。「○○と思って治療したんですけど」は、どうやら、「もっと小さい病変と思って治療したんですけど」のようだ。

がんであることは間違っていなかった。治療選択も手術でよかった。手術は滞りなく行われ、病変はすべて採り切れていた。

けれども、一番最初に診断した内科医は、がんの範囲を正確に読み切れなかった。

戦場に広がる騎馬隊のうち、ゲリラ部隊のように横にひそんでいたユニットまではわからなかったのだろう。




臨床診断ではしばしばこういうことが起こるので、外科医もそのへんは了解していて、「事前に読んだ範囲よりも広めに臓器を切除する」とか、「別の方法で範囲を判断する」ということを慎重に行う。だから、一番最初の読み違いのために治療がうまくいかなくなるというケースはまれである。

しかし……内科医は悔しかったのだろう。

だから病理をみに来た。自分でプレパラートをみて理由を探した。そして、ぼくに置き手紙をした。



「市原君はどう思いますか」。



実に見上げた臨床医ではないか。ひとつ問題があるとすれば、「市原君」が読めないくらいクッソ汚い字だということだ。自分の名前を読むのに5分もかけるとがっかりする。電子カルテ時代が来たおかげで重要な臨床文書はほとんど活字で手に入るようになったが、昔の病理医はさぞかし大変だったろうなあ。