2016年11月2日水曜日

病理の話(14) なぜ臨床医が病理の部屋を訪れるのかについて

臨床医がぼくのデスクに来る理由は、いくつかある。


ふだんの診療における、病理に対するちょっとした疑問とか、出たばかりの病理報告書に疑問があるとき。直接、詳しい説明が聞きたいとき。

ぼくは札幌厚生病院という市中病院で、札幌厚生病院の臨床医を相手に仕事をしている常勤医である。普段から、どの臨床医がどういうやり方で診療をしているか、どういう心情をもって働いているか、何に興味があるか、どれくらい病理を信用しているか、というのを、まあ、だいたいはわかっている。これは、同じところにずっと勤めている強みだ。どの臨床医がどういう疑問をもっているか、だいたいは知っているし、逆に臨床医の側も、ぼくがどういうレポートを書く病理医か、よく知っている。

というわけで、たいていの疑問は、電話一本で解決してしまう。

「先生、こないだの○○だけど、やっぱりアレなの?」

「そう、下の方に書いときましたけど、アレですね」

「そうかアレかー。いやー久々に見たなーと思って。わかった、ありがとう」

実際に、こういう電話をすることもある。お互い、報告書を挟んで、ほとんど疑義はない状態だ。珍しい、という感覚を共有したり、ぼくがどれくらいのテンションでこれを診断したのかを探るために、一本の電話の手間を惜しまない臨床医。なかなかかっこいいシーンだなあと思う(伝わらないでしょうけど)。

ときには、より深く、本質的な議論が必要な場合もあるが、いろいろな科で毎週「キャンサーボード」(cancer board, 直訳すると、がん会議)というのが開かれており、症例について臨床医と病理医、放射線科医が揃ってディスカッションをし、定期的にコミュニケーションを取っているので、たいていはキャンサーボードで疑問を共有できてしまう。わざわざそれ以外の時間にデスクまでお越し頂く機会は、昔より減っている。

もっとも、病理の部屋はわりとアクセスがよいところにあるので、臨床医の中には、「たいした用がなくても」病理にふらっとやってきて、世間話ついでに最近の症例について会話をしたいタイプ、というのもいる。こういうのは、正直、ありがたい。病理の部屋に、リアルな臨床の空気を取り入れてくれるからだ。

まれに、超難解症例で、どうしても直接話がしたい、と言われることもある。そういうときにはわりとガチで「鳥肌が立つ」。



さて、ここまではいずれも、臨床医が「日常診療に関係した話」をしに病理に来るケースであった。しかし、実際のところ、ぼくのデスクに臨床医が来るパターンとして一番多いのは、

「学会・研究会の手伝いを頼みに来るケース」

である。

医療者はよく、学会報告をする。論文を書く人もいる。論文といってもいろいろな種類があるのだが、その中に、「病理の写真を使いたい、病理の解説を入れたい」場合がある。

診断が難しかった症例を学会報告する場合。「答え」としての病理診断を明記する必要があるし、できればプレパラートにある「細胞像」を写真にとって、論文に添付したい。説得力が段違いなのだ。

特殊な治療を学会報告する場合。治療の対象となった疾患を提示する際にも、「病理診断」があると、報告が引き締まる。

レアなケース、何十万人に1人しかかからないような稀な病気を学会報告する場合には、病理診断の記載はほぼ必須である。ぼく自身は、病理診断が常に確定診断だとは思っていないが、世の中でまだほとんど診断されたことがないような疾患をきちんと定義するには、病理診断がしっかり責任を負わないとダメだろうとも思っている。

このようなとき、臓器の肉眼写真を解析し、プレパラートの顕微鏡写真を撮影して、パワーポイントファイルにしたり、論文に添付したりするのには、ちょっとしたコツと、「プレパラート写真撮影用の機械」が必要となる。

だから、臨床医は、病理医のところに、「ちょっと写真撮ってくれませんか」と、お願いに来る。病理と写真との関わりは深く、この話は、また日を改めてじっくりと書きたい。



さて、ほかにも、臨床医がやってくる理由はある。

「教科書を借りたい」

なんてのもある。病理には教科書がいっぱいある。WHO分類、AFIPアトラスといった世界のスタンダードとなるべき本をはじめ、病理、解剖関係の本は図書館よりも多い。

なお、病理ではなくあえてぼくのデスクを指定してやってくる臨床医、あるいは研修医の中には、ぼくが集めている「臨床診断学の本」や「内視鏡診断学の本」、「痛みの考え方の本」、「医療統計・疫学の本」、さらにはアフタヌーンやジャンプの最新号、フラジャイル全巻などを求めてやってくる人もいる。

さすがにぼくがここで働くモチベーションの全てであるとは言わないけれど、「本を探すために、病理に来ました」と言われるのは、うーん、もしかすると、一番うれしい、かもしれない。フラジャイルくらい買えとも思うが。