2016年11月17日木曜日

病理の話(19) 病理と写真のど真ん中をまじめに語る

複数回にわたり、「病理の話」の中で、「写真はだいじなのだ」ということを書いた。

いよいよ、今日から、写真の話をする。病理と写真の関わりについて、書こうと思う。



病理医が撮る写真には、大きくわけて2種類ある。肉眼写真と、組織写真だ。

肉眼写真というのは、体の中からとってきた臓器や病変を、そのまま、あるいは包丁で切って割面を出すなどして、デジタルカメラで撮った写真。

これに対し、組織写真というのは、プレパラートを顕微鏡で拡大したものを特殊なカメラで撮影した「ミクロの世界の写真」である。

組織写真をミクロ写真とも言う。これに対し、肉眼写真のことはマクロ写真と呼んだりする。



「病理医ヤンデル」というツイッターアカウントを作る前に、どんなアカウント名にしようかと考えていた際、「病理少女 まくろ☆ミクロ」という候補があった。

ま、それくらい、マクロとミクロは大事なのだということなのだが、今あらためて、病理少女にしなくてよかったなあ、と、安堵する次第である。


(※「次第である」は深爪さんのパクリですが、深爪さんほど切れ味あるブログが書けたらどれだけいいだろうか、と、あこがれています。)


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マクロ、ミクロ、いずれも非常に大切だ。

「病理の話(18)」でも書いたが、
「病理医が顕微鏡でみて思ったことを、すべてコトバだけで説明すると、病理医以外の人がパンクしてしまう」
という事情がある。やはり、形態診断学(カタチを見て診断する学問)は、写真を活用して説明するのがダントツにいい。

説明に便利であるという理由。これはとても大きい。

加えて、ほかにも、病理医が写真を大切にすべき理由がある。写真が趣味の人であれば、わかりやすいかもしれない。

ぼくたちは、写真を撮ろうとするとき、それも、よりよい写真を撮ろうとするとき、対象を「よく見よう」とする。

写真を撮る前の段階で、ファインダーを覗きながら、「この光景を、誰かに、いかにうまく伝えようか」、あるいは、「将来自分で見直したときに、この感動を思い出せるように」などと、考えながらシャッターを切る。

これが、対象を、より深く、真剣にみることにつながる。

目の前に広がっているものをただ漫然と眺めるのではなく、意味を探しながら見る。写真1枚の中に、いかに多くの情報をぶち込むか、あるいは逆に、いかに重要な情報だけを選んで他をそぎ落とすかを、考えた上で、見る。

写真を大事にする病理医は、診断に切れ味がある。教科書や論文を読んでいても、わかる。適切な写真を選ぶ人が書いた論説は、鋭く、わかりやすいものだ。


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少し専門的な話をする。病理医が撮影する写真でいちばん大事なのは何か?

ぼくは、構図だと思っている。

写真を趣味にする人は、写真の軸(傾き)や、アップ・ロングの使い分け、ぼかし方、露出、色温度などさまざまなファクターを複合的に調節しているようだが、こと、病理診断を説明する上で必要なのは、構図である。

写真のフレームを3×3で9分割し、分割した線や交点の上に着目したいものを配置するという「3分割法」というのが写真の世界には存在するという。よい構図で写真を撮りたいなと思ってググるとすぐ出てくる。

しかし、ぼくがここで強調したい構図は、おしゃれな画角を選べということではないので、3分割法よりも、もっと単純だ。

ただひたすら、
「見たいものをど真ん中にドーンと置いてくれい! それも、見やすいサイズに、適切に拡大して、置いてくれい!」
これだけ。

これこそ、適切な病理写真を撮る上で、いちばん大切なポイントだと思っている。

なんだあ、簡単だ……?

実はこれが、そう簡単でもない。

臓器の中には、顕微鏡像の中には、アイドルやモデルはいないからだ。風光明媚な大草原もないし、美しい西日の沈む水平線もないし、卒業式に弾む学生達も、いないからだ。

写真の中で、全力で強調し、推すべき対象を、自分で考えなければいけない。構図にはめるべき「主役」を考えるところからスタートしなければいけないからだ。

だれを主役にするのか? ぼくらはまず、そこから考えなければいけない。主役を探し出して、構図にあてはめることが、病理写真を撮影する作業の9割を占める、と言っても過言ではない。

誰を主役にして、最高の構図で写真を撮るか。

なんなら、「主演女優」だけではなく、「助演男優」、「いぶし銀の脇役」などもフレームインさせよう。こうなってくると、さらに難しい。病理という劇場、臨床医療者という観客のことをわかっていないといけない。

たとえば、胃の病気を写真に撮るなら、病変部だけをぐぐっと拡大するのがいいこともあるが、同時に、病変の周りの「背景胃粘膜」をきちんとフレーム内におさめたほうがいいことの方が、ずっと多い。「胃に、なぜその病気が出たのか、原因までも推測できるような写真」を撮ると、臨床の医療者たちは、「おっ、わかってるなあ……」と思ってくれる。病理レポートに、ぐっと説得力が出る。


ああ、構図だけしか話してないのに、こんなに長くなってしまった、困ったな。えーと、続きます。